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108話 女の子にもてなくなるからな

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 リリーは祭壇に上ると、ハワードに目配せした。
 美しく着飾られた彼女は、目を見張る美貌を誇っている。ハワードもまた、神聖な法衣を身にまとい、パイプオルガンを前に深呼吸をした。
 光臨教会の催事「光臨祭」。光神ストラムへ祈りを捧げる、教会で最も重要な催事のメインイベントを、賢者ボルグの弟子が務めていた。

「よし、やるか」

 ハワードは流麗にオルガンを鳴らし始める。リリーもまた、澄み切った声で歌い始めた。
 人々は息を呑み、二人の演奏に聞きほれる。まるで時が止まったかのように、音の世界へ引き込まれていく。

「果たして、彼がかつて悪童だった事を覚えている方が、どれだけいる事でしょうか」

 愛弟子達の晴れ姿を眺め、師匠のボルグは嬉しそうに頷いていた。
 自信を持ってパイプオルガンを弾くハワードには、かつての悲しい面影はどこにもない。多くの人に憎まれ、石すら投げられていた子供は、誰からも愛される子供に成長していた。

「もっと彼らの成長を、見届けたいものですね……」

 胸を握りしめ、ボルグは一瞬だけ、苦痛を浮かべた。

  ◇◇◇

「お疲れさまでした二人とも。素晴らしいステージになりましたね」

 演奏が終わった後、ボルグは弟子達をねぎらった。
 重苦しい空気から解放され、リリーとハワードは肩を回している。

「それにしても貴方、たった一日練習しただけであんなに演奏できるなんて……」
「ふふん、俺様なら【演奏】のスキルなんて見れば覚えられるんだ」

 ハワードは小生意気に鼻をこすった。予定していた奏者が昨日突然来れなくなったので、彼が代役としてオルガンを弾いたのである。
 十歳になったハワードは、「神の加護」を完全に使いこなしていた。
 全ての加護の力とスキルを得られる特性により、彼はスキルを一目見るだけですぐに学習し、瞬く間に熟練度を最大まで納めてしまう。レベルも500を超えており、人の手に負えない強さになっていた。

「このまま育ったらどうなるのやら……末恐ろしや」
「大丈夫でしょう、ハワード君ならば自身の力を正しく使ってくれますよ」
「だといいのですけれど……」
「おおーっと手が滑ったぁー」

 ハワードが風魔法でスカートをめくり、リリーの下着が露になる。リリーは笑顔でハンマーを出し、

「言った傍から何「神の加護」を悪用してんだクソガキぃ!」
「そこにスカートがあるのが悪いのさーだ!」
「待てこらぁ! ケバブのピタパンにしてやる!」

 ハンマーを振り回して追いかけるリリー、ひょいひょい避けまくるハワード、微笑み見守るボルグ。このやり取りはすっかり名物になっており、人々は生暖かい目で三人を見守っていた。

「さて、ではこの隙に私もスカートめくりを堪能しに」
「行こうとすんなオタンコナス!」

 ハンマーのフルスイングにかっ飛ばされ、ボルグが時計塔の鐘に叩きつけられた。リンゴーンと清らかな音色が王都に響き渡る。
 ハワードはジャンプして追いつき、ボルグを救助した。

「大丈夫ボルグ?」
「はっはっは、平気ですよ。ちょっと首が変な方向に曲がったくらいですので」
「それ大丈夫じゃないから」

 ハワードとボルグは笑いあった。リリーはため息をつき、ハンマーを置いた。
 こうしている分には、普通の子供なんだけどね。
 力を持ってから、ハワードは誰の指示も聞かず、独断行動する事が増えた。それでも唯一、ボルグにだけは懐き、彼だけには従っている。
 事実、独断専行しても、不必要に他者を傷つけたりしない。彼はボルグの教えをしっかりと守っていた。

「スケベでギャンブル好きで大酒飲みでスモーカーな所さえなければ尊敬できるんだけどなぁ」
「そうした所も含めて尊敬して欲しいのですけどねぇ」

 ボルグは笑いながら葉巻を吸い、時計塔を見上げた。

「少し早いですが、お昼にしますか。リクエストがあれば受けますよ」
「ケバブ!」
「本当に好きね。確かに美味しいけど」
「決まりですね。ではいざ屋台」

 ボルグに付き従い、弟子達がついて行く。そしたらだ。
 リリーの耳に、ひそひそ声が聞こえてくる。目をやれば、二人の冒険者がにやつきながら、ボルグを嘲笑していた。

「おい見ろよ、加護無し賢者のお通りだ」
「どうせ裏でイカサマでもしてんだろ? 加護がないのに賢者になれるわけがない」
「違いない。あんなペテン師が賢者になれるなら、俺達だってなれるな」
「おーい加護無しの詐欺師さんよ! 奇跡とやらを見せてくれないか?」
「可哀そうだからやめてやれよ、あんな奴に出来るわけがないんだから」

 心無いヤジだった。リリーは唇を真一文字に結び、剣を抜こうとした。
 瞬間、ずしりと体が重くなった。
 壮絶な殺気に冷や汗が止まらない。びりびりと空気が震え、窓ガラスが割れ始めた。

「今なんて言った」

 地の底から響くような声が、背後から聞こえてくる。
 振り向くと、見た事のないハワードが居た。
 冒険者を睨みつける目は見開かれ、あふれる殺気を隠そうとしていない。冒険者へ歩み寄る度に地震が起き、底知れぬ威圧感が襲い掛かってくる。
 冒険者はへたりこみ、無様にあとずさりしている。突如現れた怪物に恐れおののき、青ざめていた。

「ボルグがどれだけの人を救ってきたか、わからないのか? ボルグを馬鹿にするのなら、お前らはボルグ以上に人を救えるのか? 今すぐやってみろよ、なぁ、おい!」
「あ、ああぁぁぁ……!」
「な、なんだこいつ……!」
「なんだ、何も出来やしないのか……やれない癖にボルグを馬鹿にしやがって……!」

 握りしめた拳が、まさに冒険者へ振り下ろされる直前。
 ボルグがハワードの手を、そっと止めた。

「そこまでです。彼らは随分と反省したようだ、そうですね?」
「は、はいぃぃ……」
「も、申し訳ありませんでしたぁぁぁ……」
「はい、これで一件落着です。拳を下ろしなさい」
「……わかったよ」

 ハワードは大人しく引き下がるも、納得していない様子だ。
 逃げていく冒険者を尻目に、ボルグは困ったように微笑んだ。

「リリーさんも私のために怒っていただいてありがとうございます。でも気にしなくて大丈夫ですよ、誰でも全ての人に愛されるわけではない、私をよく思わない人も当然居る。それだけです」
「賢者様はよくても、私達はよくありません。どれだけロクデナシでも、私達にとって尊敬する人を馬鹿にされたら……」
「気持ちだけでとても嬉しいですよ。出来ればお仕置きももうちょっと穏便にしてほしいものですが」
「それとこれとは話が別です。賢者様を殴っていいのは、私達だけです」
「喜んでいいのかわからないですねぇ」

 苦笑するボルグを尻目に、リリーはハワードを見やった。
 ハワードは頬を膨らませ、不満そうだ。ボルグを馬鹿にされたのがよほど気に入らないらしい。
 いくら強くても、彼はまだ子供だ。精神的に不安定で、非常に危うい所がある。
 ハワードへの恐怖は薄らいでいても、暴走したらどうなってしまうのか。リリーの不安はぬぐえなかった。

  ◇◇◇

 その日の夜の事。ボルグはハワードを探し、教会内を歩いていた。
 ハワードは教会に戻ってから部屋にこもり、夕飯時になっても姿を見せなかった。流石に心配になり様子を見に行ったのだが、自室に彼はいなかった。
 思い当たる場所を探し回り、図書館にてようやく見つけた。
 無数の本を前に、頭を抱えながら論文を書いている。ハワードはボルグに気付くと、「こんな時間か」と独り言ちた。

「時間も忘れて熱中していたようですね。何をしていたんですか?」
「……これ」

 ハワードが差し出した論文に目を通し、ボルグは驚いた。
 人工加護を製作する理論だ。非常に高い完成度で、ボルグですら舌を巻いてしまう。
 だが、いま一歩足りない。いくら完成度が高くても現実離れしすぎていて、机上の空論に過ぎなかった。

「しかし素晴らしい論文です。ですが、なぜ人工加護の理論を」
「加護さえあれば……俺と同じ「神の加護」があれば、ボルグが馬鹿にされる事はなくなるだろ?」
「私のために、作ってくれていたのですか?」
「そうだよ。ボルグが馬鹿にされるのは、我慢ならないんだ。だから、「疑似・神の加護」があれば見返せるだろ。加護無しなんて言われなくなる。だから俺は絶対加護を……」
「……アンビリバボー。君は本当に、私を驚かせてくれますね」

 ボルグはハワードを抱きしめ、頭を撫でた。
 優しい子に育ってくれた。自分のためにここまでしてくれたのだ、嬉しくないわけがない。
 けれど、力の使い方を間違えている。
 ハワードはボルグただ一人のために「神の加護」を行使している。それではだめだ。一人に依存したまま力を振るえば、自分が居なくなった後、彼は暴走するだろう。
 ハワードは世界の敵にするために育てたのではない、一人の人間として幸せにするために育ててきたのだ。

「私のために力を奮ってくれた事、大変うれしく思います。けど、私にばかり目を向けるのではなく、もっと視野を広げてください。君の力は私のためだけに使う物ではない、もっと多くの人のために、そして君自身のために使うべき力だ」
「でも、加護の力をどう使えば、俺のためになるのさ。俺の力って、他の人よりずっと強いんだろ? 下手に使えば世界を滅ぼしかねない力だってリリーも言ってたぞ。そんな力を俺のために使えば、むしろ危ないような気がするけど」
「ふーむ……仕方ありませんね」

 ハワードは頭が良すぎる、変な説法は逆効果だ。
 ならば、実を持って知ってもらおうではないか。
 ボルグは決心し、夜の街へ繰り出した。向かった先は……行きつけの娼館。入るなり顔なじみの娼婦ミントと出会った。

「あらボルグさん、いらっしゃーい♡ 今日も遊びに来てくれたの?」
「いえ、今回は教育の一環で来ましてね。ハワード君を男にしてくれませんか?」
「へぇ……初物を食べてもいいわけ?(じゅるり)」
「……なぁボルグ、俺に何をさせようとしてんの?」
「別に悪い事をさせるわけではありませんよ。さ、いってらっしゃい」
「うふふふ、天国を見せてあげるわ、ぼーや♡」
「ん? んんん???」

 わからぬまま、ミントについて行ったハワードは。
 人生初の悦びを知ったのだった。

「…………(魂が抜けている)」
「どうでした?」
「さ、サイコーだった……」
「「神の加護」をうまく使えばいくらでも味わえますよ?」
「!?」
「「神の加護」を使って人助けをすればどうなります? 正義の味方になりますよね? そしたら女の子からモテモテですよ? 揉み放題・触り放題・撫で放題ですよ?」
「!!??」
「ヒーローとはいつの時代も愛される存在です。力を上手に使って人々を救えば皆ハッピー、君も女の子達から愛されハッピー! 色んな子とやりたい放題ハーレム結成もお手の物ってもんですよ!」
「!!!???」
「どうです、私の教えを理解してくれましたか? 君の力で皆を幸せにすれば、おのずと君にも幸せが返ってくるんです。私一人だけに使うには、あまりにもったいなさすぎる。君の力はもっと、多くの人々に広めるべきなのです。
 だから、目立ちなさい。女の子が放っておかないくらい、魅力的な男になるよう努力するんです。君の姿を見るだけで、人々が希望に満ちるように。君の名を聞いただけで、悪が退くように。人々が安心して君について行けるよう、強大な力に伴う責任を、笑顔で背負いなさい。そんな男になれば、どんな女の子だって君を放っておかないですよ」
「な、なる……俺、ヒーローになる……! 見えた、「神の加護」の正しい使い方……!」

 「女の子にモテモテになるため力を使う」、まさしく真理だ。こうしてまたハワードはボルグに正しく導かれたのである。



「ん な オ チ が あ っ て た ま る か ぁ!」



 イイ話で終わりそうなところで、ハンマーがボルグを襲う。
 いつの間にか現れたリリーにより地面にめり込む。ボルグは痙攣しながら彼女を見上げ、眼鏡を直した。

「い、いや~リリーさん、夜遊びとは感心しませんね~?」
「未成年娼館に連れ込んで児童ポルノ働く馬鹿がどの口で言うか! 外に出たのを見たから何をしてんのかと思えば……! 犯罪やらかしてさも正しい事のように説法するのが賢者のやり方か! 今度という今度は許せるものかぁ!」
「い、いえ! 聞いてくださいリリーさん、私は彼の持つ強大な力を正しく使ってもらうように分かりやすい例を示したまでで! 止めて止めてちょっと今回のハンマーは強烈すぎ……あーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!???」

 ハンマーで滅多打ちにされたボルグを縛り上げ、教会へ連行していくリリー。あまりの剣幕にハワードすら恐れ、ブルブル震えていた。

  ◇◇◇

 バラルガ山脈ラゾン村に、光臨教会騎士修道会が集結していた。
 突如として起こった地震により、レアメタル鉱山が崩落したとの報告があった。多くの鉱夫が生き埋めとなり、ラゾン村の人々は皆強い不安に駆られていた。
 誰か、助けてくれ。皆が祈った願いを、たった一人の少年が叶えていた。

「これで……四十二人目っ!」

 ハワードは瓦礫をかき分け、被害者を次々に救出していた。
 魔法とスキルをフルに活かし、頼もしい笑顔を見せて助けていく。驚異的な力を見せつけるハワードに人々は驚き、賞賛を送っていた。
 ハワードが回復魔法で応急処置を施しているから、全員命に別状はない。騎士修道会の面々は賢者の弟子の活躍に舌を巻いていた。
 私の教え、しっかり胸に刻んでくれたようですね。指揮をとりながら、ボルグは嬉しそうに微笑んだ。

「ハワード! まだ奥に人が居るみたい、それに魔物の気配も!」

 リリーが【探知】で得た情報を伝えると、ハワードはすぐに飛び出した。
 洞窟に潜り数秒後、地面が爆発して巨影が吹き飛んだ。紫の表皮を持った芋虫型の巨大生物、シャドウワームだ。こいつが鉱山を崩壊させた犯人らしい。
 そして大穴から、ハワードが二人の男を抱えて戻ってきた。人助けついでにシャドウワームを倒したようだ。

「ハワード、その二人って」
「ああ、前にボルグを馬鹿にした冒険者だ」

 二人は随分と弱っていた。どうやら、シャドウワームを討伐する依頼を受注して、見事に失敗してしまったようだ。結果魔物が暴れだし、鉱山の崩落を招いたのである。

「あ、の時、の……こど……も……」
「た、助けて、くれぇ……」
「…………」

 彼らはボルグを馬鹿にした不届き者だ。ハワードにしてみれば、助ける価値のない連中である。
 だけども、ハワードは回復魔法で二人を癒した。
 本当は助けたくはない。だけどこいつらを見捨てたら……。

「女の子にモテなくなるからな……」

 ハワードの活躍により、鉱山の崩落は犠牲者ゼロ、事後処理も迅速に終わった。
 人々はハワードを褒め称え、皆口々に礼を送った。「神の加護」を正しく使い、見事ヒーローになったのだ。
 大きな成長を見せた息子に、ボルグは目を細めた。
 ハワードと共に過ごす時間はなんと楽しく、充実しているのだろうか。
 だからこそ、この体が疎ましい。
 胸を握り、ボルグは苦痛に顔をしかめた。
 もっとハワードと一緒に居たいのに、時間は許してくれない。刻一刻と、別れの時が近づいていた。

「まだ……逝くわけには、いきませんねぇ……」

 ハワードとリリーを一人前にするまでは、まだ、死ねない。
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