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第一章

第八話 デート前

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 スティアは落ち着いただろうか。
 泣いていた時の息遣いが治まり、潤んだ目は少しずつ涙が渇いていって、自然といつしかいつもの彼に戻っていた。

「あのさ、一緒にいる間にさ……君だって可愛い女の子に恋する日がくるかもしれないんだよ?めちゃくちゃ妬けるけど、俺はそれに文句言えないわけだし」

 自分がスティア以外に恋をすることは想像できないのだけれど、美しく成長したスティアが、誰かの隣にいるということは容易に想像できて。それはそれでへこんだ。

「そんなことは、ならないよ、きっと」

 僅かに、だけれどスティアが笑ってそう首を振る。その笑顔にほっとした。
 それは、彼が誰か自分以外に恋をすることを否定してくれたから、ではなくて。
 ただ、好きな子が笑ってくれたということに対してだけなのだけれど。

「ごめんね、取り乱してしまって。ボクはもう、大丈夫」

 そういって、ぐしぐしと、目元を擦るスティアは、そういえば、と顔を上げた。

「仕事、ずいぶんと早く帰ってきてない……? 大丈夫なの?」
「あ、そうだ。会社! ……まだ大丈夫かな」

 時計を見つめ、仮病の電話をするタイミングを見計らう。
 壁掛け時計をにらみ始めた自分を訝し気にみるスティアに謎解きをしてあげよう。

「俺、インフルエンザにかかってるから」
「ええっ!?」
「あ、違う違う、仮病。なんかあったらそういうことで口裏合わせてくれると嬉しいかな。なにもないとは思うけど。会社に電話かけないと」
「なるほど。わかりました……。蒼一郎、ちょっとスマートフォン貸してください」

 あっちむいててくださいっと言って、スティアが慌てて服を着ている。そして何事もなかったようにスマートフォンを手に取ると、あの不可思議な歌を歌い始めた。

 響く歌声をスマートフォンに聞かせると、スマートフォンは勝手に明るく光り、そして見覚えのある番号と、会社という表示を出してくる。

「え、ちょ……!?」

 勝手に会社に繋がってる!? スマートフォンに手を伸ばそうとすれば、社名を名乗って誰かが電話に出たようだ。

『もしもし……、財前です……』
「!?」

 スピーカーモードになっているのだろうか。こちら側が話していると思われる内容も聞こえるのだが、誰も話していない。つまり、電話が勝手に話しているようで。

『インフルエンザB型だって医者に言われました。すみません、しばらく欠勤でお願いします……はい、はい、病休から有休は後程……それじゃあ……』

 電話が勝手にやり取りをして、勝手に切ってくれた。

「どうです?」

 ふふん、と胸を反らしてスティアが威張っている。

「すごい。どーなってんの?」
「もともとスマートフォンは合成の音声なんですよ。当然蒼一郎の私物ですから、このスマートフォンは貴方のデータを覚えている。だから、蒼一郎に成りすまして電話をかけてもらったんです。貴方よりこの子の方がきっと上手に仮病伝えられるかなって。あ、病院らしいバックグラウンドノイズもついてるはずですよ」

 さすがスマートフォン……声のプロだけあるようだ。
 自分のスマートフォンを愛しそうに撫でながら、答えるスティア。まるでそれは自分のだとでもいうかのように優しい手つきだ。
 その様子を見ていると、機械がまるで生き物のように見えて(確かに彼の声で命を吹き込まれているとはいえ)、機械に彼は愛されているのだなぁと思うし、そこまで愛しているから愛されているのだな、とも思う。
 スティアに大事にされている機械に、ほんのわずかな嫉妬も覚えてしまうくらいに。

「どうもありがとう。すごい助かったよ」

 しかし、この能力はなんでもできてしまいそうだ。できないことの方が少ないのでは? と思ってしまう。
 色々と試してもらった結果、最低限度の能力だった家電が、音声認識するAI入りなみに知能が上がっているようだとわかった。
 少し焦げムラができたオーブンレンジは、パンの焼き加減がちょうどよくなり、コーヒーメーカーも濃さの好みを覚えてくれた。ささいなストレスだったものが解消されていって。

「俺、スティアがいないと生きていけなくなりそう……」

 便利さが段違い、と使い勝手の良くなっている家電を使いつつ呟くと。

「何を言ってるんですか。ボクを機械の1つ扱いするんですかっ」

 そう唇を尖らせる。
 スティアがいないと生きていけないのは、既にもう事実なのだけれど。でも、それはそういう意味ではない。

「君にとってみたら当たり前なことだろうし、もっと便利な世界から来ているからわからないかもしれないけれどさ。俺からしたらこんな快適さ知らないわけだからね」
「蒼一郎の快適って程度が低いですよ。もっと工夫すれば色々できるのに……不便さを楽しんでいるです?」

 そう言うと、スティアは机の上のパソコンに声をかける。そうすれば、ネット上から検索し、拾いだしてきた様々な便利家電一覧が出てきた。

「こういうの、この時代にもあるじゃないですか。まだあまりいい機能はないみたいですが。そういうの導入すればもっとましな生活になるでしょう?」
「そうしたいのはやまやまだけれどさ……こういうのってお高いし、使いこなせそうにないしね」

 高級マッサージ機、60万円とかいうのが並んでいるのを見ると、人間のマッサージ屋さんに行こうと思う。
 しかし、スマートホームというのもすごいなぁ、と思わずモニターに見入ってしまう。

「使いこなせないことはないですよ? ボクがカスタマイズすればいいのですから。お金の問題は……少し時間さえあれば、なんとかできますけどね」

 そう言って、スティアは暗い目をする。タイムリミットがあることを思いだしてしまったのだろうか。そんな彼の気を引き立てるようにつとめて明るい声を上げた。

「えーと、スティアは何か欲しいものあるのか?」
「服」

 即答だった。
 それは機械ではないけれど、いまだに体に合わない服を着ているのは限界だろうし、こちらも異論はない。元々彼はおしゃれな子だ。どうして女装していたのかはわからないのだけれど。

「じゃあ、これから服を買いに行かないか?」
「……貴方、出て大丈夫なんですか?」

 彼は自分が仮病を使って休んでいるのを気にしてくれているようだ。
 しかし、そんなこんな時間に誰かと鉢合わせするようなこともないだろう。仮に誰かに出会ったとしても、徹底的にしらばっくれればいい。

「大丈夫だよ。じゃあ、俺も着替えるから、君も待ってて」

 今の服は体に合わないから、スティアが着ていた服に着替えたほうが、と一瞬思ったが、スティアの象徴ともいえる服そのままで出歩いたら、目立ってしまうだろう。
 申し訳ないけれど、彼には自分の服で我慢してもらうことにしよう。
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