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10話 ワルキューレがバスケ部の顧問になって大丈夫?

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「というわけで、浩二どころか生徒達との軋轢がより一層酷くなったのだが」
「当たり前だわスカポンタン!」

 どうにか無事に帰還した放課後、社会科準備室にて琴音と木下にそう話したラーズグリーズは、ものの見事に的確なツッコミを受けていた。琴音はまだぐたっとしていて会話に参加する元気は無さそうだった。

「あたしも死ぬかと思ったわ! ヴァルハラってあんだけ危険な場所だったのかい!?」
「以前は本拠地として使っていたのだが、最近は世間がうるさくてな、エインヘリャルの収容が主な役割になっている」
「ある種理想的な監獄じゃないかい!」
「監獄とはなんだ監獄とは! あそこはわが主オーディンの居城だぞ!」
「それがどうした!」

 木下は定規でラーズグリーズをひっぱたいた。
 この叱責にラーズグリーズは納得がいかなかった。ちゃんと言われたとおりにしたはずなのに、なんでこんな仕打ちを受けねばならないのやら。

「ではどうすればよかったのだ?」
「だから普通でいいんだよ普通で。途中まではちゃんと出来てたじゃないか。ヴァルハラに人を連れて行く事事態が普通じゃないからな」
「そうなのか……」

 ラーズグリーズとしてはあそこで生徒が戦うのがベストだったのだが、どうも人間達には、神々の常識が通用しないらしい。こちらの常識に合わせようとしても、かえって不評を招くだけのようだ。

「では人類の常識に合わせた授業でなければならないのか……教師とは難しいな」
「うんまぁ、気付くのが遅すぎると思うけどね」

 木下は心底呆れた様子で、ラーズグリーズはへこんだ。
 しかしへこんでばかりもいられない。一度の失敗で躓いていては、永遠に前に進めないのだから。

「それにしても……」

 ラーズグリーズは耳をほじくり、如意棒を出した。
 ヴァルハラの壁に飾られた武器は全て、ラーズグリーズの主でなければ壁から剥がす事も出来ない。主の許可がなければ、ヴァルキュリアですら使えないのだ。

「汝が真の姿に戻れ」

 ラーズグリーズの命令に従い、如意棒は元の長さに戻った。ラーズグリーズも使えるようになっている。
 なぜ使えるようになった? ラーズグリーズは如意棒をよく観察して、極僅かに血がついているのに気付いた。そういえば、浩二はこれを取る前に怪我を拭っていた。その血でも付いたのだろう。主様の物なので、ラーズグリーズは血をふき取った。

 すると急に、如意棒が小さくなり、窓から飛び出してしまった。

 一瞬の出来事に、琴音と木下は気付いていない。それほどの速さだった。飛んでいった場所は、方向からしてヴァルハラだ。浩二の血を拭った途端、使用不能になったのだろうか?

「どういう事だ?」

 人間の血で使えるようになったとは考えがたい。だが現に、如意棒は使えなくなった。浩二の血がなくなった途端にだ。
 彼の血に、秘密でもあるというのだろうか。

「おいこら、ばるきりーさん。何ぼーっとしてんのさ」

 木下に肩を叩かれ、ラーズグリーズは我に返った。

「しっかりしてくれよ。あんたがやんないとこっちも手伝えないんだから」
「うむ、すまんな」

 ラーズグリーズは一旦、疑問を置く事にした。まずは生徒との軋轢を解消する方法を探すのが先だ。
 ただし、ここで問題発生。生徒との軋轢を解消するにはどうすればよいのでしょうか。
 出来る限り人間の常識に乗っ取った方法でコミュニケーションをとらねばならないのだが、そんな事がラーズグリーズに出来るはずも無いので。

「恐縮だが……生徒と距離を詰める方法を教えて欲しいのだが……」
「心が折れるの早いなあんた、ちょっとは自分で考えるとかしなよ」
「だってだって! 自分で考えたら人間なんかあっという間に壊れる方法しか思いつかないんだもん!」
「キャラがぶれる程に難しい問題かなそれ!」

 涙目で木下に泣き付くラーズグリーズに威厳のいの字もない。これでも一応ヴァルキュリア軍じゃ最上位に入るエリート中のエリートなのですが。

「……それじゃあ、部活の顧問とかどうかな」

 ようやく元気を取り戻した琴音が、会話に一石を投じてくれた。

「部活? 顧問……? なんだそれは?」
「えっとぉ、部活は私達にとって楽しみにしている事で、顧問はそれを見守る先生だよ。先生はただ勉強を教えるだけじゃなくて、私達の楽しみを見守るのもお仕事なんだ」
「楽しみにしている事……なるほど、レクリエーションか」

 確かに、それはいいかもしれない。生徒と教師、同じ土俵で遊びを楽しめば、距離は確実に縮まるはずだ!

「こうちゃんも部活やるから、その部活の顧問になれば……」
「浩二の信頼も得られて一石二鳥、と言う奴だな!」

 となれば、ラーズグリーズの行動は早い。早速顧問になるよう掛け合うべく立ち上がろうとした。

「って待てやあんた」

 予期していたかのようにストップをかける木下。何事かと首を傾げると、

「まずあんた、ムロ公が入る部活とか把握してんのかい?」
「あ」

 そういやそうだ。浩二がどの部活に入っているのか全然わかんない。琴音に助けを求めると、彼女は快く応えてくれた。

「バスケットボール部だよ。実は私もマネージャーとして入部届け出してるから一緒なの」
「ばすけっとぼーる? なんだそれは」
「こうちゃんの趣味だよ。こうちゃんね、中学の全国大会で優勝するくらい上手なんだよ」
「ぜんこくたいかい? 優勝……?」

 いまいち話がつかめないラーズグリーズでも、浩二が凄い奴だというのだけはわかり、彼が妙に強いのはバスケットボールとやらで訓練していたからなのだろうと解釈した。

「なるほど……ではそのバスケットボール部で顧問を務めればいいというわけだな!」
「その前にまずルールを理解した方がいいんじゃないのかい?」

 木下の指摘は勿論、それ以外にも色々クリアすべき関門が多すぎるのだが、そんなもんで挫けるようなラーズグリーズでは無い。

「よし琴音! 早速バスケットボールとやらを教えてくれないか!」
「オッケーばるきりーさん! じゃあまた私の家に来て、みっちりとレクチャーしてあげる!」

 琴音も一緒に巻き込んで、バスケットボール部の顧問になるべく動き出したのだった。

「……ムロ公、明日ドリンク剤奢ってやるよ……」

 哀れな浩二に同情した木下の呟きが、社会科準備室に空しく消えていった。
 余談だが、琴音が入るという事で、この後木下も入部届けを出しに行ったそうである。
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