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第十二話 もう遅いのです

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「ラナ、申し訳なかった。私が悪かったから、もう一度私とやり直してほしい。私には君しかいない……」

 済まなそうな顔は端正で、過去ならば絆されていたかもしれないけれど、今は気持ちがまるで動かない。 
 セリス様の言葉にも私は無表情を貫く。無表情を装っていないと、汚物でも見るような目でセリス殿下を見てしまいそうで。
 片方にフラれたからって捨てた女のところに戻ってくる男など、どこに受け入れる余地などあるのだろうか?

「私たちの結婚はやはり運命なのだよ。神の意思から私たちは逃れることなんてできないんだ」
「いいえ、運命ではなく王命でございます。王命で行われるはずの私と貴方の婚約を、貴方は蔑ろにしたのですよ? そんな人の言葉を私はもう信じられません。貴方と添い遂げるくらいなら、私は修道院に参ります」

 ひどく傷つけられたという顔をして、父の脇に引き下がり、彼から距離をとった。父はセリス殿下の方を一顧だにせず、国王陛下をじっと見つめている。
 しかし、セリス殿下は強引に私の肩を掴んで自分の方を振り返らそうとした。そういうとこなのだけれど。嫌なのは。

「お願いだ。私にチャンスをくれ!」
「婚約者がいて他にの女性に目移りをするのはよくあること。しかし、貴方はご自分の立場というものを理解しておられなかったから、このようなことになったとお分かりですか? 貴方はこの国の王子なのですよ」
「私の何が悪かったのだ?」
「男爵令嬢に懸想し、その方に気軽に王太子妃という立場と名誉を与えようと、10年かけて日々懸命に努力していた私を蔑ろにしたことです」
「そなたは婚約解消を受け入れたではないか!」
「私は一度も受け入れたなどと言っておりませんよ。あれは殿下からの一方的な婚約破棄でございます。私は公爵家令嬢で、王族である王子の臣。貴方の言葉は私には絶対なのです」
 
 私と貴方の間には身分の差があることを理解しておられますか? と口にしたら黙ってしまったので、言いたいことを続けることにした。

「王太子でありながら、セリス様は王太子妃というものを分かっておりません。そして王族の持つ責務に関してもご理解がないようです。ご自身がどのような存在でどのように皆に見られているか、理解していないからこそ、今回このようなことが起きたのでしょう? 王太子妃は将来王となる子を産むだけの存在ではないのですよ。国をまとめて導く人を支え、ある時は自らも指針となる義務を持っているのです」

 セリス様に言っているようでいて、さりげなく王妃に当てこすりをしてしまっているのは、それだけ腹に据えかねたからだ。
 大体、王子を産むだけでいいのなら、王を種馬のようにさせてあちこちに手をつけさせて、子を産ませて増やしてしまえばいいではないか。それに伴う責任や権利まで存在するから、迂闊に増やせないでいるのに。

「貴方は未来に王となるために今まで何をしていましたか? 国家の歴史を学び、領土の運営をし、祖先を祀り……そのような学問は修められてはいても、最も身近である臣下であり、支える存在であった私に対して貴方はどのような態度を取り続けていたでしょうか。
 しかも貴方は私と婚約破棄した後も結婚せずとも宮中にとどまり、そのまま貴方に仕えよとお命じになりました。それならば私の方が第二王妃になるのでしょうか。男爵令嬢が王妃で公爵令嬢が第二王妃? 王妃と第二王妃の立場が逆転いたしますよ。
それとも私を侍女や女官と同じ扱いにすると? それは高位貴族である公爵令嬢に対する侮辱でしょう。貴族社会をなんだとお思いですか。殿下はそんなに王太子妃というものを軽んじておられるのですか? 将来王妃になる人を未来の王となる人が? 貴方がご自身を愛してくれる人への誠意と愛を貫きたいのなら、王冠をお捨てになりなさい。それが道理というものです」

 このナルシストが。
 最後の一言を言わないでいる理性は自分にあったことだけは褒めてやっていいと思う。

「そんなことはもう起きない。私は貴方だけしかもう見ないから」

 心も入れ替える、だから、捨てないでくれ、と取りすがるセリスに首を振る。

「無理でしょう。今回のことだけでなく、私は貴方に何年も他者への態度やふるまいを改めるよう言い続けていました。しかし貴方はただの一度も耳を貸して下さらなかったのです。もし、これから悔い改めてもそれは私の言葉からではなく、貴方は陛下の御前であるという理由で、ようやく私の言葉に気づいたということになります。今まで貴方は私を利用する存在だとしか見てなかったのですよ。それにお気づきでしたか?」

 それは王妃もそうだろうけれど。
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