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26話 これでも、仮初の生活

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 一方のハローは、パン焼き窯の上に設置された蒸し風呂を堪能していた。

 香ばしい匂いを嗅ぎながら、タオルで汗をぬぐう。パンの匂いって、なぜだかほっとする。体に染みついた血の臭いも消えそうだ。



「よう、隣座るぞ」

「エドも午後だったんだな」

「夕暮れの風呂も悪くないもんだな。パンもくれるし、こういう時は司祭のジジイに感謝だ」

「司祭様はいい人だと思うけど。ちゃんと俺達の報酬も用意してくれてるし」

「それとこれとは別だよ。結局僕達が働いても、金は全部村長に回っちまうし」



 ラコ村は、普段の生活では物々交換で成り立っている。都市部ならともかく、自給自足が基本である地方では商人とのやり取りをする以外に金を使う機会がない。

 そのためハローが稼いだ貨幣は村長へ渡し、村の運営費に充ててもらっているのだ。



「今年の主伐はどんな感じだ?」

「いい出来になると思うよ。去年よりも高値で売れるだろうから、期待してよ」

「そいつは楽しみだ。それならぼちぼち薬の在庫を確認しとくかね」

「それと、村の必要な物も聞いてかないとな」



 ラコ村の主な産業は木材と農産物だ。次の伐採は主伐と呼ばれ、一年で最も品質のいい樹木を収穫する時期となる。この樹木で造った木材が、ラコ村の主力商品なのだ。

 ハローとエドウィンはラコ村から近いシンギ市場にて村の生産物を売る役目を担っており、その金で薬や鉄など、村で賄えない必要な物品を購入しているのだ。



「本当はお前に全部押し付けたいけど、薬は僕じゃないと買えないからな」

「診療所は万全にしておかないとダメだしね。お医者さんは大変だ」

「そうなんだよ、どっかの誰かさんが雑用押し付けてくるから余計にな」



 エドウィンにこめかみを小突かれ、ハローは苦笑した。

 風呂から上がると、丁度ナルガとミネバも出てきたところだった。

 温まったからか、ナルガの肌はうっすら赤らんでいる。髪もしっとりして、色気に満ちていた。



「どうした、ぼさっとして」

「いや! なんでも……」



 つい見惚れてしまった。照れ隠しに目を逸らし、頬を掻いて誤魔化した。



「風呂は、どうだった?」

「悪くはないな。体が少し楽になった」

「よかった。湯冷めする前にパンを貰って帰ろうか」



 パン屋から貰った大きなパンにナルガは驚き、その様子をハローは微笑ましく眺めた。

 心なしか、ナルガの表情が柔らかくなったような気がする。ミネバとも友達になれたみたいだし、彼女は少しずつ回復しているようだ。



「僕はもう少しここに居るよ。ミネバと話したい事がある」

「そっか。じゃあ俺達は先に」



 ハローはナルガと一緒に、群青の空を見ながら帰路に着いた。

 彼女と過ごす時間は穏やかで、ハローは満ち足りていた。ずっと昔から夢見ていた、大好きな人との結婚生活。いずれは消える仮初でも、心から嬉しかった。



「どうかなナルガ、ラコ村の生活は、慣れた?」

「まずまず、と言った所か。それと、偽名。今の私はアリスだ、またエドウィンに怒られても知らんぞ」

「ごめん!」



「……まぁ、時々は本名を呼んでもらおうか。魔王様から貰った大事な名だ、誰からも呼ばれないのは、気の毒だからな」

「魔王アラハバキ……一回だけ会った事があるけど、素晴らしい人格者だったな」

「ああ、私を最後まで気にかけてくださった。形見にコインを遺して、旅立たれたよ」



「ナルガの親代わりだったんだよな、彼に恩返しするため、四天王になったんだっけ」

「よく覚えていたものだ」

「君の事だからね、忘れたりなんかしないよ」



 魔王アラハバキ、きっと天国に向かえたはずだ。

 空を仰ぎ、ハローは手を伸ばした。



「魔王に比べれば俺は、頼りないかもしれない。それでも、俺は君を守る。魔王が残した、君への想いは、俺が継ぐよ」

「元勇者が言う事ではないな。それに心身が癒えたら私は、お前の前から去るつもりだ。我が父である魔王様の遺志を継ぐなど、おこがましい」

「う……」

「だが……気持ちだけは、受け取ってもいい」



 そう言うとナルガは、ハローの裾を引っ張った。

 ハローはかっと赤くなる。ナルガが可愛すぎて、頭から湯気が出た。

 仮初にしたくないな。ナルガに聞こえないよう、ハローは呟いた。
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