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100話 疑似・神の加護

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 夜明け前。エルマーは福音書を開き、指示を受け取っていた。
 本の中に宿した、地水風の力を感じる。エルマーをハワードへと転生させる、「疑似・神の加護」が、もう少しで出来上がろうとしていた。
 だが足りない、あと一つ、ウロボロスの力が必要だ。

「ええ、ええ。そうですね。そろそろ、動いてもよろしいでしょう」

 福音書を閉じ、エルマーは唇を結んだ。
 地平線から太陽が昇ってくる。白んでくる空に決意を固め、エルマーは歩き出した。
 「敬愛のエルマー」最期の朝だ。今日を持って、極悪人のエルマーの幕は下りる。そしたら晴れて、ビオラを迎えに行ける。

「ようやく、君を抱きしめられる……」
 微かな希望を胸に、エルマーはボルケーノカントリーへ向かった。

  ◇◇◇

 夜明けは晴れてたってのに、急に雲がかかってきたな。
 ビオラちゃんとのお散歩の後、エルマーが動くか待っていたが……どうやらやっとお出ましらしい。
 ハワードガールズの部屋へ向かうと、アマンダたんがスタンバってた。リサちゃんはまだお眠のようだね。

「避難経路に関してはすでに確保しています。結界の準備もしましたし、全力で暴れても問題はないかと」
「OK Buddy。悪いが眠り姫を起こしてくれるかな、時季外れの花火大会が始まるから、見逃しちゃ可哀そうだろ」
「そうですね。リサさんも鉄火場がお好きですから、仲間はずれにしたら怒られてしまいますね」
「聞こえてるっつの」
 おや、むっくりとリサちゃんが起きちゃった。ちとお話声が大きかったかしらね。
「全く、夜中に女二人に働かせるとかなんつー神経してんのよ。肌が荒れたらどうすんの。【分身】使えばいいでしょうに」
「Sorry、君たちが頼りがいありすぎてね、ついつい甘えちゃうんだ」
「【分身】は目立ちすぎますからね、無数のハワードが街を走り回ったら住民に不安を与えて却って混乱が強まります。私達でこっそりやるのが穏便に済ませられますからね」
「ま、頼られてこっちも悪い気はしないけどね。ほら、依頼人の所行ってきなさい。こっちはこっちで支度しとくから」

 なぁんて会話をしていたらだ。
 外から轟音が聞こえた。ビオラちゃんの悲鳴もな。
 どうやらフライングしちまったようだな、食いしん坊が。フライドチキンの準備はまだできてねーぞ。
 って事で庭へ飛び出すと、そこにゃあ……

「おや、ハワード。おはようございます」
―うぐおっ……!

 エルマーがウロボロスに針のような物を突き刺す姿があった。奴の手には、黒い本が握られている。そいつに触れている間、奴のレベルが大きく跳ね上がっていた。
 エルマーが瞬時に詠唱を終えるなり、ウロボロスが苦しみ始める。
 するとウロボロスから影のような煙が立ち上り、瞬く間に二体目のウロボロスが生み出された。ウロボロスのコピーが作られたのだ。

「やめてエル! それ以上罪を重ねないで!」
「……なんの事でしょうかね。私には、わかりかねます」
 ビオラちゃんの悲鳴も無視して、エルマーはコピー体に乗るなり、龍の体に腕を突っ込む。そこから紅く輝く光を取り出し、握りしめた。
「これで、全てそろった……聖獣達の魔力が。これで、これでようやく私は……「神の加護」を手にすることができる……!」

 エルマーの周囲に緑、青、黄の球体が浮かび上がる。これまでの聖獣達から奪い取った魔力の一部のようだ。

「なるほどな、聖獣から魔力を抜く工程でコピー体ができるわけか。今まで俺様がぶちのめしてきたのは、あくまで副産物だったってわけだな」
「その通りです。今まで各地でさんざんご迷惑をおかけしましたが、それもこれも、私の目的を果たすための致し方ない被害。そして今日、その全てが許される」

 ウロボロスを操り、エルマーが去っていく。今度は街全体にエルマーの声が響き渡った。

『ハワード・ロック、火山の頂上で待っています。この街を消されたくなければ、急いでくることをお勧めしますよ』
「へぇ、随分どでかいクラッカーを打ち鳴らすつもりのようだな。マザファッカが」
「エル……彼は、何を企んで……?」
「火山を噴火させるつもりだ。このボルケーノカントリーを、ぶっ壊す気のようだな」

 いい演出だ、俺様をワクワクさせてくれるとはな。噂に名高い「彼女」とデートするにはいい日よりだぜ。

「ハワード……あなた、わざとエルに……?」
「ま、俺様の流儀でね。全力全開の敵を真正面からぶちのめすのが賢者ハワード・ロックのやり方なのさ。それに……ビリーの心を取り戻すには、最後の最後まで好き勝手にやらせなくちゃならない。自分がやってきた事がどれだけ無意味だったのか、真の意味で反省させにゃあ、本当の意味で救う事にはならねぇんだ」

 俺様がこだわるのは完全勝利だ。そのためには相手に悔いを残さないよう、最高の状態で完膚なきまでに叩きのめす必要があるのさ。

「悪いなウロボロス、損な役目をさせちまって。割り増しで回復してやるよ」
―うぐぅ……

 ウロボロスを回復させてから、火山を見上げる。あそこで俺様を待ち構えているようだな。
 これで、全部の下準備が整ったか。

「ハワード……エルを、お願い」
「All right。行ってくるよ、勝手に人の弟面してる馬鹿野郎と盛大な兄弟喧嘩をしにな。絆創膏でも用意しといてくれ、ついでにオキシドールもな」
「特別染みるのを用意しておきますよ」
「ははっ、そいつは痛そうだ。んじゃ、かっとびますか!」

 俺様のジャンプ力なら、オーロンド火山に向かってひとっとびだ。終わらせてやるよエルマー、お前の虚しい徘徊を。
 んでもって、本の監獄から助けてやるよビリー。お前を待つ愛しい人のためにな。

  ◇◇◇

 一息に火口へ到着すると、ウロボロスのコピーを傍らに、エルマーが本を読んで待っていた。
 全く、詩人のつもりか? インテリぶっていいのはこの世で俺様だけと決まっているんだぜ。

「待たせたなブラザー。最初で最後の殴り合いをしにきたぜ。夕焼けの海じゃないのが残念だがな」
「朝焼けのマグマもまたいいものだと思いますが。ともあれ、私の戯れに付き合っていただきありがとうございます。これでようやく私は貴方になれそうです」

 エルマーがこっちを向くなり、色とりどりの光球が浮かび上がる。緑、青、黄、そして赤。聖獣達の魔力を凝縮した物のようだな。
 そいつを、アイカから奪ったコアに集約させる。そしたら漆黒のオーラが迸った。義手に装着するなり、エルマーの力がまた跳ね上がった。

「どうやら、出来上がりのようだな。「疑似・神の加護」が」
「そうです。千年に一度生まれる「神の加護」の持ち主が、これでこの世に三人となりました。いや、これからまた二人になるのですが」

 エルマーは本を閉じ、仮面を外した。
 その下にあった顔は、俺様とうり二つだ。ワイルドな美形だな、鏡でも見ているようだぜ。
 エルマーが指を鳴らすなり、服装まで俺様と同じになる。フェイクになる準備をしっかり済ませたようだな。

「さぁ、行きなさいウロボロス。ボルケーノカントリーを破壊しに」
―うるおっ

 コピーウロボロスを街にけしかけたか。なるほどね、筋書きが読めたよ。

「あいつに街を襲わせて良い所で割り込み、自分の手柄にするつもりだな。俺様の評判を広めた事といい、随分な自作自演だ。賢者にしてはせこくないか?」
「いいのです、まだ私はエルマーですから。だが今からは違う。今から『俺様が、ハワード・ロックになるのだからな』」

「……うーんいい声だ、俺様の声まで完備するとはクオリティの高い物まねだぜ。憧れの男になれて満足かい?」

「『満足できるわけないだろ? 何しろ俺様は世界一我儘な賢者だ。この世でオンリーワンの存在にならなきゃ、気が済まない』」
「その通り。って事で、四の五の言わずに始めようか」

 この世にハワードは二人も要らない、ただ一人、本物が居ればいいんだ。
 証明する方法はたった一つ、目の前のハワードを殴り倒した方が本物。シンプルで分かりやすいだろう?

「にしても、助かるぜ。ウロボロスの処理を考えなくていいのはな」
「『ああ、街を滅ぼすつもりはない、あくまで半壊させるだけだからな。俺様はあの街の英雄となり、ビオラを手にするんだ。消えてもらっちゃ困る』」
「俺様の猿真似をしてる割には、気付いていないようだな」
「『?』」

「丁度来てるんだよ、俺様が世界で一番頼りにしている、最高の相棒がな」

  ◇◇◇

「やば、ウロボロスが来たよ!」

 街の避難を進めていたビオラは、リサの一声に顔を上げた。
 コピーウロボロスが街に降りようとしている。すぐにウロボロスが迎撃へ向かうが……

―うるおっ!
―ぐおあっ!?

 たった一撃、尻尾の一振りで叩き落されてしまった。
 コピー体の方がはるかに強いのだ。ハワードが居ない今、街にはウロボロスを止められる者が居ない。

「エル……やめて……やめてぇっ!」
「大丈夫です。ウロボロスは問題になりません」

 悲痛な声を上げたビオラだったが、アマンダが優しく諭した。

「考えてみてください、ハワードがあれだけのドラゴンに対し、何の策も講じないわけがありません。それ以前に、降り立つ前に彼が駆除しているでしょう」
「……? どういう、事?」
「こちらを任せられる者が居る、そういう事です」

 ハワードが避難を進めさせたのは、彼の戦いのためではない。
 今からやってくる、赤毛の少年が心おきなく暴れられるための準備だ。

―うおおおおおおっ!

 ウロボロスが街にブレスを放った。豪炎が街全域を焼き尽くそうとした、その刹那。
 途方もない風が起き、一瞬でかき消してしまった。

「住民は皆街の外、家には強固な結界を張っているか。流石師匠、俺が近づいていた事、とっくの昔に察していたんですね」

 足音が聞こえ、ビオラは振り向いた。
 彼女の目に映ったのは、鮮やかな炎を思わせる、明るい赤毛。快晴の空を錯覚させる、青い眼。噂だけは聞いていた、けれど伝説の存在がまた一人、ここへ来るなんて。
 赤毛の勇者カイン・ブレイバー。賢者ハワードの弟子だった。

「お久しぶりですアマンダさん、師匠はどこに?」
「オーロンド火山で一仕事を。いい時に来てくれましたね、カイン君」
「ヒーローは遅れてやってくるものですから」

 カインはにこりとした。そしたら遅れて、緑髪の戦士と青髪の魔法使いが走ってくる。

「カイーン! 君って奴はもう、早すぎるんだよ!」
「ごめんヨハン、ちょっと張り切っちゃった」
「あれが炎の聖獣のコピー体……ごめんねカイン、私達じゃ足手まといになるかも」
「そんな事ないさ。コハクはリサさんと合流して避難を手伝って。アマンダさんと、そちらのケットシーの女性も。ここは、俺が対処します」

 カインは剣を握った。途端に溢れ出す威圧感。空気がびりびりと震え、コピー体がたじろいだ。

「カイン君に任せましょう。大丈夫、彼は立派な勇者です。賢者と勇者、二人がそろった今、何の心配もありません」
「……わかった。お願い勇者カイン、この街を……私とビリーの思い出を、守って!」
「勿論!」

 カインが一歩進むと、コピー体が咆哮を上げた。すると他の聖獣達のコピー体が召喚され、カインの前に立ちふさがる。
 カインは剣を担ぎ、小さく微笑んだ。するとウロボロスが起き上がる。勇者に並び、「ふん」と鼻息を鳴らした。

「俺と一緒に戦ってくれるのかい? 心強いな」
―うるおっ!
「よし、ちょっとしたサービスだ。炎の聖獣がいるんだから、ゲストを呼ぶとしよう」

 カインは召喚術を使った。空中に魔法陣が展開されるなり、

―ぴょーっ!
―ぱおーむ!
―きゅきゅーっ!
―お、おううっ!?

 テンペスト、サロメ、ミトラス。ガーベラ聖国の聖獣達が一斉に召還された。これにはウロボロスも驚きを隠せない。

「旅の途中で仲良くなってね、召喚術の契約を結んでもらったんだ。贅沢だよね、ここに全ての聖獣がそろうなんてさ」

 勇者は剣を構えた。遠く離れていても、心は賢者と共にある。
 師から託された役目は必ず果たす。それが自分に求められている事ならば。

「勇者、カイン・ブレイバー。参る!」
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