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第10章
VSケルン
しおりを挟む「すみません、師匠…………わざわざこんな事をさせてしまって……」
「いいのいいの、こういうのも異世界の醍醐味だから」
申し訳なさそうに謝るカルマに気にするなと手を振り、木剣を受け取る。
お、結構ずっしりしてる…………良い木剣使ってるじゃない。
形はオーソドックスな片手剣タイプ。
握り具合がかなり良く、触った感じ耐久面も申し分無しの逸品だ。
普通に買おうと思ったら結構値が張るのではないだろうか。
「真白、やっちゃえなのだ!」
「ん。あいつは主をバカにした。手加減はいらない」
「ま、まぁ程々に頑張るよ…………」
過激派のノエルとクロからの声援を受け、俺は若干苦笑い気味にフィールドの中に足を踏み入れる。
縦横が何メートルあるかは知らないが、大きな長方形の訓練場には既に大勢の人が集まっていた。
どこでこの話題を聞いたのだか……………。
騎士団以外にもメイドさんや執事、ローブを羽織った人達など色々な人が見学に来ている。
"王国騎士団No.3 VS 草原の剣聖"の対戦カードはそれ程までに興味を引くものだったようだ。
ケルン君には悪いけど、この状況を利用させてもらおう。
ここで圧倒的な力の差を見せつければ、この後、皆もスムーズに納得してもらえるかもしれない。
ざわつきを背後に感じながら中央に向かって歩き、ある一定の間隔を保つ場所で止まる。
ちょうど向かい側には既に準備万端なケルン君が居た。
「ではこれより、王国騎士団ケルン VS 草原の剣聖マシロ殿による模擬戦を行う!」
先程わざわざ新しく作った台に上り、大仰な仕草でルイスはそう言い放った。
なんでルイスが一番盛り上がっているのだろうか…………。
どちらかと言うと止める側の立場では?
まぁそんな事を今更言ってもどうもならないので、ケルン君に習って俺もさっさと木剣を構える。
周囲のざわめきが徐々に静かになって行く。
そして。
「始め!」
手が振り下ろされた瞬間、訓練場の石畳を踏み砕く勢いで接近したケルンが、喉元を狙って突きを繰り出す。
先手必勝。
速度と威力を兼ね備えた素晴らしい一撃だ。
しかし、それが俺に届くことは決してない。
切っ先をちょんっと横に押して軌道を逸らし、当たるはずの対象を失った木剣が虚しく空を突く。
ケルンはすぐさま手の甲を裏返し、そのまま横薙ぎを試みようとするも、それも当たらず生じた風だけが俺の頬を撫でた。
ガガッ!ガシュッ!
一息に放たれた連撃が立て続けに俺の木剣と衝突して、金属でできた剣とはまた違った特有の音を奏でる。
ギシィッ!とケルンが木剣を握った部分から木の軋む音が聞こえたかと思うと、先程までとは比べ物にならないほどの怪力が込められた一閃が俺の木剣を捉えた。
おおぅ、なんつー馬鹿力…………あんだけ耐久面も良さそうとか言ってた木剣がちょっと欠けたぞ。
絶対に当たりたくない。
だって痛そうじゃんこれ。
「はあっ!」
フェイントを織り交ぜつつ的確な攻撃が次々と繰り出される。
確かにこりゃ強いね……………でも、攻撃がちょっと単調かなぁ。
隙を見つけて振り下ろされた木剣を受け流し、体勢を崩したケルンが受身を取る前に頭に寸止めの一撃を入れた。
「なっ!?」
「…………お、おい、今の見えたか?」
「いや………早すぎて目で追えなかった………」
周囲からのざわめきが再び大きくなる。
一本取られた張本人であるケルン君も、何が起こったのか分からないとでも言いたげに呆然としていた。
ノエルとクロは自慢げなドヤ顔である。
「まだだ!」
しかしさすが王国騎士と言うべきか、すぐに衝撃から復活して木剣を跳ね上げ、再び攻撃を再開した。
今度は攻めの姿勢は変わらないものの、ちゃんとカウンターに注意を払って一手一手に神経を巡らせている。
しかし、その後も。
予備動作無しで振り下ろした切っ先がケルン君の顔面の目の前で止まる。
「また一本!?どうなってるんだ…………」
「ケルン殿が手も足も出ないだと………?」
これで何本目だろうか。
向かってくる度に返り討ちにしては返り討ちにした。
うーむ、こんだけやってるのにまだ諦めないのか…………。
しかもただ諦めが悪いだけじゃなくて、動きが徐々に改善して良くなってる。
まだまだ伸び代がありそうな逸材だ。
「よっ!」
「ごほっ!?」
ひょいっと上段から振り下ろされた一撃を回避し、回し蹴りを一発。
確かな手応えと共に鳩尾にヒットし、そのあまりの痛みにケルンが思わずむせ込む。
ズザザッ………と強制的に距離を取らされた挙句、片膝を着き荒い息を繰り返している。
だが、彼はそれでも立ち上がった。
辛そうなのは脂汗からも一目瞭然。
そろそろ終わりにした方が良さそうだ。
ちらりとルイスに目配せし、終了の合図をしようとした─────────直前。
額の汗を雑に拭ったケルンが口を開いた。
「はぁ、はぁ…………あなたの実力は認めます。ですが、これならどうですか!?」
木剣を握った右腕を斜め後ろに伸ばして左手を添え、立ち方は空手の前屈立ちに近い前傾姿勢。
滲んだ茶色だった刀身が淡い青色の光を放つ。
これは……………剣技スキルか。
「はああああっ!!」
石畳を踏み砕き、まずは斜めに振り上げられた逆袈裟斬り。
木剣を逆さにして刀身で受け止める。
ギシギシと木が軋むの音を尻目に、弾かれた傍から両手握りに変えて上段の一閃。
空を切ったもののビリビリと衝撃波を生んだ。
さらに三撃目、四撃目と次々と迫る剣撃を巧みに避ける。
そして。
五撃目の袈裟斬りが石畳と衝突して、衝撃と共に大きな土埃を巻き上げる。
わざと壊して目くらましにしたのか…………。
──────そう頭で考えた次の瞬間。
ボッ!!
土煙に穴を開け、歯を食いしばって渾身の突きを放ったケルンと目が合った。
コマ送りのように時間が進む。
きっと、まだ周りの人々からはこの光景が見えていないだろう。
ついに攻撃が当たったと、前髪から覗くケルンの瞳に喜びが滲む。
ガァンン………!!
衝撃音が余韻を残して少しずつ消える。
土煙はまだ晴れない。
数秒かけて、やっと落ち着いた煙の向こう側。
次第に視界が晴れると共に、ざわめきはより一層大きくなった。
……………いや、むしろ一周まわって声が出ないようだ。
「な………に……っ!?」
ケルン君も驚愕のあまり声が出ないらしい。
それでも絞り出したその一言が静かな訓練場に響いた。
「残念。でも中々良い動きだったよ」
「指一本で………あれを止めたのか………!?」
そう。
ケルン君の怪力を存分に発揮し、通常なら相手が砕けるであろう突きの一撃。
しかし俺はそれを、たった人差し指だけで止めたのだ。
切っ先にピタリとくっついた人差し指のせいで、木剣はこれ以上前へは進めない。
"絶対に"だ。
唖然と言葉を失う周囲の人々、さらにドヤ顔マシマシで胸を張るノエルとクロ。
「さて、最後に俺の剣技スキルも見せようか」
「っ!」
危険を察知したのか、ケルン君はすぐさま飛び退き距離を取った。
賢明な判断だ。
「木剣、正面から動かすなよ?」
「っ、何を─────」
重心は若干前、木剣を肩に担ぐ。
すると、刀身が赤黒い光を帯びた。
この剣技スキルはたった一撃。
その分他のスキルの一撃に比べて遥かに重く、鋭い。
もちろん手加減はする。
だが……………。
「いくぞ」
「───────っ!」
俺が踏み込む直前、危険を察知したのか反射的にケルンの木剣がしっかりと正面に構えられる。
次の瞬間。
一筋の閃光が走った。
ガシュッ…………!
儚い音と共に砕け散ったのは、先程までケルンが正面に構えていた木剣だった。
半ばから生々しいささくれを残して刀身が折れ、どこかへと吹っ飛んで落ちた。
目の前の光景がまだ理解出来ず静止するケルンと俺の位置は逆転しており、お互い背後を向けた状態だ。
振り切った姿勢から戻り、動かないケルン君の頭部を柄で軽く小突く。
「てっ」
そのままドサッと倒れ込み、信じられないとでも言いたげな表情で俺の方を振り返る。
しばらく周囲の人々も彼も放心状態だった。
しかし、やがて我に返ると。
「ま、まいりました…………!」
律儀に正座し、頭を下げた。
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