上 下
89 / 116

86話 コーヒーは平気かい?

しおりを挟む
「すまないおじさん……アイカはもう、動けない……またしても負けてしまった……」
「ま、元気出せよ。後でケバブでも奢ってやるさ。大抵の事はケバブでも食ってりゃどうにかなるからな」

 ハワードは明るく言うと、アイカを背負い直した。
 大きな背中だ。それにアイカを揺らさないよう、細心の注意を払って歩いている。しかも水魔法と氷魔法を駆使して周囲の気温を下げてくれている。お陰で至極快適だ。
 だんだん眠くなってくる。傍にいてくれるだけで、なぜか安心してしまう。そんな頼もしさが伝わってきた。

「……こんなの、久しぶりだな」
「何が?」
「誰かに、大事にされたのは。優しかったエルマー以来だ」

 ハワードの首筋に顔をうずめ、アイカはつぶやいた。

「昔はエルマーもアイカをこうしておんぶしてくれたんだ。君は私の希望だ、君ならば私をハワード・ロックにしてくれると、そう言ってくれていた。とても大切に、大切にしてくれたんだ……けど」
「見放されたんだな、お前さんじゃエルマーの求める加護、「疑似・神の加護」を造れないとしてな」

 アイカは頷いた。

「まぁったくもったいない奴だ。こんだけエロくて美人なゴーレム娘を造っておきながら、思い通りにならないからポイ捨てとはよ」
「アイカは美女なのか?」
「ああ美女さ、年齢が見合っていりゃあ手を出すくらいにはな。んで、気分はどうかな」
「ん、回復してきた。もう降りよう」

 アイカは降りると、天を仰いだ。
 ヌシミトラスはともかく、周りにいる子聖獣は軒並み倒してきたはずだ。ならば聖獣の力を少しは宿してもいいはず。
 なのに、一向にミトラスから力を得る気配はない。

「ねぇアイカ、人工加護ってどうやってできる物なの?」
「以前エルマーは言っていた。ミトラスを倒す事で聖獣の魔力を動力コアが吸収すると。その魔力を利用して、コアが人工加護を宿すようになると」
「そのコアがカギなんだ……ねぇハワード、コアを解析してみない? あんたなら、人工加護を完成させることができるんじゃないかな」
「そうさな……見るだけみてみるか。ただしその前に、やる事がある」
「なんでしょうか?」
「遊ぶぞ☆」

 歯を煌めかせ、ハワードはサムズアップした。

「いっやーさっきのアイカを見てたらサーフィンしたくなっちゃってさぁ、砂上のサーフィンなんてサイッコーじゃん♪ 一回やらなきゃ損だぜ!」
「何考えてんだあんたは! んな事やってる場合か!」
「私は賛成ですが。折角のリゾートなのですし、遊べる時に遊んでおくべきかと」
「アマンダまで……アイカぁ」
「アイカもかまわないぞ。焦っても、加護ができるわけではないからな」
「これじゃ深刻に考えた私がアホみたいじゃない……わーったわよ! もうこーなったら遊び回ってやろーじゃない! んで、具体的にはどうすんの。砂上のサーフィンなんて聞いた事ないけど」
「居るじゃない、特別サービスやってる店員さんがよ」

 ハワードはにやっとするなり、指笛を吹いた。

  ◇◇◇

「ひゃっはぁー! ゴキゲンだぜこいつぁよ!」
「…………」
「うっひゃあ速いー! 上下に揺れるー! けど楽しぃー!」
「…………」
「風がとても気持ちいいです、これは、がるるよりいいかも……♡」
「…………、おいお前ら、これはどういう事だ!?」

 ハワードの背につかまりながら、アイカは怒鳴り散らした。彼女らの下にいるのは……。

―きゅきゅーっ♪

 そう、ミトラスである。
 ハワードの言っていたサーフィン、それはミトラスの背に乗せてもらう事だった。
 いつの間に仲良くなったやら、ミトラスは指笛一つで飛んできた。んで、ハワードが事情を話すと……二つ返事で背中に乗せてくれたのだ。

「アイカとミトラスは宿命のライバルなんだぞ、なのにどうしてこんな仕打ちをする! 倒すべき敵に情けをかけられるなど……屈辱だ!」
「敵を知らば百戦危うからず、って奴さ。お前さんいつも突撃するばかりだったんじゃねぇか? こうやって身近に見るからこそ分かるもんもあるだろ」
「うぐ……口先ばかり達者な」
「エルマーから聞いてないかい? ハワード・ロックは二枚舌だとさ」

 賢者に口喧嘩で勝てるはずがない。アイカは諦め、ミトラスに触れた。
 砂のようにさらさらした手触りだ。思えばずっと戦ってきたのに、ミトラスの手触りなんて知らなかった。
 顔を上げれば、ミトラスが砂を吹く。その砂はキラキラしていて、思わず目を奪われた。

―きゅっきゅっきゅーきゅきゅっきゅー♪

 ミトラスの楽しそうな鳴き声も、落ち着いて聞くのは初めてだ。敵対しているはずのアイカを乗せているのに、なぜか嬉しそうだ。
 まるで、アイカとこうやって遊ぶのを、心待ちにしていたかのようで。

「……なぜだ、なぜお前はアイカを受け入れる」
―きゅきゅーきゅっ!
「仲良くしたいからだとさ。元々ミトラスは優しい性格してんだよ、じゃなきゃ人里近くに現れてコミュニケーション取ったりしないだろ」
「聖獣の言葉が分かるのか?」
「俺様の耳には翻訳機能がついてるんでね」
―きゅーっ!

 ミトラスは大きくジャンプし、ぐるんと宙返りした。
 アイカはハワードの腰にしがみつき、大きな悲鳴を上げる。するとミトラスは調子に乗ったのか、アクロバティックな動きを連発しはじめた。
 最初こそ怖がっていたアイカだが、次第に楽しくなり始めた。気付けばハワードと一緒に、はしゃぐ彼女がいた。

「はははっ! もっといけいけー!」
―きゅきゅー!

 アイカとミトラスは初めて一緒に遊んだ。敵とかライバルとか、そんな感情も関係なしに。
 ハワード・ロックが、両者の壁を力ずくで殴り壊してしまった。

  ◇◇◇

 ミトラスと遊んだことで魔力を消費したのか、アイカは子供の姿になっていた。
 去っていくミトラスを無邪気に見送り、アイカはため息をつく。
 楽しかった、本当に楽しかった。ずっと敵だと思っていたミトラスが、あんなに優しく、あたたかな存在だとは思わなかった。
 いや違う、思わないようにしていた。なのにハワードが、アイカの箍を外してしまった。

「……参ったなぁ、アイカ参っちゃったよ、おじさん」
「何が?」
「……ミトラスを倒そうとしてたのに、これじゃ明日からできないよ。そうやって生きてきたのに、もう出来ないよ、これじゃ……」
「違うんじゃねぇか、お前さんがこれまで戦ってきた理由はよ」

 ハワードは目線を合わせると、アイカの頭を撫でた。とても大きな手だった。

「お前さんはミトラスを倒そうとしてたんじゃねぇだろ? 単にお前さんは、ミトラスに壊して欲しかっただけなんだろう?」

 ハワードに言い当てられ、アイカは肩を揺らした。リサとアマンダは顔を見合わせ、

「それ、どういう事?」
「何やら、込み入った事情がありそうですね」
「……ううん、何もないよ、何にも」
「自分に嘘を続けるのはよくないな、そんな事をしてたら心が壊れちまうぜ」
「壊れないよ、だってアイカには心なんてないから……」

 アイカはうつむいた。するとハワードは抱き上げ、肩車をしてくる。

「お前さん、コーヒーは平気かい?」
「こーひー?」
「なんだ、知らないみたいだな。余った豆があるから挽いてやるよ、ケバブと一緒に味わおうぜ。ジャンクフードのお供にゃコーヒーと相場が決まってんだ、美女と野獣みたいにな」
「ふぅん?」
「冒険譚を聞かせてやる。この俺様、賢者ハワードがどんな活躍をしてきたのか。それと俺様の愛弟子カインがどんな奴なのか。じっくりと話してやるよ。俺様達のストーリーは【アルテマ】よりも爆発力があるんだぜ、暗い気持ちなんざ簡単に吹っ飛んじまうよ」

 ハワードは笑いながら歩き始めた。この賢者はいつも笑っている。そのせいか、アイカもつられて笑ってしまう。
 ……本当に、不思議なおじさんだ。
 傍にいるだけで、腹の奥底から力が湧いてくる。そんな魅力に満ちた賢者にアイカは、少しずつ惹きこまれていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

垂れ耳兎は蒼狼の腕の中で花開く

朏猫(ミカヅキネコ)
BL
兎族の中でも珍しい“垂れ耳”として生まれたリトスは、弟が狼族の花嫁候補に選ばれたことで家を出ようと決意する。劣勢種の自分が近くにいては家族に迷惑をかけてしまいかねないからだ。そう思って新天地の酒場で働き始めたものの、そこでも垂れ耳だと知られると兎族を庇護すべき狼族にまで下卑た悪戯をされてしまう。かつて兎族にされていた行為を思い出したリトスは、いっそのことと性を売る華街に行くことを決意した。ところが華街へ行くために訪れた街で自分を助けてくれた狼族と再会する。さらにとある屋敷で働くことになったリトスは……。仲間から蔑まれて生きてきた兎族と、そんな彼に一目惚れした狼族との物語。※他サイトにも掲載 [狼族の名家子息×兎族ののけ者 / BL / R18]

巻き戻り令息の脱・悪役計画

日村透
BL
※本編完結済。現在は番外後日談を連載中。 日本人男性だった『俺』は、目覚めたら赤い髪の美少年になっていた。 記憶を辿り、どうやらこれは乙女ゲームのキャラクターの子供時代だと気付く。 それも、自分が仕事で製作に関わっていたゲームの、個人的な不憫ランキングナンバー1に輝いていた悪役令息オルフェオ=ロッソだ。  しかしこの悪役、本当に悪だったのか? なんか違わない?  巻き戻って明らかになる真実に『俺』は激怒する。 表に出なかった裏設定の記憶を駆使し、ヒロインと元凶から何もかもを奪うべく、生まれ変わったオルフェオの脱・悪役計画が始まった。

平均的だった俺でも異能【魅了】の力でつよつよ異世界ハーレムを作れた件

九戸政景
ファンタジー
ブラック企業に勤め、過労で亡くなった香月雄矢は新人女神のネルが管理する空間である魅了の異能を授かる。そしてネルや異世界で出会った特定の女性達を魅了しながら身体を重ね、雄矢はハーレムを築いていく。

王妃となったアンゼリカ

わらびもち
恋愛
婚約者を責め立て鬱状態へと追い込んだ王太子。 そんな彼の新たな婚約者へと選ばれたグリフォン公爵家の息女アンゼリカ。 彼女は国王と王太子を相手にこう告げる。 「ひとつ条件を呑んで頂けるのでしたら、婚約をお受けしましょう」 ※以前の作品『フランチェスカ王女の婿取り』『貴方といると、お茶が不味い』が先の恋愛小説大賞で奨励賞に選ばれました。 これもご投票頂いた皆様のおかげです! 本当にありがとうございました!

行ってみたいな異世界へ

香月ミツほ
BL
感想歓迎!異世界に憧れて神隠しスポットへ行ったら本当に転移してしまった!異世界では手厚く保護され、のんびり都合良く異世界ライフを楽しみます。初執筆。始めはエロ薄、1章の番外編からふつうにR18。予告無く性描写が入る場合があります。残酷描写は動物、魔獣に対してと人間は怪我です。お楽しみいただけたら幸いです。完結しました。

婚約破棄された相手が、真実の愛でした

 (笑)
恋愛
貴族社会での婚約を一方的に破棄されたヒロインは、自らの力で自由を手に入れ、冒険者として成功を収める。やがて資産家としても名を馳せ、さらには貴族としての地位までも手に入れるが、そんな彼女の前に、かつて婚約を破棄した相手が再び現れる。過去のしがらみを乗り越え、ヒロインは新たな挑戦に立ち向かう。彼女が選ぶ未来とは何か――成長と葛藤の物語が、今始まる。

元勇者パーティの最強賢者、勇者学園に就職する。

歩く、歩く。
ファンタジー
魔王を倒した勇者パーティだったが、最後の悪あがきで魔界の門を開かれてしまう。 このままでは第二、第三の魔王が襲ってくる。パーティ最強の賢者ハワードは仲間を守るため、一人魔界に渡ってゲートの封印に成功する。 魔界に残った賢者はひたすら戦い続けた。 襲い来る魔王を殺し、魔物を駆逐する日々。途中右腕を失うも、魔王の腕を義手にする事で魔力を奪う技術を得た彼は、数多の魔王から力を取り込み、魔界最強の男に君臨した。 だがある日、彼はひょんな事から人間界へ戻ってしまう。 人間界は勇者が職業として成立している世界になり、更には勇者を育てるための専門学校、勇者学園が設立されていた。 「残りの人生は、後進育成に努めるか」 勇者学園に教師として就職したハワード。だが大賢者は自重する気がなく、自由気ままに俺TUEEEな教師生活をエンジョイする事に。 魔王の腕を義手に持つ、最強賢者のチートで愉快な学園無双物語。 ※小説になろうでも掲載しています。

転生したら死にそうな孤児だった

佐々木鴻
ファンタジー
過去に四度生まれ変わり、そして五度目の人生に目覚めた少女はある日、生まれたばかりで捨てられたの赤子と出会う。 保護しますか? の選択肢に【はい】と【YES】しかない少女はその子を引き取り妹として育て始める。 やがて美しく育ったその子は、少女と強い因縁があった。 悲劇はありません。難しい人間関係や柵はめんどく(ゲフンゲフン)ありません。 世界は、意外と優しいのです。

処理中です...