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第九話 陛下の召喚状

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 公務の参加の拒否を決め込み、王宮に行かずに自宅でのんびりすること一週間。

 その間にも毎日のようにセリス殿下から、手紙が届いていた。内容は開かなくてもわかるから放置するが。
 大体、本当に困りそうなものだけは、ちゃんとセリス様に引き継いだのだ。あの時に人の話を聞いてなかったのは彼が悪い。
 私が城に出向かなくて困っているというのなら、彼が私の元に来ればいい。なのに一度たりとも彼が屋敷に来ないのは、お父様が怖いのだろう。少々のきまり悪さもあるのかもしれないが。

 婚約はしていても、あくまでも結婚するまでは私は当家の娘という態度を崩させず、セリス殿下に対しても、父は馴れなれしい態度をとらせることを許さなかった。父の目の届く範囲内では。
 礼儀正しくはあっても厳しい公爵閣下に幼い頃から圧力を掛けられていて、王太子といえど、セリス様はいまだに父に苦手意識があるようだ。
 
 具合が悪いなどと言って、他の誘いに関してものらりくらりと侍女に代筆をさせていたが、とうとう王宮から呼び出しを受けた。
 王の名も書かれ、父にも同席を求めている正式な書簡での召喚状で、玉璽の印も押されている。

 陛下から直接の呼び出しに、はしたなくも、にやりと笑ってしまった。
 ようやく狙っていた獲物がかかった、と。

 私が完全に王宮に顔を出さなくなったということで、公式行事の運営や予定されていた公務に不都合も発生しだしたのだろう。
 女性の方が向いている公務もある。それなのにこの国の王室はただでさえ人数が少なく、その上一人はほとんど仕事をしない。私の穴は大きいはずなのを承知の上でのボイコットだったのだから。

 城下に広まる噂に黙っていられなくなったのかもしれないが、たった一週間で音を上げたのかと思えば情けない。
 呼ばれた日時を確認すれば、父とも相談をし、了承したと返事をしたためる。
 もっともどんな用事よりも優先されることなので、父の意思とは関係がない部分もあるのだが。

「お忙しい陛下のお時間を使うのですもの。ちゃんと結果を出さないとね」

 こんなに心躍り、時がたつのが待ちきれないのはいつぶりだろうか、と弾んだ気持ちでいっぱいになった。
 



*********



 王に呼ばれた当日。
 慣れた足取りで王宮に入るが、広い謁見の間に足を運ぶのは、久しぶりだ。
 毎日のように訪れていた王宮でも、普段は私的な空間に出入りする方が多かったから、このような公的な場所に入るのは公務の時に諸外国の外交官を受け入れる時くらいだろうか。
 それくらい王宮は私には第二の家のようなものだった。
 今回はいつものようにはいかないので、王からの召喚状を見せ、見知った近衛騎士の先導を受けて入っていくが。真面目腐ったような彼らの顔を見て、ちゃんと仕事してるわね、と上から目線で思ってしまった。
 
 父を後ろに従えて歩いていれば、先に謁見の間に入っていた人が振り返り、それがセリスだとすぐにわかる。
 やはり、セリス殿下も呼ばれていたらしい。
 頭を下げて挨拶をするが、憤懣やるかたないといった顔で睨んでくる。
 しかし父が隣にいることで、いつものように私に怒りをぶつけることもできずにいるようだ。

「ここ最近はゆっくりと邸宅で過ごしていたようだね、ラナ。さぞかし疲れもとれたことだろう」

 よく言えば素直、悪く言えば直情な彼にしては婉曲的な嫌味を言ってくる。しかし、そんなのは私には通じない。

「ええ、とってものんびりとさせていただきましたわ。何年もずっと私がしなくてもいい仕事までしていましたからね。やはり、自分のことは自分でやるという当然のことを覚えないと人は成長いたしませんわね、セリス様」 

 私がいう露骨な当てこすりに、お父様が「ん?」と私とセリス様を見つめるが、なんでもない、とほほ笑んで交わす。
 父の視線を意識しつつも、セリス様は小さな声で続けて話しかけてきた。

「最近皆が冷たいんだが、そなたが何か私の悪口でも言って回っているのか?」
「そんな品のないことを、公爵家の娘の私がするとでも? 大体私はここのところはずっと自邸にいましたし。私がいなくなって、本当の殿下というものを皆が知っただけでしょうね、きっと」
「なんの話だ?」
「全然気づいてないでしょうからね、殿下は」

 露骨にため息をついて見せるが、そのため息の嫌味すらも分からずにいるのだろう。

 殿下の直接すぎる言葉や、思いやりに欠けた言葉に傷ついた友人や家臣に、本当の殿下のお気持ちはこうなのですよとフォローしたり、殿下はああいいますが、本当は貴方を信頼していますよ、とか、そういう取り成しをしていたのは誰だと思っているのだろう。陰で摩擦が起きないよう配慮し、どれだけ気を使っていたことやら。
 その後でもきっちりと、殿下に注意をしていたのだけれど、聞き流されていたようだ。

「今までは私には殿下の未来に責任が少なくともございました。しかし、その責任がなくなった今、殿下のその尻ぬぐいをするのは私の役目ではないのですからね」
「尻ぬぐい……、そなたは今まで私のことをそう思っていたのか」
「それ以外のなんだと思っていたのですか?」

 ああ、あんなに何度も注意するように言っていたのに、わかってなかったのだ、と思うとそれだけで疲労が増す。王太子として貴族以上に人から見られているという意識を持てと教えていたのに。

 もう彼と話す気も失せてしまい、この謁見の間に呼ばれているのは他に誰だろうと想像をすることにした。

 王の座する場に近いところに配置された人の方が身分が高くなる。入口近くは下座。左右に分かれて王の入場を待つ。
 次に入ってきた者たちが、ドアに近いところに立っているので、貴族にしては身分の低いものとわかり、状況からしてエレーナ嬢とその父の男爵だろうと思われる。
 
 噂のエレーナ嬢。長い見事な赤毛に白い肌に甘い顔立ちかと思えばきりっとしたきつめな目元。 
 評判では聞いていたけれど、遠目から見てもやはり美しい娘だなと思う。
 どちらかというと、自分の魅せ方を心得ているというか。
 聞いた限りでは派手な服装を好むと思われていたが、今日は濃紺の拡がりの少ないドレスで、大人しい服装だと思わされた。
 彼女は目線を床に落として固まったように身じろぎ一つしなかった。

 その後にも文官や近衛兵が数人入ってきた後に、王と王妃が入場された。
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