上 下
37 / 48
第二章 出会い

第12話 リベラルタスとお嬢様 1

しおりを挟む
「ところでリベラルタスは、セイラ先生からメリュジーヌお嬢様について何か聞いてる?」
「いえ、何も?」
「そう……」

 セイラ先生は約束通り、メリュジーヌお嬢様については誰にも……リベラルタスにすら話してないらしい。
 リベラルタスにお嬢様を会わせるかどうかもこちらに丸投げしてくれたのは、私が納得した状況の下で、彼に会わせるかどうかを選ばせてくれるということだろう。
 お嬢様のこの公爵家での扱いを、リベラルタスに教えるもよし、そうでないならそれもよし、と。
 ーー迷ったが、リベラルタスを信じるしかないだろう。
 きっと、セイラ先生もそれを考えて、彼をここに連れてきたのだろうから。

「メリュジーヌお嬢様に失礼のないように。それと、ここで見たことは絶対に誰にも話さないで。セイラ先生以外には」
「? 私はセイラ様に言われた用事を済ませるだけですので」

 リベラルタスはよくわからないような顔をしている。それはそうだろう。
 リベラルタスを連れて、階段を上へ上へと上がっていく。奥様は幸い、今は出かけているようだ。周囲を見まわすが堂々としているせいか、使用人にすれ違っても誰も注視している様子はない。
 メリュジーヌお嬢様に与えられている屋根裏部屋の前で私は立ち止まり、ノックをした。

「お嬢様、開けてください」
「リリ? どうぞ? 珍しいわね、こんな時間に」

 中から涼やかな声がして、建て付けの悪いドアが音を立てて開く。
 私しかいないと思っていたお嬢様は、私の後ろにもう一人男がいることに気づいて、体をこわばらせた。

「あ……あなたは?」

 メリュジーヌお嬢様の目がリベラルタスに注がれている。
 強引に先に中に入り込み、お嬢様とリベラルタスの間を邪魔するようにして、彼に早く入るように促した。

「シシリーお嬢様の先生のセイラ様に……仕えてるリベラルタスです」

 メリュジーヌお嬢様はセイラ先生が仕立て屋のオーナーであることは知っている。
 お嬢様の作るカードを販売してもらっている店の人だと話せばあっさりと納得したようだったが。それでも、そんな人が自分を訪ねてくるのはなぜだろうという当然の警戒はしているようだ。

「シシリー様より、この家の皆様が旅行に行かれる計画があると聞きました。そしてメリュジーヌ様はお残りになるかもしれないと。もしその間にお時間がありましたら、セイラ様の所有する邸にぜひお招きしたいとのご伝言です」

 どうやら、シシリーは授業の合間の雑談で、嬉しさのあまりセイラ先生に旅行のことを話したのだろう。
 それだけではなく、いろいろと裏をとっている様子なのは、エルヴィラの家庭教師あたりだろうか。
 セイラ先生とは知り合いらしく、メリュジーヌお嬢様の実情を話したら、それとなく近づいて、エルヴィラの情報をいろいろと引き出しているようだ。

「でも、お義母様はお許しになるかしら」

 真面目なメリュジーヌ様は、奥様から許可が下りるかを考えている。
 許可なんかとる必要ないから! どうせ邪魔されるだけだし!

「それに、私が行ってもご迷惑にならないかしら……」

 尻込みしているお嬢様に、にこやかにリベラルタスが、他にも伝言を。、と続ける。

「王都で行われる社交シーズンに合わせて、領地内の貴族からも注文が入っております。その縫物の手伝いをよろしければ手伝っていただきたいのです。もちろん、賃金は弾みます」

 まさか公爵令嬢にそんなことをさせることが目的なはずはないだろう。何か別の狙いがあるみたいだけれど、よくわからない。
 しかし、メリュジーヌお嬢様の顔は逆に、それはお困りでしょう、と同情的になっている。

 彼女のその人の好さを見通して、縫物の手伝いをしてほしいという依頼の形にしたのかもしれない。
 私と違って、金品にこだわらないメリュジーヌお嬢様は、頼まれごとには嫌と言えないというか、誰かに喜んでもらえるのを喜ぶ人だ。
 ちょうど、セイラ先生にメリュジーヌお嬢様のマナーについてを見てもらいたいと思っていたこともあって、私はぎゅっとこぶしを作ると、お嬢様に訴えた。

「なんとしてでも、行きましょう、お嬢様。リベラルタス、それはどこなのです?」
「レーン山の洞窟の近くだそうです。私もうかがったことはないのですが」
「あら……」

 思わず、お嬢様と顔を見合わせて笑ってしまう。ちょうど以前に話していたところではないか。やはり風光明媚な場所だと有名なだけあって、そこに別荘を持つ貴族は多いのだろう。
 行ってみたいと話していたところだけあって、お嬢様はようやく乗り気になってくれたようだ。

「奥様がいない間でしょう? 大丈夫ですよ。ちょっと行って帰ってくればいいのですから」
「そ、そう?」

 お嬢様は困ったような顔をしているが、行きましょうか、とほほ笑んだ。
 しかし、実際に何も言わずにお嬢様が家を離れても、きっとばれないのではないかと思う。
 ばれたらばれた時だし、本当に爵位なんぞ投げ捨ててでも、メリュジーヌお嬢様なら、縫い子として食べていけると思ってる。それに私も一緒に逃げて二人で暮らせばなんとでもなるだろう。
 まるでプロポーズのようだけど、本当にそれくらい思っている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

『王家の面汚し』と呼ばれ帝国へ売られた王女ですが、普通に歓迎されました……

Ryo-k
ファンタジー
王宮で開かれた側妃主催のパーティーで婚約破棄を告げられたのは、アシュリー・クローネ第一王女。 優秀と言われているラビニア・クローネ第二王女と常に比較され続け、彼女は貴族たちからは『王家の面汚し』と呼ばれ疎まれていた。 そんな彼女は、帝国との交易の条件として、帝国に送られることになる。 しかしこの時は誰も予想していなかった。 この出来事が、王国の滅亡へのカウントダウンの始まりであることを…… アシュリーが帝国で、秘められていた才能を開花するのを…… ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

生まれたときから今日まで無かったことにしてください。

はゆりか
恋愛
産まれた時からこの国の王太子の婚約者でした。 物心がついた頃から毎日自宅での王妃教育。 週に一回王城にいき社交を学び人脈作り。 当たり前のように生活してしていき気づいた時には私は1人だった。 家族からも婚約者である王太子からも愛されていないわけではない。 でも、わたしがいなくてもなんら変わりのない。 家族の中心は姉だから。 決して虐げられているわけではないけどパーティーに着て行くドレスがなくても誰も気づかれないそんな境遇のわたしが本当の愛を知り溺愛されて行くストーリー。 ………… 処女作品の為、色々問題があるかとおもいますが、温かく見守っていただけたらとおもいます。 本編完結。 番外編数話続きます。 続編(2章) 『婚約破棄されましたが、婚約解消された隣国王太子に恋しました』連載スタートしました。 そちらもよろしくお願いします。

【完結】『サヨナラ』そう呟き、崖から身を投げようとする私の手を誰かに引かれました。

仰木 あん
ファンタジー
継母に苛められ、義理の妹には全てを取り上げられる。 実の父にも蔑まれ、生きる希望を失ったアメリアは、家を抜け出し、海へと向かう。 たどり着いた崖から身を投げようとするアメリアは、見知らぬ人物に手を引かれ、一命を取り留める。 そんなところから、彼女の運命は好転をし始める。 そんなお話。 フィクションです。 名前、団体、関係ありません。 設定はゆるいと思われます。 ハッピーなエンドに向かっております。 12、13、14、15話は【胸糞展開】になっておりますのでご注意下さい。 登場人物 アメリア=フュルスト;主人公…二十一歳 キース=エネロワ;公爵…二十四歳 マリア=エネロワ;キースの娘…五歳 オリビエ=フュルスト;アメリアの実父 ソフィア;アメリアの義理の妹二十歳 エリザベス;アメリアの継母 ステルベン=ギネリン;王国の王

全てを奪われ追放されたけど、実は地獄のようだった家から逃げられてほっとしている。もう絶対に戻らないからよろしく!

蒼衣翼
ファンタジー
俺は誰もが羨む地位を持ち、美男美女揃いの家族に囲まれて生活をしている。 家や家族目当てに近づく奴や、妬んで陰口を叩く奴は数しれず、友人という名のハイエナ共に付きまとわれる生活だ。 何よりも、外からは最高に見える家庭環境も、俺からすれば地獄のようなもの。 やるべきこと、やってはならないことを細かく決められ、家族のなかで一人平凡顔の俺は、みんなから疎ましがられていた。 そんなある日、家にやって来た一人の少年が、鮮やかな手並みで俺の地位を奪い、とうとう俺を家から放逐させてしまう。 やった! 準備をしつつも諦めていた自由な人生が始まる! 俺はもう戻らないから、後は頼んだぞ!

処理中です...