上 下
20 / 32

19話 狡猾な邪神

しおりを挟む
 上空三万メートルに達したところで、ラーズグリーズは本格的に戦闘を開始した。
 この高さでも、槍と魔法は地上にまで危険が及ぶかもしれない。近辺には櫻田高校の生徒も多く住んでいるから、被害を出さないようにしなければ。
 よってラーズグリーズが選択したのは格闘戦だった。リンドブルムに特攻し、腹に拳を叩き込む。それだけで腹が陥没し、大量の血を吐き出した。

「こら、血を吐くな」

 地上の迷惑になるだろう。血を蒸発させ、お仕置きにアッパーを叩き込んだ。
 リンドブルムはもがくも、ラーズグリーズの敵ではない。リンドブルムの肉体を素手で穿ち、急所を徹底的につぶし続ける。リンドブルムは抵抗するが、爪も牙も空を切り、炎も突風も通用しない。一方的な蹂躙が繰り広げられた。

 一分もたたず、リンドブルムの体はあちこちへこみ、四肢をへし折られた。息も絶え絶えで、今にも死にそうだ。神話の生態系の頂点も、ヴァルキュリアにとっては野良犬に過ぎなかった。
 ただ、戦う意思は萎えていない。というより、無理やり引き出されているというべきか。

 徒手空拳で直接触れるから、すぐにわかった。こいつの中に、ラーズグリーズの捜していた奴が居る。攻撃を当てるたびに、ヘルの魔力が伝わってくるのだ。

「むんっ!」

 ボロボロのドラゴンの横っ面に、ラーズグリーズは右拳を叩き込んだ。ただの一撃ではなく、マーキングの術を仕込んだ拳だ。これでもう、ヘルを逃がす事はない。

「どこに逃げようが、すぐに見つけられるぞ、ヘル。もし逃げたとしても、すでにヴァルキュリア軍には指名手配してあるから、世界中のヴァルキュリアが貴様を探し、消しにかかるぞ」
『その、よう、だな』

 ヘルはうろたえる様子もなく、平然と返していた。
 ラーズグリーズは眉根をひそめた。こいつ、何をたくらんでいる。

「まぁ、いい」

 その企みも、ここでつぶせばいいだけ。シンプルな回答だ。
 槍を出し、ラーズグリーズは叩き込んだ魔力を辿った。ヘルの居場所は、リンドブルムの心臓だ。
 生徒が安心して生活できるよう、消えてもらう。こいつは、生徒達の教育によろしくない。
 彼らの学園生活のために、消えろ。地獄の女王よ。

『浩二、とか、言う、よう、だな、あの、小僧』

 ヘルは突然話し始めた。ラーズグリーズは聞く耳持たず、槍を構えた。

『そう、か。浩二、か。惚れた、相手、の、名を、知らず、にい、たな』

 ヘルはくつくつと笑い、リンドブルムの手を動かし、ラーズグリーズを挑発した。

『やり、たけ、れば、やれ。しか、し。貴様、には、でき、ん』
「ほざいてろ」

 ラーズグリーズは無視し、渾身の一発を放った。
 ヘルを凌駕する魔力をこめた、ラーズグリーズの撃てる最大威力だ。これに触れれば塵すら残らない!
 消えろ、ヘル!

『忠告、しよ、うか?』

 ヘルは笑いながら、リンドブルムの指で地上を示した。

『タラ、スク。忘、れて、るぞ?』
「タラスク……?」

 一瞬、何の事かわからなかった。なぜそこで、タラスクが出てくるのだろうと。ハッタリを言うような場面ではないのに。
 だが、すぐに答えにたどり着いた。

「居たのか……あの場に!?」

 なぜ気づかなかった! 背筋を凍らせ、ラーズグリーズは槍を操作した。軌道を変えた槍は地上に向きを変え、浩二の下へ走っていく。
 間に合えよ……浩二を案じ、ラーズグリーズの意識が地上に向いた。隙があったのは、ほんの僅かな時間だった。
 しかしヘル相手には、致命的とも言える隙だ。
 虫の息だったリンドブルムを捨て、ヘルはラーズグリーズに飛んだ。ラーズグリーズは気づくも遅く、ヘルはラーズグリーズの体内に侵入した。

「ぐ!?」

 体内に虫が這い回るような不快感にラーズグリーズは怖気立ち、すぐに弾き出した。ヘルはあっさりと引き下がり、ラーズグリーズから出て行ったが、ラーズグリーズはぐったりと頭を垂れた。
 体が重い、頭が痛い……息が切れ、全身がしびれたように動かない。これは、魔力を大量に引き抜かれた!

『はは……すばらしいなラーズグリーズ、本当に素晴らしい力だ! 貴様、これだけの力を持っていたのか』

 やけに生気あふれる声だった。ラーズグリーズは顔を上げ、ヘルを見上げた。
 まだ、霧のような靄なのは変わらない。しかし、感じる魔力の桁が違う。肌がひりつき、腹の奥底から鈍痛がしてくる。冷たく広がる空気が、否応なしにラーズグリーズを刺激してきた。
 こいつ、これが狙いか……。

「私が狙いだったのか……」
『そうだ。魔力の再生に時間がかかるからな、手っ取り早い方法を選ばせてもらった』

 ヘルは高笑いした。

『礼を言うぞ、ラーズグリーズ。これなら、当分不自由はしなくてすみそうだ』
「おのれ……」

 得意気なヘルに歯噛みし、ラーズグリーズはだるい体に鞭打った。
 ここで倒しておかなければ、奴はより力をつけてしまう。それだけは断じて止めなければ。

『おいおい無理をするな、魔力を抜かれたばかりだろう』

 ヘルはリンドブルムに魔法を仕掛けた。するとどうだろう、巨体が傾ぎ、地上に向け、高速で墜落を始めた。
 音速を突破したらしく衝撃波が発生し、ラーズグリーズを揺さぶった。あの速度で墜落したら、甚大な被害が出てしまう! あの巨体だ、地上にいるヴァルキュリアでは受け止めきれない!

 しかし、ここでヘルを見逃しては……!

 ラーズグリーズの中で戦士と教師がせめぎあう。ヘルと浩二、どちらを選ぶべきだ。いいや、自分が通したいのは、どっちの自分だ。

『さぁ、どうした? まだ吾は貴様にかなわないが、数分くらいなら戦えるぞ? その間、リンドブルムは待ってくれるかな?』

 ヘルの揺さぶりが、ラーズグリーズの胸を鳴らした。

「……ちっ!」

 ラーズグリーズはヘルを見逃し、地上へ急いだ。
 ヘルよりも……生徒だ、浩二だ! 彼らの身が、最優先だ!
 戦士ではなく、教師である事を選んだラーズグリーズは、地上へ急行した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

処理中です...