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第四話 九歳の誓い

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 私の婚約者は私と結婚したくない……。

 しかし私からしたら、彼と結婚して国内に落ち着くのがベストなのも事実である。

 このリャルド王国の中で公爵家というものは、先代、先々代の辺りで王族から降嫁した王女の嫁ぎ先だったり、王 子が叙爵されたりしたものだったりして、王家に近い血筋だ。
 つまり、公爵家令息であるスピネルも王家の血を引いていて、私の親戚でもある。
 
 自分の欲のために彼を犠牲にするのも申し訳ない。
 きっと彼は面食いなんだろうなぁ。
 でも、その気持ちもわかる。妹のマリアンヌみたいに可愛い女の子は見ているだけでも幸せになれる。シルヴィアお姉さまのように美しい人は、そこにいらっしゃるだけで場が華やぐ。
 美しい人はみんなの財産なのだ。

 しかし、一度結んでしまった王家の婚約は、よほどのことがないと破棄できないらしい。そりゃそうだろうとも思うが。

 王家の婚約はほとんどが外交まじりのものだ。
 決まったものをそうホイホイ変えられるようでは、国家の威信に関わる。
 そんな国家間の決まりが国内にも適用されるように作らないでほしい、と王国の法律を知った時には思わず机を叩きたくなった。

 その日から書庫に入り浸っては国の法を調べまくり、ようやく抜け道を見つけたのだ。

 国の宝と呼ばれる頭脳になり、亡命を恐れて他国への出国すら制限される存在。……帝国最高試験の合格者である「特士」。

 そして国の中の、特に民の間に強い支持を持つ存在で、それらに対して王家が睨みをきかせ、同時に彼らに王家との繋がりを持たせることで間接的に王家にも権威付けをしている存在……聖堂教会のトップ。大聖母という役職。
 この二つを組み合わせれば、一国の姫である自分も独身を貫けるということに気づいた。

 教会。そこは俗世から離れるという場所。
 教会に入るという聖職者の女性は、全員修道女として非婚の誓いを立てなければならないのだ。
 教会に入る決意をした時点で、神の前でしたそれまでの誓いは全て無効化されることより、女性から離縁を求める手段にも使われている。
 つまり、修道女になるから離婚して、と言えるのだ。

 まだ結婚していない私の場合は、「修道院に入るので、婚約はなしにしましょう」と言えるのだ。


 大聖母は今は私の大叔母の娘が就いている。
 かの御方も自国の貴族に嫁いでおられたけれど、夫に先立たれて大聖母の地位に就いた。
 その結婚は自分のようにブスだから国内に留めるという不名誉なものではなく、未だに吟遊詩人の語り草になるくらいの波瀾万丈な大恋愛の末だったことは有名だ。
 実際、かの大聖母様はとても美しい人であるし。

 現職がいる大聖母という地位を、特権を利用して強奪するといえば外聞は悪いが自分がしようとしていることはそういうことだ。
 多分、大聖母様本人は、私が頼めばその役職を快諾して譲ってくれるだろう。
 それほど単なるお飾りのものなのだ。しかし、その建前が自分には必要だ。

 王家に生まれた女性は、血で他国とつながり自国の発展を支える。
 外国に輿入れもせず、自分の国の貴族とも結婚しないという選択肢は論外なのは自分だって知っている。
 だからこそ、こんな方法しか取れないのだ。
 大叔母も配偶者に先立たれていたからこそ、この地位についた。

「結婚したくないから修道女になります、というのを王女だから許されないなんてほんと差別だわ……」

 なんだかとっても、それってひどい、と心から思った。

 過去にそういう人がいなかっただけなら、未来に生まれる王女のためにも、スピネルのためにも自分が前例になろう、運命に挑戦しようと決めたのが、9歳の秋のことだった。
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