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37話 賢者の弱点

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 鳳凰祭はサブレナが街を上げて一日中行う、アザレア王国内でも一番大きなイベントだ。
 目ぇ覚ますなり、外からどんちゃん騒ぎが聞こえてきやがってよ。うるせぇったらありゃしねぇんだ。こっちは夢の中でハーレム三昧してたってのによぉ。

「全く、惰眠くらい貪らせてくれ。俺様低血圧なんだ」
「でしたら、そのお祭りスタイルはなんなのですか?」

 アマンダたんに指摘され、俺ちゃんは苦笑してしまった。
 鳳凰のお面に輪投げで手に入れた大量の景品、んでもって辛口ケバブと。いやぁ、祭りの出店ってなんでこうわくわくしちゃうのかねぇ。思わず色んなもんに手を出しちまうぜ。
 昨日とは役割を変えて、アマンダたんと俺ちゃんでデイジーの警護に当たり、一緒に祭りを回っている。マダムにはリサちゃんとがるるがついているから、なんかあってもどうにかなるだろ。

「緊張感が足りませんよ、警護についているならもっと気を張ってください」
「だったらアマンダたんもそのお祭りスタイルやめたら?」

 アマンダたんも可愛らしい女の子のお面に、魔法の呪文みたいなトッピングを乗せたクレープ、それと風船を持って全力で祭りを堪能中だ。

「これは偽装工作です。こうする事で人ごみに紛れ、クィーンの目から逃れる作戦なのです」
「俺ちゃんとデイジーが傍に居る時点で破綻してないその作戦。なぁ?」
「うん、言いたくないけどお姉さん、案外ポンコツだよね」
「……ポンコツではありません」

「おっと、拗ねちまった。どうでもいいがそのクレープ、一食で五食分のカロリーあるけど大丈夫?」
「毎日ハワードに斧振り下ろしているから実質ゼロカロリーです」
「そんな猟奇的なダイエットこっちから願い下げなんだが」

 俺様ぶったたいたら痩せるなんて迷信広まってみろ、カインどころか世界中のハニー達からバトルアックス振りかぶられて求婚されちまうぜ。

「しかしデイジーさん、練習は大丈夫なのですか?」
「出番は夜だから、午前中は自由時間を貰ったんだ。本番直前に練習しすぎても却ってペース乱れるしさ」
「んなら、昼過ぎまでは適当に遊ぶか。いやぁ、片方はティーンズとは言え、美女二人とデートとは贅沢だぜ。出来ればマダムとしっぽりしたかったんだが」
「ちょっと、ママをやらしい目で見ないでよ」
「なら俺様が君のパパになってやろうかい?」
「……それも嫌だ」

 おっと、嫌悪感とは別の意味の「嫌」が出たねぇ。困ったなぁ、俺ちゃんがナイスミドルすぎて虜になっちまったかい?
 今朝から気付いているよ、俺様を見る目が熱心なのにな。だがハワード・ロックは二十歳未満お断りの刺激物だ。俺様の魅力に溺れたら、心の底まで依存して離れられなくなるぜ。
 ま、それで突っぱねるってのも紳士失格だ。大人の男として、しっかりリードしてやるよ。

「次はどこに行く? 希望がないなら、俺様の好きに回らせてもらうぜ」
「じゃ、おじさんに任せる。おじさんの方が遊び慣れてそうだし、楽しそう」
「同じく、お任せします」
「いい判断だ。それじゃキティズ、are you ready? Lets go!」

 二人を連れまわし、祭りをとことんまで楽しんでいく。ただ飲みのワインを煽ったり、軽いゲームに興じたり、楽団の路上ライブでダンシングをたしなんだり。この遊びの天才、ハワードにかかれば祭りが何倍もエキサイトするぜ。

 楽団のゴキゲンな音楽に合わせてブレイクダンス、ウィンドミルでポップに舞うぜ! 立ち上がったらムーンウォークからのターンで決めポーズってな!

「ほら来いよ、踊ろうぜ!」
「おじさんみたいに上手く踊れないよ」
「ノンノン、ダンスは体じゃねぇ、心で遊ぶんだ!」
「では、僭越ながら私から」

 アマンダたんが俺様の隣に並んでタップダンスを披露して、俺様も負けじと華麗にタップでお返しする。そしたらデイジーも、へたっぴながらもステップを踏み、三人で一気に会場のボルテージを上げていく。
 気が付きゃ俺らのダンスが伝播して、周りも一気に踊り出した。
 あっちこっちで思い思いのダンスを踊って、音符の雨に打たれている。ミュージックの土砂降りには傘を差さず、音に濡れた方が気持ちいいからな。

 さぁ踊れ、さぁ騒げ! それが祭りのお約束だ!

 適当な所で切り上げて、二人を休ませてやる。俺様は根っからの祭り好きだからなぁ、カインの奴も随分振り回したもんだよ。

「ふはぁ……おじさん遊び上手なのはいいけど、やっぱついて行くの大変だよ。その体力の秘訣は何なの?」
「毎日コーヒーをブラックで三杯飲んでるからだよ」
「参考にならないや、歌手にコーヒーは禁物なんだよね。喉痛めるから」

 へへ、喉のケアは怠らないか。流石は若くともプロ歌手だぜ。
 にしても、久しぶりにいい汗かいたぜ。キサラちゃんと踊った社交ダンスもいいもんだが、やっぱ俺様には、あれくらい激しいダンスがお似合いだぜ。

「ハワード、そろそろクラフ座へ戻りましょう。デイジーさんの練習時間が近づいています」
「Oops、もうそんな時間か。楽しい時間ってのはすぐに終わっちまうなぁ」
「うん、残念……」

 デイジーは本気でへこんでいる。よっぽど俺様とのランデブーが楽しかったようだな。
 だがな、幸せってのは独占するもんじゃないんだぜ。皆におすそ分けすりゃ、自分もよりハッピーな気分になるんだ。

「きちんと歌ってきな。継ぎ接ぎじゃないデイジーを聞かせてやるんだろ?」
「勿論」

 いい返事だ。って事でクラフ座へ戻ろうか。
 
  ◇◇◇

 クラフ座でリサやマダム達と合流し、デイジーの練習風景を見守る俺様達。
 本番の衣装に身を包み、神への祝詞を歌う彼女は、昨日までと違って自信をもって歌っているように見えたぜ。

「驚いたな、歌声にうっすらと、デイジーの姿が浮かんでいる……これがローザの言っていた事か」
「…………」

 微笑み頷くマダムを見やり、オズマが頬を掻く。どうやらあんたも、娘の声に妻の影を重ねていたみたいだな。そのせいで、彼女の心境に気付いてやれなかったのか。

「賢者ハワード、あの子と何を話した? 帰ってきてから、デイジーが随分と元気になったのだが」
「なぁに、賢者としておしゃれに説法しただけだよ」

 ふと、デイジーと目が合う。俺様を見るなり笑顔になって、小さく手を振ってきた。
 今夜、頑張りな。俺様もバックダンサーとして、最高の演出をしてやるからよ。
 練習が終わり、本番の時間が近づいて来る。控室で出番を待っている間外を見れば、立派な野外ステージに少しずつ人が集まり始めていた。
 こいつはまた、随分な盛況ぶりだぜ。新規精鋭の名は伊達じゃあないな。

「そんだけ期待されているわけだが、緊張の具合はどうだい?」
「ん、ちょっと恐い。でも、ちょっと楽しみ」
「そいつはよかった、こんな機会は一生に数回あるかないかだ、しっかり楽しんで来いよ」

 本番まで、あと三十分って所か。少し席を外しますかね。

「ハワード? どちらへ向かうのですか?」
「ちょっと生理現象。一緒に来る?」
「女子をどこに誘おうとしてんのアホ賢者」

 リサちゃんから悪態を頂きました、ごっちゃんです。
 さてと、お花摘みに行くとしますか。パッチワークだらけの、醜い花をな。
 クラフ座の真裏にある路地へ向かうと、そいつは居た。あからさまな殺気を放ちやがって、バレバレなんだよ。

「やっぱり来てくれたのね、ハワード・ロック。待っていたわ」
「美女の誘いには乗る性質なんでね。とはいえ、心が醜い奴は女と見れない性格でもあるんだ」

 義手の指を突きつけ、俺はクィーンを睨んだ。
 さっきからずっと、殺気を放ってここに隠れていたんだ。俺様を狙い、ケツ振って誘っているのが見え見えだぜ。

「俺様の命とデイジーの声、そのどちらも奪おうとしている欲張りさんだ。そんな君にこの言葉を送ってやろう、あぶはち取らず、二兎追う者は一兎をも得ず、ってな。お前が狙った蜂はどうやら凶暴なホーネットだったようだぜ」
「あら恐い。でも、貴方の弱点は熟知しているのよ。そのために何度もローラとデイジーを襲って、ホテルから出るよう誘導したの。貴方を殺すための切り札を得るためにね」
「へぇ、そいつは大きく出たな」

 クィーンの顔には自信が満ち溢れている。はったりとかじゃなさそうだな。
 【擬態】スキルでホテルに潜入したようだが、何を盗み出したのか。とっととお披露目してもらおうかね。

「伏線は張り終えた、後は貴方を殺すだけ」
「そいつを証明してくれるのかい? 是非見せてもらいたいねぇ、試験の解答をよ」
「勿論、こうすればいいの!」

 不意にクィーンが何かを投げつけた。それは七色に燦然と輝く、魅惑の布切れ達……!?

「まさか……マダム・ローラの下着ぃ♡ うわっほぉーい☆」

 そんなもんを前に男ハワード、黙ってられません! って事でいっただっきまーす☆

「かかったわね!」
「はむっ!?」

 飛びついて下着を咥えた瞬間、クィーンが腕を巨大化させ、俺様を殴りつけた。
 不意打ちで地面に叩きつけられるなり、石畳が崩れる。落し穴を仕掛けていたのか。
 でもって崩れた穴の中には、剣山がびっしりと並んでいる。

「【擬態】は地面や壁も同じように擬態させられるの。貴方のために用意したプレゼントよ、しっかり味わってね!」
「ちっ、くそ……ぐあああああああっ!」

 俺様は落し穴の剣山に串刺しにされ、あえなく息絶えてしまった。
 クィーンは俺様の亡骸を確認するなり、にやりとしながら義手を切り取り、去っていく。

「やった、倒した! 最強の賢者ハワード・ロックを倒した! あとはデイジーの声を……うふふふふ」

 クィーンは穴をふさぐなり、嬉々として去っていく。これにてハワード・ロックの物語は終わりを告げたのだった。

「なぁんちゃって」

 クィーンの動きに合わせて、時間つぶしに意味のないモノローグを語らせてもらったところで、物陰から俺ちゃん登場ってね。
 クィーンに殴られた瞬間、俺様はジャックから奪った【影魔法】で腕の影にもぐりこみ、同時に前もって用意していたリサ特製のダミー人形を穴の中に放りこんだのさ。

 あとは【影魔法】で物陰に移動して、ダミーの死体を見て大喜びするクィーンが消えるまで隠れていた、ってわけよ。

「普段はポケットに入るくらい小さな人形だが、魔力を込めると風船みたいに膨らむギミックを付けているか。凝ったもんを作るねぇ」

 流石はリサちゃんお手製、血糊付きの精巧な人形だ。偽物の内臓が飛び出すギミックも付いていて、クィーンからは俺様が死んだようにしか見えないだろうな。
 それはさておいて。コンサートが始まるまで、残り十分か。心根の腐った女の事だ、多分大舞台の最中にデイジーを襲うだろう。

 人から体の一部を盗んで、尊厳を踏みにじるのが好きなサディストだ。大衆の面前でデイジーの誇りを奪い、辱める気でいるはずだ。この俺が死んだと勘違いして、調子に乗ってな。

「だがなクィーン、踏み台になるのはお前だ。デイジーの心を昇華する足場になってもらおうか」

 お前は俺様に喧嘩を売った意味を理解していないな。俺様は売られた喧嘩は、数百倍にして買う男でね。
 ……マダムの誇りである声を奪い、声を出せぬ彼女を嘲笑ったお前は、断じて許せない。それだけに飽き足らず、デイジーの誇りを奪い取ろうとしているんだ。

「身も心もへし折ってやるよ、お前を主役にしたステージで、盛大に散ってもらうぜ」
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