上 下
59 / 93

59話 過去の傷が俺を苦しめるんだ

しおりを挟む
 ガレオンの話が終わった。セレヴィは飲み込むのに精いっぱいで、言葉が出なかった。
 ガレオンの原点に関わる女性、イナンナ。肉体は消えても、彼女の魂はガレオンの中で生き続けているんだ。

「イナンナが旅立ってからも、俺はあいつの夢を引き継いでいる。魔界の片隅で、小さな洞窟から始まったでかい夢だ。誰もが飢えず幸せに暮らせる世界を実現し、あいつに見せてやらないといけないんだ」
「一人で……何でもできるようになったのも……イナンナ様のような方を出さないためですね」
「「肉体錬成」の呪法があれば、短時間以内なら体が粉みじんになろうとも蘇生が可能だ。そして、あいつに二度と誰も奪われないようにするためにも俺は、強くなる必要があった」

「その怪鳥、ノアを連れて来た怪物と酷似していませんか?」
「恐らく同一個体だろう。わざと俺に情報を与えて動揺を誘っているのさ。どうせまた何か悪だくみでもしているに決まっている」
「名前は判明されているのですか?」

「怪鳥ヒガナ。僅かに残っていた文献から判明した。ヒガナは種族名で、厳密には奴固有の名前ではないがな。生息地も生態も、殆ど分かってはいない。だが気まぐれに人里へ現れては、己の愉悦のために殺戮を楽しむサイコパスのようだ」
「そいつがまさに、すぐ近くに来ている」

「間違いなくな。捜索はしているが、まぁ見つからないだろう。奴は狡猾だ、俺に存在をちらつかせて、精神を削るつもりなのさ。だが、俺とて二の轍を踏むつもりはない。次に会った時は、必ず奴を殺す」

 ガレオンから静かな怒りが伝わる。それと同時に、未だ彼がイナンナを愛し続けているのも分かった。
 幾年も彼女との約束を守り、実現のために頑張り続けているのだから。その存在感があまりにも大きすぎて、入り込む余地が見当たらない。
 ……私では、ガレオンの特別には、なれないようだ。

「長話をしてしまったな。業務に支障は?」
「……どうでしょうか」
「ふん、無理はするな。今日くらいペースを落としても問題ない」

 ガレオンの優しさがむしろ辛かった。気を遣われて嬉しいはずなのに、イナンナの影がちらついて胸が痛んだ。
 動揺のあまり、手が震えて涙が出そうになる。するとガレオンは、罰悪そうに頭を掻き、

「俺は確かに、生涯イナンナ以外を愛するつもりはない。はずだった」
「え?」
「ま、なんだ。弱い所を見られたから、と言うのもあるが……過去の俺ならそう言っただろう。だが今の俺には……お前が必要だ。上手く言葉には出来ないが、未来の俺は恐らく……お前をより必要とするかもしれん」

 ガレオンにしては、歯切れが悪かった。
 セレヴィと向き合い、ガレオンは頭を撫でた。

「すまないな、俺自身もまだ整理できていないんだ。男ならばはっきりすべきなんだろうが、中途半端な覚悟ではイナンナにも、セレヴィにも納得してもらえないだろうからな」
「慰めならばやめてください」

「俺は気休めは嫌いだ。根本的に解決しなければ気が済まない性質だと知っているだろう。生半な期待を与えるかもしれんが、必ず答えを出す。だから……俯かずに待っていてくれ。少なくとも、今お前に離れられるのは、俺が辛い……」

 過去を教えたからだろうか、ガレオンは自身の弱さをセレヴィに隠そうとしていない。
 それに、「今離れられるのは辛い」と言ってくれた。ガレオンの心に、セレヴィが微かに入っている証ではないだろうか。
 本当は今すぐに答えを聞きたい。けれどもガレオンの意思を尊重し、セレヴィは一旦仕事に集中する事にした。

  ◇◇◇

「一体俺は、何がしたいんだ……」

 終業後、ガレオンは自室にて朝の事を思い返していた。
 セレヴィに断りを入れるなら、あれが最初で最後だ。イナンナの存在を示し、彼女の想いを諦めさせるには。
 なのに自分は、セレヴィを引き留めてしまった。これでセレヴィを振ってしまえば、彼女の心に大きな傷をつけてしまう。希望を与えた後に突き落とされると、心へのダメージは倍増してしまうのだ。
 自分で自分を追い詰めて、後に引けなくなる。セレヴィを受け入れてやりたいのだが、その度にイナンナとの約束が待ったをかけてくるのだ。

「お前を差し置いて、別の女にうつつを抜かすわけには、いかないよな」

 イナンナと死別して以来、ガレオンの中で彼女は神格化している。イナンナ以外の女性に惹かれるのは彼女への裏切りだと感じているのだ。
 でもセレヴィは別だ。思えば初めて会った時から、ガレオンはイナンナの影を重ねていた。
 自分より他者を思いやれて、目標に向けてひたむきで一生懸命で、イナンナにそっくりだ。しかし昔の女に似ているから惹かれたなんて、それもセレヴィに失礼ではないか?
 駄目だ、考えれば考える程迷宮にはまっていく。

「お前ならどう答えるのか、教えてもらいたいものだ。……いや、それも困るな」

 イナンナとセレヴィが別の男になびく姿を思い浮かべて勝手に落ち込んでしまった。
 それだけセレヴィの存在が、イナンナと同格になっている証拠でもあるのだが。
 カレンダーを眺め、皇霊祭の日付を確認する。もうあまり時間は残っていない。
 答えを出すならこの日しかない。それまでに、ガレオンは決断しなければならなかった。
 ……セレヴィもイナンナも納得のいく答えか。イナンナと話せれば、見えたかもしれないな。

  ◇◇◇

「そっすか、とうとう主様、話したっすか」

 セレヴィもマステマとノアに朝の顛末を話していた。マステマは複雑そうな顔で腕を組み、唸りながら天井を仰いだ。

「しかし驚いたよ、お前がそんな大昔からガレオンと共に居たとはな」
「ま、あーしとルシファーは長命種族っすから。アバドンは長寿の体に改造してるんすよ。イナンナ様の事知ってる奴らはもうあーしら幹部、初期面子しか居ないっすからね。あの人の思い出を風化させるわけにゃいかねっすし、二人の夢が実現する光景を見るまでは死ねないっすよ」

 いつもふざけているマステマだが、命の恩人であるイナンナに対しては真摯な態度を見せていた。

「あーしにとってもイナンナ様は大事な人っすよ。あの人が助けてくれなきゃとっくに死んでたっすからね、今あーしが居るのはイナンナ様のおかげつっても過言じゃねっす。主様を除いて、唯一尊敬できる人っす」
「あのマステマ様がそうまで仰る方ですか、一度でいいから会ってみたかったです」
「なんか含みがある言い方っすけどあえて流しておくっす。さて、あーたはどうするんすか?」
「どうって」

「主様が昔の女引き摺ってんのわーったっすよね。その上でまだ突き進むんすか? それとも諦めるんすか? あーしとしては前者をお勧めするっすよ」
「そうですよ! だってガレオン様の想い人はもう亡くなられてるんですよ、実質ライバル無しじゃないですか! 押しまくればチャンスはありますって!」

「ノアは黙ってろ。答える前に聞かせろ、ガレオンとイナンナの関係を尊重しているにも関わらず、なぜマステマ達は私の後押しをする。お前達だって、イナンナを神格化しているだろう。なのに反するような真似をするのか、理解できないんだが」
「無礼を承知で言うっすけど、死人じゃ生きてる奴を慰められねーんすよ」

 マステマはセレヴィの肩を抱いた。

「イナンナ様が死んでから、主様はあの人との約束を糧に生きてきたっす。弱みも見せない鋼の精神、何でもできる万能の才能、莫大に膨れ上がった奴隷達をたった一人で守れる無頼の強さ。イナンナ様への思慕が主様を弱点の無い史上最強の魔王にさせたっす。けどね、引き換えに主様は誰も支えられない、独りぼっちの男になっちまったっす。あんだけ出来すぎた奴、重すぎて誰も近寄れねっすよ」

「そうだな、過度に完璧な分、親しみは持てないだろう。特に魔王と奴隷と言う主従関係が成り立っていては、それこそガレオンは神のような存在になっている。ガレオンに特別な感情を抱くきっかけすらないだろうな」

「今はいいかもしれねっすけど、遠い将来、心がぶっ潰れてもおかしくねっす。そん時に死んだ奴が生きてる奴慰められるわけがねーっすよ。そうなっちまえば、イナンナ様が最期に願った主様の幸せが叶わねーっす。主様に必要なのは、自分の弱い所晒せる奴っす。弱点は決して欠点じゃねっす、自分の心を守るための拠り所なんすよ」

「要するに、お前は私を、ガレオンを支えさせるために利用しようとしているわけか」
「そうっすよ。都合よく主様に惚れた女が出てきたんすから、使わない手はねーっすよ」

 マステマは思惑を隠そうとせず、偽悪的な言い方をする。ある意味、信用できるな。

「ま、勿論あーしらで勝手に審査させてもらったっすけどね。主様の嫁にさせる以上、こっちも仕える奴を選ばせてもらうっす。結論言っちまうと合格っすけどねー、アバドンもルシファーもあーたに満点あげてるっすから」
「一応、評価を聞こうか」

「元貴族なだけあってマナーや品性、教養は完璧っす。見てくれもいい線行ってるし、性格も全然着飾らねーし、誰であろうと分け隔てなく接するし、思考も庶民的っす。何より、主様とイナンナ様の夢に共感して、率先して他人のために動ける。こいつが何よりもでかいっす。あーたならイナンナ様の夢と主様を託せるっすよ」

 マステマはセレヴィの胸に指を押し付け、ぐりぐりと捻り込んでくる。まるで、「ガレオンを頼むぞ」と言わんばかりに。

「個人的な頼みっす、主様を幸せにしてやってくれっす。あーたなら絶対出来るっすよ。マブダチのあーしが保証してやるっす。万一玉砕しちまっても心配すんなっす、あーしが責任もってあーたを貰ってやるっすから♪」
「はは、まぁお前の嫁になら、なってもやぶさかじゃないな」

 マステマの手を握り、セレヴィは頷いた。

「私、イナンナに挑んでみるよ。ガレオンを必ず振り向かせる。だって……私だってガレオンが大好きだからな」

 勝負は皇霊祭。その日がセレヴィの決戦の日だ。
しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

【本編完結】美女と魔獣〜筋肉大好き令嬢がマッチョ騎士と婚約? ついでに国も救ってみます〜

松浦どれみ
恋愛
【読んで笑って! 詰め込みまくりのラブコメディ!】 (ああ、なんて素敵なのかしら! まさかリアム様があんなに逞しくなっているだなんて、反則だわ! そりゃ触るわよ。モロ好みなんだから!)『本編より抜粋』 ※カクヨムでも公開中ですが、若干お直しして移植しています! 【あらすじ】 架空の国、ジュエリトス王国。 人々は大なり小なり魔力を持つものが多く、魔法が身近な存在だった。 国内の辺境に領地を持つ伯爵家令嬢のオリビアはカフェの経営などで手腕を発揮していた。 そして、貴族の令息令嬢の大規模お見合い会場となっている「貴族学院」入学を二ヶ月後に控えていたある日、彼女の元に公爵家の次男リアムとの婚約話が舞い込む。 数年ぶりに再会したリアムは、王子様系イケメンとして令嬢たちに大人気だった頃とは別人で、オリビア好みの筋肉ムキムキのゴリマッチョになっていた! 仮の婚約者としてスタートしたオリビアとリアム。 さまざまなトラブルを乗り越えて、ふたりは正式な婚約を目指す! まさかの国にもトラブル発生!? だったらついでに救います! 恋愛偏差値底辺の変態令嬢と初恋拗らせマッチョ騎士のジョブ&ラブストーリー!(コメディありあり) 応援よろしくお願いします😊 2023.8.28 カテゴリー迷子になりファンタジーから恋愛に変更しました。 本作は恋愛をメインとした異世界ファンタジーです✨

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生しても侍 〜この父に任せておけ、そう呟いたカシロウは〜

ハマハマ
ファンタジー
 ファンタジー×お侍×父と子の物語。   戦国時代を生きた侍、山尾甲士郎《ヤマオ・カシロウ》は生まれ変わった。  そして転生先において、不思議な力に目覚めた幼い我が子。 「この父に任せておけ」  そう呟いたカシロウは、父の責務を果たすべくその愛刀と、さらに自らにも目覚めた不思議な力とともに二度目の生を斬り開いてゆく。 ※表紙絵はみやこのじょう様に頂きました!

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...