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26話 ハワードファンの集い

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 バラルガ山脈のザナドゥを壊滅させたカインは大急ぎでハワードを追い、西に向かっていた。カジャンガは一度も行った事が無かったため、仕方なく馬車で向かう事になってしまった。

「や、やっと着いた……カジャンガ」

 ハワードが旅立ってから半日後、つまりは正午にカイン一行はカジャンガへ到着していた。
 たまたま、ハワードの目撃情報を手にしたのだ。カジャンガの競馬場で大負けした義手の中年が居たと。そんなのハワード以外にあり得ない。

「今度はカジャンガでザナドゥと戦ってたのか……俺の裏をかくとは流石師匠!」
「行く先々でトラブルに巻き込まれてるわね、流石はハワードさんというか……」
「なんて言うか、ハリケーンみたいな人だよなぁ……」

 コハクとヨハンはため息をついた。生粋のトラブルメーカー、ハワードの背中を見つけるのはそう難しくはない。だが、彼に追いつくとなると大変だ。

「ヘルバリアからは馬車で二日かかるからなぁ……師匠、居るかなぁ」
「どうだろ。落ち着きのないおっさんだし、もう居なくなってたりして」
「でも手がかりくらいはあるでしょう? ここまで来たのならせめて尻尾くらいは掴まないと!」

 コハクに背中を押され、一行は気を取り直して街を散策する事にした。
 ただ、ヨハンの予感は当たっていた。とうにハワードは出発しており、しかも行き先を知る者は誰もいないと来たものだ。
 おまけに、カインにとっては我慢ならぬ情報が入ってきた。

「た、た、た、タキシードハワードぉぉぉぉっ!?」
「はい♡ 舞踏会に呼ばれたのですが、賢者様が参加されていまして。物凄くワイルドでセクシーな、危険な香り漂う素敵な殿方でした……♡」

 ビンランド子爵が開催した舞踏会に参加した貴族令嬢から、たまたま話を聞いたのだ。

「ハワードさん、なんだって地方貴族の舞踏会に出たんだろう。魔王討伐の凱旋式典は全部すっぽかしたのに」
「貴族の女性を口説いて、行きずりのまま護衛の依頼でも受けたんじゃないかしら」

 コハク、正解である。時折妙な勘が働く魔法使いだ。
 令嬢と別れた後、カインはずっと俯いている。何かと思って二人がのぞき込むと。

「タキシードハワード……礼服ハワード……そんな、俺ですら見た事ないのに、そんなレア師匠……うらやまじいいいいいいい……!」

 血涙を流し、唇を流血するほど噛み締めて、カインが悔しがっていた。

「何でですか師匠、何で俺には一度も礼服姿を見せた事が無いんですか!? あなたの礼服を見るためなら俺はなんだってします、そりゃもう一緒に踊る為に女装だってしますしなんならアレもぎ取って性転換しますよ! だからお願いしますどうか勇者パーティに戻ってきて俺の前でタキシードを着てくださいセクシー師匠とか辛抱たまらないっす!」

「変態か! いくら僕でもその性癖は庇えないぞ!」
「第一カイン! 貴方が女になったら私はどうすればいいの?」
「そうそう、コハクが君の彼女だって事忘れちゃだめだからな」

「貴方が女になったら可愛すぎて私まで辛抱たまらなくなるじゃない! 毎晩夜這い仕掛ける事になっちゃうわよ!?」
「こっちもこっちでダメだった! つーか君無駄に男らしすぎない!?」
「こうしちゃいられない、子爵邸に行こう! 貴族なら写真機を持ってても不思議じゃない、レア師匠の姿を収めているかもしれない!」

「いいわよカイン、それと後で私の服着てみて、絶対似合うから! あとハワードさんとの関係も心配しないで、私そういうのに理解ある方だから! なんならハワードさんと三人でやるのもやぶさかじゃないから!(鼻血ぶー)」
「ド変態かよ二人とも! ってのごおっ!?」

 突如ヨハンが女性の群れに潰された。彼女らはカインの周りに集まるなり、

「勇者様! 勇者様だわ!」
「信じられない……あの、サインください!」
「やだ、目が合っちゃった! けどかっこいい!」

 一斉に黄色い声が上がりだす。カインは魔王を倒した勇者な上、爽やかなルックスのイケメンだ。おまけに品行方正、器量よし。女性が惹かれぬ理由がない。
 そのせいでヨハンが被害にあうのも日常茶飯事であるのだが。

「……助けてハワードさん……僕一人であの二人捌くの無理だこれ……」

 貧乏くじに愛される男、それがヨハンである。

  ◇◇◇

 ハワードのタキシード姿が見たい、その欲望にかられたカインは子爵邸へ直行した。
 最早彼の頭には、ハワードの行方を調べようという気はなくなっている。もう色んな意味でおしまいだ、この勇者。

「失礼します! ビンランド子爵閣下はいらっしゃいますか?」
「えっ、ゆ、勇者カイン様!?」

 突然の来訪に執事が驚いた。彼から話を聞くも、タイミング悪く子爵は外出中だという。
 がっくりするカイン。するとそこへ、

「勇者様、ようこそビンランド家へ。当主である子爵に代わり、私キサラ・ビンランドが対応いたします」
「キサラ様、単刀直入にお尋ねします。ハワード・ロックの礼服姿を収めた写真をお持ちではありませんか!?」

 挨拶も無しに失礼すぎる奴だ。だけどもキサラは怒る事なく頬を染め。

「ハワード様との写真なら、はい……私の心のアルバムに残っています……♡」
「つまり、実物はないって事ですね……」
「残念ながら。ですがハワード様の温もりはまだ、この手に。私と共に踊ってくれた夜の事、私はきっと永遠に忘れないでしょう……」
「踊った……だと……何それ詳しく!」

 キサラから、カインはカジャンガで起こった事件の顛末を知った。
 またしてもハワードがザナドゥの手から街を守った事、犠牲者を一人も出さず、街に傷一つ付けずに幹部を撃退した事、キサラの夢を後押しした事。

 ヘルバリアに引き続き、常人には不可能なことを一度に実現してしまう賢者の凄さに驚いてしまう。やはりハワードは、世界最強の男だ。

「僕達、そんな人と旅していたんだなぁ。普段のあれからは想像できないけど、やっぱりかっこいい大人だよ」
「知識といい、実力といい、改めてハワードさんの凄さを痛感しちゃうわ」
「それに、一緒に居て全然不安を感じませんでした。むしろあの性格のお陰で、悪い人に狙われているのに全く恐くなくて。どんな時でも、あの調子のままなんですもの」
『それ、分かる』

 ヨハンとコハクは頷いた。ハワードは緊迫した場面でも軽口を叩くし、女湯覗きや下着泥棒をして周囲を騒がせるし、悪戯するし、悪ガキがそのままおっさんになったような男だ。
 けど、そんな彼を見ていると、不思議と不安や恐怖が薄れていた。
 彼は強い、どんな強敵を前にしても、悪ふざけや軽口を叩ける余裕があるほどに。その余裕が周囲の人間を励まし、「必ずどうにかなる」と安心感を覚えさせるのだ。

「あの人が居ると、魔王と戦ってても怖くなかったんだよな。本当にどれだけ危険な場面でも、普段と全然変わらないんだもの。日常の延長みたいな感覚で受け入れられたんだよね」
「普段の悪ふざけも、それを見越して意図的にやっていたのかもしれないわね。……離れるとわかるわ、ハワードさんがどれだけ私達の心の支えになっていたのか」

 人間は急激な変化に弱い、特に命の危機が迫ったりすれば、なおさらだ。
 でもハワードは常に調子を変えず過ごしていた。変わらぬ彼の姿が精神的支柱となり、カイン達が恐怖に怯える事は一度もなかった。
 傍から見れば子供っぽい行動でも、裏を探ると周囲への気遣いが伺える。彼は一見賢者らしくない、しかし計算され尽くした行動は、確かに賢者であった。

「二人とも、今重要なのはそこじゃない」

 カインはテーブルを叩くと、キサラに身を乗り出した。

「その……舞踏会での師匠の様子をもっと詳しく教えてください! 世界一のハワードファンとして、レア師匠の立ち振る舞いだけでも妄想で補っておきたいのです!」
「まぁ、でしたら私もカイン様からハワード様のお話を伺いたいです。世界二のハワードファンとして、是非とも勇者様に弟子入りしたいですわ」
「いいでしょう、俺の指導は、厳しいですよ」

 二人のハワード談義はその後、数時間にも及んだ。キサラはもうじっくりねっとりハワードとの思い出を話すし、カインはハワードとの馴れ初めから事細かに話し始めるし。終わりが全く見えてこない。

「……これは一週間、いや、十日以上はかかるかな」
「相当な足止めをくらいそうね、覚悟しておきましょ」

 自身の礼服姿をエサに、ハワードファンの語らいを誘発させる。勇者の性癖を理解した賢者のトラップにまんまと引っかかり、カイン一行は暫くの間カジャンガに滞在する事になってしまったとさ。


「ハワード様、カイン様からのお話で、少しでも貴方を理解します。その上で、貴方の事を諦めます。私はとても素敵な殿方に守っていただけたのだと、この思いを胸に仕舞って……だから、ありがとうございました。私のかっこいい騎士様」

  ◇◇◇

「ジャックが死んだか、まぁ、ハワード・ロック相手なら当然だな」

 ザナドゥの本拠地にて、男はつぶやいた。
 幹部の一人が潰れるのは痛手ではない。むしろどうでもいい。部下の命など使い捨てるべき物だ。それに着目すべきは、

「あの薬で勇者パーティ最強の賢者にも一太刀をあびせられた、これは朗報だ。着実に復活へ近づいているようだな」

 薬に使われている血は、力が活性化しなければ効果が出ない。確実に力が戻ってきている。
 それに、カインの血を手に入れる事が出来た。バラルガ山脈の部下が、勇者にナイフで傷をつけて持ってきたのだ。ほんの一滴の血が、ザナドゥのさらなる発展を約束するのだ。

「ザナドゥの目的は遥か先にある、そのための材料が今、手元にあるのだ」

 男の背後には、鎖に繋がれた異形の存在が居た。
 頭を覆う鉄仮面を被った、青い皮膚を持つ、この世ならざる存在だ。胸には大きな穴が開いていて、赤い筋が葉脈のように走っている。
 近づくと、微かに指が動いた。確実に、こいつは力を取り戻しつつある。
 復活すれば、魔王に代わって天下を取れる。この世界を支配するのは、ザナドゥを置いて他に居ない。

 確かな手応えに、男はにやりとほくそ笑んでいた。
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