上 下
178 / 207
3部

179話 分岐点

しおりを挟む
 串焼きを奢ってもらったハローは、女性と軽く話していた。なんでも、シンギに来たのは初めてらしい。
「最近商売が軌道に乗り始めてね、販路を広げようと思ってこっちにも足を延ばしたんだ」
「そうなんだ。その矢先にひったくりなんて災難だったね」
「でもあんた達のおかげで助かったよ。大事な売上金も入ってたから、皆が飢えちまう。ほら、あんたからもなんか言いな」

 女性に小突かれ、男性は会釈した。
 フードの隙間から目が合い、ハローは首を傾げる。男性は串を放り捨て、

「満足したなら帰るぞ。無駄な時間を過ごした」
「あ、もう……それじゃ、縁があったらまた」
「待った。お節介ついでに、いいかな。……君は誰かを、特に自分を、憎んでいたりしないかな?」

 ハローの問いかけに男性は足を止めた。ゆっくりとハローに振り向き、肩を竦める。

「何を言い出すのかと思えば。それを聞いて何になる、知った所で、貴様に何が分かる。人の心に土足で入り込むのは止めてもらおうか」
「でも、誰かに吐き出す事で心が軽くなる事もある。違うかい? 袖すり合うも何とやらって奴さ」
「……奇妙な奴だ、なら無駄な時間ついでに、付き合ってやる。なぜお前は、俺の事をそう思った」
「何となくさ。前に、似たような人と会ったからね」

 ハローはアルターとの邂逅を思い出した。自分への激しい憎悪が産んだ怪物と、男性の目がよく似ていたのだ。

「勘が鋭くて結構だな。ならば聞くぞ、お前は大切な人を救えなかった苦しみを味わった事があるか?」
「ある。それどころか、手に掛けたよ。俺自身の手で」

 顔の傷に触れ、ハローは顔を伏せた。
 「ない」と答えると思っていた男は目を見開いた。用意していた皮肉が、全部消えてしまう。

「お前が、殺したのか?」
「ああ、言い訳はしない」
「なら僕からさせてもらうぞ。言っとくがこいつが望んでやったわけじゃない、くそったれた奴のせいでやむを得ずにだ。こいつは何も悪くない、勘違いすんなよ」

「……事情があったわけ、か。すまんな」
「いいさ、気にしてない」
「……同じ経験をしたから、同種の匂いを感じ取ったわけか。辛かっただろう、特に己の手で殺さねばならなかったのなら、尚更に」

「君もそうなんじゃないか? 救いたい人を、救えなかった苦しみは、よくわかるよ」
「ああ、そうだ。あの人を思い出す度に俺は……俺の無力さを呪ってしまう……! 俺にもっと力があれば……あの人を救えたと言うのに……俺は、俺が憎い……今すぐにでも、喉をかき切ってやりたいほどに、俺自身に怒りを感じている。お前の、指摘通りにな」

「……今でも辛いんだな、悲しいんだな……」

 ハローは涙した。男の心の内が、痛いほどに伝わってくる。彼もハローが同情ではなく、本心から共感して泣いているのに気付いた。

「不思議なものだな、お前と話すと、心が少しだけ軽くなる。お前の声は、他者を勇気づける力があるな」
「光栄だよ。ごめんよ、いきなり泣いてしまって」
「構わない。むしろ、礼を言わせてもらおう。お前との会話は、救いになった」

 男性は頭を下げた。

「縁があれば、また会うだろう。その時には、酌み交わしてもらっていいか」
「うん、こちらこそ」

 去り際、男が笑った気がした。
 彼の抱く憎しみが、少しでも軽くなってくれればいいのだが。

「気は済んだか」
「ああ、待たせたね。なんだか、放っておけなくて。……」
「どうしたよ?」

「どこかで、聞いたような声だったんだ。前に、会った事がある気がする」
「気のせいだろ。と言いたいけど、奇妙な事件が立て続けに起こってるからな。今度会った時にでも確認してみたらどうだ」
「そうするよ。さ、帰ろうか。早くナルガに会いたいな」

 ハローの声は、風によって男の耳には届かなかった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

異世界八険伝

AW
ファンタジー
これは単なる異世界転移小説ではない!感涙を求める人へ贈るファンタジーだ! 突然、異世界召喚された僕は、12歳銀髪碧眼の美少女勇者に。13歳のお姫様、14歳の美少女メイド、11歳のエルフっ娘……可愛い仲間たち【挿絵あり】と一緒に世界を救う旅に出る!笑いあり、感動ありの王道冒険物語をどうぞお楽しみあれ!

異世界はモフモフチートでモフモフパラダイス!

マイきぃ
ファンタジー
池波柔人は中学2年生。14歳の誕生日を迎える直前に交通事故に遭遇し、モフモフだらけの異世界へと転生してしまった。柔人は転生先で【モフった相手の能力を手に入れることのできる】特殊能力を手に入れた。柔人は、この能力を使ってモフモフハーレムを作ることができるのだろうか! ※主人公が突然モヒカンにされたり(一時的)、毛を刈られる表現があります。苦手な方はご注意ください。 モフモフな時に更新します。(更新不定期) ※この作品はフィクションです。実在の人物、団体等とは一切関係ありません。 カバーイラストのキャラクターは 萌えキャラアバター作成サービス「きゃらふと」で作成しています。  きゃらふとhttp://charaft.com/ 背景 つくx2工房 多重投稿有

慟哭の時

レクフル
ファンタジー
物心ついた時から、母と二人で旅をしていた。 各地を周り、何処に行くでもなく旅をする。 気づいたらそうだったし、何の疑問も持たなくて、ただ私は母と旅を続けていた。 しかし、母には旅をする理由があった。 そんな日々が続いたある日、母がいなくなった。 私は一人になったのだ。 誰にも触れられず、人と関わる事を避けて生きていた私が急に一人になって、どう生きていけばいいのか…… それから母を探す旅を始める。 誰にも求められず、触れられず、忘れ去られていき、それでも生きていく理由等あるのだろうか……? 私にあるのは異常な力だけ。 普通でいられるのなら、こんな力等無くていいのだ。 だから旅をする。 私を必要としてくれる存在であった母を探すために。 私を愛してくれる人を探すために……

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

タブレット片手に異世界転移!〜元社畜、ダウンロード→インストールでチート強化しつつ温泉巡り始めます〜

夢・風魔
ファンタジー
一か月の平均残業時間130時間。残業代ゼロ。そんなブラック企業で働いていた葉月悠斗は、巨漢上司が眩暈を起こし倒れた所に居たため圧死した。 不真面目な天使のせいでデスルーラを繰り返すハメになった彼は、輪廻の女神によって1001回目にようやくまともな異世界転移を果たす。 その際、便利アイテムとしてタブレットを貰った。検索機能、収納機能を持ったタブレットで『ダウンロード』『インストール』で徐々に強化されていく悠斗。 彼を「勇者殿」と呼び慕うどうみても美少女な男装エルフと共に、彼は社畜時代に夢見た「温泉巡り」を異世界ですることにした。 異世界の温泉事情もあり、温泉地でいろいろな事件に巻き込まれつつも、彼は社畜時代には無かったポジティブ思考で事件を解決していく!? *小説家になろうでも公開しております。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

弟子に”賢者の石”発明の手柄を奪われ追放された錬金術師、田舎で工房を開きスローライフする~今更石の使い方が分からないと言われても知らない~

今川幸乃
ファンタジー
オルメイア魔法王国の宮廷錬金術師アルスは国内への魔物の侵入を阻む”賢者の石”という世紀の発明を完成させるが、弟子のクルトにその手柄を奪われてしまう。 さらにクルトは第一王女のエレナと結託し、アルスに濡れ衣を着せて国外へ追放する。 アルスは田舎の山中で工房を開きひっそりとスローライフを始めようとするが、攻めてきた魔物の軍勢を撃退したことで彼の噂を聞きつけた第三王女や魔王の娘などが次々とやってくるのだった。 一方、クルトは”賢者の石”を奪ったものの正しく扱うことが出来ず次第に石は暴走し、王国には次々と異変が起こる。エレナやクルトはアルスを追放したことを後悔するが、その時にはすでに事態は取り返しのつかないことになりつつあった。 ※他サイト転載

処理中です...