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第一話 久々の帰宅

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「おかえりなさいませ、旦那様」
「あ、ああ」

 ヴェノヴァの伯爵、トーマスが屋敷の玄関にたどり着くと、使用人たちがぴしっと整列をして出迎えてくれた。
 いつも唐突に帰宅するから、玄関の呼び鈴を鳴らして、ようやくこの家の主が帰ってきたのに気づくというだらしなさだったというのに。
 そしてそれを厳しく注意するのが自分の役目だった。
 帰宅なさる時は、あらかじめ先触れを出してくださいまし、と最初のうちは口答えをしていた妻も、「自分の家に帰ってくるのに何が悪い」と何度か𠮟りつければ何も言わなくなった。
 
 おや? 使用人に知らない顔がいるような気がする。
 気のせいだろうか……いや、気のせいだろう。
 新しい使用人を雇い入れたりする時は、執事経由で自分にも報告が来るはずだからな。

 同じ角度でそろって頭を下げる使用人の中央から、美しく着飾った妻が現れる。
 いつ帰るかわからない夫を出迎えるために、きちんと装って待っていたのだろうか。
 自分は帰るかどうかもろくに家に伝えずにそのまま飲み歩いたり、友人宅に上がり込んだり、そのまま娼館に行くことだってあるというのに。
 それとも、他に男でもいてそのための身支度か、と思うがまさかこの妻に限ってはないだろうし、そうだったらどこかからか噂話か密告でもあったはずだろう。
 ふぅ、と頭を振って嫌な想像を排除した。
 
「なかなか帰れなくてすまない。怒っているのか?」
「私が旦那様に怒ることなどありません」
 
 なにが? と不思議そうにおっとりと首を傾げ、優雅に微笑む妻に微笑みを返す。

「そうか、怒っていないならいいんだ」

 そうだ。ローデリアは自分が歳をとってから迎え入れた、幼くも可愛い妻。
 だからこそ、ちゃんと自分が教え導いてやらねばと、しっかりと伯爵夫人としての心構えを教えこんだ。
 そして自分の教えを忠実に守り、しっかりとこの家を切り盛りしてくれている、自慢の妻だ。

「ちょうどお話がございましたから、いいタイミングでの御帰宅でしたわ」
「なんだ、急ぎの話があったというのなら、呼び戻してくれればよかったのに」
「狩りに夢中になっている殿方を、追いかけてお話をするにはしのびないことですもの」

 ふふふ、と笑うまだ十代であるローデリアのつややかな若い肌は四十を過ぎる男には輝くようで。
 ああ、久しぶりにこの夜は、この娘のような年頃の妻を抱いて楽しむのも悪くないだろう。
 娼館の娘たちのような技量は求められないにしても、若さというだけでも、それは代えがたい宝だからな。
 そういえば、妻と夜を共に過ごさなくなってどれくらい経つだろうか……。
 歳をとってからそういう欲もなかなか覚えなくなったり、悪友らに誘われてそれらの欲も商売女のところで発散するようになっていたから、妻を女として抱くことはなくなっていたが。

 さっそく、今晩は寝ないで待っておくように、と命じようとした瞬間、ローデリアは応接室のドアを開けた。

「それでは旦那様。そろそろちゃんとお話をいたしましょうか。離婚のための」
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