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10話 お嬢様の冒険者ライフ

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 その後も仕事を片付けたが、全部マルク無双であった。

「幽霊退治ですわー! 実体ねーから物理全部透過して無効ですわー!」

 マルクはゴーストを掴んで投げ飛ばした!

「秘境の奥地にある希少素材の採取ですわー! 入ったら二度と戻れない樹海ですわー!」

 マルクは秒で往復して採って来た!

「人間に寄生する虫の駆除ですわー! ノミみたいに小さいから退治が大変ですわー!」

 マルクの雄たけび一つで虫がショック死した!(生息範囲東京ドーム三個分)

「呪われたアイテムの廃棄ですわー! 呪われてるから物理じゃ処理できませんわー!」

 マルクは殴ってぶち壊した!

「指名手配犯の逮捕ですわー!」

 マルクが到着するなり大急ぎで逃げ出す手配犯達! だが!

「カモン!」

 っと、マルクが手招きしただけで引き寄せられ、お縄を頂戴された!

 原理が分かんねぇって? では説明しよう。マルクが手招きした際に強烈なスリップストリームが発生し、凄まじい吸引力によって引き寄せられたのだ。……意味不明ここに極まれり。

「いやなんなんですの、本当になんなんですの貴方は!?」

 エスト達の役割は周辺に被害が出ないようサポートするのが主である。マルクが一件片付ける度、常識外の事が起きすぎて、エストは頭がおかしくなりそうだった。
 ……味方で居てくれて、本当によかったですわ。
 こいつを敵に回した連中には、同情しかない。こんな勝利フラグが人間の皮被ってるような奴、会敵=死である。

「どーやって戦えばいーんですのこの方……」
「うんまぁ、大人しく降参するか、その場で死ぬか、どっちか選ぶしかないんじゃない?」
「旦那ぁ、ちょっと今日張り切りすぎっすよぉ。俺達の仕事ないじゃないっすか」
「はっはっは! いや済まない、なんか体が軽くてな。つい張り切ってしまった。はっはっは!」

 マルクは一週間の休暇でパワー全開になっていた。エストの生活指導と栄養のある食事により体の張りが取れ、普段の数割増しで動けるのだ。

「随分と体が楽になったからなぁ、君の言う通り、俺は疲れがたまっていたようだ。君がお世話をしてくれたおかげで、生まれ変わった気分だよ。ありがとう!」
「ま、まぁ当然ですわ。私にかかれば貴方の体調管理なんてちょちょいのちょい……と言いたいのですけど、あまりにもパワーアップしすぎてドン引きですわ……」
「旦那がこうなってるなら、血の味も改善されてるんじゃない?」
「今朝、私がクシコス・ポストを伴いながら、街内十週したお話でもします?」
「してないのね」

 その時のエストは凄まじい形相で駆けずり回り、通りすがりのウィードがちびりながら追いかけまわされたそうである。

「次は皆でやってみるか?」
「いいですわ。私の実力、皆様に教えてさしあげますわ! ……流石に概念捻じ曲げるほどの力はありませんからあしからず……いやほんと、私の実力なんて全然大したことなかったりしますから……」
「気にしないで! 旦那が異常なだけだから、あれを基準にしちゃだめだから」
「貴方は貴方らしくやればいいのよ、やれば出来るから頑張って」

 なぜか慰められるエストであった。全部マルクのせいなのだが。
 さて、次のクエストは話し合いの結果、エストを主体に立ち回る事となった。
 クエスト内容は、魔物退治だ。ファンダム近郊で大量発生している魔物を倒すだけの、シンプルなクエスト。エストの実力を測る丁度いい仕事である。

 現場は森で見通しが悪く、魔物も気配を消している。まずは獲物を探さねば。
 エストは指を噛んで血を垂らした。ヴァンパイアは血を媒体に呪術を操る種族、その能力は応用性に富んでいる。

「踊れ、血の人形」

 エストの血から、彼女の小型の分身、ミニエストが多数形成された。分身とは痛覚以外を共有しており、広範囲を見聞き出来る。これを十体操り、エストは索敵を始めた。
 疑似生命体の精製は呪術特有の物、魔法には出来ない芸当だ。

 呪術と魔術は似て非なる物だ。魔法は魔力を媒体に自然の力を引き出す技術、呪術は自身の生命力を消費して事象や法則を捻じ曲げる技術である。
 そのため呪術は人間が使うと寿命を大幅に削るリスクがあり、基本的にアンデット等の最初から死んでいる存在や、エルフのような長命種族でないと使えない物だ。

 程なくして獲物を見つけた、六本足のトカゲの魔物だ。牙に猛毒があり、噛まれたら最後、強力な神経毒によって死に至る狂暴な魔物である。
 その魔物がエストの分身を丸のみにした瞬間、体内で分身が破裂し、魔物を爆散させた。血の分身は触れれば爆発して相手を傷つけ、更なる展開の足掛かりとなる。

「匂いは分かりました、あとは私にお任せなさいな」

 分身から得た魔物の匂いを頼りに、エストは狩りを始めた。ヴァンパイアの嗅覚は犬の倍以上、魔物の居場所なんてすぐに察知できてしまう。さらには獲物をおびき寄せる罠も用意していた。
 爆散した魔物を呪いによって、メスにしてゾンビ化させたのだ。メスは死骸故強烈な死臭を放っており、フェロモンとして魔物を呼び寄せる。

 隠れていた魔物がわらわらと出てきた、エストは興奮から瞳孔を開き、唇を舐めた。
 ああ、久しぶりの狩り……ゾクゾクしちゃいますわ!

「命を嘲る槍よ! 顕現しろ!」

 自身の血を媒体に、巨大な槍を多数形成して宙に浮かべた。ゾンビに夢中になっている魔物達へ槍を射出し、一刺しの下屠っていく。
 更に、殺した魔物をゾンビにして、手駒を増やしていく。倒せば倒す程に戦力が増し、手が付けられなくなっていく。
 魔物は程なく食い尽くされたが、まだ大ボスが残っている。このトカゲは群を成し、一番強大な個体が統括している。そいつを倒さない限り、また魔物は増殖していくのだ。

「どこに居るのですかー? 出てきなさーい?」

 エストはトランス状態になり、恍惚とした笑みを浮かべている。魔物退治が楽しくて仕方ないようだ。
 ……相当ストレスが溜まってたんだろうなぁ。そう思うマルク隊であった。

「おっと、出てきたよエストちゃん」

 群れの危機を感じ取り、ボスが現れた。エストよりもずっと大きなトカゲだ。
 エストに従う群れを見て、ボスは怒りの咆哮をあげた。エストは肩を竦め、

「あらこわーい、そんなに怒らないでくださいまし。お仲間、お返しいたしますわ」

 群れをボスに向かわせると、ボスは全員を叩き潰した。敵に従う者など要らない、ゾンビなんぞ貰えるか。そんな感じだろうか。
 ところが、返り血を浴びた手足が腐食を始めた。エストの呪いにより、ゾンビには猛毒が仕込まれていた。毒に耐性のある、トカゲですら防げない強力な毒を。
 ボスは激痛に悶え、悲鳴を上げる。エストは高笑いして魔物が苦しむさまを眺めていた。

「あらあら、お可哀そうに。死にたいですか? 楽になりたいですか? だぁーめ。私が飽きるまで、たぁーっぷり苦しんでくださいまし」

 エストは更に毒を強くした。ボスはより苦痛を味わった後、息絶えてしまう。
 討伐証明として尻尾の先を切り落とした後、エストは指を鳴らしてゾンビ達を焼き払う。これも呪い、血を炎に変える呪いだ。
 骨肉を焼かれ、魔物は煙となって天に昇っていく。思った以上に、エスト無双のクエストであった。

「なんか、性格違わないですか?」
「ヴァンパイアは嗜虐性の強い種族だ、ひとたび戦闘となればああなる。まぁ、個性だと思って受け入れればいいさ。はっはっは!」
「それで、なんでウィードは前かがみになってるの?」
「いや、あんな楽しそーなエストちゃん見てたらですね、その……俺も調教されてぇなぁ~と……正直奴隷にしてほしい……」
「死ねド変態」

 セラの罵倒にすら興奮してしまうウィードであった。
 にしても、中々多彩な能力を持っているな。マルクは素直に感心していた。
 弟子より強いと豪語するだけあり、実力はAランクと遜色ない。集落のヴァンパイア達も、同等の実力を持っていたと見るべきだろう。

 ……そんな奴らを一方的に虐殺する相手か、どれほどの実力者なんだ?

「いかがでしたか? 私の実力! 命を弄び、影の世界に精通したヴァンパイアの神髄、たぁーっぷり披露して差し上げましたわー!」

 でもって調子に乗りまくるエスト。むかっと来るウィードとセラ、笑って褒めるマルク。三者三様の反応だ。

「凄いねエストちゃん。ポンコツだと思ってたけど結構やるもんだよー」
「ポンコツだけど頼りになるわ、これからもよろしくねポンコツだけど」

「嫉妬はみっともないですわよー? まだまだ隠してるのもたぁーっくさんあるのですからぁ。特別にひとつ教えて差し上げますけど、私達ヴァンパイアは相手の血を吸う事で体力・魔力を回復する事もできますの。弱者の力を奪い、自身の糧としていく強者の権化……まさしくヴァンパイアは至高の種族ですわー!」
「だが、今は使えないな」

 マルクの一言にエストは固まった。

「確かに、旦那の不味い血しか飲めないから回復出来ないし」
「むしろ俺の血が不味すぎてダメージ食らう自爆技になってるな、はっはっは!」
「よかった、貴方がポンコツのままで」
「ぽ、ポンコツポンコツ連呼するなぁっ! 久しぶりにマウント取れると思って調子に乗ってたのに台無しですわよ!」

 発言が小物のそれである。しかもだ、ヴァンパイアは戦闘時相当なエネルギーを消費するため燃費が悪く、早急な血の補給が必要となる。つまり。

「その自爆技の出番だな」

 戦闘後、エストは嫌でもマルクの血を飲まねばならないのである。

「い、い、い、いやぁーーーーーーっ!!!!」

 ちなみに余計な補足だが、エストが仮に万全だったとしても。マルクとガチでやりあった場合、一秒持たず瞬殺されてしまうのであしからず。

  ☆☆☆

 マルクのパワーアップとエストの加入により、午後には全部の仕事が終わった。
 なんやかや、エストの加入は大きかった。血と呪いを操るヴァンパイアの力は相当な物で、クエストの効率がグンとアップしたのだ。
 何よりも心強いのが、物探しや人探しのクエスト。遭難者を探す際に彼女は非常に役に立つ。

「くんかくんか……この加齢臭、こっちですわ!」

 犬以上の嗅覚を駆使し、遭難者の匂いを辿って探し当てたのだ。……やってる事が警察犬だ。

「……なーんか腑に落ちないのはなぜでしょうかねぇ」
「だがおかげで俺達は助かったんだ、もっと胸を張るといい! はっはっは!」
「うんまぁ、褒められたからよしとしましょう。ほほほほほ!」

 根は単純なヴァンパイアである。

「さて、ではもう一仕事といくか」

 クエストの達成報告をした後、マルクはそう言った。今日の依頼はもうないはずだが。
 彼が向かったのは、街外れの商店だ。そこでマルクはいくつか品物を買うと、封書を貰った。
 内容はパーティ内に共有される。中身は、周辺の不審者の目撃情報……。

「仇の情報……!?」
「あの商店は贔屓の情報屋でな、それらしい奴を探ってもらっている。一応、行く先々でも調べているんだが、中々尻尾がつかめなくてな」
「あれだけの激務の中で、並行して調べてくれましたのね……」

 エストは感謝し、情報を精査した。
 確かに、一人一人を見ると犯罪予備軍と言うか、危険な奴らがリストアップされている。でもただの一般人まで複数候補に入っていて、エストは首を傾げた。

「なんで無害そうな人まで?」
「念のためな」

 ……実を言うと、その「一般人」の方にマルクは注目していた。危険な奴らは、標的へのカムフラージュである。
 相手は恐らく、相当頭が回る。エストの事も、マルクが自身を探しているのも、理解している可能性が高い。
 だから、他の者を探って煙幕を張っている。少しでも、相手に警戒心を抱かせないために。確証が取れるまで弟子は勿論、エストにも、本命の名は教えないつもりだ。

「まぁ、もう少し時間が必要だ。今日の所はここらで解散、各自自由に行動していいぞ」
「そんじゃ、お言葉に甘えて」

 ウィードは踵を返し、鍛冶屋へ足を向けた。後半は彼もエストと共にクエストを行い、剣を酷使したのだ。
 よく見れば、刃毀れを起こしている。明日も仕事があるのだ、早い所修理しておかなければ。
 にしても、エストちゃんは頼りになるなぁ。
 トランス状態になるのは玉に瑕だけど、美人だし、巨乳だし、性格もポンコツで面倒くさ可愛いし。

「俺にもあんな彼女が居ればなー……」

 Aランクの肩書を利用してナンパもしてるけど、成功率は低い。ウィードはため息をつき、鍛冶屋に到着した。

「って、えぇ? おやっさん、今日居ないの?」
「はい。ちょっと腰をやっちゃって……一ヶ月は仕事ができないみたいです」
「困ったな、この剣、おやっさんじゃないと直せないのに」

 ウィードの使う剣は大業物で、限られた鍛冶師でなければ修復できない。ファンダムで彼の剣を預けられるのは、この鍛冶屋の主一人だけなのだ。
 これじゃ明日の仕事に支障が出る。仕方がない、応急処置だけやって、騙し騙し使うしかないか。

「何か、お困りですか?」

 そんなウィードに、話しかける声が一つ。
 顔を上げれば、優し気な顔をした、少し華奢な男性が居た。身なりのいい服装をした、ウィードですら見入る程に美麗な男で、癖のある銀髪と赤目が目を引いた。

「その剣、刃毀れを起こしていますね。それ以上使っては、剣が壊れてしまうのでは?」
「分かるんだな、あんた」
「もしよければ、私が修復いたしましょうか? これでも、鍛冶の心得があるので」
「いやいいよ、この剣は簡単なもんじゃないし」
「そうですか……それはとても、残念です……」

 物凄く残念そうに去っていく男。なんか申し訳なくなってしまい、ウィードは頬を掻いた。
 ……まぁ、少し弄らせてやるか。てかこいつ、貧相な体してるけど、本当に鍛冶師なのか?

「おーいあんた! 頼めるかい?」
「ありがとうございます! では心を込めて整備して差し上げますね!」

 男は鍛冶場を借り、ウィードの剣を直し始めた。そしたらウィードは驚いた、体格とは裏腹に、普段世話になってる鍛冶師と同等の腕前を持っていたのだから。
 たちまち剣は輝きを取り戻し、ウィードは歓声を上げた。

「凄いなあんた! こんなになるとは思ってなかったよ!」
「喜んでいただけて良かった。またお困りでしたらいつでも私を頼ってください」
「おいちょっと、代金払うよ」
「いいえ、私はただ、貴方が困っていたから助けただけですし」
「こんな仕事してもらってタダなのは気分良くないよ。いいから貰ってくれ」

 ウィードは安くない額を渡した。男は目を瞬き、深々と頭を下げた。

「本当にありがとうございます、お優しいのですね」
「そんなんじゃないさ。そういや名前は?」
「名乗るほどの者ではありませんよ、明日には街を立つ予定ですし、単なるお節介焼きと思ってください。それでは、さようなら」

 男はにこりとし、去っていく。その途中でも転んだ子供を助け起こしてあげたり、年寄りの荷物を持ってあげたり、親切な様子を見せていた。

「今時珍しい人だな」

 ウィードは微笑むと、ほっこりした気分で帰っていった。
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