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第一章 ここは私の知らない世界

第19話 お嬢様のお悩み(メリュジーヌ視点)

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 最近、私の乳母子でもあり、一番大切な人でもあるリリアンヌが変だ。

 前まで彼女はどちらかというと、あまり豊かな表情をする人ではなかった。
 変わったのは私がエドガー様に婚約破棄をされたあの日からだろうか。
 私のせいで彼女を変えてしまったのかもしれないと思うと申し訳なさでいっぱいになるけれど、でも今のリリアンヌもはきはきしていて大好きだ。

 エドガー様が私に興味を持っていなかったのもわかっていたし、自分の方もエドガー様に恋愛的な意味で想いを寄せていたわけではないから、彼から婚約破棄を言い渡されるのも妥当だと思っていた。
 私の立場の弱いこの家で、エドガー様に頼るのも申し訳なかったし。
 私の代わりに、エルヴィラ姉様と婚約を結び直すとは思わなかったけれど、でも幼い時から縁を繋いでいた人なのでこの家の人と婚約をするというのは、彼にとっても悪くない話なのだろうと思って、安心はした。

 誰も不幸になってほしくない。そう思うから。

 こんなことを言うと、リリアンヌは頭から火を噴いて怒りそうだけれど。
 その様子を想像するとクスクス笑ってしまう。
 自分の代わりに怒ってくれる彼女がいるから、自分は安心して怒らないでいられるのかもしれないけれど。私は誰かが怒っている姿を見ると、私の方が辛くて困ってしまうから。

 そんなリリアンヌだけれど、唐突に、私に厳しくする、と言い出した。

「お嬢様は大事な人です。将来のために立場にふさわしい教養をつけてもらいます」

 厳しいというから、お義母様のように叩かれたりするのかな、と思ったけれど。単に勉強しろということだった。そういうことなら大歓迎だ。

 学ぶといっても何をどうすればいいのか、とそこからのスタートだった。

 まず淑女として覚えるべき礼儀作法から始まった。歩き方、正しいカップの持ち方、身分によって違う挨拶の仕方、扇の使い方……。
 リリアンヌは自分で覚えている礼儀作法をありったけ教えてくれた。
 彼女も妹のシシリーが習っているのを隣で見覚えて学んでいるようだ。

「私では行き届いていない部分がありますから、本当は家庭教師をお招きできればよいのですが」

 悔しそうにリリアンヌは言うが、もし自分が義母と折り合いが悪くなかったとしても満足な教育が受けられたかはわからなかった。淑女の作法はともかく、親自体が教育にあまり熱心でないこの家では限界があっただろうから。
 しかし一生懸命なリリアンヌにつられ、できる範囲で学ぼうと前向きになれた。

 体に身に着ける振舞いは、お手本がいて教わりながら覚えていくのが最も覚えやすい。
 幸い、私の目の奥には亡くなったお母様の姿がいらっしゃる。
 お母様と一緒に過ごしていた7年は、私の中に淑女とあるべきものを焼き付けてくれた。
 優雅さが損なわれないよう努力して、振舞いは気を付けることができても、社交で情報を得る方法とか女主人として采配を振るう方法など、実際にサロンに行かないと身につかないものはどうしようもなかった。

 それに、リリアンヌは仕事が忙しくてあまり私の部屋に来ることができないので、リリアンヌが持ち込んでくれた本の、わかる範囲で学ぶことになった。
 彼女が差し入れてくれる本は最初は挿絵が美しい童話が多かったけれど、そのうち色々な内容に変わっていった。

 私にとって外界の窓となるのはリリアンヌだけだった。

 この屋敷の中で、私と話してくれる人はほとんどいない。
 私の部屋に来るのはリリアンヌくらいしかいないし。それと、私を罵倒するためにくるお義母様だけ。
 他の人と会うのも、お義母様の目を盗んで私がこっそりと部屋を出て食事を取りに行く時に、比較的この屋敷に長くいるメイド達と少し話すくらいで。他の人たちは私の存在は知ってはいても、遠巻きに見ているだけだ。そして私はそれでいいと思っている。
 私と下手に関わりあいになると、他の人たちの方がお義母様にひどい目にあわされるかもしれないから。

「リリったら、どうしちゃったのかしら」

 厳しいわねえ。
 クスクス笑いながら、変わってしまったリリアンヌの事を考える。
 彼女が自分の中に、何かを見出してくれているというのが嬉しかった。
 実母は死に別れ、実の父には捨て置かれ、義理の母には嫌われている自分に期待をかける存在なんていなかったから。
 それなのに、こんな自分にも未来はあるから、その時のために学んでおいてほしいと言われたことは、自分の中に夢の灯をともしてくれた。
 彼女が自分の中に希望があると思ってくれているのが嬉しかった。

 侍女をつけられていないから、身だしなみや片付けや掃除は自分でするしかない。だから自分の手などは荒れているし、貴族令嬢らしくないだろう。
 そんな自分をバカにしている人がいるのもわかっている。
 しかし、そんなことは気にならないくらい、今、心が充実していた。

 自室からむやみに出るのは禁じられているけれど、その分、自分だけの時間はたっぷりあって。
 今までは時間つぶしに、裁縫をすることが多かったけれど、最近はリリアンヌが書庫から本を持ってきてくれるから、読むのが楽しみになっていた。

 今、自分ができるのは、裁縫をすることと、リリアンヌに言われたことをすることくらいだけれど。でも、だからこそやるべきことは、ちゃんとやってみよう。
 そう、今まで持ったことのない目標を目指してみる気になっていた。
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