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第43話 なんで?
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リリンにクロエの過去を教えられた時からずっとおかしいと思っていたことを口にした。
なぜこんな勘違いをしているのだろうか、と。
「騎士はその人のみに与えらえる一代限りの爵位の名前でもありますけれど、職種の騎士という言い方もできます。でも、貴方は騎士になるのが当たり前の家だったんですよね? それなら貴方自身も間違いなく貴族の籍を持ってたはずです」
平民が騎士になることは、手っ取り早く貴族の仲間入りすることができる手段である。
騎士団に候補生として入ってから騎士として叙勲されるのが一般的だから、リリンはその流れしか知らず、見習い騎士だったクロエは元々平民だと思っていたのかもしれない。
しかしセユンのように伯爵家という貴族の家に生まれついているが、家業が騎士という人だっている。
爵位としてならセユンは伯爵と騎士号の両方を兼任していることになるが、複数の爵位を持つ場合、高い方を名乗るのが普通なので、伯爵と呼ばれているだけだ。
しかもクロエが伯爵家の嫡男だったセユンと幼馴染として育っているのなら、彼女の実家は家格が高い貴族のはずだ。両親の身元がしっかりしている者でないと幼い時から伯爵邸に上がることすらできないから。となればクロエは生まれつき貴族だったのだ。
「お父様が亡くなられた時に貴方が未成年だったとしても、貴方は騎士見習いとか関係なく単なる貴族の一員です。貴方の場合は伯爵家も後見していたと思われますから、大人になってから貴方は意図的に貴族籍を放棄したとしか考えられないんです」
貴族で大事なのはとにかく血。この国で平民と結ばれた貴族の子が貴族の継承権を得られないのは、平民は貴族籍を持っていないからだ。
両親が貴族……貴族籍を持っている人間なら生まれ落ちた瞬間に貴族の籍に入れられる。私にとってのウィルおじ様のような人たちがそれを保証し、クロエにとってはそれがモナード伯爵家であったことは想像に難くない。
私は自然とミレーヌのことを頭に思い浮かべていた。
たとえ我が家がミレーヌを引き取らず、彼女がたとえ孤児院のようなところで成長していたとしても、その貴族籍は変わらずに残っていただろう。
ミレーヌが18になり成人して自らの手で貴族であることを放棄する意思を持たなければ、彼女の未来の夫はミレーヌが持つ男爵という爵位を得ることができるのだ。
同じようにクロエがたとえ騎士になる道を諦めていたとしても、その貴族籍は変わらない。
未成年のうちにクロエがセユンことジェームズ・ラルム・モナードと将来を誓い合っていたのなら成人になると同時に結婚だってできたはずだ。彼女の言ってたように一度も騎士として剣をふるわなくても。
そして、クロエは伯爵夫人にも、騎士にも騎士の妻にもなりえた。平民になりさえしなければ。
セユンを思い結婚したかったのなら、貴族籍を放棄することはあり得ないし、伯爵という人の結婚がどういうものか彼女は知っていたはずだ。
以前に平民だと思っている私相手に「おじさん伯爵の妾になるしかない」と言っていたことがあるのだから。
「貴族の跡継ぎを作る必要があるモナード伯爵は貴族以外と結婚できない。貴方がそれを知らないはずはないですよね……? そして貴方は貴族になれなかったのではなく、その権利を自ら捨てた。なんでそんな選択をしたかを私は知りたいんです」
「…………貴方、なぜそんなことを知っているの……?」
どこか怯えたような表情のクロエに、首を振る。私も貴族だから教えられて知っているということは言わなくても、知る人は知る情報だ、こんなものは。
クロエは唇をきつく噛んでいる。そして吐き捨てるように叫んだ。
「……ジェームズに言われたのよ。自分のために平民になって仕事をサポートしてほしいって。平民の影武者が必要だから、それに私がなってほしいって」
「……っ!?」
「貴族は表立って働いたら非難される。蔑まれる。伯爵であるジェームズは自分の代わりに自分の意のままに動いてくれる人間が……平民の存在が必要だった。しかし、秘密を知ってる人間は迂闊に増やすわけにはいかなかった。もし誰かを雇って口封じを上手くできなければ、ジェームズが平民と同じ労働をしているということが外にばれてしまうから。だから私が貴族籍を捨てるしかなかったのよ!」
私が青ざめてクロエの言葉を聞いていれば、クロエはうつむいて話を続けた。
「私は伯爵家のためならなんでもしてきた。だからその時も彼の言う通りにしたのよ。たとえ平民になっても私は彼の側にいられればよかったし、それでも彼は私を選んでくれると信じていたから……でも本当は私なんかと結婚したくなかったのね、彼は私を捨てる体のいい口実として私の身分を奪うようにさせた。平民になった私は彼を追いかける権利すらなくなって…………」
それは悲痛な告白だ。
恋人の貴族籍をはく奪させ平民の身分に落とし、将来生まれるだろう子供の身分を理由に結婚することなく別れを告げる……。
辻褄は合うし、そういう非道をするような貴族はいてもおかしくないだろう。
クロエの目は冷たく。暗い。セユンがそんなことをクロエに強いたというのなら、彼を恨んでいると言ってもおかしくない。
しかし、しかしだ。
「あの……なら、なぜ、セユンさんは今、まだ結婚してないんでしょう……? なんで独身なんですか?」
なぜこんな勘違いをしているのだろうか、と。
「騎士はその人のみに与えらえる一代限りの爵位の名前でもありますけれど、職種の騎士という言い方もできます。でも、貴方は騎士になるのが当たり前の家だったんですよね? それなら貴方自身も間違いなく貴族の籍を持ってたはずです」
平民が騎士になることは、手っ取り早く貴族の仲間入りすることができる手段である。
騎士団に候補生として入ってから騎士として叙勲されるのが一般的だから、リリンはその流れしか知らず、見習い騎士だったクロエは元々平民だと思っていたのかもしれない。
しかしセユンのように伯爵家という貴族の家に生まれついているが、家業が騎士という人だっている。
爵位としてならセユンは伯爵と騎士号の両方を兼任していることになるが、複数の爵位を持つ場合、高い方を名乗るのが普通なので、伯爵と呼ばれているだけだ。
しかもクロエが伯爵家の嫡男だったセユンと幼馴染として育っているのなら、彼女の実家は家格が高い貴族のはずだ。両親の身元がしっかりしている者でないと幼い時から伯爵邸に上がることすらできないから。となればクロエは生まれつき貴族だったのだ。
「お父様が亡くなられた時に貴方が未成年だったとしても、貴方は騎士見習いとか関係なく単なる貴族の一員です。貴方の場合は伯爵家も後見していたと思われますから、大人になってから貴方は意図的に貴族籍を放棄したとしか考えられないんです」
貴族で大事なのはとにかく血。この国で平民と結ばれた貴族の子が貴族の継承権を得られないのは、平民は貴族籍を持っていないからだ。
両親が貴族……貴族籍を持っている人間なら生まれ落ちた瞬間に貴族の籍に入れられる。私にとってのウィルおじ様のような人たちがそれを保証し、クロエにとってはそれがモナード伯爵家であったことは想像に難くない。
私は自然とミレーヌのことを頭に思い浮かべていた。
たとえ我が家がミレーヌを引き取らず、彼女がたとえ孤児院のようなところで成長していたとしても、その貴族籍は変わらずに残っていただろう。
ミレーヌが18になり成人して自らの手で貴族であることを放棄する意思を持たなければ、彼女の未来の夫はミレーヌが持つ男爵という爵位を得ることができるのだ。
同じようにクロエがたとえ騎士になる道を諦めていたとしても、その貴族籍は変わらない。
未成年のうちにクロエがセユンことジェームズ・ラルム・モナードと将来を誓い合っていたのなら成人になると同時に結婚だってできたはずだ。彼女の言ってたように一度も騎士として剣をふるわなくても。
そして、クロエは伯爵夫人にも、騎士にも騎士の妻にもなりえた。平民になりさえしなければ。
セユンを思い結婚したかったのなら、貴族籍を放棄することはあり得ないし、伯爵という人の結婚がどういうものか彼女は知っていたはずだ。
以前に平民だと思っている私相手に「おじさん伯爵の妾になるしかない」と言っていたことがあるのだから。
「貴族の跡継ぎを作る必要があるモナード伯爵は貴族以外と結婚できない。貴方がそれを知らないはずはないですよね……? そして貴方は貴族になれなかったのではなく、その権利を自ら捨てた。なんでそんな選択をしたかを私は知りたいんです」
「…………貴方、なぜそんなことを知っているの……?」
どこか怯えたような表情のクロエに、首を振る。私も貴族だから教えられて知っているということは言わなくても、知る人は知る情報だ、こんなものは。
クロエは唇をきつく噛んでいる。そして吐き捨てるように叫んだ。
「……ジェームズに言われたのよ。自分のために平民になって仕事をサポートしてほしいって。平民の影武者が必要だから、それに私がなってほしいって」
「……っ!?」
「貴族は表立って働いたら非難される。蔑まれる。伯爵であるジェームズは自分の代わりに自分の意のままに動いてくれる人間が……平民の存在が必要だった。しかし、秘密を知ってる人間は迂闊に増やすわけにはいかなかった。もし誰かを雇って口封じを上手くできなければ、ジェームズが平民と同じ労働をしているということが外にばれてしまうから。だから私が貴族籍を捨てるしかなかったのよ!」
私が青ざめてクロエの言葉を聞いていれば、クロエはうつむいて話を続けた。
「私は伯爵家のためならなんでもしてきた。だからその時も彼の言う通りにしたのよ。たとえ平民になっても私は彼の側にいられればよかったし、それでも彼は私を選んでくれると信じていたから……でも本当は私なんかと結婚したくなかったのね、彼は私を捨てる体のいい口実として私の身分を奪うようにさせた。平民になった私は彼を追いかける権利すらなくなって…………」
それは悲痛な告白だ。
恋人の貴族籍をはく奪させ平民の身分に落とし、将来生まれるだろう子供の身分を理由に結婚することなく別れを告げる……。
辻褄は合うし、そういう非道をするような貴族はいてもおかしくないだろう。
クロエの目は冷たく。暗い。セユンがそんなことをクロエに強いたというのなら、彼を恨んでいると言ってもおかしくない。
しかし、しかしだ。
「あの……なら、なぜ、セユンさんは今、まだ結婚してないんでしょう……? なんで独身なんですか?」
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