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第37話 遺言状 3
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「さぁ、もう今日は寝てしまいなさい。疲れたでしょう?」
私の身体を優しく離し、母にそう諭された。
確かに今日は疲れている。しかし、精神が興奮していて、上手く寝付ける自信もなかった。
寝支度を終えてベッドに入ろうとしていたら、扉を叩く音がする。
ちょうど部屋から出ていこうとしていたメイドにドアを開けさせれば、ミレーヌだった。
「レティエ、今日は一緒に寝ていい? なんか眠れなさそうなんだもん……」
ミレーヌも私と同じだったようだ。私は頷くと彼女をベッドに招いきれる。
私のベッドに乗り込みながら、ミレーヌは文句を言う。
「狭い……」
「しょうがないでしょ」
こうして二人で寝るのは子供の時以来で、さすがに下手に寝返りをうてば、ベッドから落ちてしまいそうだ。
燭台の灯を落としてもらい部屋の中に二人きりになると、夜の闇の中にもわもわと考えが広がっていく気がする。
おばあ様が亡くなったことも悲しいけれど、もう会えないと思うことの方が悲しいとか、おばあ様の遺言状のことなども。
ミレーヌがもぞもぞと動き、眠りやすい体勢を探しているようなので、その背中にそっと話しかけた。
「私、話し不足だったね。もっとみんなに色々と言わなければいけないことを、全然話してなかった。言わなきゃわからないこと、わかったつもりだったの」
ミレーヌは私の言葉にぴたりと動きを止める。
「貴方も言葉が足りないけど、貴方だけでなくおじ様もおば様もよ。せっかく生きてるのだから、うちの娘は可愛い、愛してるっていえばいいんだわ。貴方が後悔することないけど、反省するならこの先、うんとお喋りすればいいと思う」
背中越しに聞こえるミレーヌの声は冷静だ。
もう、両親に思いを伝えたくても言えないミレーヌだからこその言葉だろう。
割り切っているようなミレーヌの姿も、悲しくなった。いや、割り切っているのではなく、乗り越えたのだろう。
「でもまさか貴方があんなこと思ってるなんて思わなかったわ。私と貴方じゃ違うじゃない。私は今でもパーマーの人間なんだし。おじ様が私をいいところに結婚させても、この家にメリットあまりないと思うわよ?」
ミレーヌは寝るのを諦めてお喋りすることに決めたのか、唐突にくるっとこちらを向いた。
「ごめんね……考えてみればそうなんだけれど、なんか気づけなかったのよね」
「しょせん私はもらい子よ? おばあ様にとっては等しく孫でも、おじ様たちにとっては姪でしかないもの。私は本当の家族じゃないし。いつ捨てられてもおかしくないのよ?」
それこそまさか、そんなことををミレーヌが思っていると思わなかった。
いつも朗らかで自由奔放な姿を見せていると思っていた彼女が、そんな知らない気遣いをしていたなんて。
私よりよほど、両親にとっての本当の家族に見えたくらいだったのに。
「……本当の家族よ、貴方は」
「そうよ。私はちゃんとこの家の家族よ。だって貴方が私をそうしてくれたんだもの。いい子でいようって、甘えっこで明るくて、大人が好む子供の姿でいるしか私は居場所を作れなかったのに。そうじゃない私でも貴方は私をそのまま受け入れてくれてた」
子供は大人が思うより賢しくて、ずるい。求められている姿を演じて、すり寄ることができるくらいには。
「レティエはね、私が扱いにくいとか、可愛げがどうのとか関係なく、私がいるのが当たり前だったの」
「え?」
「お菓子を貰ったら、それまで当たり前に貴方は全部自分のものにできたはずなのに、私がここに来てから、貴方は必ず私に『どうぞ』って分けるようになったの。貴方はなんとも思ってなかったかもしれないけれど、同じように一人っ子だった私はそれを見て驚いたのよ」
お菓子を分ける?
ミレーヌの思い出話に混乱してしまった。
うちが貧しかったのならそういうところは驚きの要素だったかもしれない。別にいつでもお菓子がもらえると思えば、それに執着するはずもないから、お菓子を分けるのは当たり前だと思うのだけれど。
「この子はもう私がいるのを受け入れてくれてるんだってそれで思ったわ。貴方が私の姉妹になってくれたから貴方がこの家での私の居場所になったの」
ミレーヌが屋敷にいるのが当たり前になり、一人っ子だった私が、自分以外の子供がいる世界にこの屋敷の誰よりも先に馴染んだ。それにミレーヌは安心したのだ。
「私はね、お父様とお母様に対してはちょっぴり後悔しているところがあるけれど、おばあ様にはちゃんと大好きなことを常にお伝えしてたつもりよ。だから大丈夫」
「……」
ああ、違う。この子は両親を失ったことをまだ割り切っても乗り越えてもいなかった。
それでも、続いていくと思っていた日常を唐突に奪われた悲しみを、ミレーヌはちゃんと教訓にしている。
「…………レティエの泣き虫~そんなに泣いたら、明日顔腫れちゃうわよ?」
「…………」
声を出して言い返そうものなら、なおさら嗚咽になってしまう私をわかっていて、ミレーヌはからかってくる。
でもそれは彼女なりに私を慰めようとしているのだ。
私はばさりと深く毛布の中に潜り込み、大きく息を吸ったり吐いたりして気持ちを落ち着かせて……ようやく一言だけ口にした。
「ミレーヌの意地悪」
私の身体を優しく離し、母にそう諭された。
確かに今日は疲れている。しかし、精神が興奮していて、上手く寝付ける自信もなかった。
寝支度を終えてベッドに入ろうとしていたら、扉を叩く音がする。
ちょうど部屋から出ていこうとしていたメイドにドアを開けさせれば、ミレーヌだった。
「レティエ、今日は一緒に寝ていい? なんか眠れなさそうなんだもん……」
ミレーヌも私と同じだったようだ。私は頷くと彼女をベッドに招いきれる。
私のベッドに乗り込みながら、ミレーヌは文句を言う。
「狭い……」
「しょうがないでしょ」
こうして二人で寝るのは子供の時以来で、さすがに下手に寝返りをうてば、ベッドから落ちてしまいそうだ。
燭台の灯を落としてもらい部屋の中に二人きりになると、夜の闇の中にもわもわと考えが広がっていく気がする。
おばあ様が亡くなったことも悲しいけれど、もう会えないと思うことの方が悲しいとか、おばあ様の遺言状のことなども。
ミレーヌがもぞもぞと動き、眠りやすい体勢を探しているようなので、その背中にそっと話しかけた。
「私、話し不足だったね。もっとみんなに色々と言わなければいけないことを、全然話してなかった。言わなきゃわからないこと、わかったつもりだったの」
ミレーヌは私の言葉にぴたりと動きを止める。
「貴方も言葉が足りないけど、貴方だけでなくおじ様もおば様もよ。せっかく生きてるのだから、うちの娘は可愛い、愛してるっていえばいいんだわ。貴方が後悔することないけど、反省するならこの先、うんとお喋りすればいいと思う」
背中越しに聞こえるミレーヌの声は冷静だ。
もう、両親に思いを伝えたくても言えないミレーヌだからこその言葉だろう。
割り切っているようなミレーヌの姿も、悲しくなった。いや、割り切っているのではなく、乗り越えたのだろう。
「でもまさか貴方があんなこと思ってるなんて思わなかったわ。私と貴方じゃ違うじゃない。私は今でもパーマーの人間なんだし。おじ様が私をいいところに結婚させても、この家にメリットあまりないと思うわよ?」
ミレーヌは寝るのを諦めてお喋りすることに決めたのか、唐突にくるっとこちらを向いた。
「ごめんね……考えてみればそうなんだけれど、なんか気づけなかったのよね」
「しょせん私はもらい子よ? おばあ様にとっては等しく孫でも、おじ様たちにとっては姪でしかないもの。私は本当の家族じゃないし。いつ捨てられてもおかしくないのよ?」
それこそまさか、そんなことををミレーヌが思っていると思わなかった。
いつも朗らかで自由奔放な姿を見せていると思っていた彼女が、そんな知らない気遣いをしていたなんて。
私よりよほど、両親にとっての本当の家族に見えたくらいだったのに。
「……本当の家族よ、貴方は」
「そうよ。私はちゃんとこの家の家族よ。だって貴方が私をそうしてくれたんだもの。いい子でいようって、甘えっこで明るくて、大人が好む子供の姿でいるしか私は居場所を作れなかったのに。そうじゃない私でも貴方は私をそのまま受け入れてくれてた」
子供は大人が思うより賢しくて、ずるい。求められている姿を演じて、すり寄ることができるくらいには。
「レティエはね、私が扱いにくいとか、可愛げがどうのとか関係なく、私がいるのが当たり前だったの」
「え?」
「お菓子を貰ったら、それまで当たり前に貴方は全部自分のものにできたはずなのに、私がここに来てから、貴方は必ず私に『どうぞ』って分けるようになったの。貴方はなんとも思ってなかったかもしれないけれど、同じように一人っ子だった私はそれを見て驚いたのよ」
お菓子を分ける?
ミレーヌの思い出話に混乱してしまった。
うちが貧しかったのならそういうところは驚きの要素だったかもしれない。別にいつでもお菓子がもらえると思えば、それに執着するはずもないから、お菓子を分けるのは当たり前だと思うのだけれど。
「この子はもう私がいるのを受け入れてくれてるんだってそれで思ったわ。貴方が私の姉妹になってくれたから貴方がこの家での私の居場所になったの」
ミレーヌが屋敷にいるのが当たり前になり、一人っ子だった私が、自分以外の子供がいる世界にこの屋敷の誰よりも先に馴染んだ。それにミレーヌは安心したのだ。
「私はね、お父様とお母様に対してはちょっぴり後悔しているところがあるけれど、おばあ様にはちゃんと大好きなことを常にお伝えしてたつもりよ。だから大丈夫」
「……」
ああ、違う。この子は両親を失ったことをまだ割り切っても乗り越えてもいなかった。
それでも、続いていくと思っていた日常を唐突に奪われた悲しみを、ミレーヌはちゃんと教訓にしている。
「…………レティエの泣き虫~そんなに泣いたら、明日顔腫れちゃうわよ?」
「…………」
声を出して言い返そうものなら、なおさら嗚咽になってしまう私をわかっていて、ミレーヌはからかってくる。
でもそれは彼女なりに私を慰めようとしているのだ。
私はばさりと深く毛布の中に潜り込み、大きく息を吸ったり吐いたりして気持ちを落ち着かせて……ようやく一言だけ口にした。
「ミレーヌの意地悪」
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