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16話 偽装結婚

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 翌朝、ナルガが目を覚ますと、ハローがにこやかに「おはよう」と声をかけてきた。



「よく眠れたかい?」

「それなりに」

「良かった」



 ハローは特に変わった様子はない。いつものように、明るく笑いかけてくる。

 昨夜の胸騒ぎは、杞憂だったのだろう。形見のコインを握りしめ、ナルガはほっとした。



「朝飯出来てるからね、顔洗ってきなよ」

「……そうか」



 ナルガは顔をしかめた。また食事をしなければならないか、気が重くなる。

 ハローの用意してくれる、味のしない朝食を必死に飲み下した。気持ちが悪くなって、何度も吐きそうになってしまう。



 ……いつまでも、ハローの世話になるわけにはいかない。早くここから出た方がいいのだろう、けど……。



 ナルガは身分がない。恐らく指名手配されているだろうから、どこにも住む事が出来ない。ならば死を選べばいいのに、魔王の言葉が、ナルガに逃げを許さない。

 フォークを置き、ナルガは目を伏せた。これから、どうやって生きればいいのかな。



「どうした。不味かったかな」

「そうじゃない……」

「これからどうしようって、考えてた?」



 流石に気付かれてしまった。ハローはしばし考える素振りを見せると、手を叩いた。



「ナルガ、もし君さえ良ければなんだけど、いいかな」

「なんだ?」

「俺に嫁がないか?」

「……は?」



 あまりに突飛な提案に、ナルガは言葉を失った。

 嫁ぐ? 嫁になれだと? こいつは突然何を言い出すんだ?



「いや! 嫁ぐって言っても、その……仮だよ仮。ナルガはまだ、身も心も癒えてないだろ? その傷を治す間だけでも、仮の身分が必要だと思うんだ」

「つまり、私が動けるようになるまで、お前の妻を演じろと」

「そうそれ! 俺の嫁って事にすれば、ラコ村の周辺なら自由に動けるようになる。悪い提案じゃないと思うんだけど、どうかな」

「偽装結婚とはまた、相当滅茶苦茶な案だな……しかし、一理ある提案でもある、な」



 ハローの庇護下に入れば、少なくとも死にはしないだろう。ある程度、行動の自由を確保できるのも大きい。



 ナルガには信用できる者は居ないが、剣を交えた好敵手として、ハローだけは信頼できる。彼は他者のためなら、自分の利にならない事も平気で断行する男だ。この提案、受けてナルガの害になる要素はない。



 奇妙なものだ。かつて幾度となく殺し合いを演じた相手と、まさか手を取り合うようになるとはな。



「いいだろう。癒えるまでの間、お前の妻を演じよう。短い間だろうが、夫役をよろしく頼む」

「あ、ああ! こちらこそ!」



 ハローは握手を求めてきた。躊躇った後、ナルガは彼の手を握った。

 心を閉ざした女と、心が壊れた男。仮初の歪な夫婦が誕生した。
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