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5 占い師はアイメイクが命

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 悩める付き人と護衛がいる一方、当のローレル本人は鼻歌交じりに城下を歩いていた。

 髪を適当に紐で縛ると、腕にかけてきたローブをふわりと羽織る。
 そしてこそこそと周囲を見回してから脇道に入ると、ゴミ箱などが並べられているよその家の裏口の側に勝手に陣取る。
 そして持ってきた袋から手鏡と化粧道具を取り出すと、その場でメイクを始めた。

 侍女の時は素顔で働いているが、これから夜の時間は違う。

 くっきりとしたアイラインを描き、濃いラメ入り紫のアイシャドウをばっちりと入れてから、口元はベールで覆い隠した。
 占い師の衣装は顔も体も見えないからこそ、インパクトを入れるには、唯一見えている目元が大事なのだ。

 アイメイクは占い師の命。

 相手に信用を与えるには、威嚇も大事なのだ。信用してもらえれば、お代以外にもおひねりがもらえる。
 わずかな工夫で売り上げが変わるなら、工夫しない手はない。

 最後に履いていた室内履きから、厚底のハイヒールに履き替えれば、占いが得意な魔女ローラのできあがりだ。

「今日も頑張っていきますか」

 お客さんはどれだけ来るかなぁ、と思うとわくわくした。


 ローレルがこうしてお金が好きになったのも、きっかけはこの城下の街だった。


 初めて外の世界に出たのは6歳の時のこと。

 母から魔術は教わってはいたが、外に一人で出るのはまだ怖くて。
 ただ見てくるだけ、という約束でセンシを従えて街に出た。しかし秒でセンシとはぐれ……彼を振り切ったともいうが……一人きりになってしまったのだった。
 
 仕方ないのでそのまま歩いていたら、屋台で大人が何かを話しながら物のやり取りをしていたのが見えた。

 お金というものの存在は知っていても、見たことがなく、その時、初めて実物を見たのだ。

 閉じ込められている塔の中にも本は差し入れられていたし、最低限の教養は与えられていたから、知識としては知っていた。しかしそれだけだ。

「お金ってこの世に本当にあったんだ!」という新鮮な衝撃があったのだ。

 母親も王女という身分だったから、自分自身の財布を持ったことはなかっただろう。あそこまで出不精な性格なら、結婚する前ですらお忍びで外に出たことすらなかったと思われるし。

 ローレルは、道の脇の店の石段に座り込み、人々が買い物をする様子をずっと見ていた。

 この子はなんだろう、とお店の人がちらちらとこちらを気にしながらも、あえて声もかけずに放置してくれたのはよかったと思う。

 あの白いお金を1枚渡すと、3枚の赤銅色のお金が返ってきて、あの赤くて丸い果物を渡される。
 七枚の赤銅色のお金を渡すと、赤い丸い果物だけを渡す。

 それを見ていて、物にはそれぞれ価値があり、それをお金という別のもので換算することができるということを、観察し、発見したのだ。
 ついでに白いお金と赤銅色のお金の価値は違うことも気が付いた。

 お金ってすごい! よくできてる仕組みだ!

 そう一人で感動しているローレルは、さぞかし不気味な子供だっただろう。

 そこで気になってくるのは自分の値段である。

 自分はこの国の王子であるらしいことは知っていた。
 それなら自分にはどれくらいの価値があるのだろうか。

 そこで、くいくい、と道行く男性の服の裾を引っ張って、注意を引くと、たずねてみたのだ。

「ねえ、おじさん……僕はいくらになりますか?」

「……は?」

「おじさんは、僕をいくらで買ってくれますか?」

 幸いだったのは、ローレルが話しかけた相手がまともな人間だったということだ。
 迷子かねえとローレルを取り巻いて、皆が集まりがやがやしていたところを、センシが全力で飛んできて連れ去られ、その後はものすごい勢いで叱られた。

 分別がついた今なら怒られた理由もわかるが、あの時はなぜ自分が叱られているかもわからず、センシのわからんちんめ、とか思っていただけだったが。

 苦いことを思い出しながら、ちょうど思い出の屋台の前あたりに差し掛かる。
 あの時と屋台で売っているものは違うが、見える風景はあまり変わらない気がする。変わったといえば、あれは昼間で、今は夜ということと、自分の目線の高さくらいだ。

 あの時、世界はとても広く感じた。

 城下の街並みだけで世界が終わっているように感じたものだったのに、今はそれよりもっと世界が広いことを知っている。

 あまり遠くまで行くことはできないが、いつか自分はこの囚われの身から、世界に出ることができるのだろうか。

「あーあー」

 歩きながら軽く発声練習をすると、声の高さを調節する。喋る速度を落とし、微妙に声を低くしていく。

 とりあえず、今の自分は王子のローレルではなく、魔女のローラだ。できることしかできないのだ。

 そのまま公園を突っ切っていくと、魔女の館と書かれた看板の店の扉をくぐった。
 看板の隣は今日の当番表が既に並んでいて、その中にはローラの名前も書かれている。

「あ、ローラさん、お疲れ様でーす。出勤、早いですね」

 こげ茶色の髪の女性が顔を上げて出迎えてくれた。垂れた目が可愛らしい。
 もっとも彼女のチャームポイントはその豊かな胸でもあるが。その胸を思わず追いかけそうになる目をごまかしながら、彼女にゆったりと頭を下げた。

「ふふ、キャサリンさんもお疲れ様です。いつも開店準備をありがとう」

 かすれたような色っぽい作り声で礼を言い、ふわり、とローブの裾を翻したら、その場の女性たちの憧れの混じった視線がまとわりつく。

 魔女の館は夜しか開店しないお店であるが、もちろんお酒が出てきたり、露出度の高いおねえさんがいるようないかがわしいところではない。未成年もちゃんと入れる場所ではあるが、このお店に来るのは女性が多い。

 ローレルの本業が一応、王子だとすれば副業その1は侍女であり、副業その2は魔女である。
 
 しかし、ここでいうところの魔女は魔術師というわけではない。
 魔術師の魔法を使っているように見せているが、その実は手品である。
 この国は魔力持ちが産まれることはほとんどなく、魔術師はほとんどいないので、本当の魔法を見せてしまったらローレルの正体がばれかねない。
 かといって、本職の手品師のようにたゆまぬ訓練をしているわけではないので、ローレルの場合は魔法を使って手品に見せかけているという、本末転倒なことをしているのだったが。

 魔女の館と呼ばれるこの店には、小部屋がいくつもありそれぞれ魔女がいて、得意技を売っている。
 ローラの場合は心理トリックを使った魔法(手品)と占いだった。占いといっても、相手の話をうんうん頷きながらきいて、自己完結するように誘導しているだけなのだが、結構これが金になる。

「ローラさん、お客さん入りました」

「入ってもらってください」

 本日一人目の客がやってきたようだった。
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