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79話 セレヴィを連れ回し、どこまでも楽しんだ。

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 自然公園が開園するまで時間があるので、少し街を回ってみた。
 観光地だと聞いていたが、シーズン外のためか人の姿は少なく、落ち着いて歩けた。それでもガレオンことドンを知っている人が多く、行く先々で声を掛けられる。

「ようドンさん、そっちの美女はどうしたんだい?」
「野暮を聞くな、男が色女連れてる理由なんて察せるだろ」

 流浪の旅人ドン(笑)が美女を連れているとあって注目されているが、誰もセレヴィだと気づいていないようだ。変装の力は偉大である。
 正体を知られていないために、お世辞抜きで「お似合いだ」と言われ続け、セレヴィはぐるぐる眼で俯きっぱなしだ。世辞ならばまだ「はいそうですね」と受け流せるが、本心から言われると照れてしまう。
 しかもセレヴィが褒められる度、ガレオンが肩を組んで自慢しまくるものだから心臓になお悪い。この魔王、オフだから遠慮なく距離を詰めてきおる。

「あ、あまり声高に褒めるな、顔を上げられない……」
「褒めていない、事実を言っているだけだ」
「おのれ、屁理屈を……」
「俺に口で勝てるとでも? まぁ嫌な思いをしたのならもう言わないし、肩も抱かんが?」

 不意に体を離され、セレヴィは反射的に追いかけてしまう。駆け引きに負けてしまい、ガレオンが勝ち誇ったように口角を上げ、セレヴィはむぷーっと頬を膨らませた。

「いちいちずるいんだよお前は……ああ嬉しいですよ、物凄く愛されてる感あるからまんざらでもないですよ! もう肩抱きたきゃ抱け! 私の負けだ!」
「言質は取ったぞ」

 こんな感じに手玉に取られ、セレヴィは揶揄われ続けた。いかに人間界で貴族相手とやりあってきたセレヴィと言えど、大昔から多くの魔王達と物理・外交問わず戦ってきたガレオンに太刀打ちできるはずもない。
 公園へ到着する頃には、セレヴィは何度も掌で転がされ不機嫌になっていた。まぁアイス一つで戻ってしまう程度の怒りだが、チョロすぎやしないかセレヴィ。

「俺以外が拾っていたらどうなっていた事やら……」
「何か言ったか?」
「別に。あと袖を引っ張るのをやめろ」
「だって早く行きたいんだ、仕事抜きでこうした場所に来るのは初めてだし。ここなら拷問じみたサバイバル訓練もしなくていいし、熊や野犬と戦わなくてもいいからな」

 セレヴィから時折出てくる心の闇を見る度、「守護らねばならぬ」と決意するガレオンであった。
 ゲートをくぐるなり、セレヴィは圧倒された。公園内は他の森と明らかに違う。
 蛍火のような淡い緑の光球があちこちに浮かび、薄い霧が漂っている。静かな葉擦れの音に混じって小さな気配が隠れているのが分かった。
 樹木や草花も、他の場所よりはるかに生命力に溢れている。まるで違う世界に迷い込んでしまったようだ。

「あの光は精霊だ。人間界には居なかったようだな」
「おとぎ話の世界でしか聞いた事はなかったな……凄く小さくて、弱弱しいと言うか……」
「こいつらは争いのある場所では生きられないんだ。魔界が荒れていた頃は姿を消していたんだが、俺が統治し始めてから少しずつ増え始めたんだ。今はガレオン領に点在する自然公園にだけ生息が確認されている」
「へぇ……マステマから教わったが、確か存在するだけで自然の生命力を高める力があるんだよな? どうりで、気持ちの良い場所のはずだ」

 公園内は涼しくて心地よく、息をするだけで体が綺麗になるような気がした。暫し歩いていると、せせらぎが聞こえてきた。
 気づけば川が近くにあるではないか。日光を反射してキラキラ輝いている、セレヴィは駆け寄って、浅瀬に足を突っ込んだ。

「冷たっ、けど気持ちいいな」
「こけるなよ、着替え持ってきてないんだから」
「ノアじゃあるまいし、そうそうへまはしないさ」

 ガレオンは少し離れた場所で見守っている。セレヴィはにっとし、水を掬い取った。
 さっきからかわれたお返しだ。風で水を吹き飛ばし、ガレオンに即興の水鉄砲をお見舞いした。
 風により霧状に散った水がかかり、ガレオンが一瞬怯んだ。勝ち誇ったように笑うセレヴィであるが……

「全く、着替えがないと言っただろう」

 髪が濡れてしっとりしたガレオンは、妙な色気を放っている。つい見惚れてしまい、セレヴィは硬直していた。

「……水も滴るなんとやらか……」
「何をぼーっとしている?」
「いや、その、ガレオンを好きになれてよかったと思っただけだ」

 ぷいっと顔をそむけるセレヴィ。これ以上ガレオンを見ていると身が持たなかった。
 しかしそれがいけない。隙を見せるや否や、ガレオンはセレヴィを抱き上げ、浅瀬を踊るように歩き出した。ガレオンの顔が間近になりセレヴィはもがくが、落ちれば全身びしょぬれだ。

「しがみつかないと濡れネズミになるぞ?」
「ひ、卑怯な! いーからはーなーせー!」

 人の目があると言うのに、ガレオンははしゃいでいる。時々わざと体を大きく傾けるから、否応にもガレオンにしがみつかないといけなくなった。
 顔が近いのに逃げられない。目を閉じても、ガレオンの息使いや体温がダイレクトに伝わって、むしろ存在をより意識してしまう。
 セレヴィが照れていると分かった上でのカウンター、ちょっとの悪戯が倍返しされてしまった。何をしようがガレオンが一枚上手、多分彼には一生敵わないだろうな。
 ひとしきり弄ばれた後、上流へ向かう事にした。次第に川は深く、流れも険しくなり、水音も大きくなっていた。
 やがて上流のゴールに到着すると、幾筋もの滝がセレヴィを迎えた。
 息を呑むほどの光景だ。岩肌を削るように水が激しく落ち、煙幕のような水しぶきを上げている。

「綺麗……」

 思わずつぶやいてしまった。こんな景色、人間界でもあるかどうか。

「見どころはこんなものじゃないぞ、一日で回りきれない程見物スポットが多いからな」
「ふふ、今日はどこまで楽しませてくれるのかな?」
「決まっているだろう、どこまでもだ」

 ガレオンは天才だ、仕事も遊びも。
 やっぱりこの人には敵わなくていい、一緒に居るだけで、凄く楽しいから。
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