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4 こんこんとお風呂

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 ご飯を食べ終わって、食器を流しに片付けてから雄介はこんこんを連れて自分の部屋に戻った。
 こんこんは雄介の部屋を興味深そうに走り回り、勉強机の上に飛び乗ったり、ベッドの上と床をいったりきたりしていて、とてもやんちゃだ。

 こう見ていると、見た目は確かにちょっと見慣れないが、こんこんは雄介の知っているような身近な動物の動きに似ているのだが……やっぱり、こんこんはおばけかなんかなのだろうか、とその動きをじっと観察する。
 
 雄介には、もしおばけがいるとしたらそれは怖いものであるというイメージがあったけれど、こんこんは全然怖くない。むしろ可愛い。
 可愛い見た目で人をだますのかもしれないけれど、でも、そんな邪悪な感じはしない。むしろ、放っておくとこんこんの方が死んでしまうのではないか、と思うくらいで、可愛いというより不安から目が離せなくなる。
 小さい子のお守りをしている時のようだ。
 
 雄介は先ほどのことも振り返って考えた。
 お母さんはこんこんが見えてなかったようだ。あのお母さんがわざとこんこんを無視するようなことはしないだろうし。
 こんこんが雄介以外には誰にも見えないというのなら、どう相談していいのやら。

 最初に瑛太郎に相談してみようか、と思ったが、こんこんが彼にも見えなかったら、瑛太郎が可哀想なことになるなと思い、その考えは打ち消した。
 瑛太郎はああ見えてとても怖がりだったりする。
 高いところに登ったりするとか、自転車を手放しで乗るとかそういうことは平気でするのだけれど、幽霊の話とかは昔から大嫌いで、たとえオチがある笑い話だとしても怪談などは絶対に聴かない。
 本人はプライドがあるらしく、怖いということを絶対に認めないが、普段は優しい瑛太郎が幽霊の話になると「そんなくだらない話はやめろよ」と強い語調で怒り出すのでさすがにわかってしまう。
 雄介は、瑛太郎や彼のように幽霊を怖がる人を見ると、「なんで怖いと思うんだろう?」と思ってしまうのだが。
 かといって雄介がホラーやオカルトが好きだというわけでもなく、単に興味がないだけだ。
 興味がないからといって、そういうものがいないと思っているわけでもなく「この世に人間の知らないものが存在しててもいいじゃない」と思うし「向こうが勝手に存在しているだけの話なのに、勝手に怖がっているなんて、相手に失礼じゃない?」とも思うわけだ。
 一度「僕の考え、なんか間違っている?」と瑛太郎にきいてみたが、「そういうのは理屈じゃねえんだよ」とぼそっと言われてスルーされたので、幽霊嫌いにとっての幽霊は、虫が嫌いな人が虫を嫌うような、生理的な何かなようだ。

「こんこん、トイレはここだからね。こっちがお風呂」

 こんこんにトイレの場所を教えて、中を見せたら、こんこんはさっそく便座に飛び乗り、トイレの便器の中に前足をつっこもうとしたので「こら!」と叱ってしまった。
「雄介? なに騒いでいるの?」
 お母さんの声がきこえて、慌てて「なんでもないよ!」とごまかしたが。
 何をするところかわからないようだったので、こんこんの目の前で用をたしてみたのだけれど、わかってもらったかどうかもわからない。
 一方、風呂の方は一発で理解したようだ。お湯を出してみせたら嫌がって逃げ出したので。
 とはいえお風呂に入らない子とは一緒にいたくない。
 こんこんはおばけかもしれないと思うことと、お風呂に入らないということは別の話だ。
 雄介は自分も服を脱ぎ始めるとこんこんをつかまえた。

(イヤイヤイヤイヤコワイコワコワイ)

 なんか聞こえる気がするが、聞こえないことにしよう。

「ほら、諦めてお風呂にはいろう?」
「むー……」

 嫌だと言っても力ずくで風呂に入れる、と覚悟を決めていた雄介だったが、気迫が通じたのか、諦めたようにこんこんはぽてぽてと雄介の傍によってくる。耳もしっぽもしおたれていて、かえって雄介の方に罪悪感がわいてしまうのだが。

 なるべくお湯の温度をぬるめにして、洗面器にお湯をためて、とこんこんが怖がらないように工夫をすれば、最初のうちは緊張でガチガチになって震えていたこんこんだったが、そのうちどういうものかわかったらしく、だらーんと寝そべり始めた。
 毛が濡れてぺしょんとしたこんこんはこんなにスマートだったか、と思ってしまうほどの変貌を遂げた。そして意外と耳が大きい。
 腹を見せてもいいくらいのだらけ切ったこんこんに、思わず苦笑いしてしまった。
 ここまで脱力されると逆に洗いづらいなぁと雄介は思うが、こんこんが気持ちいいならいいか、とそのままにさせることにして。

「うー……」

「わあ!」

 風呂上りに体を振って、水を払うこんこんのしぶきをまともに雄介は受けてしまった。服を着る前でよかった……と思いながら体をタオルで拭いていれば、こんこんは何かが気になるのか、雄介の左側の尻たぶのあたりをしきりに見ているようだった。
 こんこんの視線の先にあるものに気づき、「ああ」と雄介はほほ笑んだ。 

「これ? 痛くないから大丈夫だよ」

 そう言っているのに、こんこんは視線を動かさない。

「これね、蒙古斑もうこはんって言ってね、僕の赤ちゃんの時からあるんだ。僕のお父さんも同じ場所に同じ形の蒙古斑があったんだって。お父さんのお父さんも同じ場所に同じ形であったっていうから、不思議な遺伝だよね」

 他のものは全部消えたのに、これだけ残った蒙古斑。お父さんたちも長い間残り、気づいた頃にはいつの間にか消えていたそうだから、雄介のこれもいつか消えてしまうのだろう。ずっと消えないかもしれないが。
 昔に比べたら、だいぶ薄くなったけれど、知らない人がいたら虐待されていると勘違いされるかもしれないほどの大きさで、雄介の手のひらくらいはある。それが紅葉のような形をしているからさらに目立つのだ。
 
 雄介のこの蒙古斑は知る人は知るから「雄介がバラバラ死体になっても尻見ればわかるよな」とあまりありがたくないことも言われている。
 もっともすっぽんぽんになって着替えるなんて、物心がついてからはしなくなったので、知っているのは幼稚園の時の知り合いと家族くらいなのだが。

「あ、そうだ……幼稚園」

 雄介の通っていた幼稚園。先ほどの食事の時も思い出していたけれど、神様のお話をたくさん教えてくれた園長先生は牧師様でもあった。
 雄介が年長組の時、幼稚園のトイレが怖いと泣いていた年少の子がいたのだけれど、園長先生がそれを聞いて見回りをしたら、もう怖くなくなったと言っていた。
 園長先生に何をしたの?と訊いたら「おばけに違うところに行ってとお願いしたんですよ」と眼鏡の下の優しい目尻にシワを寄せて教えてくれたのだ。

「こんこんのこと、園長先生だったら見えるかも」

 こんこんが雄介の違うものに興味を持って遊びそうになるのを慌てて止めて。こんこんをタオルで包むと雄介は部屋に連れ戻った。
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