4 / 6
4 こんこんとお風呂
しおりを挟む
ご飯を食べ終わって、食器を流しに片付けてから雄介はこんこんを連れて自分の部屋に戻った。
こんこんは雄介の部屋を興味深そうに走り回り、勉強机の上に飛び乗ったり、ベッドの上と床をいったりきたりしていて、とてもやんちゃだ。
こう見ていると、見た目は確かにちょっと見慣れないが、こんこんは雄介の知っているような身近な動物の動きに似ているのだが……やっぱり、こんこんはおばけかなんかなのだろうか、とその動きをじっと観察する。
雄介には、もしおばけがいるとしたらそれは怖いものであるというイメージがあったけれど、こんこんは全然怖くない。むしろ可愛い。
可愛い見た目で人をだますのかもしれないけれど、でも、そんな邪悪な感じはしない。むしろ、放っておくとこんこんの方が死んでしまうのではないか、と思うくらいで、可愛いというより不安から目が離せなくなる。
小さい子のお守りをしている時のようだ。
雄介は先ほどのことも振り返って考えた。
お母さんはこんこんが見えてなかったようだ。あのお母さんがわざとこんこんを無視するようなことはしないだろうし。
こんこんが雄介以外には誰にも見えないというのなら、どう相談していいのやら。
最初に瑛太郎に相談してみようか、と思ったが、こんこんが彼にも見えなかったら、瑛太郎が可哀想なことになるなと思い、その考えは打ち消した。
瑛太郎はああ見えてとても怖がりだったりする。
高いところに登ったりするとか、自転車を手放しで乗るとかそういうことは平気でするのだけれど、幽霊の話とかは昔から大嫌いで、たとえオチがある笑い話だとしても怪談などは絶対に聴かない。
本人はプライドがあるらしく、怖いということを絶対に認めないが、普段は優しい瑛太郎が幽霊の話になると「そんなくだらない話はやめろよ」と強い語調で怒り出すのでさすがにわかってしまう。
雄介は、瑛太郎や彼のように幽霊を怖がる人を見ると、「なんで怖いと思うんだろう?」と思ってしまうのだが。
かといって雄介がホラーやオカルトが好きだというわけでもなく、単に興味がないだけだ。
興味がないからといって、そういうものがいないと思っているわけでもなく「この世に人間の知らないものが存在しててもいいじゃない」と思うし「向こうが勝手に存在しているだけの話なのに、勝手に怖がっているなんて、相手に失礼じゃない?」とも思うわけだ。
一度「僕の考え、なんか間違っている?」と瑛太郎にきいてみたが、「そういうのは理屈じゃねえんだよ」とぼそっと言われてスルーされたので、幽霊嫌いにとっての幽霊は、虫が嫌いな人が虫を嫌うような、生理的な何かなようだ。
「こんこん、トイレはここだからね。こっちがお風呂」
こんこんにトイレの場所を教えて、中を見せたら、こんこんはさっそく便座に飛び乗り、トイレの便器の中に前足をつっこもうとしたので「こら!」と叱ってしまった。
「雄介? なに騒いでいるの?」
お母さんの声がきこえて、慌てて「なんでもないよ!」とごまかしたが。
何をするところかわからないようだったので、こんこんの目の前で用をたしてみたのだけれど、わかってもらったかどうかもわからない。
一方、風呂の方は一発で理解したようだ。お湯を出してみせたら嫌がって逃げ出したので。
とはいえお風呂に入らない子とは一緒にいたくない。
こんこんはおばけかもしれないと思うことと、お風呂に入らないということは別の話だ。
雄介は自分も服を脱ぎ始めるとこんこんをつかまえた。
(イヤイヤイヤイヤコワイコワコワイ)
なんか聞こえる気がするが、聞こえないことにしよう。
「ほら、諦めてお風呂にはいろう?」
「むー……」
嫌だと言っても力ずくで風呂に入れる、と覚悟を決めていた雄介だったが、気迫が通じたのか、諦めたようにこんこんはぽてぽてと雄介の傍によってくる。耳もしっぽもしおたれていて、かえって雄介の方に罪悪感がわいてしまうのだが。
なるべくお湯の温度をぬるめにして、洗面器にお湯をためて、とこんこんが怖がらないように工夫をすれば、最初のうちは緊張でガチガチになって震えていたこんこんだったが、そのうちどういうものかわかったらしく、だらーんと寝そべり始めた。
毛が濡れてぺしょんとしたこんこんはこんなにスマートだったか、と思ってしまうほどの変貌を遂げた。そして意外と耳が大きい。
腹を見せてもいいくらいのだらけ切ったこんこんに、思わず苦笑いしてしまった。
ここまで脱力されると逆に洗いづらいなぁと雄介は思うが、こんこんが気持ちいいならいいか、とそのままにさせることにして。
「うー……」
「わあ!」
風呂上りに体を振って、水を払うこんこんのしぶきをまともに雄介は受けてしまった。服を着る前でよかった……と思いながら体をタオルで拭いていれば、こんこんは何かが気になるのか、雄介の左側の尻たぶのあたりをしきりに見ているようだった。
こんこんの視線の先にあるものに気づき、「ああ」と雄介はほほ笑んだ。
「これ? 痛くないから大丈夫だよ」
そう言っているのに、こんこんは視線を動かさない。
「これね、蒙古斑って言ってね、僕の赤ちゃんの時からあるんだ。僕のお父さんも同じ場所に同じ形の蒙古斑があったんだって。お父さんのお父さんも同じ場所に同じ形であったっていうから、不思議な遺伝だよね」
他のものは全部消えたのに、これだけ残った蒙古斑。お父さんたちも長い間残り、気づいた頃にはいつの間にか消えていたそうだから、雄介のこれもいつか消えてしまうのだろう。ずっと消えないかもしれないが。
昔に比べたら、だいぶ薄くなったけれど、知らない人がいたら虐待されていると勘違いされるかもしれないほどの大きさで、雄介の手のひらくらいはある。それが紅葉のような形をしているからさらに目立つのだ。
雄介のこの蒙古斑は知る人は知るから「雄介がバラバラ死体になっても尻見ればわかるよな」とあまりありがたくないことも言われている。
もっともすっぽんぽんになって着替えるなんて、物心がついてからはしなくなったので、知っているのは幼稚園の時の知り合いと家族くらいなのだが。
「あ、そうだ……幼稚園」
雄介の通っていた幼稚園。先ほどの食事の時も思い出していたけれど、神様のお話をたくさん教えてくれた園長先生は牧師様でもあった。
雄介が年長組の時、幼稚園のトイレが怖いと泣いていた年少の子がいたのだけれど、園長先生がそれを聞いて見回りをしたら、もう怖くなくなったと言っていた。
園長先生に何をしたの?と訊いたら「おばけに違うところに行ってとお願いしたんですよ」と眼鏡の下の優しい目尻にシワを寄せて教えてくれたのだ。
「こんこんのこと、園長先生だったら見えるかも」
こんこんが雄介の違うものに興味を持って遊びそうになるのを慌てて止めて。こんこんをタオルで包むと雄介は部屋に連れ戻った。
こんこんは雄介の部屋を興味深そうに走り回り、勉強机の上に飛び乗ったり、ベッドの上と床をいったりきたりしていて、とてもやんちゃだ。
こう見ていると、見た目は確かにちょっと見慣れないが、こんこんは雄介の知っているような身近な動物の動きに似ているのだが……やっぱり、こんこんはおばけかなんかなのだろうか、とその動きをじっと観察する。
雄介には、もしおばけがいるとしたらそれは怖いものであるというイメージがあったけれど、こんこんは全然怖くない。むしろ可愛い。
可愛い見た目で人をだますのかもしれないけれど、でも、そんな邪悪な感じはしない。むしろ、放っておくとこんこんの方が死んでしまうのではないか、と思うくらいで、可愛いというより不安から目が離せなくなる。
小さい子のお守りをしている時のようだ。
雄介は先ほどのことも振り返って考えた。
お母さんはこんこんが見えてなかったようだ。あのお母さんがわざとこんこんを無視するようなことはしないだろうし。
こんこんが雄介以外には誰にも見えないというのなら、どう相談していいのやら。
最初に瑛太郎に相談してみようか、と思ったが、こんこんが彼にも見えなかったら、瑛太郎が可哀想なことになるなと思い、その考えは打ち消した。
瑛太郎はああ見えてとても怖がりだったりする。
高いところに登ったりするとか、自転車を手放しで乗るとかそういうことは平気でするのだけれど、幽霊の話とかは昔から大嫌いで、たとえオチがある笑い話だとしても怪談などは絶対に聴かない。
本人はプライドがあるらしく、怖いということを絶対に認めないが、普段は優しい瑛太郎が幽霊の話になると「そんなくだらない話はやめろよ」と強い語調で怒り出すのでさすがにわかってしまう。
雄介は、瑛太郎や彼のように幽霊を怖がる人を見ると、「なんで怖いと思うんだろう?」と思ってしまうのだが。
かといって雄介がホラーやオカルトが好きだというわけでもなく、単に興味がないだけだ。
興味がないからといって、そういうものがいないと思っているわけでもなく「この世に人間の知らないものが存在しててもいいじゃない」と思うし「向こうが勝手に存在しているだけの話なのに、勝手に怖がっているなんて、相手に失礼じゃない?」とも思うわけだ。
一度「僕の考え、なんか間違っている?」と瑛太郎にきいてみたが、「そういうのは理屈じゃねえんだよ」とぼそっと言われてスルーされたので、幽霊嫌いにとっての幽霊は、虫が嫌いな人が虫を嫌うような、生理的な何かなようだ。
「こんこん、トイレはここだからね。こっちがお風呂」
こんこんにトイレの場所を教えて、中を見せたら、こんこんはさっそく便座に飛び乗り、トイレの便器の中に前足をつっこもうとしたので「こら!」と叱ってしまった。
「雄介? なに騒いでいるの?」
お母さんの声がきこえて、慌てて「なんでもないよ!」とごまかしたが。
何をするところかわからないようだったので、こんこんの目の前で用をたしてみたのだけれど、わかってもらったかどうかもわからない。
一方、風呂の方は一発で理解したようだ。お湯を出してみせたら嫌がって逃げ出したので。
とはいえお風呂に入らない子とは一緒にいたくない。
こんこんはおばけかもしれないと思うことと、お風呂に入らないということは別の話だ。
雄介は自分も服を脱ぎ始めるとこんこんをつかまえた。
(イヤイヤイヤイヤコワイコワコワイ)
なんか聞こえる気がするが、聞こえないことにしよう。
「ほら、諦めてお風呂にはいろう?」
「むー……」
嫌だと言っても力ずくで風呂に入れる、と覚悟を決めていた雄介だったが、気迫が通じたのか、諦めたようにこんこんはぽてぽてと雄介の傍によってくる。耳もしっぽもしおたれていて、かえって雄介の方に罪悪感がわいてしまうのだが。
なるべくお湯の温度をぬるめにして、洗面器にお湯をためて、とこんこんが怖がらないように工夫をすれば、最初のうちは緊張でガチガチになって震えていたこんこんだったが、そのうちどういうものかわかったらしく、だらーんと寝そべり始めた。
毛が濡れてぺしょんとしたこんこんはこんなにスマートだったか、と思ってしまうほどの変貌を遂げた。そして意外と耳が大きい。
腹を見せてもいいくらいのだらけ切ったこんこんに、思わず苦笑いしてしまった。
ここまで脱力されると逆に洗いづらいなぁと雄介は思うが、こんこんが気持ちいいならいいか、とそのままにさせることにして。
「うー……」
「わあ!」
風呂上りに体を振って、水を払うこんこんのしぶきをまともに雄介は受けてしまった。服を着る前でよかった……と思いながら体をタオルで拭いていれば、こんこんは何かが気になるのか、雄介の左側の尻たぶのあたりをしきりに見ているようだった。
こんこんの視線の先にあるものに気づき、「ああ」と雄介はほほ笑んだ。
「これ? 痛くないから大丈夫だよ」
そう言っているのに、こんこんは視線を動かさない。
「これね、蒙古斑って言ってね、僕の赤ちゃんの時からあるんだ。僕のお父さんも同じ場所に同じ形の蒙古斑があったんだって。お父さんのお父さんも同じ場所に同じ形であったっていうから、不思議な遺伝だよね」
他のものは全部消えたのに、これだけ残った蒙古斑。お父さんたちも長い間残り、気づいた頃にはいつの間にか消えていたそうだから、雄介のこれもいつか消えてしまうのだろう。ずっと消えないかもしれないが。
昔に比べたら、だいぶ薄くなったけれど、知らない人がいたら虐待されていると勘違いされるかもしれないほどの大きさで、雄介の手のひらくらいはある。それが紅葉のような形をしているからさらに目立つのだ。
雄介のこの蒙古斑は知る人は知るから「雄介がバラバラ死体になっても尻見ればわかるよな」とあまりありがたくないことも言われている。
もっともすっぽんぽんになって着替えるなんて、物心がついてからはしなくなったので、知っているのは幼稚園の時の知り合いと家族くらいなのだが。
「あ、そうだ……幼稚園」
雄介の通っていた幼稚園。先ほどの食事の時も思い出していたけれど、神様のお話をたくさん教えてくれた園長先生は牧師様でもあった。
雄介が年長組の時、幼稚園のトイレが怖いと泣いていた年少の子がいたのだけれど、園長先生がそれを聞いて見回りをしたら、もう怖くなくなったと言っていた。
園長先生に何をしたの?と訊いたら「おばけに違うところに行ってとお願いしたんですよ」と眼鏡の下の優しい目尻にシワを寄せて教えてくれたのだ。
「こんこんのこと、園長先生だったら見えるかも」
こんこんが雄介の違うものに興味を持って遊びそうになるのを慌てて止めて。こんこんをタオルで包むと雄介は部屋に連れ戻った。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
おなら、おもっきり出したいよね
魚口ホワホワ
児童書・童話
ぼくの名前は、出男(でるお)、おじいちゃんが、世界に出て行く男になるようにと、つけられたみたい。
でも、ぼくの場合は、違うもの出ちゃうのさ、それは『おなら』すぐしたくなっちゃんだ。
そんなある日、『おならの妖精ププ』に出会い、おならの意味や大切さを教えてもらったのさ。
やっぱり、おならは、おもっきり出したいよね。
それゆけ!しろくま号
七草すずめ
児童書・童話
これは、大人になったあなたのなかにいる、子供のころのあなたへおくるお話です。
サイドミラーはまるい耳。ひなた色をした体と、夜空の色をしたせなか。
しろくま号は、ヒナタとミツキを、どこへだって連れて行ってくれるのです。
さあ、今日はどんなところへ、冒険に出かける?
月星人と少年
ピコ
児童書・童話
都会育ちの吉太少年は、とある事情で田舎の祖母の家に預けられる。
その家の裏手、竹藪の中には破天荒に暮らす小さな小さな姫がいた。
「拾ってもらう作戦を立てるぞー!おー!」
「「「「おー!」」」」
吉太少年に拾ってもらいたい姫の話です。
見習い錬金術士ミミリの冒険の記録〜討伐も採集もお任せください!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?〜
うさみち
児童書・童話
【見習い錬金術士とうさぎのぬいぐるみたちが描く、スパイス混じりのゆるふわ冒険!情報収集のために、お仕事のご依頼も承ります!】
「……襲われてる! 助けなきゃ!」
錬成アイテムの採集作業中に訪れた、モンスターに襲われている少年との突然の出会い。
人里離れた山陵の中で、慎ましやかに暮らしていた見習い錬金術士ミミリと彼女の家族、機械人形(オートマタ)とうさぎのぬいぐるみ。彼女たちの運命は、少年との出会いで大きく動き出す。
「俺は、ある人たちから頼まれて預かり物を渡すためにここに来たんだ」
少年から渡された物は、いくつかの錬成アイテムと一枚の手紙。
「……この手紙、私宛てなの?」
少年との出会いをキッカケに、ミミリはある人、あるアイテムを探すために冒険を始めることに。
――冒険の舞台は、まだ見ぬ世界へ。
新たな地で、右も左もわからないミミリたちの人探し。その方法は……。
「討伐、採集何でもします!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?」
見習い錬金術士ミミリの冒険の記録は、今、ここから綴られ始める。
《この小説の見どころ》
①可愛いらしい登場人物
見習い錬金術士のゆるふわ少女×しっかり者だけど寂しがり屋の凄腕美少女剣士の機械人形(オートマタ)×ツンデレ魔法使いのうさぎのぬいぐるみ×コシヌカシの少年⁉︎
②ほのぼのほんわか世界観
可愛いらしいに囲まれ、ゆったり流れる物語。読了後、「ほわっとした気持ち」になってもらいたいをコンセプトに。
③時々スパイスきいてます!
ゆるふわの中に時折現れるスパイシーな展開。そして時々ミステリー。
④魅力ある錬成アイテム
錬金術士の醍醐味!それは錬成アイテムにあり。魅力あるアイテムを活用して冒険していきます。
◾️第3章完結!現在第4章執筆中です。
◾️この小説は小説家になろう、カクヨムでも連載しています。
◾️作者以外による小説の無断転載を禁止しています。
◾️挿絵はなんでも書いちゃうヨギリ酔客様からご寄贈いただいたものです。
【奨励賞】おとぎの店の白雪姫
ゆちば
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 奨励賞】
母親を亡くした小学生、白雪ましろは、おとぎ商店街でレストランを経営する叔父、白雪凛悟(りんごおじさん)に引き取られる。
ぎこちない二人の生活が始まるが、ひょんなことからりんごおじさんのお店――ファミリーレストラン《りんごの木》のお手伝いをすることになったましろ。パティシエ高校生、最速のパート主婦、そしてイケメンだけど料理脳のりんごおじさんと共に、一癖も二癖もあるお客さんをおもてなし!
そしてめくるめく日常の中で、ましろはりんごおじさんとの『家族』の形を見出していく――。
小さな白雪姫が『家族』のために奔走する、おいしいほっこり物語。はじまりはじまり!
他のサイトにも掲載しています。
表紙イラストは今市阿寒様です。
絵本児童書大賞で奨励賞をいただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる