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3部
179話 分岐点
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串焼きを奢ってもらったハローは、女性と軽く話していた。なんでも、シンギに来たのは初めてらしい。
「最近商売が軌道に乗り始めてね、販路を広げようと思ってこっちにも足を延ばしたんだ」
「そうなんだ。その矢先にひったくりなんて災難だったね」
「でもあんた達のおかげで助かったよ。大事な売上金も入ってたから、皆が飢えちまう。ほら、あんたからもなんか言いな」
女性に小突かれ、男性は会釈した。
フードの隙間から目が合い、ハローは首を傾げる。男性は串を放り捨て、
「満足したなら帰るぞ。無駄な時間を過ごした」
「あ、もう……それじゃ、縁があったらまた」
「待った。お節介ついでに、いいかな。……君は誰かを、特に自分を、憎んでいたりしないかな?」
ハローの問いかけに男性は足を止めた。ゆっくりとハローに振り向き、肩を竦める。
「何を言い出すのかと思えば。それを聞いて何になる、知った所で、貴様に何が分かる。人の心に土足で入り込むのは止めてもらおうか」
「でも、誰かに吐き出す事で心が軽くなる事もある。違うかい? 袖すり合うも何とやらって奴さ」
「……奇妙な奴だ、なら無駄な時間ついでに、付き合ってやる。なぜお前は、俺の事をそう思った」
「何となくさ。前に、似たような人と会ったからね」
ハローはアルターとの邂逅を思い出した。自分への激しい憎悪が産んだ怪物と、男性の目がよく似ていたのだ。
「勘が鋭くて結構だな。ならば聞くぞ、お前は大切な人を救えなかった苦しみを味わった事があるか?」
「ある。それどころか、手に掛けたよ。俺自身の手で」
顔の傷に触れ、ハローは顔を伏せた。
「ない」と答えると思っていた男は目を見開いた。用意していた皮肉が、全部消えてしまう。
「お前が、殺したのか?」
「ああ、言い訳はしない」
「なら僕からさせてもらうぞ。言っとくがこいつが望んでやったわけじゃない、くそったれた奴のせいでやむを得ずにだ。こいつは何も悪くない、勘違いすんなよ」
「……事情があったわけ、か。すまんな」
「いいさ、気にしてない」
「……同じ経験をしたから、同種の匂いを感じ取ったわけか。辛かっただろう、特に己の手で殺さねばならなかったのなら、尚更に」
「君もそうなんじゃないか? 救いたい人を、救えなかった苦しみは、よくわかるよ」
「ああ、そうだ。あの人を思い出す度に俺は……俺の無力さを呪ってしまう……! 俺にもっと力があれば……あの人を救えたと言うのに……俺は、俺が憎い……今すぐにでも、喉をかき切ってやりたいほどに、俺自身に怒りを感じている。お前の、指摘通りにな」
「……今でも辛いんだな、悲しいんだな……」
ハローは涙した。男の心の内が、痛いほどに伝わってくる。彼もハローが同情ではなく、本心から共感して泣いているのに気付いた。
「不思議なものだな、お前と話すと、心が少しだけ軽くなる。お前の声は、他者を勇気づける力があるな」
「光栄だよ。ごめんよ、いきなり泣いてしまって」
「構わない。むしろ、礼を言わせてもらおう。お前との会話は、救いになった」
男性は頭を下げた。
「縁があれば、また会うだろう。その時には、酌み交わしてもらっていいか」
「うん、こちらこそ」
去り際、男が笑った気がした。
彼の抱く憎しみが、少しでも軽くなってくれればいいのだが。
「気は済んだか」
「ああ、待たせたね。なんだか、放っておけなくて。……」
「どうしたよ?」
「どこかで、聞いたような声だったんだ。前に、会った事がある気がする」
「気のせいだろ。と言いたいけど、奇妙な事件が立て続けに起こってるからな。今度会った時にでも確認してみたらどうだ」
「そうするよ。さ、帰ろうか。早くナルガに会いたいな」
ハローの声は、風によって男の耳には届かなかった。
「最近商売が軌道に乗り始めてね、販路を広げようと思ってこっちにも足を延ばしたんだ」
「そうなんだ。その矢先にひったくりなんて災難だったね」
「でもあんた達のおかげで助かったよ。大事な売上金も入ってたから、皆が飢えちまう。ほら、あんたからもなんか言いな」
女性に小突かれ、男性は会釈した。
フードの隙間から目が合い、ハローは首を傾げる。男性は串を放り捨て、
「満足したなら帰るぞ。無駄な時間を過ごした」
「あ、もう……それじゃ、縁があったらまた」
「待った。お節介ついでに、いいかな。……君は誰かを、特に自分を、憎んでいたりしないかな?」
ハローの問いかけに男性は足を止めた。ゆっくりとハローに振り向き、肩を竦める。
「何を言い出すのかと思えば。それを聞いて何になる、知った所で、貴様に何が分かる。人の心に土足で入り込むのは止めてもらおうか」
「でも、誰かに吐き出す事で心が軽くなる事もある。違うかい? 袖すり合うも何とやらって奴さ」
「……奇妙な奴だ、なら無駄な時間ついでに、付き合ってやる。なぜお前は、俺の事をそう思った」
「何となくさ。前に、似たような人と会ったからね」
ハローはアルターとの邂逅を思い出した。自分への激しい憎悪が産んだ怪物と、男性の目がよく似ていたのだ。
「勘が鋭くて結構だな。ならば聞くぞ、お前は大切な人を救えなかった苦しみを味わった事があるか?」
「ある。それどころか、手に掛けたよ。俺自身の手で」
顔の傷に触れ、ハローは顔を伏せた。
「ない」と答えると思っていた男は目を見開いた。用意していた皮肉が、全部消えてしまう。
「お前が、殺したのか?」
「ああ、言い訳はしない」
「なら僕からさせてもらうぞ。言っとくがこいつが望んでやったわけじゃない、くそったれた奴のせいでやむを得ずにだ。こいつは何も悪くない、勘違いすんなよ」
「……事情があったわけ、か。すまんな」
「いいさ、気にしてない」
「……同じ経験をしたから、同種の匂いを感じ取ったわけか。辛かっただろう、特に己の手で殺さねばならなかったのなら、尚更に」
「君もそうなんじゃないか? 救いたい人を、救えなかった苦しみは、よくわかるよ」
「ああ、そうだ。あの人を思い出す度に俺は……俺の無力さを呪ってしまう……! 俺にもっと力があれば……あの人を救えたと言うのに……俺は、俺が憎い……今すぐにでも、喉をかき切ってやりたいほどに、俺自身に怒りを感じている。お前の、指摘通りにな」
「……今でも辛いんだな、悲しいんだな……」
ハローは涙した。男の心の内が、痛いほどに伝わってくる。彼もハローが同情ではなく、本心から共感して泣いているのに気付いた。
「不思議なものだな、お前と話すと、心が少しだけ軽くなる。お前の声は、他者を勇気づける力があるな」
「光栄だよ。ごめんよ、いきなり泣いてしまって」
「構わない。むしろ、礼を言わせてもらおう。お前との会話は、救いになった」
男性は頭を下げた。
「縁があれば、また会うだろう。その時には、酌み交わしてもらっていいか」
「うん、こちらこそ」
去り際、男が笑った気がした。
彼の抱く憎しみが、少しでも軽くなってくれればいいのだが。
「気は済んだか」
「ああ、待たせたね。なんだか、放っておけなくて。……」
「どうしたよ?」
「どこかで、聞いたような声だったんだ。前に、会った事がある気がする」
「気のせいだろ。と言いたいけど、奇妙な事件が立て続けに起こってるからな。今度会った時にでも確認してみたらどうだ」
「そうするよ。さ、帰ろうか。早くナルガに会いたいな」
ハローの声は、風によって男の耳には届かなかった。
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