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第三章 新たなステージ

第2話 淑女教育(メリュジーヌ視点)

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 泥だらけになったショールを、マチルダは自分で持つと言ってはばからず、私のドレスよりよほど真新しくいい布地を使っているのではないか、と思うような高級素材のメイド服が汚れてしまっている。
 とはいえ、汚れているのはエプロンの部分だけなので、そんなに心配するようなものではないだろうけれど。

 二人で別邸に戻れば、外出用ドレスから室内用ドレスに着替えたセイラ様は、幾分かゆったりとした服装になり、それでいてすっきりとしたシルエットのものがとても似合っていた。
 これはどういう風に作っているのだろう。
 型紙から起こしてドレスなどを作ったことのない私としては、ただ美しいものとして目を奪われてしまうのだが。

 高い背であまり広がらないドレスでも裾さばきが美しく、そのような挙措ができればと少しばかり真似するような身動きをしたのを見られていたのだろうか。
 セイラ様は微笑んで、私に手を差し出した。

「メリュジーヌ様は、あまり布をたっぷりと使ったドレスがお好みではなくて?」
「いえ……」

 そんなことは決してない。しかし、そういうドレスは布を多く使って値段が張る。
 私のドレスはお下がりしかないため、そのような高いものは着られなくなったとしても古着屋にもっていかれて、私のところに来ないので着ることもできない。
 食べるものはなんとかなったとしても、着るものはままならない生活を送っていることを告げるわけにもいかず、思わず口ごもってしまった。

「お嫌いでないならば、新作ドレスのモデルになってくださいましね。発表に使った後は、そのドレスを差し上げますので」
「ええ?!」
「もちろん、人前に公爵令嬢であるメリュジーヌ様を出すわけにはいきませんので、発表会は代役を立てますが。メリュジーヌお嬢様は中肉中背という理想的な平均体系でいらっしゃいます。現在、フリーサイズのドレスを作り、仕上げは各自がリボンや紐などで調整するというドレスを考えていますの。これ、リリアンヌのアイディアですわ。そしてそれをファッションショーという発表会で皆の前でお披露目するんですの」

 リリが?
 昔からあまりおしゃれに気を使っていなかった彼女が、そんなアイディアをもっていたなんて、と驚いてしまう。
 リリアンヌはいつも地味な色合いで、シンプルな形の服装を好んで着ていたから、興味がないのかと思っていた。

「お手伝いをしてくださったら嬉しいですわ」

 セイラ様は上手だ。そのようにお願いをされたらいやとは言えないし。それにそんな新しいドレスを間近で作る様子なんて見るチャンスはめったにない。
 もともと私は縫子として呼ばれているのだから、と頷いた。

「町娘のように動きやすい恰好もいいですが、ドレスはドレスでの動き方があります。メリュジーヌ様、私の乳母は私の最初の教育係でもありました。もしよろしかったら、教えを受けてみますか?」
「いいのですか?」

 貴族の娘として生まれたのに、そういう躾を受けることなく放置されていた自分。貴族らしからぬと非難の目を向けられても、それを事実として受け止めるしかなかった日々を思い出される。
 私は、何もお返しができないのにいいのだろうか、と不安になって自分の手をぎゅっと握りしめていたら、セイラ様が「アイン、お願いね」と乳母を呼び寄せて、優しく私の背中を押してくれた。

 とん、と。

 それは私に、勇気をくれるようで。

「リリアンヌが来た時に、洗練されたメリュジーヌ様の姿を見せて、驚かせてあげましょう」

 その言葉が、迷いを拭い去ってくれた。




 ドレスを着た時の理想の動きは、ドレスを仕立ててみるとますますわかってくるようだった。
 セイラ様の乳母、アインの授業の後は、仕事をするといっていたセイラ様に無理を言って、私にも縫物を任せてもらうことにした。
 それならば採寸をといわれ、物心がついてから初めての採寸となった。

 私に合わせてドレスを仕立てるといっても、フリーサイズを旨としているということで、腕の周りや腰回りなどは随分とゆったりとした作りである。それを布を絞るようにしたり、リボンで結んだりして体に合うようにしていくようだ。
 布にハサミをあまり入れないで作れるのなら、縫う場所も少なく、自然と作れるスピードが速くなるだろう。ただ体に合わない分、シルエットが犠牲になるなら、どうやってカバーするのだろうか。
 そう思いながら、セイラ様の指示の通りに縫ったり切ったりしていく。

 リベラルタスの言葉から、これはドレス作成のための合宿だと思っていたが、それにしては雇われている縫い子が少ないような気がする。侍女と縫い子が兼業しているのだろうか。少しおかしな気もするがきっとそうなのだろう。

 言われるがままに針を動かしていれば、隣で一緒に針を動かしていたセイラ様とアインが王族についてとか、他の公爵家や主だった貴族のことなどを話している。
 おばあ様が王女であったことから、自分にとっても不思議と身近に感じられる内容で、ついつい耳をそばだててしまった。

 王女はたいてい他の国に嫁がれるのに、おばあ様は嫁ぐ直前に婚約者だった方が亡くなって、そのままこの地に土地をいただき、国内の貴族と結婚なさったことなど、知らなかった話も満載だ。
 
「結婚直前でお亡くなりになるなんて……その方も、おばあ様もさぞかしお辛かったでしょう」

 糸を切りながらそう呟くと、そうですね、とセイラ様も頷く。

「大事に守られている方でも、生まれつき体が弱い方もいらっしゃいますからね。この国の王太子であるカルマリン様の婚約者様もそうだとか」
「そうなのですか」

 今の正妃様の出身地と同じ国の王女と婚約が調っているカルマリン王子は、ご自身の従妹と結婚する予定なのだ。

「どうか無事にこの国に嫁いでいらっしゃれればいいですね」

 公爵家の娘として、本当にそう思うので祈るばかりだ。

「…………そうですね」

 セイラ様は、なぜか私の顔をうかがうように見ていたが、私と目が合うと小さく微笑んだ。
 その仕草が、セイラ様らしくなくて首をかしげてしまった。




 ちなみにショールだが、夕食の時に、しょげ返ったマチルダにまた謝られてしまった。

「メリュジーヌ様、ショールですが……やはり色が悪くなってしまいました」

 思った以上に綺麗に泥汚れやシミが落ちていて、彼女の苦労の痕が見えている。それでもところどころ、くすんだような色合いになってしまっている。

「まあ、大変だったでしょう? 大丈夫よ。気にしないでね」
「ですが……」
「ふふ、こういうのをごまかすの、大得意なのよ」

 おどけて彼女に自分が持ってきたバッグを見せた。
 もともと古ぼけたようなものを、それを丹念に刺繍糸をすくうように縫い付けて、花の絵で埋め尽くしてごまかしているのだ。

「このショールもひなげしの花のような刺繍をしたら楽しいわ。屋敷に戻ったらさっそく取り掛からないと」

 考えると楽しくなってきて、あれやこれや図案を思い浮かべるだけでにやけてしまう。
そんな私の顔を見て、ようやく安心したのか、マチルダはつられたように笑ってくれた。
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