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36話 青春のジンジャエール
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結局ハワードの思惑にはまってしまい、デイジーは彼のステージを楽しんでいた。
あんなあほらしい姿を見ていたら、不安なんかどっかに吹っ飛んでしまった。昼間にかっこいい姿も見せられたからか、ハワードに任せておけば大丈夫な気もしてきた。
「どうだったぁマダム? 俺様のマッスルボデーは最高だったろ?」
「賢者ハワード、妻を目の前で口説くとはいい度胸をしているな」
「そりゃマダムもこんなビール腹より鋼鉄のような腹筋持った男に抱かれたいでしょーが」
父の前で母を口説く姿を見ていると微妙な気持ちもしないでもないが。でもこの軽薄な姿はどこか愛嬌があって、憎めない。悪い面も含めて魅力的に見えてしまうのはどうしてだろうか。
「さて、ここらでエクストラステージだ。ちょいとばかりデイジーを借りるぜ、この賢者様直々にアドバイスを送りたくてな」
「なっ、許せるわけがないだろう! 貴様のような軽薄者に娘を預けられるものか!」
「…………」
憤る父を、母が止めた。
母は微笑みながらハワードに頷き、デイジーを任せる。アマンダ達は仕方ないと言わんばかりに肩を竦め、
「未成年を困らせてはいけませんよ」
「その子、明日のメインイベンターなんだからね」
「わーってるって、マダム達の護衛は任せたぜ」
ハワードはデイジーの腰を抱くと、右腕から赤いオーラの触手を伸ばした。
蜘蛛の糸のように伸びた触手は力強くハワードとデイジーを引っ張り、あっという間に夜空へと飛ばしてしまう。急に高い所へ飛ばされたデイジーは悲鳴を上げ、ハワードにしがみついた。
「しっかり捕まってろよ!」
「え―――ひゃあああああああああっ!?」
スキル【触角】を駆使し、ハワードはサブレナの街を縦横無尽に飛び回る。ブランコのように激しく揺さぶられ、デイジーは目を回してしまう。
だけど、ハワードの力強い腕は彼女をしっかりつかんで離さない。次第に落ち着いてくると、ハワードは思い切り空高く飛び上がった。
瞬間、デイジーは息を呑んだ。
サブレナの街がとても小さくなり、まるでジオラマのようだ。満月だから月明かりで照らされ、ぽつぽつと灯る街灯も相まって、幻想的な光景だった。
「落ちるぞ」
「うん」
頭を下にして、ハワードと共に落ちていく。彼は触手でまた建物を掴み、デイジーを空の散歩へと戻した。
夜道を歩く人が驚き、自分達を見上げていた。ハワードは余裕の笑顔で手を振り、ウインクを飛ばしている。次第にデイジーも一緒になって、同じ事をしていた。
街を大きく一周した後、ハワードはクラフ座へ連れて行った。
屋根に上り、共に街を見下ろす。こうしていると、世界が自分の物になったような気がして、気分がいい。
「どうだい? 街の夜を独り占めだ、贅沢なもんだろ。これで酒が飲める年齢なら、特上のワインでも持ってくるんだがな」
「ふんだ、子供で悪かったし……ひゃっ」
頬に冷たい物を押し付けられ、デイジーは飛びのいた。
ハワードが出したのは、ジンジャエールだ。瓶はキンキンに冷えていて、水滴が滴っている。
「氷魔法で冷やしたからな、美味いぞ」
「あ、ありがと……驚かさないでよ」
「女を喜ばすのにサプライズは必須だぜ? って事で乾杯だ……ぐおっ!?」
「きゃあ!」
瓶を開けた途端、二人の顔にジンジャエールが噴き出した。当然だろう、さっきまで激しく空を飛びまわっていたのだから。
ジュースでべったりになった二人は顔を見合わせると、やがて笑い出した。
「あっははは! こんな酷いサプライズ初めてだよ!」
「俺様もだ! ちっきしょー、もっと慎重に飛び回るべきだったなぁ」
「問題そこじゃないし。おじさんって本当、変な人」
でも、一緒に居て楽しい人。アマンダとリサが一緒に旅しているのも、なんとなく分かる気がした。
暫く、クラフ座から景色を堪能する。明日の夜、祭りが一番盛り上がる頃、デイジーは野外ステージで神の祝詞を披露する予定だ。
でも、上手く行くか自信がない。夕方のリハーサルでも思うように歌えなかった、こんなぐらついた心じゃ、多分本番も失敗するに決まっている。
「一曲、歌おうか?」
ハワードがふいに切り出した。答えを待たず、昼間のメドレーを聞かせてくれた。
聞いていると、ハワードがどんな人なのか分かる。確固たる自信を持っていて、一切の継ぎ接ぎのない、真っすぐな芯を持った男。それがハワード・ロックだ。
どうしてそんなに自信を持てるのか、デイジーには不思議で仕方なかった。彼に比べて自分は、いつも人の目や声が気になって落ち着かない。
自分に向けられる視線は、声に継ぎ接ぎされた母の面影を追っているから。
「……おじさんさ、どうしてそんなに堂々としていられるの? あの変な女から守ってくれた時も、刺されているのに全然弱音を言わないし。パパから聞いたけど、やばい所から狙われてるんでしょ。なのにどうして笑っていられるの? 恐くないの?」
「その答えは単純さ、俺様が弱いハワードを見たくないからだよ」
ハワードはジンジャエールを一気に飲み干した。
「俺様が尊敬するのは俺様だけだ。なにしろ俺様以上に優れた奴なんざこの世に存在しないからなぁ、もし知っていたら教えてくれるかい?」
「ちょっと、真面目に答えてよ」
「俺様はいつも真面目さ、真面目だからこそ、尊敬する俺様を貶めたくないんだ。俺様が尊敬するハワード・ロックはいつでも強く、自分で決めた信念を曲げずに通し、苦しむ女を必ず守り抜く、世界で一番かっこいい男だ。俺様を好いてくれている奴らも当然、そんな最強の俺様に惹かれているんだよ。
俺様はどんな危険にさらされても、笑って軽口を叩くハワードが好きだ。誰かが危機に陥っていたら、命がけで助けに行くハワードが最高に格好良くて好きだ。最強の賢者として、己に誇りを持って生きるハワード・ロックが、俺様は大好きなんだ。
俺を見てくれる奴らも、弱いハワードなんて見たくないだろう。だから俺は妥協しないんだ。尊敬する俺を死ぬ時まで好きでいられるように、皆が大好きなハワードで居られるように。俺はずっと最高のハワード・ロックであり続けたいのさ」
彼の言葉は、よどみなく、とても力強かった。
彼は本当に、自分が好きなのだろう。でも決して自分に甘くない。自分が理想とする最高のハワード・ロックが大好きだからこそ、自分に厳しく、妥協を許さず、全力でハワード・ロックの人生を生きているんだ。
継ぎ接ぎの一切ない、輝きに満ちた心を垣間見て、デイジーは羨望の眼差しを向ける。どんな時も自分をブレずに貫き、全身全霊で生きるハワードに、尊敬すら覚えていた。
「……私って、駄目だな。おじさんと違って私、自分が嫌いだもの。何をやってもママの影がちらついて、ずっと心がママにパッチワークされていて……本当の自分がなんなのか、全然わからないんだもん」
「継ぎ接ぎなんかなっていないさ。君の心は一切混じり物のない綺麗なもんだよ」
「どうしてわかるの?」
「目を輝かせて俺様の歌を聞いていたじゃないか。あの時の君は自分を嫌う事なく、心から俺の歌に聞き惚れていた。それだけで分かるよ、君は純粋に歌が好きな、十七歳の少女だ。歌が好きだからこそ、自分の声に混じる母親の声が嫌になったんだろう。自分の好きな歌で、周りから「お前はローザじゃない」って否定されているような気になってな。
継ぎ接ぎされているとしたら、マダムじゃない。自分自身を否定しようとする、弱い自分だ。君は君自身をパッチワークしているだけなのさ」
「じゃあどうすればいいの? 弱い自分をどうすればはがせる?」
「はがすなよ、勿体ない。そんな悪い所も自分の魅力の一つなんだから。俺を見ろよ、女の尻や胸追いかけて、斧やハンマーで殴られて。そんな大人誰も褒められねぇだろ? なのに俺は、そんなハワードを嫌ってるように見えるかい? むしろ茶目っ気のある可愛いおっさんとして受け入れてるじゃねぇか」
「それ受け入れちゃいけない自分じゃないの?」
ついデイジーは笑ってしまった。ハワードも苦笑し、肩を竦める。
「人間誰しも完璧じゃない、どんなに頑張っても、絶対直せない悪い所がある。だから否定するんじゃなくて、認めるんだ。悪い自分も好きな自分の一つだって。そうすれば、次第に心の縫い目は取れていく。悪い自分もいい自分も一つになって、継ぎ接ぎのない一人の人間になるんだよ」
「おじさんが言うと、説得力がありすぎて困っちゃうな。言葉が、重いよ」
「言葉が重いのは当然さ。なぜなら、俺がハワード・ロックだからだ」
言霊の重みを裏付ける、確固たる決め台詞だった。
確かに彼は、ハワード・ロックの全てを受け入れている。受け入れた上で、全部の自分を好きでいるからこそ、彼は途方もなく強いのだ。
そんな強さが、デイジーにあるのだろうか。
「これやるよ」
ハワードが丸めた羊皮紙を渡してくれた。それには、ハワードが最初に聞かせてくれた歌が載っている。
「実はその歌、タイトルがねぇんだ。ここに来る間に作った歌でね、君に聞かせた時、初めて歌った奴なんだ」
「そうなの? じゃあ……」
「あれは仮歌、作った歌詞と音程に合わせただけだ。だからそいつは、歌ってくれる人のいない、まっさらな歌なんだ。それだけに、誰がどう歌うとどんな姿を見せてくれるのか。この俺様ですら分からないのさ。だからよ、いつか聞かせてくれるかい? その白いキャンパスに、デイジーって女を全力で描いた、最高のアートをな」
「……うん、やってみたい。私も知りたい! 継ぎ接ぎされていない、本当の私を!」
ハワードから貰った、生まれたての歌。これに本当のデイジーを描いたら、どんな歌になるのだろうか。
デイジーはわくわくして、思い浮かべた。ハワードのように、自分が大好きになるデイジーの姿を。
あんなあほらしい姿を見ていたら、不安なんかどっかに吹っ飛んでしまった。昼間にかっこいい姿も見せられたからか、ハワードに任せておけば大丈夫な気もしてきた。
「どうだったぁマダム? 俺様のマッスルボデーは最高だったろ?」
「賢者ハワード、妻を目の前で口説くとはいい度胸をしているな」
「そりゃマダムもこんなビール腹より鋼鉄のような腹筋持った男に抱かれたいでしょーが」
父の前で母を口説く姿を見ていると微妙な気持ちもしないでもないが。でもこの軽薄な姿はどこか愛嬌があって、憎めない。悪い面も含めて魅力的に見えてしまうのはどうしてだろうか。
「さて、ここらでエクストラステージだ。ちょいとばかりデイジーを借りるぜ、この賢者様直々にアドバイスを送りたくてな」
「なっ、許せるわけがないだろう! 貴様のような軽薄者に娘を預けられるものか!」
「…………」
憤る父を、母が止めた。
母は微笑みながらハワードに頷き、デイジーを任せる。アマンダ達は仕方ないと言わんばかりに肩を竦め、
「未成年を困らせてはいけませんよ」
「その子、明日のメインイベンターなんだからね」
「わーってるって、マダム達の護衛は任せたぜ」
ハワードはデイジーの腰を抱くと、右腕から赤いオーラの触手を伸ばした。
蜘蛛の糸のように伸びた触手は力強くハワードとデイジーを引っ張り、あっという間に夜空へと飛ばしてしまう。急に高い所へ飛ばされたデイジーは悲鳴を上げ、ハワードにしがみついた。
「しっかり捕まってろよ!」
「え―――ひゃあああああああああっ!?」
スキル【触角】を駆使し、ハワードはサブレナの街を縦横無尽に飛び回る。ブランコのように激しく揺さぶられ、デイジーは目を回してしまう。
だけど、ハワードの力強い腕は彼女をしっかりつかんで離さない。次第に落ち着いてくると、ハワードは思い切り空高く飛び上がった。
瞬間、デイジーは息を呑んだ。
サブレナの街がとても小さくなり、まるでジオラマのようだ。満月だから月明かりで照らされ、ぽつぽつと灯る街灯も相まって、幻想的な光景だった。
「落ちるぞ」
「うん」
頭を下にして、ハワードと共に落ちていく。彼は触手でまた建物を掴み、デイジーを空の散歩へと戻した。
夜道を歩く人が驚き、自分達を見上げていた。ハワードは余裕の笑顔で手を振り、ウインクを飛ばしている。次第にデイジーも一緒になって、同じ事をしていた。
街を大きく一周した後、ハワードはクラフ座へ連れて行った。
屋根に上り、共に街を見下ろす。こうしていると、世界が自分の物になったような気がして、気分がいい。
「どうだい? 街の夜を独り占めだ、贅沢なもんだろ。これで酒が飲める年齢なら、特上のワインでも持ってくるんだがな」
「ふんだ、子供で悪かったし……ひゃっ」
頬に冷たい物を押し付けられ、デイジーは飛びのいた。
ハワードが出したのは、ジンジャエールだ。瓶はキンキンに冷えていて、水滴が滴っている。
「氷魔法で冷やしたからな、美味いぞ」
「あ、ありがと……驚かさないでよ」
「女を喜ばすのにサプライズは必須だぜ? って事で乾杯だ……ぐおっ!?」
「きゃあ!」
瓶を開けた途端、二人の顔にジンジャエールが噴き出した。当然だろう、さっきまで激しく空を飛びまわっていたのだから。
ジュースでべったりになった二人は顔を見合わせると、やがて笑い出した。
「あっははは! こんな酷いサプライズ初めてだよ!」
「俺様もだ! ちっきしょー、もっと慎重に飛び回るべきだったなぁ」
「問題そこじゃないし。おじさんって本当、変な人」
でも、一緒に居て楽しい人。アマンダとリサが一緒に旅しているのも、なんとなく分かる気がした。
暫く、クラフ座から景色を堪能する。明日の夜、祭りが一番盛り上がる頃、デイジーは野外ステージで神の祝詞を披露する予定だ。
でも、上手く行くか自信がない。夕方のリハーサルでも思うように歌えなかった、こんなぐらついた心じゃ、多分本番も失敗するに決まっている。
「一曲、歌おうか?」
ハワードがふいに切り出した。答えを待たず、昼間のメドレーを聞かせてくれた。
聞いていると、ハワードがどんな人なのか分かる。確固たる自信を持っていて、一切の継ぎ接ぎのない、真っすぐな芯を持った男。それがハワード・ロックだ。
どうしてそんなに自信を持てるのか、デイジーには不思議で仕方なかった。彼に比べて自分は、いつも人の目や声が気になって落ち着かない。
自分に向けられる視線は、声に継ぎ接ぎされた母の面影を追っているから。
「……おじさんさ、どうしてそんなに堂々としていられるの? あの変な女から守ってくれた時も、刺されているのに全然弱音を言わないし。パパから聞いたけど、やばい所から狙われてるんでしょ。なのにどうして笑っていられるの? 恐くないの?」
「その答えは単純さ、俺様が弱いハワードを見たくないからだよ」
ハワードはジンジャエールを一気に飲み干した。
「俺様が尊敬するのは俺様だけだ。なにしろ俺様以上に優れた奴なんざこの世に存在しないからなぁ、もし知っていたら教えてくれるかい?」
「ちょっと、真面目に答えてよ」
「俺様はいつも真面目さ、真面目だからこそ、尊敬する俺様を貶めたくないんだ。俺様が尊敬するハワード・ロックはいつでも強く、自分で決めた信念を曲げずに通し、苦しむ女を必ず守り抜く、世界で一番かっこいい男だ。俺様を好いてくれている奴らも当然、そんな最強の俺様に惹かれているんだよ。
俺様はどんな危険にさらされても、笑って軽口を叩くハワードが好きだ。誰かが危機に陥っていたら、命がけで助けに行くハワードが最高に格好良くて好きだ。最強の賢者として、己に誇りを持って生きるハワード・ロックが、俺様は大好きなんだ。
俺を見てくれる奴らも、弱いハワードなんて見たくないだろう。だから俺は妥協しないんだ。尊敬する俺を死ぬ時まで好きでいられるように、皆が大好きなハワードで居られるように。俺はずっと最高のハワード・ロックであり続けたいのさ」
彼の言葉は、よどみなく、とても力強かった。
彼は本当に、自分が好きなのだろう。でも決して自分に甘くない。自分が理想とする最高のハワード・ロックが大好きだからこそ、自分に厳しく、妥協を許さず、全力でハワード・ロックの人生を生きているんだ。
継ぎ接ぎの一切ない、輝きに満ちた心を垣間見て、デイジーは羨望の眼差しを向ける。どんな時も自分をブレずに貫き、全身全霊で生きるハワードに、尊敬すら覚えていた。
「……私って、駄目だな。おじさんと違って私、自分が嫌いだもの。何をやってもママの影がちらついて、ずっと心がママにパッチワークされていて……本当の自分がなんなのか、全然わからないんだもん」
「継ぎ接ぎなんかなっていないさ。君の心は一切混じり物のない綺麗なもんだよ」
「どうしてわかるの?」
「目を輝かせて俺様の歌を聞いていたじゃないか。あの時の君は自分を嫌う事なく、心から俺の歌に聞き惚れていた。それだけで分かるよ、君は純粋に歌が好きな、十七歳の少女だ。歌が好きだからこそ、自分の声に混じる母親の声が嫌になったんだろう。自分の好きな歌で、周りから「お前はローザじゃない」って否定されているような気になってな。
継ぎ接ぎされているとしたら、マダムじゃない。自分自身を否定しようとする、弱い自分だ。君は君自身をパッチワークしているだけなのさ」
「じゃあどうすればいいの? 弱い自分をどうすればはがせる?」
「はがすなよ、勿体ない。そんな悪い所も自分の魅力の一つなんだから。俺を見ろよ、女の尻や胸追いかけて、斧やハンマーで殴られて。そんな大人誰も褒められねぇだろ? なのに俺は、そんなハワードを嫌ってるように見えるかい? むしろ茶目っ気のある可愛いおっさんとして受け入れてるじゃねぇか」
「それ受け入れちゃいけない自分じゃないの?」
ついデイジーは笑ってしまった。ハワードも苦笑し、肩を竦める。
「人間誰しも完璧じゃない、どんなに頑張っても、絶対直せない悪い所がある。だから否定するんじゃなくて、認めるんだ。悪い自分も好きな自分の一つだって。そうすれば、次第に心の縫い目は取れていく。悪い自分もいい自分も一つになって、継ぎ接ぎのない一人の人間になるんだよ」
「おじさんが言うと、説得力がありすぎて困っちゃうな。言葉が、重いよ」
「言葉が重いのは当然さ。なぜなら、俺がハワード・ロックだからだ」
言霊の重みを裏付ける、確固たる決め台詞だった。
確かに彼は、ハワード・ロックの全てを受け入れている。受け入れた上で、全部の自分を好きでいるからこそ、彼は途方もなく強いのだ。
そんな強さが、デイジーにあるのだろうか。
「これやるよ」
ハワードが丸めた羊皮紙を渡してくれた。それには、ハワードが最初に聞かせてくれた歌が載っている。
「実はその歌、タイトルがねぇんだ。ここに来る間に作った歌でね、君に聞かせた時、初めて歌った奴なんだ」
「そうなの? じゃあ……」
「あれは仮歌、作った歌詞と音程に合わせただけだ。だからそいつは、歌ってくれる人のいない、まっさらな歌なんだ。それだけに、誰がどう歌うとどんな姿を見せてくれるのか。この俺様ですら分からないのさ。だからよ、いつか聞かせてくれるかい? その白いキャンパスに、デイジーって女を全力で描いた、最高のアートをな」
「……うん、やってみたい。私も知りたい! 継ぎ接ぎされていない、本当の私を!」
ハワードから貰った、生まれたての歌。これに本当のデイジーを描いたら、どんな歌になるのだろうか。
デイジーはわくわくして、思い浮かべた。ハワードのように、自分が大好きになるデイジーの姿を。
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