上 下
7 / 20

7話 マッスルプロファイリング

しおりを挟む
 マルクが目を覚ますと、いい香りが漂っていた。
 外は薄っすらと白み始めている。大きく伸びをすると、全身がパキパキ鳴った。

「久しぶりだな、こんだけ寝たのは」

 エストに促され早寝をしたマルクは、実に六時間も寝てしまった。普段外で寝てばかりで、常に脳の一部を緊張させてばかりだったから、完全に寝入ってしまうのは本当に久しかった。Sランクともなれば、寝込みに襲われる危険もあるのだ。

 もっとも、マルクは寝ている状態でも脊髄反射のみで行動できるため、彼自身の命の危険はない。
 むしろ危険なのは周辺と襲ってきた相手であり、眠った状態だと加減が出来ないから、周囲に甚大な被害を与えてしまうのだ。

 ……昔、起きたら敵こそ倒せたけど、周囲ががれきの山になってた事もあったからな……。

 マルクは普段、相手を壊さないよう力を繊細に調整している。リミッターが外れるととんでもない事になってしまうからだ。

「あの時は生け捕りどころかミートボール(※文字通りの意味)にしてしまったからなぁ、注意せんと」

 さらっとやべー事ぬかしたオッサンは、リビングへ向かった。
 キッチンでは、エストが割烹着姿で調理をしていた。マルクに気付くと、エストは白湯を出してくれる。

「随分早いですわね、もう少し眠ってもよろしくてよ」
「充分眠ったよ、こんだけ気分よく目覚めたのは久しぶりだな」

「全く、睡眠負債を甘く見てはいけませんわ。貴方の負債、闇金並みに溜まっていますわよ。そんなんだから血がダークマターになっちゃったんですの」
「ダークマターが流れる体か、ダークエンドマスターみたいでかっこいいじゃないか! はっはっは!」
「中二病発症してんじゃねーですわよ筋肉おじさん! 朝ごはん出来るまでもう少々ありますから、暫しお待ちくださいまし」

 と言うわけで、マルクはストレッチで体をほぐす事にした。筋骨隆々だがマルクの体は柔らかく、関節の可動域も驚く程広かった。

「そんだけ体が柔らかければ血行もいいはずなのに……不摂生が本当に惜しいですわ……」
「やはり血行も味に関係あるのか」
「よくめぐる血ほど、栄養と酸素を蓄えますから。……それより、シュッシュッシュッシュッうるせーですわよ」

 ストレッチから筋トレに移行したら途端に室温が高くなる。暑苦しいなこのオッサン。
 筋トレを終えると、今度は武術の型を練習し始めた。聞けば、子供の頃から欠かさず続けている日課らしい。筋トレ、走り込み、基礎の型の反復練習。単なる正拳突き一つから、呼吸の仕方、歩き方に至るまで、何千何万もの練習を繰り返しているそうだ。

「……それはいいですけど暑苦しいですわね……」

 さっさと飯食わせて大人しくさせよう。てことでエストは食卓を並べた。
 ごはんに味噌汁、鮭の塩焼き、ほうれん草のお浸しに、ひじきの煮物。梅干しも添えて栄養バランスもいい。

「こいつはまた、初めて見る物ばかりだ」
「東の国のお料理、おばんざいですわ。世界中様々なお料理を研究しましたけど、このスタイルが一番バランスいいんですの。さ、おあがりなさい」

 早速口にすると、美味い。素朴な味でほっとした。

「朝からこんな美味い飯が食えるとは、嬉しいもんだ。魚も美味いが、小鉢がいい仕事をしている」
「ふふん、料理人の腕がいいのですわ。こんなの食べてたら、その内携帯食なんて食べられなくなりますわよ」
「はっはっは! そいつは幸せな事だな」

 食後の片づけはマルクが行い、その間にエストは身支度を整える。その間に、問題の時間が来てしまった。

「指が砂……うぅ……吸血の時間ですのね……」

 以前は楽しみだった吸血だが、今では単なる苦痛の時間である。と言うか臨死体験タイム。
 いや、短時間でもマルクに規則正しい生活をさせた、栄養のある物を食わせた。きっと血の味も少しは改善されているはずだ! と言うかされてないとマジで命に関わるからなってもらわないと困る!

「あの……血を分けてくださいまし……一滴でいいですからね、昨日みたいにグラスで渡されたら今度こそトドメを受けてしまいますわ!」
「それでも飲み切った君は流石だな、はっはっは!」
「嫌味か貴様っ!」

 一瞬顔がオーガになったエストである。
 恐る恐る一滴、血を舐めた。途端にエストは悶絶し、首落ちからのエビケンゾンビを踊り始めた。マトリックスまで披露する全米歓喜の完璧なパフォーマンスだ。

「ダンスも上手いもんだな、お嬢様の嗜みか?」
「んなもん嗜んでねーですわよ! 不味さの鼓動が列を成して天地鳴動の力になったんですのよっ! こうでもしないと苦痛を分散できませんの! 全身運動の苦痛で内臓の痛みを受け流しませんとあの世へ行ってしまうんですのっ!」

「で、味は」
「鬼ですの貴方は!? 相変わらず不味いですわよ! 血が舌に衝突した瞬間空間が歪んでビックバンが発生する程のクソ不味さですわ! 一瞬脳が弾け飛びましたわよ!」
「まぁ死ななかったからよしとしよう、はっはっは!」
「ぶっ殺しますわよ! 笑うなぁ!」

 やはり血の味は一朝一夕では変わらない。ダメージが足に来て、生まれたての小鹿みたいにガクガクしてしまう。体が血を拒絶して、内臓の痙攣が止まらなかった。
 本当に、血の味さえなんとかなれば悪い人じゃないのにぃ……!

「それで、今日はどうしますの。折角の休暇なんですから、やりたい事もあるでしょう」
「現場検証に行こうと思ってな」
「現場検証? ……もしかして」
「ああ、君の故郷だ。既に場所は見つけてある、腕のいい情報屋が居るもんでね」

 いつの間にそこまで調べたのか、流石はマルクだ。でも、

「そんな所に行っても、何にもありませんわよ」
「かもな。だが今は少しでも情報が欲しい、一人で行くから、君は留守番を頼む。この家には、結界を張ってあるから安全だ。なんなら弟子と一緒に街を散策でもするといい」

「……いいえ、私も行きますわ。私の事ですし、見届ける責任がありますもの。……ごめんなさい、貴方に休めと言っておきながら、当の私が仕事を頼んでいましたわね。失念していましたわ」
「別にいいさ、人助けが趣味みたいなもんだからな。それに君のおかげで片手間ではなく、本腰を挙げて取り組めるようになったんだ。俺としても、早期に解決したい案件だからな」

 ありがたい言葉だ。こういう時は素直に頼もしい男なのだが、

「でも、私の故郷は片道でも五日の所にありますわよ。休暇があっという間に無くなってしまいますわ」
「大丈夫さ、五秒で行ける」

 こんな事するから素直に頼れないのである。
 マルクはエストを背に乗せ、紐で括り付けた。何するのか一発で分かり、エストは青ざめた。

「あのー……つかぬことをお聞きしますが……何をされるおつもりですの?」
「君の故郷へひとっ跳びさ、はっはっは!」

「いや待ってやっぱり私お留守番しますわもう嫌な予感しかしませんものってお話をお聞きになってえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ・・・・・・…………」

 マルクがジャンプした瞬間、エストの悲鳴がドップラー効果で消えていく。とんでもない風圧でエストの瞼と唇がめくれ、鼻もつり上がり、顎は閉じなくなって、髪がワックスで固めたように逆立ってしまう。
 到着する頃には、エストの顔はインドネシアのお土産のお面みたいになってしまった。

「ほう、こいつはまた見事なアートだな。エスニックな魅力でいっぱいだ」
「お前のせいだお前のっ! これだからSランクは! いい加減人間にお戻りなさいなこの生物兵器!」
「元から人間さ、はっはっは!」

 顔を元に戻したエストは、改めて故郷の惨状を目の当たりにした。
 森の中にある、レンガ造りの家が並んでいたであろう集落跡だ。少し前まではヴァンパイア達が暮らす、静かで平和な村。
 そこはもう、廃墟となっていた。家は無残に壊され、惨殺の痕が生々しく残っている。

「やはり死体は、残っていないか」
「私達は死ねば砂になります。もう、風に乗って旅立たれたのでしょうね」

 あの日の事が、鮮明に脳裏を過ぎる。村の皆を嘲笑いながら蹂躙していく奴の顔は、記憶から薄れたりはしない。
 覚悟していたが、惨状を目の当たりにした途端胸が痛んだ。息もできなくなって、涙が出そうになる。
 エストは胸を叩き、悲しみを押し込めた。

「私の両親は、この村を治めていましたの。人々もとても優しくて、私の大事な人達ばかりで……でも、全部あの日に……無くなってしまいましたわ」

 涙をこらえ、エストはかぶりを振った。泣いてはいけない、皆の仇を取るまで、悲しむのは無しだ。
 待っていて、絶対にあいつを探し出して、皆の無念を晴らしてみせますわ。

「よっ、と」

 マルクは村の中央に、大岩を持ってきていた。拳で形を整え、墓石にしてくれる。

「村人の名前を教えてくれ。彼らが生きた証を残すだけでも、少しは魂が浮かばれるんじゃないか」
「そうですわね。貴方にしては、それなりにいい気遣いじゃありませんの」
「お褒めに預かり光栄だ」

 墓石に名前を掘り込み、墓標に二人で黙とうをささげる。せめて今は、安らかな眠りを。
 改めてマルクは、現場検証に入った。犯人は徹底的に攻撃したのか、建造物の破損は酷い物だ。それに調べていくと、どうにも気になる点がある。

「どれ一つとして、同じ傷がない。焼け跡に、毒で融解した跡、これは剣か何かで切り裂いた跡か。最低でも二十以上の方法で攻撃しているな」
「そんなに?」

「破壊力の程度から見て、身体強化等のエンチャントも使っているだろう。相手は相当数の手数を持っている、かなりの手練れだな。加えて、人物像も分かって来たよ」
「そこまで分かるものなのですわね」

「おっさんの勘さ。恐らくだが、相手は殺戮を相当楽しんでいた。あまりにも破壊の仕方が雑で過剰だからな。目的を持って皆殺しにしたなら、ここまでする意味はない。加えて同じ技を使った形跡がないから目的は遊び……自身のスキルの実験台として襲撃したのだろう」
「なんですって?」

 これだけの攻撃が、全部遊び? 単なる悪ふざけで、皆は殺されてしまったのか?

「ふざけるな……ふざけるな! そんな理由で私達を襲った? お遊びで私の大事な人達を皆殺しにした!? 腐れ外道が! こんなっ、こんな事があっていいわけがない! どこへ消えた、あの野郎っ!」
「逃走の痕跡は無しか。空を飛んでいったか、あるいは転移をしたのか。子供のような無邪気さと、大人のごとき賢しさを兼ね備えた犯人だな」

 ともあれ、ここから得られる情報はもう無いだろう。

「戻ろうか、次に来るときには、花でも持って来よう」
「それと、吉報の報告ですわね……」

 犯人を殺したら、必ずここへ戻ろう。決意も新たに、エストは故郷を去った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する

平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。 しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。 だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。 そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。

転生先は水神様の眷属様!?

お花見茶
ファンタジー
高校二年生の夏、私――弥生は子供をかばってトラックにはねられる。気がつくと、目の前には超絶イケメンが!!面食いの私にはたまりません!!その超絶イケメンは私がこれから行く世界の水の神様らしい。 ……眷属?貴方の?そんなのYESに決まってるでしょう!!え?この子達育てるの?私が?私にしか頼めない?もう、そんなに褒めたって何も出てきませんよぉ〜♪もちろんです、きちんと育ててみせましょう!!チョロいとか言うなや。 ……ところでこの子達誰ですか?え、子供!?私の!? °·✽·°·✽·°·✽·°·✽·°·✽·° ◈不定期投稿です ◈感想送ってくれると嬉しいです ◈誤字脱字あったら教えてください

大根王子 ~Wizard royal family~

外道 はぐれメタル
ファンタジー
 世界で唯一、女神から魔法を授かり繁栄してきた王家の一族ファルブル家。その十六代目の長男アルベルトが授かった魔法はなんと大根を刃に変える能力だった! 「これはただ剣を作るだけの魔法じゃない……!」   大根魔法の無限の可能性に気付いたアルベルトは大根の桂剥きを手にし、最強の魔法剣士として国家を揺るがす悪党達と激突する!  大根、ぬいぐるみ、味変……。今、魔法使いの一族による長い戦いが始まる。 ウェブトーン原作シナリオ大賞最終選考作品

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

【完結】勇者学園の異端児は強者ムーブをかましたい

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】  ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。  学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。  何か実力を隠す特別な理由があるのか。  いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。  そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。  貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。  オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。    世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな! ※小説家になろう、pixivにも投稿中。 ※小説家になろうでは最新『勇者祭編』の中盤まで連載中。 ※アルファポリスでは『オスカーの帰郷編』まで公開し、完結表記にしています。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...