上 下
7 / 32

6話 爽やかな目覚め……?

しおりを挟む
 浩二は暗い場所に立っていた。何も見えず、何も聞こえず、何も感じられない、深い闇だ。
 驚きはしない、浩二はこれが夢だと分かっているから。時々見る、嫌な夢だ。
 浩二は口に出さず、闇に隠れている少女を呼んだ。
 少女はいつも、すぐに出て来る。暗がりからふらりと現れた少女は、ボロボロの服を着て、生傷だらけの体を引き摺って、落ち窪んだ目で浩二を見上げていた。

 当時と変わらない、痛痛しい姿だ。手を伸ばし、助けようにも、この中では浩二は無力だ。少女を助ける事は出来ず、ただ見ているだけしかできない。
 手の届く場所に居るのに……今の俺なら、助けられるのに……浩二は拳を硬く握り締め、唇を噛み締めた。

「天木……」

 搾り出すように呼びかけると、少女はいずこへと去っていく。そこでようやく浩二は動けるのだが、その頃には、助けるべき少女はどこにも居なくなっていた。
 浩二は俯いた。またしても助けられなかった。あいつは一体、いつになったら助けられるんだ。ずっとあいつの、悲しい姿を見続けなければならないのか。

「誰か……助けてくれ……」

 堪えきれぬほどの後悔の念が押し寄せ、浩二は涙した。俺はいつまであいつを放っておけばいい、守れなかった少女に、これ以上悲しい思いなんか、させたくない。

「……くそっ……くそ……くそぉ……」

 浩二は己を殴りつけた。こんな事をしても何も晴れないのは分かっているが、こうでもしないと落ち着けないのだ。
 早く覚めろ。こんな夢、早く覚めちまえ!
 すると浩二の念に呼応するかのように、意識が急浮上を始めて、そして……。

    ◇◇◇

 がっぷりとでかい犬にかぶりつかれた状態で、浩二はなんともぬるっとした起床をしたのであった。
 ぬるっとだけならまだマシである。ぬるっに加えてぬめっとぐちょっとねちょっが一度にまとわり、芳しくも生臭い香りが鼻腔を突き抜ける。爽快な不快感に浩二はピキキッと青筋を立てた。

「くらぁ!」

 一気に目覚めた浩二は齧りついている口をこじ開けて、謎の犬っころから脱出した。
 その犬っころ、ただの犬ではない。三つ首ジャーマンシェパードこと、地獄の番犬ケルベロスだ。泣く子も黙る強面お犬様である。
 でもってケルベロスはにこやかに前足を上げ、浩二に爽やかなモーニングコールを。

「Good Morning everyワンッ!?」

 したところで浩二のワンダフルな飛び蹴りが地獄のワン公の睾丸に直撃! 語尾で思わず地がでちゃって、地獄の番犬が地獄の痛苦に悶絶した。

「寝覚めに何寒いダジャレかましてんだワン公。広東州に輸出して鍋の具にすんぞ、あぁん?」

 浩二の顔は、ケルベロスですら子犬のごとく縮み上がる剣幕だった。後日、ケルベロスは犬カフェの看板メス犬にそう話したそうな。
 尻尾を巻いて逃げ出した犬(職業:地獄の門番)を追いかけ、浩二はリビングに向かった。
 朝から召喚術を駆使した嫌がらせの出来るアンポンタンなどたった一人しかいない。つか昨日来るとか宣言してたから考える必要もないのだけど。

「……朝っぱらから何してんだクレイジーワルキューレっ!」

 悪夢とケルベロスのコラボレーションで朝から絶賛ド怒り中の浩二がリビングに飛び込むなり、彼の目に映ったのは、

「やぁおはよう浩二! 気持ちいい朝だな」

 ケルベロスを撫でながら、台所で寸胴を前に料理する、割烹着姿のばるきりーさんであった。
 朝から繰り広げられる吉本新喜劇のコントのような展開に浩二は言葉が見当たらず、ツッコミ所のオンパレードで毒気が残らず抜けてしまった。

「どうだ浩二、琴音からフルハウスを全話見せてもらって参考にしてみたぞ。元気は出たか?」
「……ああそうだな、出たというか、搾り出されたと言うか……」

 まず浩二は、ケルベロスに対するクレームを申し立てた。

「……なんでケルベロスにモーニングコールをまかせやがった?」
「アメリカじゃ大型犬に顔を舐められて起きるのがセオリーなのだろう?」
「自由の国であんなフランクかつ猟奇的な早上好が日常になってたまるか」

 これなら土佐犬に齧られた方がまだ平和的である。
 浩二からのクレームに対し、ばるきりーさんは演技臭く肩を竦めた。

「とにかく落ち着きなさいよディラン、朝から怒っても疲れるだけよ」
「わかったわかった、悪かったな許してくれキャサリンってビバリーヒルズかっ!」

 あまりに見事なばるきりーさんの演技に思わずつられた浩二である。

「ともかく着替えて座れ浩二。折角朝食を作ったのだ、登校前に食べて行け」

 ばるきりーさんが指を鳴らすなり、浩二は瞬時に制服姿へ変わってしまった。寝癖も整えられているサービス付き。このワルキューレ、魔法の使い方が無駄に秀逸すぎる。
 ばるきりーさんに押されるがまま着席し、浩二は仕方なく相伴に預かる事にした。食事で篭絡するつもりだろうが、この手の展開は大抵料理下手なのがセオリーだ。期待は出来ない。

「ほら、食べてみろ」

 そう思っていた浩二だが、ばるきりーさんが振舞ったのは……いい香りのする黒パンと、香辛料が食欲をくすぐるスープだった。ご丁寧に卵サラダとデザートのヨーグルトまでついている。

 予想外のフルコースに目を瞬き、浩二は驚いた。ばるきりーさんは天狗の鼻でふんぞり返り、

「こう見えて、料理は得意なのだ」
「お、おお……珍しく文句が言えねぇ……」

 思わぬ特技であるが、問題は味だ。浩二は恐る恐るスープを口にした。
 どうせ見掛け倒しだろうと思ったのだが、ところがぎっちょん、これが美味い。
 豊かな風味とコクある旨味が浩二の味覚をホールド・ミー、舌に広がる醍醐味は、体喜ぶ至福の極み! 心の底から湧き上がる、未知の力にエンジョイ・ミー!
 とまぁ、こんな感想が出て来るほどのヘヴン状態に浩二は陥っていた。

「な、なんのスープこれ」

 気がつきゃ綺麗に完食し、ついついおかわりしてしまったスープを示し、浩二は尋ねた。
 ばるきりーさんはそりゃもう嬉しそうに答えてくれた。

「ヤマタノオロチと樹木子を使った和風スープだ、力がでるぞ。しかも卵サラダにはコカトリスのゆで卵を使ったぞ」
「ぶふぅっ!?」

 直後に浩二はコンスタントに噴出した!

「なんつーもん食わせてんだ! 樹木子って死人の血で生きてる木の妖怪じゃねーか!」
「安心しろ、吸ったのは人間ではなく餓鬼の血だ」
「余計に嫌だわそんなもん! おまけにコカトリスってゴーゴンみたいに石化の魔法が使える怪鳥だろ、そんな奴の卵食って大丈夫なのか!?」
「食べ過ぎると尿結石が出来るが、一個なら問題ない。あとヤマタノオロチはスサノオノミコトが飼育した養殖物だ、産地直送の信頼ある品だから味は確かだぞ」
「自分がはっ倒したとんでもないので商売してんな我が国の神様!」

 オーストラリアのタスマニアにて大量生産しているとかなんとか。それはともかく、朝から凄まじいモンを提供してくれたばるきりーさんに、浩二は堪忍袋の緒が切れかけていた。

「頭いてぇ……わりと深刻なレベルでいてぇ……」
「む! それはいかんぞ浩二! 突然の頭痛は脳卒中や脳梗塞のリスクがだな!」

 頭痛の原因が偉そうに分析したため、浩二は完っ全にキレた。

「……とっとと出て行けアホンダラぁぁぁぁぁ!」

 ケルベロスもろとも、浩二はばるきりーさんを殴り飛ばし、家から叩き出したのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

親AIなるあやかし様~神様が人工知能に恋するのは駄目でしょうか?~

歩く、歩く。
キャラ文芸
金運の神様であるサヨリヒメが見守る中小企業、羽山工業にて、「人に寄り添うAI」をコンセプトにした人工知能が開発された。 クェーサーと名付けられた彼に興味を持った神様は、彼に人の心を教え、自分達あやかしの世界を見聞きさせて心を育てた。 クェーサーが成長する内に、サヨリヒメは神でありながらAIの彼に恋をしてしまう。一方のクェーサーも彼女に惹かれつつあったが、人でもなく、あやかしでもない、機械なのに心を持ってしまった自分に悩むようになってしまう。 悩み、苦しみながら、人とあやかしと交流を続けていく間に、彼は「人とあやかしの架け橋」として成長していく。 人工知能と神様の、ちょっと奇妙な物語。

こちら夢守市役所あやかしよろず相談課

木原あざみ
キャラ文芸
異動先はまさかのあやかしよろず相談課!? 変人ばかりの職場で始まるほっこりお役所コメディ ✳︎✳︎ 三崎はな。夢守市役所に入庁して三年目。はじめての異動先は「旧館のもじゃおさん」と呼ばれる変人が在籍しているよろず相談課。一度配属されたら最後、二度と異動はないと噂されている夢守市役所の墓場でした。 けれど、このよろず相談課、本当の名称は●●よろず相談課で――。それっていったいどういうこと? みたいな話です。 第7回キャラ文芸大賞奨励賞ありがとうございました。

あやかし古民家暮らし-ゆるっとカップル、田舎で生きなおしてみる-

橘花やよい
キャラ文芸
「怖がられるから、秘密にしないと」 会社員の穂乃花は生まれつき、あやかしと呼ばれるだろう変なものを見る体質だった。そのために他人と距離を置いて暮らしていたのに、恋人である雪斗の母親に秘密を知られ、案の定怖がられてしまう。このままだと結婚できないかもと悩んでいると「気分転換に引っ越ししない?」と雪斗の誘いがかかった。引っ越し先は、恋人の祖父母が住んでいた田舎の山中。そこには賑やかご近所さんがたくさんいるようで、だんだんと田舎暮らしが気に入って――……。 これは、どこかにひっそりとあるかもしれない、ちょっとおかしくて優しい日常のお話。 エブリスタに投稿している「穂乃花さんは、おかしな隣人と戯れる。」の改稿版です。 表紙はてんぱる様のフリー素材を使用させていただきました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JOLENEジョリーン・鬼屋は人を許さない 『こわい』です。気を緩めると巻き込まれます。

尾駮アスマ(オブチアスマ おぶちあすま)
キャラ文芸
ホラー・ミステリー+ファンタジー作品です。残酷描写ありです。苦手な方は御注意ください。 完全フィクション作品です。 実在する個人・団体等とは一切関係ありません。 あらすじ 趣味で怪談を集めていた主人公は、ある取材で怪しい物件での出来事を知る。 そして、その建物について探り始める。 ほんの些細な調査のはずが大事件へと繋がってしまう・・・ やがて街を揺るがすほどの事件に主人公は巻き込まれ 特命・国家公務員たちと運命の「祭り」へと進み悪魔たちと対決することになる。 もう逃げ道は無い・・・・ 読みやすいように、わざと行間を開けて執筆しています。 もしよければお気に入り登録・イイネ・感想など、よろしくお願いいたします。 大変励みになります。 ありがとうございます。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

風紀委員はスカウト制

リョウ
キャラ文芸
男子高校生の立川アスカは、ある日いきなり風紀委員のメンバー(ドエスキャラの研坂、自由な性格の水橋、癒し系のフミヤ)に囲まれ、風紀委員になる事を強要される。 普通の風紀委員だと思って入ったのだが、実は風紀委員の仕事は、学校内の人ではないモノが起こす現象を解決したり、静観したりする事だった。 アスカはそこで初めて自分が他の人間とは違い、「人ではないモノ」を見る能力が強い事に気づかされる。 アスカには子供の頃のあやふやな記憶があった。それは誰かが川に落ちる記憶だった。けれど誰が落ちたのか、そのあとその人物がどうなったのかアスカは覚えていなかった。 人の周りを飛び回る美しい蝶や、校舎の中を飛行する鳥、巨大キノコの出現や、ツタの絡んだ恋人同士、薔薇の花を背負った少女、ヘビの恩返しに、吸血鬼事件、さまざまな事件を風紀委員メンバーと解決していくアスカ。 アスカは過去の記憶についても、人ではないモノが関係していたのではないかと考えだす。 アスカの思い出した過去とは……。 (ミステリー要素ありの基本ほのぼのギャグです)

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

処理中です...