異世界マッチョ

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76 マッチョさん、リベリに向かう

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 「ドレスデン卿の話は退屈でしたね。」
 牛が引く荷車でスクルトさんはこう切り出した。
 「やはり諸侯の方々というのは、魔物や魔王というものについてあの程度の認識なんでしょうか?」
 「うーん・・・私が知る限り、危機感を持った人たちは人間王と勇者くらいじゃないでしょうか。いつもと変わらない明日がある、と考えている人間は軍にも多いです。」
 「勇者が出たのに、ですか?」
 「それほど古い話であり、信ぴょう性がどれほどのものなのか、それぞれが計りかねているというところですかね。」
 「僕、ジェイさんに聞いたんですが、龍族の方々は魔王復活というものを全員が信じていたみたいですよ。ご先祖がよっぽど酷くやられたらしいです。」
 「へぇー。ドワーフ族ではどうなのですか?」
 「精霊の恩寵が出てから変わりました。それまでは古い昔話のひとつだと思われていましたね。」
 なるほど。私は異世界で魔王がいると言われたら、そういうものがいるものだと思っていたが、人によって種族によって考え方はずいぶんと違うようだ。
 魔王がいる、いないという話が問題なのではない。
 目下の脅威になるか、ならないかが問題なのだ。
 つまるところ、魔王のために予算人員計画等のもろもろをどう配分するべきかという問題なのだ。 
 魔王がいるから倒そうという話ではない。限られた人的物的資源を魔王にどう配分するべきか決めかねているというところだ。現実の異世界?でも危機が起こらない限りは簡単に一枚岩にはなれないものなのか。

 「スクルトさん、リベリってどういう場所なのでしょうか?」
 「ロキ殿も気に入ると思いますよ。ゆるやかな潮風が常に吹いていて、程よい暑さで快適な土地です。海はご存じでしょうか?」
 「大きな塩入りの湖ですよね?初めて見ます!」
 「気に入ると思いますよ。近くにいい草原があるので、牛たちがそこを気に入ってくれればいいんですけれどもね。」
 いまのところ牛には干し草やその辺の草を食べさせている。移動する先々に牛用の飼料を人間王が配置してくれたのだ。潮風にもまれた草原か。そういう土地で育てた牛というものが私が元いた世界にいた気がする。そういう土地の草が牛にとっては旨いのかもしれない。
 そして程よい暑さか。日焼けをするにはちょうどいい。
 そういえば異世界に来てからまだ一度も日焼けをしていないな。タンクトップに短パンの暮らしから、いつの間にか鎧ばかり着ているような生活になったら日焼けもしなくなった。タンニングは筋肉を美しく見せるし、なによりもトレーニーのやる気が上がる。やる事が無くなったらリベリで日焼けをしよう。
 
 「今回はなぜスクルトさんが道案内をやろうと思ったんですか?休暇だと聞いていたんですが。」
 「リベリは保養地でもあるのですが、あそこのギルドは強いギルドメンバーが多いんですよ。私のもう一人の師匠がギルドマスターです。」
 どういう理由でそういう土地になったのだろうか?
 「なぜ強い人が多いのですか?」
 「引退した冒険者や軍人が住みたがるんですよ。食事は美味いですし、気候も王都より暮らしやすいですからね。もともとは初代王が保養地として開発したらしいですよ。」
 「ものの値段が高そうですね・・・」
 「私の給料では行けないところですね・・・」
 「僕、そんな場所に行って大丈夫なんでしょうか・・・」
 「人間王から充分な資金を預かってていますよ。ロキ殿にはなんとしても肉牛生産を行える人材を育てていただかないといけませんからね。」
 うむ。これは国家プロジェクトの一つなのだ。出先の物価を気にする理由は無い。

 「でっかい犬ですね・・・これがワーウルフですか・・・」
 リベリに近づくにつれ魔物の死体を見ることが増えた。
 「うーん、最近ちょっとした魔物災害が起きたみたいですね。規模数は100というところでしょうか。」
 リベリという街の力だけで魔物災害を解決したのか。リベリのもと冒険者とやらは、どれだけ強いのだ。
 街が近づくにつれて、死んでいる魔物の数が増えていった。うーむ、これだけ倒されていると魔物のほうが気の毒になってくるな。
 しかし一方で、これだけリベリの街の人間が強いとなると、やはり良い筋肉に巡り合えるような気もしてくる。また楽しみが増えたな。

 「あ、いい感じの草原がありますね。」
 ドワーフの里で見た、ロキさんが作り上げた牧草地ほどではない。しかし、自然に作られた草原にしてはなかなか美しい。
 海風が程よく入り込んでくる。風の香りの中に、わずかに塩気を感じる。これがリベリの風か。
 「牛たちにここの草を食べさせても大丈夫でしょうか?」
 「それを試しに来たんです。ロキ殿が思うようにやってみてください。」
 モリモリ草を食べている。どうやら気に入ったようだ。しかしこれは・・・
 「ロキさん、牛ってこんなによく食べる動物でしたっけ?」
 なにか想像以上の食べっぷりなのだが。
 「・・・たぶん妊娠していますね。いきなり実習から教えることになります。」
 「おおっ!」
 スクルトさんが感心している。無理もない。事業の成功を考えると願ってもないほど幸先のいい話だ。
 
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