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7話 マッスルプロファイリング
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マルクが目を覚ますと、いい香りが漂っていた。
外は薄っすらと白み始めている。大きく伸びをすると、全身がパキパキ鳴った。
「久しぶりだな、こんだけ寝たのは」
エストに促され早寝をしたマルクは、実に六時間も寝てしまった。普段外で寝てばかりで、常に脳の一部を緊張させてばかりだったから、完全に寝入ってしまうのは本当に久しかった。Sランクともなれば、寝込みに襲われる危険もあるのだ。
もっとも、マルクは寝ている状態でも脊髄反射のみで行動できるため、彼自身の命の危険はない。
むしろ危険なのは周辺と襲ってきた相手であり、眠った状態だと加減が出来ないから、周囲に甚大な被害を与えてしまうのだ。
……昔、起きたら敵こそ倒せたけど、周囲ががれきの山になってた事もあったからな……。
マルクは普段、相手を壊さないよう力を繊細に調整している。リミッターが外れるととんでもない事になってしまうからだ。
「あの時は生け捕りどころかミートボール(※文字通りの意味)にしてしまったからなぁ、注意せんと」
さらっとやべー事ぬかしたオッサンは、リビングへ向かった。
キッチンでは、エストが割烹着姿で調理をしていた。マルクに気付くと、エストは白湯を出してくれる。
「随分早いですわね、もう少し眠ってもよろしくてよ」
「充分眠ったよ、こんだけ気分よく目覚めたのは久しぶりだな」
「全く、睡眠負債を甘く見てはいけませんわ。貴方の負債、闇金並みに溜まっていますわよ。そんなんだから血がダークマターになっちゃったんですの」
「ダークマターが流れる体か、ダークエンドマスターみたいでかっこいいじゃないか! はっはっは!」
「中二病発症してんじゃねーですわよ筋肉おじさん! 朝ごはん出来るまでもう少々ありますから、暫しお待ちくださいまし」
と言うわけで、マルクはストレッチで体をほぐす事にした。筋骨隆々だがマルクの体は柔らかく、関節の可動域も驚く程広かった。
「そんだけ体が柔らかければ血行もいいはずなのに……不摂生が本当に惜しいですわ……」
「やはり血行も味に関係あるのか」
「よくめぐる血ほど、栄養と酸素を蓄えますから。……それより、シュッシュッシュッシュッうるせーですわよ」
ストレッチから筋トレに移行したら途端に室温が高くなる。暑苦しいなこのオッサン。
筋トレを終えると、今度は武術の型を練習し始めた。聞けば、子供の頃から欠かさず続けている日課らしい。筋トレ、走り込み、基礎の型の反復練習。単なる正拳突き一つから、呼吸の仕方、歩き方に至るまで、何千何万もの練習を繰り返しているそうだ。
「……それはいいですけど暑苦しいですわね……」
さっさと飯食わせて大人しくさせよう。てことでエストは食卓を並べた。
ごはんに味噌汁、鮭の塩焼き、ほうれん草のお浸しに、ひじきの煮物。梅干しも添えて栄養バランスもいい。
「こいつはまた、初めて見る物ばかりだ」
「東の国のお料理、おばんざいですわ。世界中様々なお料理を研究しましたけど、このスタイルが一番バランスいいんですの。さ、おあがりなさい」
早速口にすると、美味い。素朴な味でほっとした。
「朝からこんな美味い飯が食えるとは、嬉しいもんだ。魚も美味いが、小鉢がいい仕事をしている」
「ふふん、料理人の腕がいいのですわ。こんなの食べてたら、その内携帯食なんて食べられなくなりますわよ」
「はっはっは! そいつは幸せな事だな」
食後の片づけはマルクが行い、その間にエストは身支度を整える。その間に、問題の時間が来てしまった。
「指が砂……うぅ……吸血の時間ですのね……」
以前は楽しみだった吸血だが、今では単なる苦痛の時間である。と言うか臨死体験タイム。
いや、短時間でもマルクに規則正しい生活をさせた、栄養のある物を食わせた。きっと血の味も少しは改善されているはずだ! と言うかされてないとマジで命に関わるからなってもらわないと困る!
「あの……血を分けてくださいまし……一滴でいいですからね、昨日みたいにグラスで渡されたら今度こそトドメを受けてしまいますわ!」
「それでも飲み切った君は流石だな、はっはっは!」
「嫌味か貴様っ!」
一瞬顔がオーガになったエストである。
恐る恐る一滴、血を舐めた。途端にエストは悶絶し、首落ちからのエビケンゾンビを踊り始めた。マトリックスまで披露する全米歓喜の完璧なパフォーマンスだ。
「ダンスも上手いもんだな、お嬢様の嗜みか?」
「んなもん嗜んでねーですわよ! 不味さの鼓動が列を成して天地鳴動の力になったんですのよっ! こうでもしないと苦痛を分散できませんの! 全身運動の苦痛で内臓の痛みを受け流しませんとあの世へ行ってしまうんですのっ!」
「で、味は」
「鬼ですの貴方は!? 相変わらず不味いですわよ! 血が舌に衝突した瞬間空間が歪んでビックバンが発生する程のクソ不味さですわ! 一瞬脳が弾け飛びましたわよ!」
「まぁ死ななかったからよしとしよう、はっはっは!」
「ぶっ殺しますわよ! 笑うなぁ!」
やはり血の味は一朝一夕では変わらない。ダメージが足に来て、生まれたての小鹿みたいにガクガクしてしまう。体が血を拒絶して、内臓の痙攣が止まらなかった。
本当に、血の味さえなんとかなれば悪い人じゃないのにぃ……!
「それで、今日はどうしますの。折角の休暇なんですから、やりたい事もあるでしょう」
「現場検証に行こうと思ってな」
「現場検証? ……もしかして」
「ああ、君の故郷だ。既に場所は見つけてある、腕のいい情報屋が居るもんでね」
いつの間にそこまで調べたのか、流石はマルクだ。でも、
「そんな所に行っても、何にもありませんわよ」
「かもな。だが今は少しでも情報が欲しい、一人で行くから、君は留守番を頼む。この家には、結界を張ってあるから安全だ。なんなら弟子と一緒に街を散策でもするといい」
「……いいえ、私も行きますわ。私の事ですし、見届ける責任がありますもの。……ごめんなさい、貴方に休めと言っておきながら、当の私が仕事を頼んでいましたわね。失念していましたわ」
「別にいいさ、人助けが趣味みたいなもんだからな。それに君のおかげで片手間ではなく、本腰を挙げて取り組めるようになったんだ。俺としても、早期に解決したい案件だからな」
ありがたい言葉だ。こういう時は素直に頼もしい男なのだが、
「でも、私の故郷は片道でも五日の所にありますわよ。休暇があっという間に無くなってしまいますわ」
「大丈夫さ、五秒で行ける」
こんな事するから素直に頼れないのである。
マルクはエストを背に乗せ、紐で括り付けた。何するのか一発で分かり、エストは青ざめた。
「あのー……つかぬことをお聞きしますが……何をされるおつもりですの?」
「君の故郷へひとっ跳びさ、はっはっは!」
「いや待ってやっぱり私お留守番しますわもう嫌な予感しかしませんものってお話をお聞きになってえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ・・・・・・…………」
マルクがジャンプした瞬間、エストの悲鳴がドップラー効果で消えていく。とんでもない風圧でエストの瞼と唇がめくれ、鼻もつり上がり、顎は閉じなくなって、髪がワックスで固めたように逆立ってしまう。
到着する頃には、エストの顔はインドネシアのお土産のお面みたいになってしまった。
「ほう、こいつはまた見事なアートだな。エスニックな魅力でいっぱいだ」
「お前のせいだお前のっ! これだからSランクは! いい加減人間にお戻りなさいなこの生物兵器!」
「元から人間さ、はっはっは!」
顔を元に戻したエストは、改めて故郷の惨状を目の当たりにした。
森の中にある、レンガ造りの家が並んでいたであろう集落跡だ。少し前まではヴァンパイア達が暮らす、静かで平和な村。
そこはもう、廃墟となっていた。家は無残に壊され、惨殺の痕が生々しく残っている。
「やはり死体は、残っていないか」
「私達は死ねば砂になります。もう、風に乗って旅立たれたのでしょうね」
あの日の事が、鮮明に脳裏を過ぎる。村の皆を嘲笑いながら蹂躙していく奴の顔は、記憶から薄れたりはしない。
覚悟していたが、惨状を目の当たりにした途端胸が痛んだ。息もできなくなって、涙が出そうになる。
エストは胸を叩き、悲しみを押し込めた。
「私の両親は、この村を治めていましたの。人々もとても優しくて、私の大事な人達ばかりで……でも、全部あの日に……無くなってしまいましたわ」
涙をこらえ、エストはかぶりを振った。泣いてはいけない、皆の仇を取るまで、悲しむのは無しだ。
待っていて、絶対にあいつを探し出して、皆の無念を晴らしてみせますわ。
「よっ、と」
マルクは村の中央に、大岩を持ってきていた。拳で形を整え、墓石にしてくれる。
「村人の名前を教えてくれ。彼らが生きた証を残すだけでも、少しは魂が浮かばれるんじゃないか」
「そうですわね。貴方にしては、それなりにいい気遣いじゃありませんの」
「お褒めに預かり光栄だ」
墓石に名前を掘り込み、墓標に二人で黙とうをささげる。せめて今は、安らかな眠りを。
改めてマルクは、現場検証に入った。犯人は徹底的に攻撃したのか、建造物の破損は酷い物だ。それに調べていくと、どうにも気になる点がある。
「どれ一つとして、同じ傷がない。焼け跡に、毒で融解した跡、これは剣か何かで切り裂いた跡か。最低でも二十以上の方法で攻撃しているな」
「そんなに?」
「破壊力の程度から見て、身体強化等のエンチャントも使っているだろう。相手は相当数の手数を持っている、かなりの手練れだな。加えて、人物像も分かって来たよ」
「そこまで分かるものなのですわね」
「おっさんの勘さ。恐らくだが、相手は殺戮を相当楽しんでいた。あまりにも破壊の仕方が雑で過剰だからな。目的を持って皆殺しにしたなら、ここまでする意味はない。加えて同じ技を使った形跡がないから目的は遊び……自身のスキルの実験台として襲撃したのだろう」
「なんですって?」
これだけの攻撃が、全部遊び? 単なる悪ふざけで、皆は殺されてしまったのか?
「ふざけるな……ふざけるな! そんな理由で私達を襲った? お遊びで私の大事な人達を皆殺しにした!? 腐れ外道が! こんなっ、こんな事があっていいわけがない! どこへ消えた、あの野郎っ!」
「逃走の痕跡は無しか。空を飛んでいったか、あるいは転移をしたのか。子供のような無邪気さと、大人のごとき賢しさを兼ね備えた犯人だな」
ともあれ、ここから得られる情報はもう無いだろう。
「戻ろうか、次に来るときには、花でも持って来よう」
「それと、吉報の報告ですわね……」
犯人を殺したら、必ずここへ戻ろう。決意も新たに、エストは故郷を去った。
外は薄っすらと白み始めている。大きく伸びをすると、全身がパキパキ鳴った。
「久しぶりだな、こんだけ寝たのは」
エストに促され早寝をしたマルクは、実に六時間も寝てしまった。普段外で寝てばかりで、常に脳の一部を緊張させてばかりだったから、完全に寝入ってしまうのは本当に久しかった。Sランクともなれば、寝込みに襲われる危険もあるのだ。
もっとも、マルクは寝ている状態でも脊髄反射のみで行動できるため、彼自身の命の危険はない。
むしろ危険なのは周辺と襲ってきた相手であり、眠った状態だと加減が出来ないから、周囲に甚大な被害を与えてしまうのだ。
……昔、起きたら敵こそ倒せたけど、周囲ががれきの山になってた事もあったからな……。
マルクは普段、相手を壊さないよう力を繊細に調整している。リミッターが外れるととんでもない事になってしまうからだ。
「あの時は生け捕りどころかミートボール(※文字通りの意味)にしてしまったからなぁ、注意せんと」
さらっとやべー事ぬかしたオッサンは、リビングへ向かった。
キッチンでは、エストが割烹着姿で調理をしていた。マルクに気付くと、エストは白湯を出してくれる。
「随分早いですわね、もう少し眠ってもよろしくてよ」
「充分眠ったよ、こんだけ気分よく目覚めたのは久しぶりだな」
「全く、睡眠負債を甘く見てはいけませんわ。貴方の負債、闇金並みに溜まっていますわよ。そんなんだから血がダークマターになっちゃったんですの」
「ダークマターが流れる体か、ダークエンドマスターみたいでかっこいいじゃないか! はっはっは!」
「中二病発症してんじゃねーですわよ筋肉おじさん! 朝ごはん出来るまでもう少々ありますから、暫しお待ちくださいまし」
と言うわけで、マルクはストレッチで体をほぐす事にした。筋骨隆々だがマルクの体は柔らかく、関節の可動域も驚く程広かった。
「そんだけ体が柔らかければ血行もいいはずなのに……不摂生が本当に惜しいですわ……」
「やはり血行も味に関係あるのか」
「よくめぐる血ほど、栄養と酸素を蓄えますから。……それより、シュッシュッシュッシュッうるせーですわよ」
ストレッチから筋トレに移行したら途端に室温が高くなる。暑苦しいなこのオッサン。
筋トレを終えると、今度は武術の型を練習し始めた。聞けば、子供の頃から欠かさず続けている日課らしい。筋トレ、走り込み、基礎の型の反復練習。単なる正拳突き一つから、呼吸の仕方、歩き方に至るまで、何千何万もの練習を繰り返しているそうだ。
「……それはいいですけど暑苦しいですわね……」
さっさと飯食わせて大人しくさせよう。てことでエストは食卓を並べた。
ごはんに味噌汁、鮭の塩焼き、ほうれん草のお浸しに、ひじきの煮物。梅干しも添えて栄養バランスもいい。
「こいつはまた、初めて見る物ばかりだ」
「東の国のお料理、おばんざいですわ。世界中様々なお料理を研究しましたけど、このスタイルが一番バランスいいんですの。さ、おあがりなさい」
早速口にすると、美味い。素朴な味でほっとした。
「朝からこんな美味い飯が食えるとは、嬉しいもんだ。魚も美味いが、小鉢がいい仕事をしている」
「ふふん、料理人の腕がいいのですわ。こんなの食べてたら、その内携帯食なんて食べられなくなりますわよ」
「はっはっは! そいつは幸せな事だな」
食後の片づけはマルクが行い、その間にエストは身支度を整える。その間に、問題の時間が来てしまった。
「指が砂……うぅ……吸血の時間ですのね……」
以前は楽しみだった吸血だが、今では単なる苦痛の時間である。と言うか臨死体験タイム。
いや、短時間でもマルクに規則正しい生活をさせた、栄養のある物を食わせた。きっと血の味も少しは改善されているはずだ! と言うかされてないとマジで命に関わるからなってもらわないと困る!
「あの……血を分けてくださいまし……一滴でいいですからね、昨日みたいにグラスで渡されたら今度こそトドメを受けてしまいますわ!」
「それでも飲み切った君は流石だな、はっはっは!」
「嫌味か貴様っ!」
一瞬顔がオーガになったエストである。
恐る恐る一滴、血を舐めた。途端にエストは悶絶し、首落ちからのエビケンゾンビを踊り始めた。マトリックスまで披露する全米歓喜の完璧なパフォーマンスだ。
「ダンスも上手いもんだな、お嬢様の嗜みか?」
「んなもん嗜んでねーですわよ! 不味さの鼓動が列を成して天地鳴動の力になったんですのよっ! こうでもしないと苦痛を分散できませんの! 全身運動の苦痛で内臓の痛みを受け流しませんとあの世へ行ってしまうんですのっ!」
「で、味は」
「鬼ですの貴方は!? 相変わらず不味いですわよ! 血が舌に衝突した瞬間空間が歪んでビックバンが発生する程のクソ不味さですわ! 一瞬脳が弾け飛びましたわよ!」
「まぁ死ななかったからよしとしよう、はっはっは!」
「ぶっ殺しますわよ! 笑うなぁ!」
やはり血の味は一朝一夕では変わらない。ダメージが足に来て、生まれたての小鹿みたいにガクガクしてしまう。体が血を拒絶して、内臓の痙攣が止まらなかった。
本当に、血の味さえなんとかなれば悪い人じゃないのにぃ……!
「それで、今日はどうしますの。折角の休暇なんですから、やりたい事もあるでしょう」
「現場検証に行こうと思ってな」
「現場検証? ……もしかして」
「ああ、君の故郷だ。既に場所は見つけてある、腕のいい情報屋が居るもんでね」
いつの間にそこまで調べたのか、流石はマルクだ。でも、
「そんな所に行っても、何にもありませんわよ」
「かもな。だが今は少しでも情報が欲しい、一人で行くから、君は留守番を頼む。この家には、結界を張ってあるから安全だ。なんなら弟子と一緒に街を散策でもするといい」
「……いいえ、私も行きますわ。私の事ですし、見届ける責任がありますもの。……ごめんなさい、貴方に休めと言っておきながら、当の私が仕事を頼んでいましたわね。失念していましたわ」
「別にいいさ、人助けが趣味みたいなもんだからな。それに君のおかげで片手間ではなく、本腰を挙げて取り組めるようになったんだ。俺としても、早期に解決したい案件だからな」
ありがたい言葉だ。こういう時は素直に頼もしい男なのだが、
「でも、私の故郷は片道でも五日の所にありますわよ。休暇があっという間に無くなってしまいますわ」
「大丈夫さ、五秒で行ける」
こんな事するから素直に頼れないのである。
マルクはエストを背に乗せ、紐で括り付けた。何するのか一発で分かり、エストは青ざめた。
「あのー……つかぬことをお聞きしますが……何をされるおつもりですの?」
「君の故郷へひとっ跳びさ、はっはっは!」
「いや待ってやっぱり私お留守番しますわもう嫌な予感しかしませんものってお話をお聞きになってえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ・・・・・・…………」
マルクがジャンプした瞬間、エストの悲鳴がドップラー効果で消えていく。とんでもない風圧でエストの瞼と唇がめくれ、鼻もつり上がり、顎は閉じなくなって、髪がワックスで固めたように逆立ってしまう。
到着する頃には、エストの顔はインドネシアのお土産のお面みたいになってしまった。
「ほう、こいつはまた見事なアートだな。エスニックな魅力でいっぱいだ」
「お前のせいだお前のっ! これだからSランクは! いい加減人間にお戻りなさいなこの生物兵器!」
「元から人間さ、はっはっは!」
顔を元に戻したエストは、改めて故郷の惨状を目の当たりにした。
森の中にある、レンガ造りの家が並んでいたであろう集落跡だ。少し前まではヴァンパイア達が暮らす、静かで平和な村。
そこはもう、廃墟となっていた。家は無残に壊され、惨殺の痕が生々しく残っている。
「やはり死体は、残っていないか」
「私達は死ねば砂になります。もう、風に乗って旅立たれたのでしょうね」
あの日の事が、鮮明に脳裏を過ぎる。村の皆を嘲笑いながら蹂躙していく奴の顔は、記憶から薄れたりはしない。
覚悟していたが、惨状を目の当たりにした途端胸が痛んだ。息もできなくなって、涙が出そうになる。
エストは胸を叩き、悲しみを押し込めた。
「私の両親は、この村を治めていましたの。人々もとても優しくて、私の大事な人達ばかりで……でも、全部あの日に……無くなってしまいましたわ」
涙をこらえ、エストはかぶりを振った。泣いてはいけない、皆の仇を取るまで、悲しむのは無しだ。
待っていて、絶対にあいつを探し出して、皆の無念を晴らしてみせますわ。
「よっ、と」
マルクは村の中央に、大岩を持ってきていた。拳で形を整え、墓石にしてくれる。
「村人の名前を教えてくれ。彼らが生きた証を残すだけでも、少しは魂が浮かばれるんじゃないか」
「そうですわね。貴方にしては、それなりにいい気遣いじゃありませんの」
「お褒めに預かり光栄だ」
墓石に名前を掘り込み、墓標に二人で黙とうをささげる。せめて今は、安らかな眠りを。
改めてマルクは、現場検証に入った。犯人は徹底的に攻撃したのか、建造物の破損は酷い物だ。それに調べていくと、どうにも気になる点がある。
「どれ一つとして、同じ傷がない。焼け跡に、毒で融解した跡、これは剣か何かで切り裂いた跡か。最低でも二十以上の方法で攻撃しているな」
「そんなに?」
「破壊力の程度から見て、身体強化等のエンチャントも使っているだろう。相手は相当数の手数を持っている、かなりの手練れだな。加えて、人物像も分かって来たよ」
「そこまで分かるものなのですわね」
「おっさんの勘さ。恐らくだが、相手は殺戮を相当楽しんでいた。あまりにも破壊の仕方が雑で過剰だからな。目的を持って皆殺しにしたなら、ここまでする意味はない。加えて同じ技を使った形跡がないから目的は遊び……自身のスキルの実験台として襲撃したのだろう」
「なんですって?」
これだけの攻撃が、全部遊び? 単なる悪ふざけで、皆は殺されてしまったのか?
「ふざけるな……ふざけるな! そんな理由で私達を襲った? お遊びで私の大事な人達を皆殺しにした!? 腐れ外道が! こんなっ、こんな事があっていいわけがない! どこへ消えた、あの野郎っ!」
「逃走の痕跡は無しか。空を飛んでいったか、あるいは転移をしたのか。子供のような無邪気さと、大人のごとき賢しさを兼ね備えた犯人だな」
ともあれ、ここから得られる情報はもう無いだろう。
「戻ろうか、次に来るときには、花でも持って来よう」
「それと、吉報の報告ですわね……」
犯人を殺したら、必ずここへ戻ろう。決意も新たに、エストは故郷を去った。
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