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第十三話 結末

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「王の御前です、おやめなさい!」

 官吏の声が響き、言い合いしていた私とセリス殿下は、はっと玉座を振り返る。

「もうよせ、セリス」
「しかし陛下!」

 父である王にも食ってかかろうとしているセリス殿下に、陛下は下がるように手で制するような合図を送り、黙らせた。そして静まり返った場を見つめ、ふぅ、と肩から息を吐いている。

「このバカ息子にまかせていたら国が亡びるということがよくわかった。文官、ここに」

 控えていた官吏の一人が前に出て、陛下の前に膝をつく。その彼に陛下が命じた。

「セリスを廃嫡とする。公文書に残せ」
「お待ち下さい、陛下、文官も待ちなさい!」
 静止しようとする王妃様の声が謁見の間に大きく反響した。しかしそれ以上に大声が大きな部屋に響き渡る。王の怒号だ。

「お前もお前だ! このバカものが。一人息子だと甘やかしてロクに躾けも学びもさせてこなかったのだろう。今まで大きな問題が起きてなかっただけ幸いだと思え」
「……私が、……バカですって」

 怒鳴られた王妃様がわなわなと震えて黙り込んでいる。

 そんな様子を部屋にいる全員であっけに取られて見守ってしまった。
 貴族も王族もだが、基本的にどんな時も感情を露わにしないよう、生まれた時から訓練を受けている。
 こんな公式の場で夫婦とはいえ……いや、夫婦だからこそか、一国の王が妻というより王妃を一喝したというのは信じられないくらいのタブーなのだ。

「どんなに愚かな息子でも、それを支える者たちが優秀ならば王としても大丈夫だろうと思っていた。しかし、その相手にも見捨てられるような愚かさなら話は別だ。セリス、お前を臣籍に落としリンドバーグの領主を命じる。しばらく謹慎していろ」
「!?」

 驚いたのはセリス殿下だけではないだろう。
 思った以上に厳しい処遇だ。廃嫡だけでなく王籍までも抜かれるなんて。
 一瞬、実感がわかなかったのだろう。ぽかんとしていたセリス殿下が我に返れば声を荒げる。

「なぜ……なぜそこまで私をお厭いになるのですか、父上! 親子の縁までお切りになるというのですか」
「なぜだと? なぜ封じられたかわからないほどの愚鈍さだからそうされているのだ、この大うつけが!」

 陛下が怒っているということにはさすがにセリスもわかったのだろう。顔が真っ赤になっているが、それ以上言い返すことはない。

「そなたはこの18年、何を見て生きてきたのだ。生き馬の目を抜く王宮で過ごし、どのように物事が動いているかを肌で感じて覚えることすらなかったのか。そなたは自分を支えてくれていたラナをずっと侮り甘え続けてきていたのだぞ。それをこの先も続けるというのか? 先ほどの彼女の訴えを聞いても、何も感じなかったのか! その上でラナにすがるなど王の器どころか男の風上にも置けぬわ。そんな政治感覚の欠如した者など、王冠を預けるにふさわしくない!」

 セリスは見捨てられたとショックを受けているようだが、もしかしたら、これも一種の親心なのかもしれない、と思ってしまった。
 リンドバーグ領は相当田舎の方の王家の所領だ。
 この呑気な王子様はのどかな政敵のいない場所で暮らしている方がお似合いかもしれないのだから。
 ただ、本人が実力に見合わないプライドの持ち主だから、それを素直に受け止めるかどうかは別の話だが。

「私がラナを……侮っていただなんて……そんなことは……」

 王から受けた言葉を否定しようと弱弱しい声を紡ぐセリス殿下に、父のガリータ公爵が近づいた。

「君の本心がどうあれ、セリス殿の娘への態度はそう受け取られてもおかしくないんだよ。そこに君の意思があるかどうかは関係ない。そうだろう?」

 露骨に父が殿下への言葉遣いを変えている。一瞬、どうしたの?と思って、はっと気づいた。セリス様はたった今、廃嫡となり王籍すら抜かれたのだ。そして現在は公子という身分を与えられるかどうかもわからない。身分としては正式に公爵である父の方が上になる。暗に君の立場はもう自分より下だ、と教えている父は腹黒い。
 そして顔面蒼白で体を震わせている王妃にも、陛下は言い忘れていたが、と付け加える。

「アイシャよ。お前もセリスについていけ。リンドバーグは空気のいい場所だ。体の弱いそなたの療養にもいいだろう」
「陛下! 私までも田舎に追いやるおつもりですか」
「なぜだ? 王都にいてもそなたがすることはないだろう? 大丈夫だ。こちらのことはサティにまかせて安心して隠居しなさい」

 サティは第二王妃様のお名前だ。これは療養という名の流罪だろう。王宮を追い出された王族は、社交界や政治舞台から追放されたのと同じだ。
 王妃の称号自体は彼女は死ぬまで名乗ることができるが、王都から離れた王妃は隠居した身と思われるので、これ以降の実権はサティ第二王妃様が代理として掴み、王妃のように扱われるだろう。
 実際なんて皆、どうでもいいのだから。信じたいことを信じる、それが人間というもので。

「さぁ、下がれ、そなたらには荷造りが必要だろう? 近衛兵たち。王妃とセリスを部屋に連れていってやれ。侍女たちにも事情を通達せよ。後程、必要な手続きは宰相に相談の上、行うように」

 まるで犬の仔でも追い払うかのように、陛下がてきぱきと指図をして二人を謁見の間から追い出していく。屈強な騎士で構成されている近衛兵に引き立たせられては抵抗もできずに、二人共うなだれながらも出ていくしかない。


 そして、その場には、数人の侍従と近衛以外は、私と父のみが残された。
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