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82話 盗の魔導具ガラハッド

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 ワイル・D・スワンは、僕が子供の頃から活躍している怪盗エルフだ。
 高価な美術品や王宮の宝を中心に狙い、鮮やかな手口で盗む事に美学を感じる男。そして、犯行前には派手なパフォーマンスで予告を行い、より警備を厳重にさせると言う特徴がある。
 行動範囲は人間領だけでなく、魔王領にも及んでいて、魔王軍に入った後彼の手配書を見て驚いたものだ。

「まさか、本物のワイルと出会えるとはね」

 刀を握りしめ、ワイルをにらむ。奴は指を鳴らすと、エルフ城に巨大な横断幕を垂れ下げた。

『ほら、特大級の予告状だ。どうか家宝にしてください』

 横断幕にはでかでかと「ワイル様惨状! 世界樹の涙は頂くぜ」と書かれている。聞いた通りの手口に思わず呆れてしまう。
 だけど甘くは見れない。何しろこれだけ派手なパフォーマンスで警備を厳重にしておきながら、奴はするりとすり抜けてお宝を奪ってしまうのだ。

「ふざけるな! ワイル・D・スワン、貴様はここで逮捕する!」

 ラズリが叫んだ。同じく、目の前でこんな事をされたら、僕としても見過ごせないな。
 そう思った途端、ハヌマーンが勝手に装備された。

『主、我が力が必要な時が来たようだ。奴から魔導具の気配を感じる』
「なんだって?」

 僕はワイルを見上げ、警戒した。
 今まで探知できなかったのに、今更……そうか、奴の魔導具には、気配を消す力があるのか。だけどアンチ魔導具の力を持つハヌマーンなら、

『わが視界に入っている間、気配を断つ力を止められる。しかし、それ以上は主が力を探るしかない』
「充分な情報さ。そうか、ワイルが魔導具の所有者……」

 そして奴は怪盗、って事は盗みに関する魔導具か。
 魔導具は強力な力を持っている、迂闊に近づけばやられるのは僕達だ。

「ディック殿、私が先に出る。恐らく奴は魔導具の力を使うだろう、私の戦いから奴の能力を見極めてくれ」
「ラズリ様」

 彼女から連携を持ち掛けられ、僕は頷いた。
 ラズリは飛び出し、エルフ城を駆け上がる。ワイルは大げさなしぐさでぎょっとした。

「おいおい! 俺は怪盗だぞ? 戦闘なんか門外漢だってぇの」

 慌てている様子だが、ブラフだ。全く行動に恐れが無い。
 ワイルはにやりとすると、右手を切るように振った。その直後、ラズリが足を滑らせる。

「なっ、ブーツが……ない!?」

 ラズリの靴が無くなっている? いや違う、

「ははっ、世界樹の巫女様の靴か。マニアックな奴には売れるかもな」

 彼女の靴がワイルの手に握られている。どうやったか分からないけど、彼女の靴を盗んだんだ。
 すぐさまラズリは立て直し、ワイルに駆け出す。けどワイルが左手を振ると、ラズリとワイルの立ち位置が切り替わった。勢いあまってラズリは転がり、翻弄されている。
 あれも魔導具の力なのか? 盗む力に加えて、それを補助する力か……それに、どうやらラズリの動きを先読みしているようだ。

 ワイルの回避行動はラズリよりもワンテンポ早い、気配を察知し、先読みしていないとできない芸当だ。
 魔導具の力、大まか検討がついてきた。
 しかし、上手い事有利な状況を作っているな。

 派手なパフォーマンスで大勢の国民が出てきている、これではラズリも全力を出せまい。ラピスが結界を張ろうとしたら、さっきの力で妨害すればいい。一見無謀に見えて、安全策をきちんと考慮した立ち回りだ。
 けど、読めたよ。そろそろアンチ魔導具を持った僕の出番だ。

「シラヌイ、市民の安全確保を」
「任せといて、行ってきなさい!」

 彼女の応援に勇気をもらい、僕は飛び出した。
 ラズリからバトンタッチを受け、ワイルに迫る。奴は余裕の顔で盗みの力を使おうとした。
 だけど、無駄だよ。

「あり? 盗めない?」
「ネタがばれたマジシャンは廃業だな、ワイル」
「ってそんなのありかよ!? うほぅ!?」

 居合切りを使うけど、ギリギリ避けられた。刀を振るい肉薄するけど、避けるのだけは上手いなこいつ。気配察知で先読みしているのに捉えられない。
 素早さだけなら僕以上か、怪盗らしい力だな。

 ワイルは何度も魔導具の力を使っているようだけど、僕には通用しない。ハヌマーンが魔導具の力をシャットアウトしているからね。

「なんだなんだぁ? その籠手と具足の力? お前魔導具の所有者かよ!?」
「答える必要も義理もない」
「いやー真面目な奴だぁおい!」

 ワイルは懐から球を出して投げつけてくる。すると破裂して煙が舞い、吸った瞬間くしゃみが出てきた。

「これっ……くしゅん! 胡椒玉か? 姑息な手段を」

 ハヌマーンは魔導具以外に効果はない、隙を突かれたな。

「ふぅ、あぶねぇなぁ。どんな能力だその魔導具」

 肝心のワイルはと言うと、どこから出したのか、風船で空を飛んで逃げていた。胡椒玉といい、小道具を駆使して翻弄するのか。

「にしても、魔王軍所属の人間か。世界樹の巫女と言い、こいつは面白いヤマになりそうだぜ。明日の昼が楽しみだな!」
「逃がすか!」

 斬撃を飛ばして風船を狙うけど、破裂した瞬間煙が出てきた。
 煙幕が晴れる頃には、ワイルの姿は無くなって、代わりに石ころがおっこちる。位置を入れ替える能力で逃げたみたいだ。
 気配察知にもかからない。僕の視線を切ったから、魔導具の力が戻ったのか。

「くそ、思ったより厄介な奴だな」
『しかし主よ、これは僥倖なり』
「ああ、確かにな」

 ハヌマーンを完成させるには、別の魔導具を取り込む必要がある。ワイルが持っているのなら、丁度いい。
 あいつを捕まえて、魔導具を手に入れる。僕達の行動に、明確な目標が出来たな。

  ◇◇◇

「盗の魔導具ガラハッド、それがワイル様の持ってる魔導具なんだって」

 ワイルが逃げた後、僕達はラピスを通じて、ワイルの持つ魔導具を聞いていた。
 ラピスがあいつを様付けしているのが気になるけど、別にいっか。

「適合条件は「刹那的な快楽主義者」、いつも命がけの行為を楽しむ人が選ばれるみたい」
「怪盗に見事に合致するな。本来の使用用途は、隠密活動に向けた物かもしれない」

 敵陣深くに入り込み、重要アイテムを盗み出したり、暗殺に使う。隠密活動自体命がけの行為だ、見事にマッチした魔導具だな。

「能力は盗みに特化した物で、ラズリの靴を奪ったのは「スナッチ」って言うんだって。視界内にある、片手で持てる物を奪える力」
「じゃあ、私と位置が変わったのは?」
「「シャッフル」、自分を人や物の位置と入れ替える力。ラズリとディックさんの動きが読まれたのは、「サーチ」って能力。相手が隠し持っている道具を透視したり、動きを予知する力。あとは、「ステルス」って自分の気配を完全に消す力もあるんだって」

 スナッチ、シャッフル、サーチ、ステルス……合計四つの能力か。どれも戦闘向けではないけども、搦手に特化したラインナップだな。
 手の内は分かった、けど……知った所でどうするかだな。

「アンチ魔導具を持っているディックを軸に立ち回るべきだけど、意外と面倒な奴よね」
「うん、小道具を駆使して徹底的に僕らを翻弄してくる。殺意が無いから行動も読みづらいし、捕まえるとなるとかなり難航しそうだ」

 それに魔導具の力を熟知している、一度逃げに回られると捕まえられない。流石は長い間怪盗として活躍しているだけはあるな。

「とにかく、警備を厳重にしなければ。明日の昼頃、奴は必ず来る。そうなのでしょう?」
「ああ、奴は狙った獲物を逃がさない。しかし、世界樹の涙とはなんですか?」
「私達世界樹の民にとって、とても重要な物です。奪われるとなると、世界樹にとっても大ダメージを受けてしまうでしょう」

 そんな物があるのか、何としても防がないとな。
 大怪盗ワイル・D・スワンが相手か、骨が折れる戦いになりそうだ。
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