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第七話 side スピネル 1

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 ステラ姫のことを初めて意識したのは、婚約の話が出た時だった。

 それまでは、彼女の存在くらいしか知らなかったし、いつかは来るだろうと思っていた婚約話のその相手が王女というのも驚いた。それでも13歳での婚約は、早い方ではなく遅い方だろう。

 自分の相手が王女ということで、自分に課せられた仕事が読めた。
 求められているものは、彼女との子供だろう。

 王族ではあるが、王女の中で一番身分が低いステラ姫。

 それまで自国内に王女が降嫁していても、子供を作れなかった王族ばかりだったため、もし今の王の一家がいなくなってしまったら、王位継承権を持つものが他国に行ってしまう。

 王太子であるカルマリン様に世継ぎを望めなかったら、外国からの内政干渉も否めなくなる。

 それを防ぐためにも、ステラ様かマリアンヌ様のどちらかは自国内の貴族……それも王家と血筋が近い者と結婚するということは暗黙の了解とされていた。

 姫の生母であるシェーラ妃の実家は、学者筋で有名な家系。
 王家の血を引き宰相を輩出し、頭がよい家系と言われているスタイラス家とはライバルにもあたる。

 王権派である家同士ではあるが仲が良いとは言えない家系の裔同士を結婚することで組ませようとする腹が見えてイライラした。

 スピネルという人間自身の価値を見ず、王女にあてがわれる種馬という立場に成り下がる己の立場にも、へどがでそうだった。

 もし自国内の貴族に降嫁されるのがマリアンヌ様だったら、自分が王家と縁組なんて可能性は浮かばなかっただろうに。この縁組は、ステラ様が側妃シェーラ様の娘だったからこそ、俺のところに来た政治的なものとしか思えなかった。
 激しく貧乏くじを引かされた気分だった。
 
 向こうからすれば、別に結婚しなくてはいけない自国貴族は自分でなくていいのに。


 ――だから婚約破棄をしてやろうと思った。


 ステラ姫は美しい姉姫、可愛らしい妹姫の間に挟まれた、「谷間のユリならぬ、谷間のブスだ」ともっぱらの噂であった。
 それならば、きっと容姿にコンプレックスを抱いているだろうから、そこを突っついてプライドをへし折り、あちらから婚約を断らせようか。
 もっとも地位の関係でこちらから縁組を断ることなどできやしないのだ。だとしたら、婚約を破棄させるとしたら、相手からさせるしかないのだし。

 そう意地悪な気持ち満載で初めて会ったステラ姫は……別に取り立ててひどいブスだとも思わなかった。
 もともと自分が美醜に無頓着で、人間なんて顔がついていればいい程度にしか思ってなかったのもあったのだろうけれど。
 姉と妹が正妃様に似て人並み外れた美貌だから比べた人間がそう判じたのだろう。自分は「陛下に似ているな」とは思ったが。

 しかしあえて怒らせようとしたのに、その目論見が外れ、彼女は鮮やかに笑った。
 彼女は、そんなところなどにプライドを持つ人ではなかった。もっと志が高い人だったのだろう。
 調子が狂ったがその後も意地になって、彼女にそっけない態度をとったというのに、ステラ姫は、とても面白い人だった。
 女性とか男性とか飛び越えて、激しく斜め上の言動をとる人で。

 いつしか、彼女と会うのは婚約者とかそういうのは関係なく、ただ、気の合う間柄となっていった。


 そんなある日、彼女は言い出したのだ。「帝国最高試験を受験したい」と。

 大変なことだと反対する王やカルマリン殿下に対して、やらせてやれと説得をしたのは自分だ。
 優秀な家庭教師を斡旋し、勉強道具が入用だとのことで、自分が使いやすかった筆記道具をも差し入れた。
 自分が使って馴染みやすくした愛用の辞書を譲り、使いやすいと聞いたら片っ端から参考書や問題集を輸入して贈ったり。
 彼女の一番の理解者は自分だと勝手に誇っていた。

 産まれた時から賢いと言われていた姫。

 自分も同じように言われて育ってきていたから、彼女に同情していたのもあるだろう。しかも彼女の方は女だから……いや、王女だからその賢さを国のために求められることなく腐らせるしかなかったのだ。

 理解していれば、なおさら己の立場を歯がゆく思うだろうから、彼女の受験を応援して、少しでも彼女が気を紛らわせられればと思ったのもある。

 それと、自分が将来手に入れるだろう姫を自慢したかったのかもしれない。
 この人はこの王国の誇る知性であると。

 そして、勝手に思い込んでいたのかもしれない。
 【この俺に】相応しくなるために、彼女は努力してくれているのだ、と。

 自分はなんの努力もしなかったくせに、彼女という宝石を手に入れることで、己のステータスにしようともくろんでいたのかもしれない。
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