上 下
30 / 116

30話 もう一人の歌姫

しおりを挟む
「あはははは! よくクィーンだって分かったわね!」
「ため口のモノローグで腰抜け君の名前が出たからな、劇のネタバレをしちまったら、ナレーターとして失格だぜ」

 右腕を振り上げたクィーンに合わせ、俺様も義手を振り上げる。【触手】を使って絡めとろうとしたら、彼女の右手が鋏に変わった。
 おお、俺様の触手をじょきじょき切っていく。キッチンバサミにしちゃいい切れ味じゃないの。見た感じレベル76って所だが、中々やるじゃなぁい。

「何をしている、早くその女を殺せ!」
「殺したらマダムも一緒にお陀仏だぜ? わかってんのかい?」

 術者を殺せば解呪できる単純なもんじゃねぇよ、抜き取った体の一部がくっついているんだぜ? って事はその部分だけ、術者と繋がっているわけじゃん。迂闊に攻撃すれば、クィーンが受けたダメージもマダムが受けちまうぜ。

「喉なんて急所を握られていちゃあ、いくら俺様でも手出しは出来ないねぇ……なぁんて言うと思ったかい? わざわざ体を届けにやってきてくれてありがとさん!」
「あはははは! 残念だけどまだ渡せないわ、だってこんなに素敵な声なんですもの!」

 鋏を半狂乱に振り回しやがって、俺様の体も欲しいのかい、この食いしん坊が。

「ホテルのスィートで振り回すなら、鋏じゃなくてトングにしときな。ハムサンドくらいは盛り付けられるだろう?」

 狂ったメイドのルームサービスは頼んでなくてな、せめてベーグルとコーヒー持ってくる程度の心遣いは見せてほしかったよ。
 鋏を蹴り、クィーンを押し返す。これ以上騒いだら支配人にクビ通告食らうぜ。

「あはっ、凄くつよぉい! ますますほしくなったわ、ハワード・ロックの体!」
「俺様の体はプレミアもんだぜ?」
「だからこそよ! 誘いに乗ったのは品物を見るため、そして貴方に宣告するためなの!」

 クィーンは嬉々として奥歯を噛み締める。急激にレベルが上がり、一目散に撤退した。
 鼻につく血の臭い……ジャックも使ったレベルアップドラッグか。

「ハワード・ロック! ザナドゥ当主様の命により、あなたの命! このクィーンがもらい受ける! そのための前金として、ローラ・マグワイアの声は頂戴したわ!」
「へぇ? 俺様を誘うためにマダムを襲ったってのか? 随分と高価なもんをBETしたもんだ。いつでもこいよ、ハグの準備して待ってるぜ」
「粋なお返事! それじゃまた後日会いましょう、ハワード!」

 ……やぁれやれ、ダイナミックな挨拶だったな。春を祝うのに爆竹を鳴らす国があるのは聞いた事があるが、実物もこんな感じにクレイジーな催しなんかね。

「ザナドゥの幹部が、ローラの体を奪っただと……? なんたる事だ……!」
「悲観すんなよ色男。あのコンパニオンガールのお陰でやるべき事が見えたじゃねぇか」

 マダムを奪ったのはザナドゥ幹部のクィーンだ、そいつからマダムの声帯を取り返す、俺様マダムに声帯返す、ほっぺにチューしてもらってはいハッピーエンド。簡単だろ?

「そもそも! 貴様がこの街に来たからローラは声を奪われたようなものではないのか!? 責任は取ってもらうぞ、ハワード・ロック!」
「ま、そうだな。マダムの依頼に誘導するよう事を起こしたわけだもんな。俺と遊ぶために、関係ない人間まで巻き込んでよ。……流石に、おいたが過ぎたなぁ」

 俺は女好きだ、女は世界の宝だと本気で思っている。
 だがな、だからと言って外道の女を許す理由にはなりゃしねぇ。
 マダムは気丈だから微笑んでいるが、心はしくしく泣いているぜ。自分の誇りである声を奪われた痛みでな。クィーンは彼女の姿を見て嘲笑い、誇りを傷つけたんだ。
 俺如きを殺すなら勝手にしろ。だが、そのために他の奴を巻き込むのは、許せねぇ。

「悪いがいかに女でも、心の腐った悪鬼に関しちゃ女としては見られねぇ。奴にゃあマダムが受けた以上の苦痛を与え……徹底的に潰さにゃ気が済まねぇ」

 賢者に喧嘩を売ったんだ、覚悟しときなクィーン。お前の最期に相応しいクラウンショーを用意してやる、ディアマンテとして、華々しく、惨めに散ってくれ。

「ところでMr。プリティーなキティが扉にへばりついているが、一体誰だい?」
「プリティーな、キティ?」

 黒服が首を傾げた。クィーンが割り込んできてから駆けつけてきたぜ、ハイティーンの女の子がな。

「リサちゃん、開けてくれるかな?」
「え、あ、うん?」

 リサちゃんが扉を開けるなり、「うわっ!」てな声と共に女の子が転がってきた。
 見た感じ、コハクと同じ17歳か。クールな切れ長の目が印象的な、金髪碧眼の美少女だ。年の割に発育もよくて……俺ちゃんアイズだとDはあるかな。

「やぁれやれ、二十歳未満なのが惜しまれるぜぇ」
「何人をやらしい目で見てんのよ、おじさん」

 おおう、切れ味鋭い罵倒が飛んできたな。しかし心地よいソプラノボイスだ、鼓膜にクッションでも入ったかと思ったぜ。
 年齢を考えれば反抗期真っ盛りか、四〇代のおっさんを見たら、憎々しい態度になっちまうのはしゃあねぇな。

「ねぇ、さっきのは何なの? てかザナドゥって何? 私の知らない所で何が起こっているのよ! ママの声はどうなったの? 早くママの声を戻しなさいよ!」
「ママ? え、それって……」

「マダム・ローラの娘さんだろ? 金髪碧眼、それに母親譲りのナイスバディー、加えて親父譲りのcoolな目元。一発で分かるぜ、なぁマネージャーさん?」

 黒服が「ぐむっ」と口ごもる。アマンダたんは驚きの顔になり、

「ローラ様が結婚されていたなんて、初耳ですが」
「そりゃ命がけで隠すだろうさ。マネージャーがお抱えの歌手に手ぇ出したなんて、超特大のスキャンダルだからな」
「……なぜわかった」

「いや、マジな話分からなかったさ。ただ、彼女の目元があまりに似ているもんでね。カマかけさせてもらったよ」
「……賢者の名は伊達ではないな……」

 あんれま、俺様に似たスケベ親父さんだねぇ。
 黒服の親父さんは咳払いし、

「名はデイジー、クラフ座所属の歌手として活動をしている。我々の事は他言無用で頼むぞ、デイジーは今、新進気鋭の歌手として軌道に乗り始めた所だ。娘の名を傷つけたくない」
「へいへい、俺ちゃんもレディを困らせたくないからな、黙っているよ」

「したり顔で分かったような口利かないでよ、こっちは今それどころじゃないんだし……それよりパパ? ママの声はどうなったの? さっきの女は何? 早く声を戻さないと私が大変なんだから早く戻してよ!」

 Foooo、なんてぇ早口トークだ、よく口が回るぜ。舌にスライムでも塗りたくってんのかい?

「ここではオズマと呼べ。声に関しては賢者ハワードに一任した、彼に任せておけば問題ない」
「だったらすぐに戻して! じゃないと明日……私が大変なことになるんだから!」
「Hey、そんな顔しちゃ将来しわくちゃな顔になっちまうぜ。何でそんな怒ってんのか理由を話しな」

「……明日の鳳凰祭で、ローラがメインイベントの神の祝詞を披露する予定だったのだが、この状況ではな……そこでデイジーが代役として選ばれたのだ」
「凄い、メインイベンターじゃん!」

「凄くなんかない! なんで、なんで私なんかにそんな役を回したのさ。ママの声が戻らなかったら私が歌う事になるでしょ。そんな責任負えないよ! 絶対失敗するに決まってる!」
「デイジー! お前の意志で決められる話ではないんだぞ、鳳凰祭はアザレア王国でも有数の催しだ、そのメインを務める重大さが分からんのか」
「分かりたくない、お願いだから私に期待しないで!」

 デイジーは荒々しく出て行ってしまう。絶賛反抗期って感じだな、おー恐ぇ恐ぇ。

「くくっ、若いのに大役押し付けられちゃあな。気持ちは分からないでもないぜ」

 同年代で魔王退治を押し付けられたカイン達と被るぜ。あいつらも毎日重圧に潰されそうになっていたからなぁ、彼女にとっちゃ祭のメインイベンターってのは、同じくらい重いもんだろうさ。

「なまじ実力があるってのも大変だな。コネで用意できる席じゃねぇ、彼女の歌にセンスを感じた主宰者が直々に依頼したんだろ?」
「ああ。娘自慢だが、デイジーはローラの「歌姫の加護」を受け継いだ、奇跡の声の持ち主だ。親心としては、折角掴んだチャンスを活かしてもらいたいのだが……」

 やぁれやれ、反抗期の娘に戸惑ってやがる。立派にお父さんやってんなぁ。
 俺様としちゃあ、別に放っておいてもいいんだがな。依頼に入ってないし、二十歳未満で俺様の守備範囲外だしよ。
 だが、一瞬でもカイン達の影が重なっちまった。あいつらと同じ重圧背負ってんなら、見逃せねぇなぁ。

「Mr.オズマ。ついでにあの子の護衛も請け負ってやるぜ。頭の狂ったテディベアの事だ、下手すりゃあの子の喉も掻っ捌く危険があるぞ?」
「む、確かに……娘まで手に掛けられるわけにはいかん。賢者ハワード、デイジーの護衛も頼む。この事態の責任を取ってもらうためにも、無理難題は通してもらうからな」
「無理難題? 俺様にとっちゃザッハトルテを作るより簡単だぜ。生地とチョコをこねくり回すより、女をこねくり回す方が手慣れたもんさ」

 ま、難しい年ごろの相手はバカ弟子達のおかげで慣れている。このレディパティスリーが、マダムの問題と併せて解決してやるさ。

 って事で、期待しててくれよマダム・ローラ♡

 なんてウインクしたら、ローラは俺様にウインクを返してくれた。グラマラスなミルフにそんなことされたら俺ちゃん、下半身がぞくぞくしちゃうじゃないの。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る

伽羅
ファンタジー
三つ子で生まれた銀狐の獣人シリル。一人だけ体が小さく人型に変化しても赤ん坊のままだった。 それでも親子で仲良く暮らしていた獣人の里が人間に襲撃される。 兄達を助ける為に囮になったシリルは逃げる途中で崖から川に転落して流されてしまう。 何とか一命を取り留めたシリルは家族を探す旅に出るのだった…。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

左遷されたオッサン、移動販売車と異世界転生でスローライフ!?~貧乏孤児院の救世主!

武蔵野純平
ファンタジー
大手企業に勤める平凡なアラフォー会社員の米櫃亮二は、セクハラ上司に諫言し左遷されてしまう。左遷先の仕事は、移動販売スーパーの運転手だった。ある日、事故が起きてしまい米櫃亮二は、移動販売車ごと異世界に転生してしまう。転生すると亮二と移動販売車に不思議な力が与えられていた。亮二は転生先で出会った孤児たちを救おうと、貧乏孤児院を宿屋に改装し旅館経営を始める。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

処理中です...