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第二章 出会い

第1話 アドバルーン

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「おお、ちゃんと飛んでる飛んでる~!」

 アドバルーンが成功したという話は聞いていた。
 しかし、実際に飛んでいるところは見たことがなかった。
 青空の下、赤い布で作られた大きなバルーンは、悠々と飛んでいる。
 私が実際に飛んでいるそれを見たのは、シシリーの授業の時にセイラ先生から完成を聞いて二週間以上も経ってからだった。
 休みが取れたのがそれくらい後なのだから仕方がない。

 結局広場にアドバルーンを揚げる許可を取り、そこで週に一度、数時間だけそこからビラを撒いて宣伝を行うことになったそうだ。
 最初はセイラ先生の店、銀の鹿と小さじ亭の宣伝であったが、場所の認知度が上がった以上、別にそれ以上の宣伝をする必要もなくなったということで、他の店や物品の宣伝を請け負ってそれでビラを撒く商売もするようになったそうだ。
 ううーん、さすが商売上手だ。

 さりげなく周囲を見回すが、アドバルーンの揚げられている周囲は噴水があるが、屋台もなく火の元になりそうなものがまるでなくて、火気厳禁と注意しないでも、ちゃんと使用方法を守れるのだから、さすが生活で実際に使っている人達は違うと思う。

 私の案内がてら、アドバルーンの調整をしていたセイラ先生は、大丈夫そうだと浮き上がるその様子を、真剣な眼差しで見ている。

「そうだわ、リリアンヌ。このアドバルーンだけれど、複製権はうちの商会の名前で申請したけれど、発明者には貴方の名前も入っているから、後で契約書にサインもらっていい? 使用料についても説明したいし」

 複製権?

「なんですかそれ?」

 聞きなれない権利の話を聞いたが、どうやら、特許権のようなものがこの国にもあるらしい。何かを発見、発明した者は申請をし、それの構造や細かい用途を登録して、それを真似して作りたい人は、基本設計者に販売額の数パーセントの使用料を払うらしい。
 細かい決まり事もあるようだけれど、基本的な考え方は特許と同じようだ。

「それ、私がいただいていいんですか?」
「いいのよ。こういうのはちゃんとしておかないとダメだから」

 実際にアドバルーンを作ったのはリベラルタスだし、それを利用して商売しているのはセイラたちだというのに。今後、同じような商売をしようという人間が現れた時に、私も分け前がもらえるらしいのはありがたい。
 まぁ、貰えるものは貰っておこう。

「どうする? 一緒にお店に戻る?」
「あ、私、買い物がありますので、先に戻っていてください」
「わかったわ」

 セイラ先生を見送ると、私は街の小物屋や雑貨屋を回っていった。

 最近、着々とお金が溜まっているのが嬉しい。
 邸内ラブホテルも順調だ。
 今はメンバー制にして、固定客以外は取らないようになっているため、外に情報が漏れないようになっている。そうしたら特別感が増したらしく、リピート率がぐっと上がり、懐もさらに温かくなったが。
 
 メリュジーヌお嬢様の縫物技術を生かしたカードの委託販売をさせてもらっているが、それもなかなかの売れ行きらしい。すぐに完売するのでそのお金で違う布を仕入れてお嬢様に届ける、なんてこともしている。
 その辺りは全部、銀の鹿と小さじ亭に任せているが。

「私も何か商売がしたいな……」

 セイラ先生は、公爵邸にいる時より、自分の店にいる時の方がよほど生き生きしている。
 それを見ていると、羨ましくなってきてしまった。

 私も他にもっとできないものだろうか。
 メイド職は辞めるわけにはいかないので、誰かに普段まかせられるようなものなら、なおよし。

 金を稼ぐための商売に男には風俗、女には美容がレッドオーシャンというのは有名な話だ。
 もっとも、私に性風俗の知識なんかがあるはずもなく。
 じゃあ、美容だ! と、飛びつくのも早計すぎる。
 化粧品だって、この世界で売ってるものが信用できなくて、元々のリリアンヌがほぼすっぴんだったのをいいことに、同じレベルのメイクしか現在の私はしていない。
 この世界の化粧品には成分表示がないし、昔は鉛白を使った化粧をしてたとかを聞けば、そういうのがここでも仮に混ぜられていたとしても見分けようがなくて怖いからだ。

 高校時代に授業で口紅とかファンデーションは作ったことがあるが、その材料の手に入れ方もわからないし。
 難しいことはほっといても、結局はファンデーションは細かい粉、口紅は油に色素を入れたものなのだけれど、使い心地を良くしたり、美しくなれる!と夢を売るのに情熱を注ぎ込むほど、自分の方に興味もないだけだ。

 あと何より、人間の肌に触れるようなものを、知識が中途半端な私が、責任なく作れるわけないでしょ!パス、パス!

 なかなかいいアイディアがないものだ、ととぼとぼ銀の鹿と小さじ亭の方に歩いていったら、混雑する店の中から人が飛び出してきて、私にぶつかりそうになった。

「あ、すみません……って、リリアンヌさん、こんにちは! いらっしゃいませ」

 快活な笑顔を向けてくれるのは、あのリベラルタスだ。
 公爵邸で別れたきりだったが、元気そうでほっとする。

「リリアンヌさんに、ちょっと待っててください!」

 店から出てこようとしていたリベラルタスが、店の中に戻っていく。どうしたのだろうと思って待っていれば、何かうす緑色の包み紙に入ったものを持って出てきた。

「これ、こないだのお礼です」

 お礼というのは、こないだ図書室を案内した時のことだろう。律儀だなぁ。

「そんなお礼なんていいのに。でもいいの? ありがとう」

 なんだろう、開けていい? と許可を取ってから開ければ、それは青みがかった黒いインクのボトルだった。

「貴方にお礼のプレゼントをしたいと言ったら、セイラ様に絶対これにしろと言われまして」

 目を丸くしてそれを見ていたら、私の態度が不安になったのか、リベラルタスが早口でそんなことを言ってくる。 

「こんな高価なものいいの?!」
「ええ、セイラ様も一部出資してくださいました」
「……ありがとう。大事に使わせてもらうわね」

 私は微笑むとそれをぎゅっと抱きしめた。
 先ほど買ったインクのボトルは、バッグの奥にそっと隠して。
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