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第十四章

VSリュクス

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何も無い荒れ果てた大地を覆うように立ち塞がる魔物、総勢約千体。
加えて上級悪魔、キメラがそれぞれ五体。
天災級に分類されるドラゴンと魔王が一体ずつ。
そして、それらを束ねる"使徒"リュクス。

たった一人のエルフを相手にするには、あまりに過剰戦力と言わざるを得ないほどの圧倒的な布陣だ。
しかし、彼らを差し向けた原初達も、実際に出陣した彼らも、一切そんな風には考えていなかった。
それは万全を期すためであり、またを侮ってはならないと言う戒めでもある。
それ程までに──────。



「【万天ばんてん】」


魔物の群れの上空に突如として姿を現した巨大な炎弾。
その大きさはもはや測定することは叶わず、メラメラと揺らめく蒼い炎が火の粉を撒き散らしながら大気を歪める。

────炎属性最上級攻撃魔法【万天】。
凄まじい熱を放つ火球を、ただ相手にぶつけるだけの魔法。
至ってシンプルながらその威力、範囲共に凄まじく、アイリスほどの使い手が放てばそれだけで村一つが消し飛びかねない。
普段ならあまりにもオーバーキルな上に周囲への被害がデカすぎるため、使う機会など滅多にないのだが。今回は相手が相手であり、さらに場所は敵の結界の中ときた。
ならば、容赦する必要は無いだろう。


白く輝く宝石がはめられた杖を振り下ろす。
蒼い炎の球体は忠実に指示を実行し、魔物の大群の中央にゆっくりと着弾。
壮絶な炎と閃光を撒き散らした。
解き放たれた灼熱の炎海が波打ち、次々と魔物達を呑み込んでは灰燼に帰す。

先手必勝。
今の魔法だけで半分以上の魔物を一気にかっさらった。


「ふむ。なるほどなるほど、さすがは魔女と言うべきか…………実に恐ろしい魔法ですな」


「どうりで警戒するはずだ……」と付け足しながら、関心した様子で顎に手を当てる男、"使徒"リュクス。
自軍がかなりの損害を与えられたのにも関わらず、随分と余裕げな雰囲気だ。
よほど自身の能力を信頼しているのか…………まだ手の内が明かされていない以上、常に警戒しておかなければならない。


「くくっ、まずは我らが相手だ」


そんな言葉と共に、二人の間に一筋の雷が割って入る。
魔法障壁でそれを防いだアイリスの周りに殺到したのは、コウモリのような翼を生やした五体の上級悪魔。
それぞれがそこら辺の魔王と同等の実力を有する非常に厄介な奴らだ。
悪魔と言えば魔法(魔術)が得意なイメージだが、彼らはそれは当然としてフィジカルも万全。
オールマイティな戦闘を得意とし、また中には剣術など武器の扱いに長けた個体も存在する。

アイリスは身体強化を始めとした様々なバフを自身に付与して、飛行魔法で大空へ飛び立つ。
後を追う悪魔達。
数々の魔法が飛び交う。
時には避け、時には魔法障壁でガードして相殺。
その間にもどんどんと高度を上げていく。


「はあっ!」


凶悪に伸ばされた爪の一撃によって、バリンッ!と障壁が一枚砕かれた。
すぐさま補強するが、またしても別の場所が魔法によって壊された。
同じことが何回も繰り返される。
このままではジリ貧だ。
やはり五対一と言うハンデが大きいのだろうか。

……………いや、アイリスにとって、たとえ五対一という人数不利な状況であっても、この程度の速度での破損ならば十分に対抗できるはずだ。
ならば何故。
それは、詠唱をしていたからだ。


「【ミーティ・ライザ】」


アイリスの背後に、五つの巨大な魔法陣が展開。
まるでタクトのように優雅に振るわれた杖と連動して、白い極光が放たれた。
野太いレーザーのようにさえ見えるその光は、目を見開く悪魔達を呑み込み地に突き刺さる。
誰も避けることは叶わない。
一瞬で、上級悪魔すらも消し炭にしてしまった。

恐ろしい威力であるが、これはアイリスの技量だけでなく、実は彼女が手にしている神器が大きな役目を果たしている。
そもそも魔法使いにとって、杖のようなアイテムは必需品だ。
何故かと言うと、魔法はイメージが重要である。
魔法を放つ際に、杖などがあった方が魔力効率が良くなったりする。
最近は杖の素材に魔力の伝達が素早くなったり、ロスが減ったりする素材が使われているものもあり、より需要が増えているのだとか。

その上、彼女の杖には特殊な能力が備わっている。
神器の特性は「増幅」。
"装備者の魔力を底上げし、かつ使用した魔法の効果を最大で1.5倍にする"という至ってシンプルな能力だ。
万人に恩恵のある非常に汎用性の高い神器であるが、魔女に至るほどの魔力を有するアイリスが使えば、まさに化け物のような性能を発揮する。
実際に支援魔法が得意なアイリスが使った攻撃魔法の威力がなのだ。
その性能はお墨付きである。


『ゴァアアアアッ!』


アイリスを覆った巨大な影。
その正体は、翼をめいいっぱいに広げて大空を飛ぶドラゴンであった。
赤褐色の鱗に身を包んだドラゴンが、縦に割れた瞳孔でアイリスを睨む。
その姿はさながら空の王者と言ったところか。
見事なまでの威圧感と荘厳さを感じる。

そのドラゴンが、おもむろに頭部を持ち上げて仰け反らせると、鋭い牙の並ぶあぎとをガパッと開いてそこに魔力を集束させ始めた。


キュワァアアアンッ!!


不思議な音色を奏で放たれるは特大のブレス。
赤黒い閃光が音すらも置き去りにして一直線に走り、轟音と共に熱波を撒き散らしながら地面を抉り飛ばす。
ワンテンポ遅れて戦場に突風が吹き荒れた。

火の粉混じりの風に煽られ、その美しい髪と服をたなびかせたアイリスは思わず冷や汗を流す。
とんでもない一撃だ。
タメが大きかったがために避けられはしたが、もし直撃していたらどうなっていた事か…………。
少なくとも、詠唱後で防御魔法が手薄になっていた状態では、完全に防ぎ切ることは出来なかっただろう。


『グルァアアンッ!』


赤竜の咆哮と共に、今度は巨大な炎弾が複数放たれた。


「【フリーズ・コフィン】」


防御魔法を展開しながら、氷点下の冷気によって炎弾を内から完全に凍結。
ビシリとヒビが入って粉々に砕け散った。
自慢の炎が正面から破られたことに、赤竜が憤慨したような表情を見せる……………が、そんな事をしている暇があれば逃げるべきだった。


「─────【氷嵐ひょうらん】」


杖を片手に唱えたアイリスを中心に、嵐のような暴風が渦巻き荒ぶる。
そこに先程、砕けた氷の欠片が入り交じって散弾と化した。


『クルァアアアッ!?』


全身に度重なる重い衝撃を受け、赤竜がくぐもった悲鳴を上げた。
どうやら中には大きめの氷塊も混じっていたようで、立派な翼にいくつも穴を開け、浮力を欠いた赤竜が落下して行く。

…………だが、天災級の名は伊達では無い。

突如、赤竜の体が赤黒い光を纏った。
するとどうだろう。
先程まで落下する一方だった赤竜が再び浮力を取り戻し、翼をはためかせながら一回転。
見事、アイリスと相対するように戻ってきた。

──────さらに、だ。

残る天災級、魔王"クラン"も参戦。
彼はリュクスに比べ少し小柄な青年と言った容姿で、しかし肉体は割とがっしりしている。
見た目通り、近接戦闘を得意とする魔王だ。
クランの猛攻が防御魔法と衝突する。

ドパパパパンッ!

なんと一度に多重に展開された結界をほとんど粉砕し、アイリスの間近までその拳を接近させた。
あと一枚。
ギリギリのところで凌ぎきった。
しかし、間髪入れず反対側から赤竜のブレスが放たれる。


「くっ………!?」


初めてアイリスから苦悶の声が漏れた。
クランにリソースを割いている分、このままでは赤竜のブレスを正面から受け切ることは不可能だ。
よって防御魔法を展開しつつ魔力の道筋を作ってやることで、ブレスを明後日の方向に受け流す。
役目を終えた障壁は、すぐに粉々に砕けてしまった。


『グルァアアアアッ!』


続いて、赤竜の鋭い爪がアイリスに迫る。
一旦、近くの氷塊に着地してから、飛び上がってそれを回避。
振り向きざまに正面に構えた杖の先端に魔力が集束し、既に追いついていたクランの拳とぶつかり合うその寸前で。
閃光が瞬く。


「【ローゼ・リオル】」
「…………ッ!?」


十字に輝く閃光が幾度となくクランの体を貫く。
吐血しながら落下していくクランと入れ替わりに、舞い上がった赤竜が頭部を持ち上げ、遥か上空より特大のブレスを放った。
最初のものより明らかに強力。
極太のレーザーがアイリスに迫る。


「【ウェールムンド】」


放たれたのは、赤竜のブレスに比べ随分とか細い閃光。
この二つが衝突し、どちらが勝つかなんて誰が見ても一目瞭然だろう。

…………しかし、その期待は裏切られる。


『グルァアッ!?』


赤竜から驚愕の声が聞こえる。
それもそのはず。
何せ自分のブレスが、あのか細い魔法に押し負け貫かれているからだ。
理由は単純明快。
赤竜のブレスが広範囲殲滅系なのに対して、アイリスが使った【ウェールムンド】は一点集中の貫通特化に適している。
そのため単純な威力だけで言えばせいぜい互角が良いところだが、その特性故に長く拮抗することは無く、極光を斬り裂いた一筋の閃光が赤竜の肩口を射抜いた。



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