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207話 どこにでもある、何の変哲もない

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「おとーさん! 遅いよ遅いよ、早くー!」

 事件から数週間後、シェリーは森を駆け回っていた。
 ハローは肩を竦め、義娘を追いかける。一方のナルガは、義息子と娘を連れ、シェリーを優しく見守っていた。
 シェリーはとても元気が良く、毎日せわしなく走り回っている。ハローの背に飛び乗るのがお気に入りなようで、今も義父に飛びついて、背中をよじ登っていた。

「元々活発な姉だったのだな。傍に居るだけで、こちらまで元気になる」
「うん。姉さんが励ましてくれたから、僕は前の母さんに殴られても我慢できたんだ。姉さんが居なかったら、僕は多分、生きてなかった」
「ならば感謝しなければな。シェリーのおかげで我々は会えた、あの子が私達家族を繋いでくれたのだ」
「ねぇねぇお母さん、お弁当何作ってくれたの?」
「到着するまで秘密だ。落ちないよう気を付けろ」
「大丈夫だよー! だってお父さんがしっかり掴んでくれてるんだもん!」

 ハローの背中でシェリーははしゃいだ。そしたらアマトが口をへの字に曲げて、

「姉様ばっかりずるいー。父様、わたしも抱っこして!」
「はいよー。俺は天国に来てしまったんだろうか。こんなにも娘に懐かれるなんてなぁ」

 ハローはすっかり緩んだ顔になり、娘二人を抱え上げた。
 アマトもシェリーをすぐに姉として受け入れ、仲良くなっている。でもシェリーだけが抱っこされるのは我慢できないようで、娘同士で父親争奪戦になってしまう。娘から取り合いされるのは、父親として最大の至福である。

「父さん、目的忘れちゃだめだよ。今日はただのピクニックじゃないんだから」
「スペースはあるんだろうな?」
「ちゃんと見繕ってるよ、丁度いい場所にね」

 ハローが連れて来たのは、日当たりのいい開けた場所だ。
 リナルドは持ってきた苗木を下ろした。本当なら春に行う植林だが、シェリーのために一本だけ植えるのだ。
 五人で力を合わせ、土を掘り起こし、苗木を植えていく。子供達のために植える、大事な財産となる一本だ。

「将来、三人が立派な大人になった時、この木が必ず助けてくれる。例えここを離れたとしても、辛くなったらこの木を目印に帰ってくればいい」
「私とハローの居るこの場所が、皆の故郷だ。本音を言えば、ずっとラコ村に居てほしいが……皆の足かせにはなりたくない。だから遠慮せず、自分達のやりたい事に取り組め」

 まだ幼い子供達には、ピンと来ない話だ。
 でもいつかは、子は親を離れる。その時まで、一瞬一瞬を大事に過ごそう。

「難しい話はいいから、ごはん食べようよ!」
「姉様、その前に手を綺麗にしないとダメだよ。兄様、川近くにない?」
「待ってて、すぐに探してくる! アマトのためならなんでもやるよ!」
「私のためにはしてくれないの、おにーちゃーん」
「僕じゃなくて姉さんの方が年上じゃんか」
「残念でしたー、私まだ八歳だもーん。九歳のリナルドの方がお兄ちゃんなんだよーだ。だから妹のために頑張ってねー」
「あっ、ずるいー!」
「もう! けんかはだめー!」

 子供達のじゃれ合う光景に、ハローとナルガは目を細めた。

「注いでやろうか、水だがな」
「構わないよ。俺もやっていい?」

 夫婦で水を注ぎあい、喉を潤す。小さくとも、確かな幸せを噛み締めて。
 傷だらけの日々はもう、遠い過去になっていた。
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