上 下
7 / 48
第一章 ここは私の知らない世界

第7話 王太子妃という選択肢

しおりを挟む
 ご主人様たちの夕食中は、使用人たちは壁際に立って控えている。
 シシリー専属の侍女である自分もそのようにしながら、この家の主人たちを見ていた。
 その家族の晩餐の中にメリュジーヌお嬢様ははなから数に入ってなくて、旦那様もいない。
 元々王都や伯爵領でも仕事をしている旦那様は、この本邸である公爵領にはほとんどいない。代官と執事に仕事や家の運営を任せきりにしているようだ。
 そんな話を聞くと、また勘ぐってしまうんだよなぁ。愛人でもよそに囲ってるんじゃないの?と。
 前科ある人だからねえ。

 目だけ上げて、周囲に控えている侍女たちを見る。
 食事の配膳専門の侍女や侍従は歩き回っているが、前の方に立っているのは専属侍女だけだから、この家の中でも発言力や権力を持っている方だろう。誰がどう繋がっているかは、リリアンヌの記憶からは見えなかった。
 どうもそういう人間関係作りとかを構築するのがリリアンヌは苦手だったようだ。

 家の中でも幾つかの派閥がある。

 旦那様が中心の男の集団。執事、従僕など、家の管理や運営に関係する男性陣。

 次に奥様が中心の、家を管理する女中頭などの年老いたベテランメイドたちや、まだ未成年であるシシリーに仕える侍女は奥様の派閥に含まれる。

 そして、長女のドロテアと次女であるエルヴィラが中心の比較的若いメイドたち。

 それ以外の下働きの平民に近い馬の管理人たちや庭師などの下男は男集団に、台所や掃除の下働きは奥様やドロテア、エルヴィラの輪のさらに下についている形になっている。

 大きく分けて3つの派閥が存在していると思ってよいだろうか。

 メリュジーヌお嬢様に比較的同情しているのは、この下働きの層と、若いメイド達が少し。男性の派閥は基本が無関心で、露骨に嫌がらせや侮蔑をしているのは、奥様とドロテア、エルヴィラの下にいるメイド達だ。
 若いメイド達がメリュジーヌお嬢様に同情を寄せるのも、リリアンヌと仕事場がかぶり、リリアンヌへの好意からメリュジーヌお嬢様への好意に繋がっているせいだろうか。

 旦那様はほとんど家におられず、家の支配者は奥様だから、この家でメリュジーヌお嬢様の存在感をアップさせるにはどうすればいいか。侍女たちの人間関係を探ることからスタートしようかな、と見ないふりで周囲を見ながら考えた。

「そういえば、昼間にエドガー様がいらしてたそうね」

 誰かが奥様に報告したらしい。思わず、眉がぴくっと動いてしまった。

「そうだったの? 家にいればよかったわ……」

 巻いた髪を二つに分けているエルヴィラが悔しそうにしている。

「エルヴィラがエドガー様と結婚すればいつでも会えるでしょう?」

 すました顔で奥様が言えば、え? とシシリーが顔を明るくさせている。

「まぁ、やはり、お姉さまとエドガー様はそんな仲に?」
「はしたないわよ、シシリー」
「あら、エドガー様はメリュジーヌの婚約者だと思っていたけれど、いつの間にそんなことになっていたの」

 興味がありそうな、なさそうな顔でドロテアが呟いて、もくもくと食事をしている。
 そんな長女に奥様はちらっと視線を送る。

「貴方の方は勉強の方は進んでいるのかしら?」
「順調です」
「ちゃんと学ぶのよ。カルマリン様の妃となれるのは貴方しかいないのだから」
「はい、心得ております」

 ん? カルマリンって王子様だっけ?
 そういえば、この国は王国なのだから、王がいて、王子がいるのか。
 そういえば、公爵家といったら身分が高い貴族なのだから、王太子妃になっても身分的には釣り合うのだ。

 このドロテアは王太子の婚約者かなんかだったのだろうか。リリアンヌの知識の中にその情報はなかったのだけれど。
 しかしドロテアが王太子妃となれるのなら、メリュジーヌお嬢様だってなれるし、血筋からしたら絶対そちらの方がいいような気がするのだけれど。これは公爵がちゃんとわかった上でのことなのだろうか。

 もしメリュジーヌお嬢様が王太子妃になれたら、一気な下剋上だ。シンデレラだって考えられそうなのだけれど。ドロテアのまっすぐな栗色の髪を見ながら、どうすればいいか、考えを巡らせていた。




 私たち使用人の食事も交代で済ませれば、仕事の時間も終了となる。
 シシリーから解放されてからすぐに地下の自分達の部屋に戻らずに、屋根裏部屋のメリュジーヌお嬢様の部屋までこっそりと階段を上がっていった。

「メリュジーヌお嬢様、よろしいでしょうか」
「あら、リリ、具合はもう大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ」

 ノックをすれば建付けの悪いドアを、ギギギと開けながら、お嬢様が中に招き入れてくれる。
 ああ、笑顔が眩しい。輝いている。美少女は存在しているだけで空気を清浄化してくれる。

「これ、いただいたクッキーですけれど、よかったらどうぞ」
「まぁ、いいの。ありがとう」

 エプロンに入れていた厨房からもらったクッキーの残り半分を差し出した。アンナにもあげてしまったから、少ないけれど。
 甘いものはあまり口にすることができないお嬢様は、それでも喜んでくれる。
 私たちメイドよりお嬢様の方が待遇が悪くて、奥様と廊下で会ったら、無意味に殴られたりすることもあるので、奥様が自室のこもられていない時はお嬢様は食事を取りに行くこともできず、私が届けることもある。
 
 お嬢様の小さなベッドに腰かけて、少しばかりお喋りをする。本当はエドガー様のこととかを聞いてみたかったけれど、お嬢様は本当にどうでもよさそうで落ち着いていて。
 それなら次の男の方に行ってもいいじゃないか。
 そう思っていたら口走っていた。

「お嬢様は王太子妃になりたいとか思わないのですか?」
「……?」

 訊くにしても直球すぎた!
 こういうのの腹芸が上手になりたいのだけれど……っ。

 私の唐突な質問にメリュジーヌお嬢様は何を言ってるの? という顔をしていた。

「え? 王太子の正妃は必ず外国の王族を迎えられることになっているじゃない?」
「あー……法律でダメなのですね」
「有名な話じゃない」

 くすくす笑いながら、お嬢様が教えてくださる。
 今、私たちがいるリャルド王国、そしてその周辺には王国がいくつか存在しており、それらが1つの大きなヴァルデル帝国を為している。
 そして、その帝国内で王となるものは正妃……第一王妃はどうやら他国の王女を娶る決まりらしく、現国王の正妃様も隣国の王家出身である。

「まだ正妃も娶っていないのに、側妃を選ぶのも気が早い話ではないかしらねえ」

 側妃とも呼ばれる第二王妃以下は自国から娶ることも決まっているらしいが、この国の王太子自体は成人して間もない。
 そしてもちろん、婚約者は隣国の姫と既に決められているが、相当年下らしく輿入れまで時間がかかるとのことで、先に側妃の方の輿入れはどうか、と貴族の中でもめているそうだ。
 メリュジーヌお嬢様はおっとりと、他人事のように笑っている。
 第二王妃以降も立場は愛妾などではなく、ちゃんと妃として立場や身分を保証される。

 ドロテアの王太子妃発言は、その立場を狙っているのだろうか。しかし。

「冗談じゃないですよ。第二王妃なんて立場にお嬢様をさせられません」

 一人の男に複数の女。この家の公爵が愛人を囲っていたせいか、その辺りの感覚が狂っているかもしれない。
 しかし、自分としたらメリュジーヌお嬢様は、一人の男に大事にしてもらいたい気がする。
 体の持ち主のリリアンヌの感情に引きずられている部分もあるけれど、やはりこういう好感を持てる女の子は幸せになってほしいんだよねえ。
 そう願うのは、お節介だろうか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

『王家の面汚し』と呼ばれ帝国へ売られた王女ですが、普通に歓迎されました……

Ryo-k
ファンタジー
王宮で開かれた側妃主催のパーティーで婚約破棄を告げられたのは、アシュリー・クローネ第一王女。 優秀と言われているラビニア・クローネ第二王女と常に比較され続け、彼女は貴族たちからは『王家の面汚し』と呼ばれ疎まれていた。 そんな彼女は、帝国との交易の条件として、帝国に送られることになる。 しかしこの時は誰も予想していなかった。 この出来事が、王国の滅亡へのカウントダウンの始まりであることを…… アシュリーが帝国で、秘められていた才能を開花するのを…… ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

生まれたときから今日まで無かったことにしてください。

はゆりか
恋愛
産まれた時からこの国の王太子の婚約者でした。 物心がついた頃から毎日自宅での王妃教育。 週に一回王城にいき社交を学び人脈作り。 当たり前のように生活してしていき気づいた時には私は1人だった。 家族からも婚約者である王太子からも愛されていないわけではない。 でも、わたしがいなくてもなんら変わりのない。 家族の中心は姉だから。 決して虐げられているわけではないけどパーティーに着て行くドレスがなくても誰も気づかれないそんな境遇のわたしが本当の愛を知り溺愛されて行くストーリー。 ………… 処女作品の為、色々問題があるかとおもいますが、温かく見守っていただけたらとおもいます。 本編完結。 番外編数話続きます。 続編(2章) 『婚約破棄されましたが、婚約解消された隣国王太子に恋しました』連載スタートしました。 そちらもよろしくお願いします。

【完結】『サヨナラ』そう呟き、崖から身を投げようとする私の手を誰かに引かれました。

仰木 あん
ファンタジー
継母に苛められ、義理の妹には全てを取り上げられる。 実の父にも蔑まれ、生きる希望を失ったアメリアは、家を抜け出し、海へと向かう。 たどり着いた崖から身を投げようとするアメリアは、見知らぬ人物に手を引かれ、一命を取り留める。 そんなところから、彼女の運命は好転をし始める。 そんなお話。 フィクションです。 名前、団体、関係ありません。 設定はゆるいと思われます。 ハッピーなエンドに向かっております。 12、13、14、15話は【胸糞展開】になっておりますのでご注意下さい。 登場人物 アメリア=フュルスト;主人公…二十一歳 キース=エネロワ;公爵…二十四歳 マリア=エネロワ;キースの娘…五歳 オリビエ=フュルスト;アメリアの実父 ソフィア;アメリアの義理の妹二十歳 エリザベス;アメリアの継母 ステルベン=ギネリン;王国の王

全てを奪われ追放されたけど、実は地獄のようだった家から逃げられてほっとしている。もう絶対に戻らないからよろしく!

蒼衣翼
ファンタジー
俺は誰もが羨む地位を持ち、美男美女揃いの家族に囲まれて生活をしている。 家や家族目当てに近づく奴や、妬んで陰口を叩く奴は数しれず、友人という名のハイエナ共に付きまとわれる生活だ。 何よりも、外からは最高に見える家庭環境も、俺からすれば地獄のようなもの。 やるべきこと、やってはならないことを細かく決められ、家族のなかで一人平凡顔の俺は、みんなから疎ましがられていた。 そんなある日、家にやって来た一人の少年が、鮮やかな手並みで俺の地位を奪い、とうとう俺を家から放逐させてしまう。 やった! 準備をしつつも諦めていた自由な人生が始まる! 俺はもう戻らないから、後は頼んだぞ!

番だからと攫っておいて、番だと認めないと言われても。

七辻ゆゆ
ファンタジー
特に同情できないので、ルナは手段を選ばず帰国をめざすことにした。

処理中です...