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幕間 賢者の弟子

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 深い、深い森の中。
 カイン・ブレイバーとヨハン・シールダーは目の前で起こった事に唖然としていた。

「お前ら、ここで何してる?」

 そう尋ねるのは、光臨教会の制服を着た男である。彼の前にはトカゲ型の魔物、バジリスクが転がっている。全長六メートルを超える敵だが、頭を殴られ、即死していた。

「もう一度聞くぞ、ここで何してたんだ?」

 男は呆れた顔で屈み、二人を睨んだ。剣幕に恐れながらも、二人は事情を話し始める。
 カインとヨハンは十二歳の新米冒険者である。村から王都に飛び出し、喜び勇んで初めての仕事に取り掛かったのだが。

「バジリスクのレベルは40台だぞ? お前らみたいなガキが相手出来るような魔物じゃねぇんだよ。危うく石化しそうになりやがって、俺様が通りかからなかったら二人仲良く森のオブジェになってた所だろうが。面倒な手間かけんじゃねぇよチェリーボーイども」
「す、すみません……冒険者になれたのがうれしくて、つい……」

 カインは謝罪しながらも、先の光景を思い返していた。
 バジリスクの石化攻撃にやられかけた時、彼は突然現れた。そしてパンチ一発でバジリスクを粉砕し、二人を助けてくれたのだ。

「帰るぞ、この森はレベル50台の魔物がうろつく危険地帯だ。どうせお前ら転移の魔法なんざ使えねぇだろう?」

 男は乱暴ながらも二人を王都に連れ戻し、肩を竦めた。

「二度と同じ真似すんじゃねぇぞ、俺様のようなナイスガイが通りかかるなんて、こんな幸運なんざ滅多にないんだからな」
「は、はい……助けてくれて、ありがとうございます」
「はん、ガキの礼なんざもらっても嬉しくねぇよ。礼を言うなら美女の一人でも紹介するんだな、赤毛ボーイ」

 男はひらひらと手を振って去っていく。カインは頬を赤らめて、彼の背中を眺めていた。

  ◇◇◇

「凄かったな、あの人……バジリスクを、一発で倒しちゃうなんて」
「うん……僕達が手も足も出なかった魔物が、凄く弱く見えたよ」

 ギルドに設置されたカフェテリアにて、カインとヨハンは休憩を取っていた。
 男の姿がまだ鮮明に脳裏に残っている。それだけ彼の背中は、幼い二人にとって鮮烈な物だったのだ。

「けどやっぱり僕の言ったとおりだろカイン! いくら村で一番強くたって、いきなりレベル40の魔物の討伐なんて無茶だったんだよ!」
「う、ごめん……調子に乗ってたよ……」

 幼馴染に叱られ、カインはしゅんとした。
 もし男が来なかったら、本当に森のオブジェとして一生を終えるところだっただろう。もう一度ため息をついて、二人は改めて男について話し始めた。

「あの人は誰なんだろう? 光臨教会の人なのは確かだと思うんだけど」
「けど凄く恐い人だったなぁ。僧侶と言うよりその……チンピラみたいだった」
「ヨハンはああいう人苦手だもんね」
「だって因縁つけられたら嫌じゃないか。助けてくれたのは嬉しいけど、出来ればもう会いたくないなぁ……」
「俺は……もう一回会いたい、かな」
「……えっ?」

 ぎょっとするヨハンをよそに、カインは男を思い起こした。
 カインにとって、初めて目にする格上の男である。彼の鮮烈な強さを受け、カインは胸に強い憧れの感情を抱いていた。
 強者を相手にしても崩さぬ余裕、一撃で全てを片付ける揺るがぬ強さ、何より気品ある立ち姿。今まで見てきた大人の中でも、ダントツにかっこいい男だった。
 要するにカインは彼に一目惚れしたのだ。
 自分も彼のようになりたい。そう思うと居てもたってもいられなくなって、

「よし、決めた! 俺、あの人を探す!」
「さ、探してどうするつもり?」
「弟子にしてもらうんだ! 俺もあの人みたいに強く、かっこよくなりたいから! あの人は俺の理想の大人だよ!」
「え、ええ!? 弟子って……冗談だよねカイン!?」
「俺は本気だよ。ヨハンも一緒に弟子入りしよう! さ、早く探そうよ!」
「ちょちょちょ! 探すも何も、名前も知らない人をどうやって探すのさ」

 正論である。という事で二人は聞き込みを始めた。「チンピラみたいな僧侶を知りませんか?」そんな雑な質問で街の人々に話を聞くと、女冒険者より情報を手に入れた。

「チンピラみたいな僧侶? ああ! あの賢者の事ね」
『賢、者……?』
「知らないの? 大賢者ハワード・ロック。名前くらいは聞いた事あるでしょ?」
「ハワード・ロック! 確かに、何度か……!」

 二人の故郷は王都から遠く離れた山村だが、時折来る行商人から話を聞いた事がある。
 ある時は全ての疫病に効く万能薬を作り、ある時はあらゆる土地で育つ作物を生み出して飢饉に苦しむ人々を救い、更には飛空艇を始めとした画期的発明を六つも作り出した。
 何よりも、前人未到のレベル999に到達した、世界最強の男でもある。
 これらの実績から、僅か20歳にして光臨教会から賢者の称号を貰った、世界で最も偉大なる男。それが大賢者ハワード・ロックである。

「僕達、そんな人に助けられたんだ……! 賢者と言うよりヤクザみたいな人だったけど」
「ええまぁ、素行は相当悪いわね。賢者だけど女癖が凄く悪くて、夜な夜な遊びまわってるって話よ。私も彼にお尻触られたし……思い切り殴り飛ばしてやったけどね。それと私の友達もおっぱい揉まれたり腰や太腿撫でられたりしてるし。勿論やる度ぶちのめしてるけど」

 何してんだあの賢者。二人はそう思った。しかし、

「大賢者、ハワード……俺が弟子入りするのに、最高の人じゃないか!」
「弟子入りって、無理よ。止めときなさい。あのおっさん、大の男嫌いなの。貴方みたいにちんちくりんの頼みなんか聞くはずが」
「ごめんなさい、もうあいつ、居ないです」

 カインはとっくの昔に消えていた。ハワードに会うため、教会へ走り出したのだ。

「おいていくよヨハン! ほら早く早く!」
「わかったよぉ! あーもう、僕のことも少しは考えてよバカイン……!」

 あまりの行動力に、ヨハンはやれやれとため息を吐いた。

  ◇◇◇

「ハワード! どこに居るのですか、ハワード!」

 王都の光臨教会に、シスター・リリーの怒鳴り声が響いた。
 長い金髪を振り乱し、怒りの表情を携えた彼女は、大賢者ハワードを探し走り回っている。
 今日は重要な会議があったというのに、ハワードはそれをすっぽかしたのだ。

「いかに賢者と言えど、こうもふらふらと遊ばれては周囲への示しがつかないではありませんか……今日という今日は許しません! 出てきなさいハワード・ロック!」
「ヒュー、相変わらずいい腰つきしてるねぇリリーちゃん。四〇代とはとても思えねぇや」
「ぎゃあ!?」

 不意に背後から腰をまさぐられ、リリーは飛び上がった。
 振り向けばそこにハワードが。リリーは目を吊り上げ、

「ようやく見つけましたよハワード! 今までどこへ行っていたのですか!」
「面倒ごと逃げるために森へ避難していました、反省はしていませーん」

 ハワードはへらへらと答えた。リリーは青筋を立てると、

「お説教があります、今すぐ懺悔室へ来なさい!」
「お説教するこたぁないんじゃなぁい? 重要な会議つっても、どうせ来月のフリーマーケットをどうするかってもんだろ? 俺様が居なくてもいいじゃねぇか。それに俺様賢者だぜ? きちんと自分の仕事はこなしてんだし、文句言われる筋合いはねぇよ」

 言うなり葉巻をふかし始める。リリーは刺すような煙の臭いに顔をしかめ、

「だからと言って不真面目な態度を取っていいわけがありません! いいですか? 光臨教会の人間たるもの、常に神の子供である自覚をもって、慎みある行動をとるように心がけるべきで、特に賢者たる貴方は人の模範となるべき……」
「リリー様、丸太にお説法をされていますが、どうされましたか?」

 リリーははっとした。いつのまにかハワードが丸太と入れ替わっている、変わり身の術だ。リリーの説教をかわすのに多用しているスキルである。
 と、同時に奥から悲鳴が。

『きゃあ!? ハワードにお尻触られたぁ!』
『スカートめくらないでください! あっあっ、パンツが、パンツが盗まれました!?』
『ひゃん! ぶ、ブラが……ブラ取らないでよぉ! あれないと揺れて不便なのぉ!』
『だはははー! ついでにスカート膝上五〇センチのマイクロミニにしてやるぜー!』

 ハワードは悪ガキみたくはしゃぎまわり、あっという間に居なくなってしまった。
 三十七歳の男がやる事ではない。リリーは青筋を立て、大噴火した。

「お・の・れ・ハワードぉぉぉ! アマンダ! 監視役の貴女がどうしてハワードを野放しにしているのですか!?」
「お言葉ですが、彼を押さえつける鎖はこの世に存在しないかと」

 先日二十歳になったばかりのシスター、アマンダ・クルスは苦笑した。
 彼女は騎士修道会にて、ハワードの従者として活動している。彼女たっての希望でだ。リリーとしても、自由奔放すぎるハワードのお目付け役としてアマンダを配属させたのだが、いかんせん奴はパワフルすぎる。

「従者を付ければ少しは模範的な態度をとると思ったのですが……懲罰房に入れても檻を壊して出てくる、拘束魔法を使っても容易く解除する、結界で閉じ込めても木っ端みじんに粉砕する。どうしたらあの問題児を制御できるのやら」
「制御自体無理だと思います、ハワードの力は人の手に収まりませんから。万一ハワードが教会を辞めると決めたら、止めようがありませんね」

「ええ、下手に引き留めれば何千人の修道士が犠牲になるかわかりません。そもそも一人で世界を壊滅できますし、ハワードの引き留めは不可能でしょう。彼は素行こそアレですが、人を想う心は誰よりも強い。出来れば、ずっと光臨教会の賢者で居てほしいものです」

 リリーのハワード評にアマンダは微笑んだ。文句を言いつつも、リリーは賢者を高く評価しているのだ。

「……しかし、なぜ貴女はあのドスケベ賢者の従者を希望したのですか? 貴女ほど敬虔なる信徒であるなら、別の道があったでしょう?」
「理由は、秘密です。ハワード曰く、やりたい事に理由なんか必要ない、だそうですから」

 アマンダは柔らかく微笑み、踵を返した。
 ハワードが行きそうな場所は分かっている、図書館に居るはずだ。

  ◇◇◇

「よーおアマンダたーん。やっぱ君は俺様の居場所が分かったんだねぇ、感心感心♡」

 図書館に着くなり、頭上から声が降ってきた。
 見上げれば、本棚の上に寝そべるハワードが居た。図書館は一般開放されているため、閲覧に来た市民が迷惑そうに賢者を見上げている。
 そんな視線もどこ吹く風なハワードの枕元には、山積みにされた本が添えられていた。

「もうその本読み終えたのですか?」
「まぁな。新しく入ってきた奴だが、あくびが出るような代物だぜ。それでも司教ちゃんの説教よりは楽しめたがね」
「ならばどうしてリリー様に顔を出したのですか」
「暇つぶしにからかいに行っただけさ、いいリアクションしてくれるからからかい甲斐があるんだよなぁ」

 ハワードは本を抱えてひょいと飛び降り、いたずら小僧のような笑みを浮かべた。
 光臨教会の所有する図書館には、数万冊もの蔵書が納められている。ハワードはそれら全てを読破し、内容を一字一句暗記しているというのだから驚きだ。

「軽薄な態度に反し、読書家ですよね」
「本はいいもんさ、退屈な日常に刺激をもたらす異世界の門だからな。ここには娯楽小説もある、たまにゃあ大衆劇に興じてごらんよ、アマンダたん」

 アマンダたん。成人してから彼女は、そう呼ばれるようになった。

「ふざけた呼び方は、大人として認めてくれた証拠ですか?」
「二十代になってようやっと手を出せるようになったからなぁ。いやぁ生殺しの日々だったぜ、爆乳美女が目の前に居ながら指を咥えて見ているしかできないなんてよぉ。俺様未成年には手を出さない主義だから♪」

 軽口交じりにアマンダを口説き、ハワードは彼女の尻に手を伸ばした。触れる直前に手の甲をつねり、撃退する。

「私はシスター、神と契りを交わした身ですから、お触りは禁止です」
「へっへっへ、壁は高い方がやりがいあるってもんよ。いつかは君の胸にそびえる二つの名峰を登ってやるから楽しみにしてな」

 なんて言いながらアマンダの胸を揉みしだき、直後に逆十字を食らってハワードは悶絶した。

「次やったら肘の骨砕きますからね」
「俺ちゃんの指導の甲斐あって強くなったわねー……けどふくよかで柔らかな太腿の感触を楽しめるならもっとお願いしたいかも♪」
「では約束通り腕を壊して差し上げ……あら?」
「どしたのアマンダたん? ってあいつ……」

 図書館の入口に、赤毛の子供が立っていた。彼の後ろには、緑髪の少年もいた。
 子供はハワードを見つけるなり目を輝かせ、小走りにやってくる。

「やっと見つけました、賢者ハワード!」
「うるせぇぞ、図書館ででかい声出すんじゃねぇ」
「それ貴方が言いますか。ところで、どなたでしょうか?」
「あー、まぁ簡潔に説明するとだな」

 図書館から出つつ、ハワードは軽く経緯を話した。

「バジリスクに襲われている所を助けた、ですか? なぜそんな危険な事を」
「い、いや、カインがちょっと調子に乗っちゃって……なぁカイン、やっぱやめようって」
「ううん、俺はもう決めたんだ。賢者様! お願いしたい事があります!」
「嫌だ、断る。以上終わり」
「即答!? 待って! ねぇお願いです話だけでも聞いてください!」
「なんで俺様がお前みたいなちんくしゃ坊主の頼みを聞かにゃならねぇんだ、しがみつくんじゃねぇ放せこら!」
「まぁまぁ。話くらい聞いてはいかがです? 袖すり合うも多少の縁ともいいますし」
「あのねアマンダたん、俺様野郎は嫌いなんだって」

 と言いつつも、教会のテラスに連れていって話だけは聞いてやるあたりにハワードの人の好さが現れていた。

「んで、何だよ俺様への頼み事って」
「俺を弟子にしてください!」
「嫌だ、めんどい。話は終わりだ」
「だから即答しないでくださいよ!」
「……あのな、今日ついさっき出会ったばかりの子供に、いきなりそんな事頼まれて、「そっか分かった弟子にしてあげる!」なんて言う奴が居ると思うのか?」

 葉巻をふかしつつ正論を返した。だけどもカインは不満げに頬を膨らませ、

「俺、貴方の強さに憧れているんです! あんなに強くてかっこいい人なんて、初めてみたんです! 俺も貴方みたいに強く、格好良くなりたいんです! だから賢者様の弟子になりたいんです!」
「自分の力量も推し量れない奴なんざ教えるだけ時間の無駄だ。志と見る目は立派なようだが、その前にまず自分磨きからやり直してこい。旅費くらいなら出してやるよ」
「う……でも俺、弱くありません。だって俺、レベル100もあるんですから!」
「あっそ……は? レベル100!?」

 ハワードは勿論、アマンダも驚いていた。

「レベル、10の間違いでは? ……貴方ほど幼い方がそんなレベルに達するなんて、有り得ないですよ?」
「本当です。これが証拠です」

 カインは得意げに冒険者カードを見せてきた。
 そこには確かに、レベル100と表記されている。
 この世界には、レベルという概念がある。通常冒険者の平均は30、王国兵で40、精鋭部隊で60となっている。

「信じられません、この若さで、アザレア王国精鋭部隊を凌駕する実力を持つなんて……」
「俺、村で一番強いんですよ。それで自分の力がどこまで通用するのか試したくなって、冒険者になろうって思ったんです」
「僕まで巻き込んでね。まぁ僕も冒険者に憧れがあったし、カインとなら大丈夫と思ってついてきたんだけど……しょっぱなからひどい目に遭わされたよ……」
「ごめんって」

 無邪気に笑うカイン。反してハワードは、険しい顔をしていた。
 たった12歳でレベル100に達する異常性、考えられる可能性は、一つしかない。
 こいつは俺と同じ力を持っている。

「アマンダ、緑髪の小僧を任せた。俺は赤毛の坊主と出かけてくる。こいつらの事は、他言無用だぞ」
「かしこまりました」

 カインの首根っこを掴み上げるなり、ハワードは転移で消えてしまう。ヨハンは目を瞬き、

「な、なんだ? 何が、あったの?」
「自分と同じ人間を見つけたのです、落ち着いていられないのでしょう。彼の用事が済むまで待っていてください、紅茶でも淹れますよ」

 アマンダは柔らかく微笑むと、言いつけ通りヨハンの警護に回った。

  ◇◇◇

「ここって、さっきの森……」
「そうだ。お前にはやってもらう事がある」

 カインを開放したハワードは、魔物を呼び寄せる魔法を使った。
 程なくして、バジリスクが現れる。ハワードが倒したのと同じ、6メートル級の大物だ。
 こいつが本当に自分と同じ力を持っているのか、今一度確かめる必要がある。

「あいつを倒してみろ、倒し方は俺様が教えてやる」
「わかりました!」

 少しは逡巡したり、躊躇ったりするかと思ったのだが、カインは迷う事無く返事した。
 なんなんだこいつ、素直とかそんなのを通りこして純粋無垢だ。自分の興味ある事となると、他の事も考えられない程に熱中してしまうんだ。

「バジリスクは皮膚と骨は固いが、目と舌なら剣が通る。ついでに魔法が使えるなら、電撃系の奴を使ってみな。驚くくらい有効だぞ」
「はいっ!」

 カインは素早い動きで剣を振るい、バジリスクの目と舌を切り刻んだ。さらには雷魔法を駆使し、あっという間に魔物を倒してしまう。
 剣術はセンス任せの粗削りだが、天性の才能を感じる。魔法も12歳が使うとは思えぬ程の威力を誇っていた。
 さっきやられかけたのは、経験不足からくる物だろうとハワードは分析する。軽いアドバイスで劇的に動きが変わっていた。

 ショートソード一本で倒し切り、カインはキラキラ輝く目でハワードを見つめた。
 視線は無視して、冒険者カードを見てみる。たった一戦でレベルが一つ上がっている。本来レベルを上げるには、何十戦もしてようやく一つ上がる物。

「こうも簡単に上がるって事は、間違いないか」
「えっと、これで試験は終わりですか?」

 どうやらカインは、バジリスク討伐を弟子入りの試験だと思っているようだ。とことんまで人を疑う事を知らぬ子供である。
 ハワードは答えず、カインを見下ろす。この子供は、純粋すぎる。例えるならスポンジだ。清い水も汚水も、かまわず吸い取ってしまう。

「赤毛ボーイ、お前、将来の夢とかあるのか? 冒険者になるって事は、やりたい事があるからだろう?」
「いや、俺はただ、冒険者って楽しそうだなって思っただけで。やりたい事とかは特に」
「まぁ、まだ子供じゃそうだよなぁ。……マジで心配になるくらいまっさらな奴だ」

 ……もし、もし邪な思想を持った人間がそそのかしたら、こいつは素直について行ってしまうだろう。そうなれば、己が身に宿った力をいたずらに振り回し、全世界の人間を敵にしてしまうはずだ。
 同じ力を持つ者として、見たくない光景である。

「ついてこい」

 ハワードはカインを連れ、森の奥へ向かった。
 そこにあったのは、広大な花畑だ。白い花が群生していて、純白の絨毯が敷き詰められている。カインは思わず息を呑んだ。

「ここは森の深部にあるから、俺様以外誰も知らない秘密の場所なんだ。昼寝するには丁度良くてよ、上司のお小言から逃げるのによく使ってんのさ」
「そんな大事な場所に俺を連れてきてする事……弟子入りの儀式ですか!?」
「お前どんだけポジティブなんだよ。あながち間違っちゃいないけどな」

 ハワードは座り込み、カインと目線を合わせた。

「よく聞け、お前は「神の加護」の持ち主だ」
「神の加護?」
「そうだ。千年に一度生まれる、途方もない才能を持った人間だよ。俺様も持っている加護だ。お前は将来、俺様と同じレベル999まで達する、世界最強になれる男だ」
「ほ、本当ですか!?」
「喜ぶな。むしろ話はここからだ。人はな、圧倒的な力を極度に恐れる生き物だ。恐れるだけならいいが、中にはお前の力を利用しようとすり寄ってくる奴も居るだろう。特に「神の加護」となれば、なおさらな。冒険者ギルドに登録したのは、今日だったか」
「はい」

「だったらまだ、国から目を付けられていない状態だな。もしお前が「神の加護」を持っていると知られたら、お前は間違いなく国に捕まる。でもって緑髪の小僧を人質に、都合のいい操り人形として利用されるだろう。力を持っている無知なバカの行く末は暗いもんだ」
「そうなんですか?」
「今はまだ分からなくていい、子供だからな。だが覚えておけ。「神の加護」は一瞬で多くの人々を救う、この世で最も優れた加護だが、同時に一瞬で多くの人々を滅ぼす、この世で最も危険な加護でもある。俺達が手にしたのは、使い方を間違えれば世界を滅ぼしかねない、人の身に余る力なんだよ」
「……俺達の加護って、そんなに凄い物なんですか?」

 強大な力に伴う責任を、この子供は理解していないようだ。カインは誰かが正しく導かねば、一直線に破滅の道を突き進むだろう。
 こいつが世界の敵にならないよう、俺様が育てる必要があるな。

「手を出しな」
「はい?」

 言われるがままカインは左手を出した。するとハワードは魔法で甲に文様を刻みつける。

「こいつは所有者の刻印だ。万一お前が危なくなったら、すぐ俺様に通知が来るようになっている。お前が一人前になるまでは、そいつを付けておけ」
「それって」
「俺様がお前を守ってやる。賢者ハワードの名前があれば、お前に危険が訪れる事は一切ない。ハワード・ロック直々に、お前に、自由に我儘が言える力をくれてやるさ」
「じゃあ……じゃあ!」
「俺様を師匠と呼びな。弟子と認めた以上、容赦なく指導してやるよ、カイン・ブレイバー」
「はいっ! よろしくお願いします、師匠!」
「おいこら、葉巻に火をつけてる時に飛びつくな馬鹿野郎」

 無邪気に抱き着いて来る新弟子に苦笑しつつ、ハワードは目を閉じた。
 こいつはまだ子供だ。自分の夢や目標も漠然としていて、ハワードに弟子入りしたのも、ただハワードがカッコいいから真似したいってだけだろう。
 そんな彼が大人になって、自分のやりたい事が出来た時に、きちんと実現する力を与えよう。この世には楽しい事が沢山あるのに、それを全部台無しにしたら、勿体ないじゃないか。

「貴方の気持ち、今なら分かる気がしますよ……ボルグさん」

 一人呟きながら、ハワードは勢いよく煙を吐き出した。
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