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第五話 王子様たち
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王妃様の部屋から解放され、ようやく帰れると王宮入り口に向かっている時だった。
「ラナ!」
まだ変声期を終えていない男の子の声がした。王宮内にいる、そんな子供の心当たりは一人しかいない。
セリス殿下の腹違いの弟で、国王陛下の三男であるアレス王子だ。
そちらに向けて頭を下げようとしたら、そんなのいいから、とグイッと手を引っ張られた。
「ちょっとこちらに来て」
拉致!?と思うレベルでの強引さ。自分に配備されている王宮侍女も一緒に来てくれているのに安心して、彼のいう通りに王宮の廊下を進むと、控えの間にクロード殿下もいた。
「兄上のあの噂、本当?」
会うなりアレス殿下とクロード殿下にそろって問い詰められる。
周囲にいるのは、彼らの腹心ともいうべき従者が一名ずつ。
しかし、従者とはいえ聞かれていい内容ではないだろう。
自分の考えが分かったのか、クロードが、誰も入ってこないようにしてくれと、侍従すらも追い出して人払いをしてくれた。
「先日、王妃様のところで兄上が大声で話しているのが聞こえてしまって。話が話だから、父上に知られないように固く口止めしてはいるけれど、セリス兄上どういうつもりなんだろう」
私が気を使って噂にならないようにしているというのにセリスはどうやらその辺りが無頓着なようだ。
頭がお花畑だから警戒が薄いのだろうか。いや、元々そういう配慮がザルな人だった。
「君は、大丈夫なのかい?」
「え、ええ。大丈夫です」
心配そうにクロードに顔を覗き込まれて、どきりとする。
何をどう大丈夫というのかはわからないが、精神的にショックというのなら、それに関してはさほど? な気がする。
元々相手をとても愛していて、その愛が手の届かないところにいってしまったというのなら、ショックも大きかったのだろうけれど、そうではなかったので。
「どうしてクロード殿下が心配なさるのですか?」
「君が王太子の婚約者としてすごく頑張っていたのを知っているからだよ。兄上のためにいつも気を配っていて、いつか倒れるんじゃないかってひやひやしてたし。正直なところ、私たちより働いていたからね。君の方が」
「そうだよ! 俺も知ってるぞ」
アレス殿下が、ラナ泣いてない?と顔を覗きこんでくる。
泣いてませんよ、と首を振るが、優しくされるとかえって泣きそうになってしまった。
他の王子たちはこれだけ自分の心を気遣ってくれるのに。
肝心のセリス殿下の自分への思いやりが欠如しているのはいったいなぜだろう。
「大丈夫だよ、ラナは私がお嫁にもらってあげるから」
「ははは……クロード殿下はお優しいですね」
軽い口調で、ウィンクまでされてそう言われれば、今の自分はそういう冗談に紛らわさないといけないような状況なのだな、と自覚させられてしまった。
「それ、いいんじゃない? あ、俺と結婚はダメだけどね」
笑いながらアレスがクロードの背中を叩く。
アレス本人は幼い恋から始まり、思いを寄せてた相手と幸い婚約が整って静かに恋を積み上げている最中だ。
彼の恋を皆が微笑ましく見守っているところである。
「本当にお羨ましいですわね」
アレスのような眩しい恋。でもそれは、自分の人生にはきっと起こらないのだろう。
「ねえ、ラナはまだセリス兄上と結婚したい気あるの? 今回のことで僕、兄上のこと本当に嫌いになったんだけど。婚約解消ってセリス兄上が言いだしたことでしょう? 本当に解消した方がいいと思うよ。ラナは幸せになってほしいもん」
素直な性質のアレス王子に本気で心が癒される。齢10歳ということで私よりまだまだ目線が低いので抱きしめたくなるけれど、そんなことをすると恥ずかしがる年頃なのでもうできない。
「どうでしょうか。王妃様はこのまま私たちを結婚させる気ではいらっしゃるようですが」
「王妃様はあてにならないよ。あの人も逃げる人だから」
冷たくクロード様が言うのに、おや、と思う。
「逃げる人?」
「王族としての責任から逃げる人」
その言葉に、なんとなくわかる、とアレスが頷く。
「あの人って本当に体が弱いの? 部屋にはこもっていること多いけれど、ベッドに寝ている姿見たことないよ。公務をサボってるだけなんじゃないかなぁ」
義理の母にあたる人とはいえ、アレス様は王妃様の私室を覗いたりしているのだろうか。随分と奔放なことをやっていると聞いているこちらが慌ててしまう。
「そういうことは言ってはいけませんよ。病気には色々な形があるのです。一見、病気に見えなくても、その実、疲れやすい人やめまいがおこりやすい人、など色々ありますからね」
「でも、あの人の代わりに母上やラナが忙しいって変じゃない?」
口を尖らせるアレス殿下をたしなめるが、自分も薄々感じていたことなので、強く言えない。
「実際に体が弱いとしても王妃でないと格好がつかない公務ってあるだろう? なのに、あの方が出られた公務って今年に入ってまだ、1つか2つだぞ。それも仕事しているふりをするのにうってつけな国民のご機嫌取りみたいなものだけに顔を出して、体調不良の名の元にすぐに帰ってきている。王妃の名を冠している賞の授与式に王妃本人が行かないって変じゃないか? どうせならそちらに行けばいいのに。それに王妃なら国政を取り仕切る会議の議事録の1つでも読んで、国がどのように動いているかとか知らないといけないだろうに、文官に書類を運ばせている様子もまるでない。万が一、父上が急逝なさったらどうするおつもりなんだろう」
ずっと胸の中にあったわだかまりを吐きだすようにクロードが一気に口にする。
その時、ドアを軽く叩く音がして緊張が走った。
どうも時間切れのようで、侍従の誰かが合図をしてくれたのだろう。
「さぁ、そろそろ行かないと怪しまれる。君も帰らないといけないからね。今日はラナを私が家まで送ろう」
クロード様がドアを開けて、まず私を外に出るように促し、それからアレス殿下においで、とその背に優しく手をあてて出口の方に招きよせて、最後に自分が部屋から出る。
比べてしまうのはいけないと思う。
しかし、セリス様はいつも誰かにドアを開けさせて、自分が出た後は誰かを待つこともしないし、そのように先に誰かを出させようともしたことがない。
王位を継げば、セリス様が名実共に彼が権力のトップになる。
だから彼のそんな態度がそんなものなのだと思っていたが、本当にそれでよかったのか、と今ではもうわからなくなってきていた。
「ラナ!」
まだ変声期を終えていない男の子の声がした。王宮内にいる、そんな子供の心当たりは一人しかいない。
セリス殿下の腹違いの弟で、国王陛下の三男であるアレス王子だ。
そちらに向けて頭を下げようとしたら、そんなのいいから、とグイッと手を引っ張られた。
「ちょっとこちらに来て」
拉致!?と思うレベルでの強引さ。自分に配備されている王宮侍女も一緒に来てくれているのに安心して、彼のいう通りに王宮の廊下を進むと、控えの間にクロード殿下もいた。
「兄上のあの噂、本当?」
会うなりアレス殿下とクロード殿下にそろって問い詰められる。
周囲にいるのは、彼らの腹心ともいうべき従者が一名ずつ。
しかし、従者とはいえ聞かれていい内容ではないだろう。
自分の考えが分かったのか、クロードが、誰も入ってこないようにしてくれと、侍従すらも追い出して人払いをしてくれた。
「先日、王妃様のところで兄上が大声で話しているのが聞こえてしまって。話が話だから、父上に知られないように固く口止めしてはいるけれど、セリス兄上どういうつもりなんだろう」
私が気を使って噂にならないようにしているというのにセリスはどうやらその辺りが無頓着なようだ。
頭がお花畑だから警戒が薄いのだろうか。いや、元々そういう配慮がザルな人だった。
「君は、大丈夫なのかい?」
「え、ええ。大丈夫です」
心配そうにクロードに顔を覗き込まれて、どきりとする。
何をどう大丈夫というのかはわからないが、精神的にショックというのなら、それに関してはさほど? な気がする。
元々相手をとても愛していて、その愛が手の届かないところにいってしまったというのなら、ショックも大きかったのだろうけれど、そうではなかったので。
「どうしてクロード殿下が心配なさるのですか?」
「君が王太子の婚約者としてすごく頑張っていたのを知っているからだよ。兄上のためにいつも気を配っていて、いつか倒れるんじゃないかってひやひやしてたし。正直なところ、私たちより働いていたからね。君の方が」
「そうだよ! 俺も知ってるぞ」
アレス殿下が、ラナ泣いてない?と顔を覗きこんでくる。
泣いてませんよ、と首を振るが、優しくされるとかえって泣きそうになってしまった。
他の王子たちはこれだけ自分の心を気遣ってくれるのに。
肝心のセリス殿下の自分への思いやりが欠如しているのはいったいなぜだろう。
「大丈夫だよ、ラナは私がお嫁にもらってあげるから」
「ははは……クロード殿下はお優しいですね」
軽い口調で、ウィンクまでされてそう言われれば、今の自分はそういう冗談に紛らわさないといけないような状況なのだな、と自覚させられてしまった。
「それ、いいんじゃない? あ、俺と結婚はダメだけどね」
笑いながらアレスがクロードの背中を叩く。
アレス本人は幼い恋から始まり、思いを寄せてた相手と幸い婚約が整って静かに恋を積み上げている最中だ。
彼の恋を皆が微笑ましく見守っているところである。
「本当にお羨ましいですわね」
アレスのような眩しい恋。でもそれは、自分の人生にはきっと起こらないのだろう。
「ねえ、ラナはまだセリス兄上と結婚したい気あるの? 今回のことで僕、兄上のこと本当に嫌いになったんだけど。婚約解消ってセリス兄上が言いだしたことでしょう? 本当に解消した方がいいと思うよ。ラナは幸せになってほしいもん」
素直な性質のアレス王子に本気で心が癒される。齢10歳ということで私よりまだまだ目線が低いので抱きしめたくなるけれど、そんなことをすると恥ずかしがる年頃なのでもうできない。
「どうでしょうか。王妃様はこのまま私たちを結婚させる気ではいらっしゃるようですが」
「王妃様はあてにならないよ。あの人も逃げる人だから」
冷たくクロード様が言うのに、おや、と思う。
「逃げる人?」
「王族としての責任から逃げる人」
その言葉に、なんとなくわかる、とアレスが頷く。
「あの人って本当に体が弱いの? 部屋にはこもっていること多いけれど、ベッドに寝ている姿見たことないよ。公務をサボってるだけなんじゃないかなぁ」
義理の母にあたる人とはいえ、アレス様は王妃様の私室を覗いたりしているのだろうか。随分と奔放なことをやっていると聞いているこちらが慌ててしまう。
「そういうことは言ってはいけませんよ。病気には色々な形があるのです。一見、病気に見えなくても、その実、疲れやすい人やめまいがおこりやすい人、など色々ありますからね」
「でも、あの人の代わりに母上やラナが忙しいって変じゃない?」
口を尖らせるアレス殿下をたしなめるが、自分も薄々感じていたことなので、強く言えない。
「実際に体が弱いとしても王妃でないと格好がつかない公務ってあるだろう? なのに、あの方が出られた公務って今年に入ってまだ、1つか2つだぞ。それも仕事しているふりをするのにうってつけな国民のご機嫌取りみたいなものだけに顔を出して、体調不良の名の元にすぐに帰ってきている。王妃の名を冠している賞の授与式に王妃本人が行かないって変じゃないか? どうせならそちらに行けばいいのに。それに王妃なら国政を取り仕切る会議の議事録の1つでも読んで、国がどのように動いているかとか知らないといけないだろうに、文官に書類を運ばせている様子もまるでない。万が一、父上が急逝なさったらどうするおつもりなんだろう」
ずっと胸の中にあったわだかまりを吐きだすようにクロードが一気に口にする。
その時、ドアを軽く叩く音がして緊張が走った。
どうも時間切れのようで、侍従の誰かが合図をしてくれたのだろう。
「さぁ、そろそろ行かないと怪しまれる。君も帰らないといけないからね。今日はラナを私が家まで送ろう」
クロード様がドアを開けて、まず私を外に出るように促し、それからアレス殿下においで、とその背に優しく手をあてて出口の方に招きよせて、最後に自分が部屋から出る。
比べてしまうのはいけないと思う。
しかし、セリス様はいつも誰かにドアを開けさせて、自分が出た後は誰かを待つこともしないし、そのように先に誰かを出させようともしたことがない。
王位を継げば、セリス様が名実共に彼が権力のトップになる。
だから彼のそんな態度がそんなものなのだと思っていたが、本当にそれでよかったのか、と今ではもうわからなくなってきていた。
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