上 下
58 / 93

58話 魔王の古傷

しおりを挟む
 夜に紛れて多くの敵が迫ってきていた。防衛線はとうに突破されており、迎撃部隊も崩壊寸前。後ろで控えるべきガレオンが、前線に出ざるを得ない状況になっていた。
 しかし、今になってなぜこんな軍団が襲ってくる。しかも全員所属がバラバラだ。手を組むはずの無い集団が一つ、また一つと寄り集まって出来た巨大な混成部隊である。

 統率がまるで取れていない烏合の衆だが、兎角数が多すぎる。倒しても倒しても新しい敵が湧いて来て、対処しきれない。進軍速度もあまりに異常で、生産地域や工業地帯を無視し、中枢に真っ直ぐ突き進んでいる。
 それに……普通仲間が倒れれば委縮して逃げるはずなのに、全員狂ったように突撃してくる。こいつら、恐怖を感じないのか。

「無事かアスタ!」
「今はな! だがこれではじり貧だ!」

 いつ防衛線が崩れてもおかしくない。肉体と精神が削られ、ガレオンは次第に焦り出した。
 それを察し、イナンナが肩を叩いて疲れを取ってくれた。

「少しは楽になっただろ、もう少し頑張ろう。こいつらは数だけで一人一人は強くない、叩き続けていけばいずれ居なくなる! あたし達の後ろにだけは、絶対に行かせないよ!」
「分かっている!」

 イナンナに引っ張られ、ガレオンは再び立ち上がった。
 すると見計らったように、敵が突然雄たけびを上げた。
 肉体が膨張し、力が急激に増大する。瞬く間に防衛線は破られ、守るべき城下町へなだれ込まれてしまう。

「ぐあっ!?」

 後方へ気を取られた隙に背中へ一撃を受けた。その重さは、ガレオンですら膝を折る程。何発も受ければ、命の保証はない。
 城下町へ急がなければ……しかしここを離れれば防衛線は瓦解してしまう……。
 どうする、どうすればいい!

「行け、アスタ」

 イナンナは敵の波を見据え、仁王立ちした。

「あたしがこいつらを食い止める、お前は街の皆を助けてこい。心配するな、ここは絶対守り抜いてやるから」
「だが」
「あたしを誰だと思っている? お前の女だぞ」

 唇を噛み、ガレオンは頷いた。
 イナンナの無事を祈りつつ、城下町へ戻ると、既にあちこちで火の手が上がっている。侵入した敵は破壊の限りを尽くし、住民を次々に襲っていた。

「手を触れるな、貴様ら……イナンナの夢を汚すな!」

 それから、ガレオンは無我夢中で戦い続けた。
 その間の記憶は全くなく、進撃が終わる頃には、夜明けになっていた。足元には、ガレオンが倒した屍が、山のように転がっている。
 城下町の被害は甚大だ。住居は破壊され、城も崩れ、多大な犠牲者が出ている。イナンナの夢が、無残にも踏みつぶされていた。

「ガレオン……生きてたっすか……」

 疲弊しきったマステマが、ガレオンを見つけて歩いてきた。彼女も必死になって戦ってくれたのだろう、血と泥と傷に塗れ、今にも倒れそうだ。

「なんだったんだ、こいつら……いきなり現れて……!」
「にしても不自然アル、誰かに操られてたみたいネ」

 ルシファーとアバドンも合流した。皆、どうにか命は無事なようだ。あとは……。

「イナンナ……くそ……!」

 ガレオンは駆け出した。敵の増援は来なかった、イナンナが必死になって食い止めてくれたのだ。
 生きていてくれ、頼む。
 戦場跡地には、敵味方問わず夥しい数の亡骸が倒れていた。その中心にたった一人、立っている女が居る。
 全身に剣や槍が突き刺さり、左腕を失ってもなお、砕けた斧を握りしめて立ち続ける、イナンナの姿があった。

「よぉ、アスタ……そっち、大丈夫か……?」
「……生きて……いるのか……?」
「当たり前さぁ。あたしは……お前の妃になる女だぞ? こんな所で死ぬわけないって。けど、手を貸してくれ……なんかさ、動けないんだよ……」
「ああ、今行く……行くから……もう、喋るな……」

 生きている事自体が奇跡だ。ガレオンとの夢を守るために、イナンナは命の限り、彼を守り抜いたのだ。
 でもよかった、イナンナが生きていて……その安心感が、ガレオンに僅かな隙を生んだ。

『ああダメダメ、死んでくれないと。君のための物語が白ける』

 突然、イナンナの背後に翡翠の羽を持つ巨大な鳥が出現した。
 そいつはガレオン達の前でイナンナの腹を貫いた。イナンナは吐血し、ガレオンはあらんかぎりの悲鳴を上げた。

『あぁ~い~い声だぁ……僅かな希望を打ち砕かれた瞬間に見せる、巨大な絶望、悲しみ。まさしく芸術、最高の喜劇だ! 君のその顔、ずぅ~っと見たかったんだよ』

 巨鳥は心から愉し気にガレオンを嘲笑った。イナンナを抱き留め、ガレオンは敵を見上げた。

『ああ、皆まで言わなくていい。どうかな、エンタメは楽しめたかい? 幸せの絶頂から突き落とされる男女の姿、とても美しかったよ。わざわざ君達のためにエキストラを用意してあげたのだから、感謝してほしいものだね』
「貴様……ぁっ……! 貴様ぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 ガレオンは立ち向かうも、力を使い果たした彼に勝てるはずもなく、羽ばたき一つで一蹴されてしまう。
 鳥は高笑いすると、悠々と飛び去ってしまう。美しい姿に似合わぬ、べったりとした汚い鳴き声が、ガレオンを嗤い続けた。
 奴があの軍勢を嗾けたのか、それもただ、イナンナを殺すためだけに。

「ガレオン! まだ息あるっすよ!」
「……イナンナ!」

 マステマからイナンナを受け取るも、腹に空いた大穴は塞げない。彼女の命は、風前の灯火だ。

「アスタ……なんだ、泣いてるのか……男前が台無しだぞ……?」
「もう、口を動かすな……すぐに戻って、手当を……!」
「いいよ、自分の事くらいわかってる……それよか、少しでもアスタと一緒に居たい……」

「だから口を動かすな! 俺は少しなんかじゃない、ずっとお前と居たいんだ! 俺達の夢を叶えるんだろ、その入り口に立っただろ! なのにお前が居なくてどうする! 俺の夢はお前が居ないと実現しない……お前が居ない世界など俺は……必要ない……!」

「嬉しいなぁ、そんなに言ってくれるなんてさ……でもさ、あたしはアスタの生きている世界が、必要なんだ……アスタが生きていれば、あたしは死にやしないよ。アスタがあたしの夢を現実にし続ける限り、あたしはずっとアスタの中で生きていられる。だからさ、あたしからの一生のお願いだ。皆が幸せになれる世界を造ってくれ。そんでもって、アスタが幸せになってくれりゃ、あたしは満足さ」

「……ああ、約束だ。必ず、実現してやる……!」

 イナンナは小さく笑うと、ガレオンと口づけを交わした。
 眠るように目を閉じると、胸が動かなくなる。ガレオンはイナンナを抱きしめ、慟哭した。
 彼の声は荒野にずっと、木霊し続けた。
しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

転生騎士団長の歩き方

Akila
ファンタジー
【第2章 完 約13万字】&【第1章 完 約12万字】  たまたま運よく掴んだ功績で第7騎士団の団長になってしまった女性騎士のラモン。そんなラモンの中身は地球から転生した『鈴木ゆり』だった。女神様に転生するに当たってギフトを授かったのだが、これがとっても役立った。ありがとう女神さま! と言う訳で、小娘団長が汗臭い騎士団をどうにか立て直す為、ドーン副団長や団員達とキレイにしたり、旨〜いしたり、キュンキュンしたりするほのぼの物語です。 【第1章 ようこそ第7騎士団へ】 騎士団の中で窓際? 島流し先? と囁かれる第7騎士団を立て直すべく、前世の知識で働き方改革を強行するモラン。 第7は改善されるのか? 副団長のドーンと共にあれこれと毎日大忙しです。   【第2章 王城と私】 第7騎士団での功績が認められて、次は第3騎士団へ行く事になったラモン。勤務地である王城では毎日誰かと何かやらかしてます。第3騎士団には馴染めるかな? って、またまた異動? 果たしてラモンの行き着く先はどこに?  ※誤字脱字マジですみません。懲りずに読んで下さい。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

薄幸召喚士令嬢もふもふの霊獣の未来予知で破滅フラグをへし折ります

盛平
ファンタジー
 レティシアは薄幸な少女だった。亡くなった母の再婚相手に辛く当たられ、使用人のように働かされていた。そんなレティシアにも幸せになれるかもしれないチャンスがおとずれた。亡くなった母の遺言で、十八歳になったら召喚の儀式をするようにといわれていたのだ。レティシアが召喚の儀式をすると、可愛いシマリスの霊獣があらわれた。これから幸せがおとずれると思っていた矢先、レティシアはハンサムな王子からプロポーズされた。だがこれは、レティシアの契約霊獣の力を手に入れるための結婚だった。レティシアは冷血王子の策略により、無惨に殺される運命にあった。レティシアは霊獣の力で、未来の夢を視ていたのだ。最悪の未来を変えるため、レティシアは剣を取り戦う道を選んだ。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました

山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。  でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。  そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。  長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。 脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、 「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」 「なりすましヒロインの娘」 と同じ世界です。 このお話は小説家になろうにも投稿しています

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

処理中です...