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第12章

土蜘蛛と酒呑童子

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やがて洞窟を進んでいるうちに、一本道の突き当たりにたどり着いた。
奥の角の向こうからは何やら明かりが差し、数人の影がゆっくりと動いているのが見える。

息を殺しながら角まで移動してひょっこり覗くと、そこには奇妙な光景が広がっていた。



所々に設置された人魂のような青白い灯りが照らす広い空間には、全体に光沢のある蜘蛛の巣が張り巡らされており、光を受けてキメ細やかな糸が幻想的な風景を見せる。
またあちこちに大きな繭も点在していて、巣の中央にはなんと素っ裸の男が簀巻すまき状態でぐったりしているではないか。

手前でかしずく男達が先程見た影の正体だろうか。
彼らが頭を垂れる先。
そこには沢山の骸骨によって形取られた玉座が設置されている。

むくろの玉座に悠々と腰を下ろし、四つん這いになった男の上で足を組んでくつろいでいたのは、和服姿の美しい女性だった。

いわゆる黒髪美人ってやつだろう。
少しクセのある艶やかな黒髪を肩まで伸ばし、はだけさせた花柄の着物からは色っぽい谷間が覗く。
露わになった太ももや首筋に見えるのは蜘蛛の巣のような黒い刺青。

着物の柄は彼岸花だろうか。
深紅の花が描かれた黒ベースの着物と下駄はより彼女の美しさを際立たせる。
動きの一つ一つが艶かしい、まさに妖艶なお姉さんと言った感じだ。


「シュカさん、あの人が………」
「土蜘蛛だよ~。ふへへ~、相変わらずのデカさだね~………!」


真っ先に胸に目が行くだけでなく、さらっとセクハラ発言する辺り、もはや本物のおじさんよりおじさんしている。
さっきまでの少し深刻そうな雰囲気はどこ行ったとツッコミたい。
それでいいのか酒呑童子。

さすがのイナリも苦笑いである。
しかし、一方である意味納得する部分もある。
彼女の美しさは同性であるイナリでも目を見張るほど。
これは魅了されてしまう男性が多いのにも頷ける。


「…………あら、余計なおじゃま虫が入り込んでるようねぇ」


どうやら早速気づかれてしまったらしい。
慌てて首を引っ込めたが、向こうからひしひしと鋭い視線を感じる。
敵意は無いものの、随分と面倒くさそうな声色だ。
とことん男以外には興味が無い、という事だろうか。


「ど、どうしましょう………」
「どうするって、もう行くしかないよ~」


こちらも負けず劣らずの気だるげな声でのっそり立ち上がると、間延びした表情のまま広い空間の中へ。
イナリも後を追って中に入る。


「あらぁ、シュカじゃないの。久しぶりねぇ」
「まぁまぁ、そんな嫌そうな顔しないでよ~」


声色からして歓迎されていないのは明らかだ。
あっけらかんと近寄るシュカに男達は警戒するが、土蜘蛛の命令によって大人しく後ろに下がる。


「………あれれ、優しいね~」
「あなたと争う気は無いもの。物騒なのは嫌いだわ」
「よく言うよ~」


かつてクニをも滅ぼした元凶とも呼べる存在が何を言っているやら………。
そんな意の籠った苦笑いを前に、土蜘蛛は愉快そうに微笑む。


「そちらは?」
「イナリちゃんだよ~。ボクのお気に入りの女の子~!」
「あ、あはは………どうもですぅ~………」


何とも居た堪れない。
思っていたよりも仲が良さげな会話が繰り広げられ、若干置いてけぼりだったイナリの気まずさを含んだ返事。
吸い込まれるような綺麗な黒い瞳に写る自分の姿は、一体どんな風に見えているのだろう。
珍しく自分からグイグイ行かない慎重キツネである。


「それで、今日はなんの用かしら。男漁りをやめろって言われても無理よ?」
「それももちろんやめて欲しいけど…………単刀直入に聞くよ。道中の遺体は、君がやったの?」


パキッ……!と手のひらに集まった妖力が、薄く刀の形に固まりつつある。
─────返答によっては。
暗にそう言っているようなものだ。


「…………あなたが思っている通りよ。"アレ"を殺した私。別に否定する気なんてないわ」
「…………そっか」
「ええ。確か………こんな風だったかしら」


ニヤリと土蜘蛛が笑みを浮かべると共に、パキキッ!と腰から見覚えのある漆黒の足が一本生成。
形取られる速度がイナリの比ではない。
あまりにも一瞬の出来事すぎて反応が遅れてしまった。
反射的に動いたイナリが防御に回る前に、放たれた足の先端がシュカの眼前に迫る。

間に合わない─────!
頭の片隅でそう思った次の瞬間。


ガシュッ!!




「え………?」


何故かシュカに向けて放ったと思われた漆黒の槍は彼女の横を素通りし、背後の岩壁に命中して亀裂を生んだ。

外した……?
疑問符が頭の中に浮かぶが、それはすぐに解消された。


『ギッ、ギギッ……!』


壁にめり込んだ足を中心に、何やらぼや~っと空間が揺らめいた。
なんとその正体は、まるでカメレオンのように壁に擬態していた謎の魔物か何かだった。
四足歩行の土の塊と言った感じで、今まで見たことがない。

最初はピクピクと痙攣していた手足が動かなくなり、完全に息絶えたのかだらんと脱力してから砂となって崩れ落ちた。
さらさらと振り積もった砂が山を形成する。


「…………も~、ボクも気付いてたのに~」
「あら意地っ張り。素直にお礼を言えたら、ご褒美にママがよしよししてあげようと思ったのに」
「ママありがとう!助かったよ~!」


なんの躊躇ためらいもない見事なまでの手のひら返し。
そりゃあもうくるっくるである。

先程までの緊迫した空気はどこへ行ったのやら。
有無を言わさず駆け寄り、その豊かな胸に顔を埋めニヤニヤする姿はやっぱりおじさんだった。



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