異世界マッチョ

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75 マッチョさん、諸侯の一人に会う

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 種牛に荷車を引かせて、ドレスデン候の領地へと向かう。
 ロキさんによれば、牛の移送は牛に運動させながら行うのが最良らしい。私がついていくことで、ロキさんのトレーニング相手も必然的に私がやることになるだろう。タベルナ村のハム、私、ロキさんと休暇中だったスクルトさんを乗せて移動する。畜産指導を受ける人間は主にタベルナ村の養豚経験のある人間から厳選するそうだ。
 遠目にちらちら魔物が見えるが、襲ってこないな。また逃げられているのか。
 「この辺の魔物ってなにが出るんですか?」
 「さぁ・・・スクルトさん知ってますか?」
 「ワーウルフとかですかね。大きい犬とか狼みたいなやつです。」
 言われてみると四本脚だった気がするが、あまりに遠目でよく分からない。
 「マッチョさんを見たら魔物が逃げるって本当だったんですね・・・マッチョさんがあちこち歩いているだけで平和になるんじゃないんですか?」
 「ドロスさんが言うには、魔物に逃げられる前に仕留められて一流の武芸者らしいですよ。魔物災害が起きちゃいますからね。」
 「ああ、なるほど・・・それはそれで問題ですね・・・」
 相手が魔物であれば護衛は私とスクルトさんでどうにかなるだろうが、問題は人間の方だ。ヘンな謀略にロキさんが巻き込まれて攫われでもしたら、人間国だけの問題ではなくなってしまう。ロキさん自身もかなり強いので、大丈夫だとは思うのだが、警戒だけはしておいた方がいいだろう。

 それにしても、ついに本格的に牛の畜産が始まるのか。また牛肉が食べられるというのは嬉しいものだな。できればヒレがいい。ドワーフ国ではやたらランプやヒレの人気が無かったので、たらふく食べたなぁ。
 それにリベリという土地である。海洋保養地と言われる場所であるなら、海産物が食べられるのではないだろうか?サバ缶は無いにしても、青魚のひとつでも摂取できるのであれば是非とも食べたい。そういえばマグロの赤身を主食にしながらトレーニングをしつつ、大きな賞を何度も取った有名なトレーニー夫婦が居た。マグロが獲れるのであればますますトレーニングが捗る。
 が、問題は輸送だ。そもそも王都では海産物を食べた記憶が無い。干物すら食べた記憶が無いのだ。加工や輸送の方法が無いのか、あるいはドレスデン卿の領土を横切ることに問題があるのか。
 トレーニーの補給食として考えるよりも、軍の糧食として利用する方法を思いつくことができれば、うまいこと魚を補給食として用いることができるのではないだろうか?
 (マッチョさんって、たまに真剣な顔をして黙ることがありますよね。)
 (だいたい宗教上の難しい問題を考えている時のようです。ロキさんもこういう時のマッチョさんには話しかけない方がいいですよ。)
 (信仰は大切ですからね。しかし急に瞑想するんですね。)
 二人の話は聞こえている。大筋では間違いではない。

 日があるうちにドレスデン卿の領土についた。街道があるわけでもなく、ちょっとした道っぽいものがあっただけだ。スクルトさんが居なければ道に迷ってしまってもっと時間がかかっただろう。一週間ほどかけて領土を通り過ぎた先に、リベリという街があるらしい。
 普通の宿屋に泊まりながら旅をしていたら、三日目にはドレスデン卿のお屋敷に招待された。この近くにお屋敷があるらしい。
 伝説が現実化した勇者殿と会食をしたいとのことだった。さすがに領内を通り抜けるというのに招待を断るワケにも行かないだろう。私たちは招待を受けることにした。

 「勇者殿と、かの有名なマッチョ殿が我が領内にいてくださるとは心強いですな。万一に固有種でも出た時にはお力添えお願いしますよ。」
 この物腰と余裕がいかにも貴族という感じだなぁ。体形も戦う人間の体形では無い。運動不足で軽く肥えている。話しぶりから察するに、この辺ではたいした魔物は出ないようだ。
 「しかし軍隊に警護させるべき勇者殿を、たった二人で警護するとは。どれほどの強さなのでしょうかなぁ。」
 「魔物が姿を見たら逃げる程度のものです。」
 それでもフェイスさんやドロスさんには及ばない。私の強さとはその程度だし、ああいうレベルなど求めなくてもいいのだ。
 「それなら勇者殿も安全ですなぁ。ところでマッチョ殿、ハムの人というのをご存じですかな?」
 「誰でしょうか?知りません。」
 ハムなら補給食として常備しているが、ハムの人とは?
 「我々上流階級でもハムが流行っていましてな。果実酒と合わせると絶妙な組み合わせとなるのですよ。そのハムの樽には焼き印が押されていましてな。あの焼き印がマッチョ殿ではないかという話なのですよ。」
 タベルナ村のハムのことか。
 「あれは私の背中を印にしたものです。」
 「やはりそうでしたか。偽物が出るほどの人気で、仕入れるのが大変だったんですよ。しかし旨いハムですなぁ。」
 私がこの辺を適当にうろついていたら、ハムの人と言われてしまうのか。
 うーん、もう少し考えてから焼き印の許可を出せばよかった。許可を出す前にノリノリで作られちゃっていたからなぁ。

 ロキさんとスクルトさんは、あまりこういう会食が好みでは無いらしい。孤独が快適な牛飼いと、命令に忠実な軍人だ。内容などなんでもいいから会食が終わるまでは私が繋ぐしかないだろう。
 「あまり食事時にする話ではないかもしれませんが、ドレスデン卿の領土で魔物災害は起きないのですか?」
 「私の代になってからは一度も起きていませんな。二代前には起きたという話を聞いています。王都の隣にあるので魔物災害が起きてもおかしくないのですが、やはり領民がほどよく散っているから起きないものだと思っています。魔物災害は人の多いところに魔物が集まりますからな。王都に接している諸侯の領土はそういう領民の配置の仕方を行っているはずですよ。」
 なるほど。可能な限り王都に魔物を引きつけて撃退をするための配置か。
 しかしなんというかこう、本当に危機感が無いな。魔物災害や魔物の被害があまり多くない土地では、こういうヌルい発想になるのかもしれない。ドレスデン卿の領地内は食物を育てていたり、畜産の放棄地みたいになっている場所が多かった。畜産を行うと野生動物が近づいてきたり、野生動物を食べる魔物が近づいてきたりと、リスクが大きいのかもしれない。

 「あまり貴族の方とお話する機会もありませんので、この機会に伺いたいことがあるのですが。」
 「ええ、なんなりと。」
 「魔王は本当にいる、とお考えですか?」
 「いるのでしょうが、取り急ぎの脅威になるとは考えづらいですなぁ。勇者殿の手前ですが、領地の経営というものは簡単なものでは無いのです。目先の問題を考え、領民を食べさせてゆくことだけを今は考えていますな。」
 いつかフェイスさんとドロスさんが言った通りか。ケツに火が点かないと誰も動かないと。
 数百年前の脅威の話なのだ。伝説やおとぎ話と同じようなものなのだろう。現実に起こりうる問題として、人間王のように真正面から向き合うというのは難しいことなのだろうな。
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