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第6章
決断
しおりを挟む「マシロ様、お久しぶりでございます」
「どうも。すみません、連絡も入れず…………」
「いえいえ、とんでもありません」
奥から現れた柔和な笑みを浮かべる男性、ダグラスさんと握手を交わす。
王都でも最大規模であるダグラス商館の館長にして、四十歳前後という歳ながら業界を裏で牛耳っているとの噂も耳にする程の権力者だ。
直接会ったのは、以前クロとアイリスを買った時以来だろうか。
「最近は他業界にも手を出し始めたって、風の噂で聞きましたよ」
「ええ。おかげさまで、出だしの売上は中々のものでした」
ソファーに腰を下ろし、ははは、と笑顔を見せるダグラスさん。
これは相当儲かってるな…………。
具体的にどんな事をし始めたのかは知らないが、どうやら今のところきっちり成功を収めているらしい。
さすがダグラスさん、商業の手腕は天下一だ。
………………さて、世間話はここまでにしておいて。
「本日はどう言ったご要件で?」
「ああ、実はこの子についてなんだけど…………」
人見知りならぬ男見知りが発動し、警戒心丸出しで俺の手を引っ掻く少女に目をやる。
何気に爪が長いので割と痛いのだが、そこは我慢して少女と出会った過程をダグラスさんに話す。
どこかへ運ばれる途中だったであろう事、奴隷として最低限の扱いすらされていなかった事。
そして、問題の仮の主が亡くなってしまった事まで。
思いつく限り、情報になりうる記憶を思い起こしながら話した。
聞き終えると、ダグラスさんは静かに息を吐き出して眉間を抑え俯いた。
俺とリーン、そして少女の間に緊張の糸が張り詰める。
「……………まず首輪の件ですが、そちらは安心してください。外せなくなったり、主が更新できないなどと言う事はございませんので」
「そうですか………」
三人揃って思わずほっと溜めていた息を吐き出す。
これでひとまず安心だ。
新しい主を得られるのであれば、この先の心配事はグッと少なくなる。
まずは第一関門突破、と言った所だろう。
ニヤニヤしながら、横で密かに胸をなで下ろしていた少女をつんつんする。
思いっきりスネを蹴られた。
こ、こやつ、的確に弁慶の泣き所を………………!
悶絶するほどの痛みに思わず蹲る俺を見下ろし、ビキッと額に青筋を立てた少女が結構ガチ…………と言うか完全に殺る気のチョークスリーパーを仕掛ける。
この子まさかプロレスやってた?
そうツッコミたくなるほどの鮮やかな連携。
ぐふっ、調子に乗ってすみませんでした……………。
「ですが、中々新しい主は見つからないでしょう」
首に回された華奢な腕を叩いて"ギブギブ!"と訴えかけていると、少し間を置いてダグラスさんが重々しく口を開いた。
ただならぬ雰囲気におふざけも一旦中止で、主に俺とリーンが首を傾げ、少女は顔を強ばらせた。
続いて飛び出した言葉に、とても衝撃を受けた。
「彼女は"特別犯罪奴隷"です。"特別犯罪奴隷"とは…………過去、国を脅かすほどの大犯罪を犯した者、本来死刑囚になるはずの者などを奴隷にした場合に用いられる名称です」
「なっ…………」
書物で見た事だけはあった。
アイリスとクロが特別奴隷に含まれると聞き、その後に気になって奴隷についての定義や種類まで調べたのだ。
以下は俺が読んだ書物に書いてあったこと。
・一般奴隷……………借金のカタや身売りなどを理由に奴隷となった、一番割合の多い奴隷の種類。
主に労働や奉仕によって生活の維持を約束される。
また、それは法や購入時の契約によって厳守される。
・犯罪奴隷…………極刑以下の刑罰を課せられた犯罪者が、懲役中に逃げ出さないよう"隷属の首輪"を付けられた状態を指すことが多い。
また、死刑外の極刑で未開地での強制労働を課せられた犯罪者にも同様の呼び方をすることがある。
・特別奴隷…………何らかの理由によって、他者とは異なる特殊な理由で奴隷になった者を指す。契約の元、適度な自由が約束されており、どちらかと言うと使用人に近い存在。
ほとんど制約無しに活動できる場合もあり。
主を選べる。
・特別犯罪奴隷……………極刑を犯したが、何らかの理由によって死刑しない、またはできない場合に"隷属の首輪"を付けた犯罪者を指す。とにかく危険。
場合によっては一国の滅亡にも直結するので、捕縛状態かつSSランク以上の冒険者、王国騎士などの護衛が不可欠。
そう、その"とにかく危険"とまで言われる特別犯罪奴隷。
それがこの幼い少女だと言うのか。
「言い方はあまりよろしくありませんが、このような危険人物を一般のお客様には──────────」
「違う!!」
真剣な声色で淡々とそう話すダグラスさんの言葉を遮り、バンッ!と机を叩いて立ち上がった少女が声を荒らげる。
力の限り食いしばった唇からは血が滴り、その瞳は怒りの激情で燃えていた。
下手すればこのまま憤死してしまいそうな勢いだ。
しかし、すぐに握った拳は力を失ってだらんとぶら下がり、俯く。
「…………私は………嵌められただけ………!」
それだけ言い残し、少女はバンッ!とドアを勢いよく開いて飛び出してしまった。
「っ!リーン、頼む!」
「お任せ下さい!」
すぐさまリーンに目配せをして、少女を追いかけてもらう。
まだ少女にどこまでも逃げる気力は戻っていないはずだ。
リーンなら見失う事はないだろう。
ソファーに座り直し、口元に手を当てて思考に耽る。
あの子が犯罪者?危険人物?
まさか。
怒りっぽいし少し攻撃的だけど、あんなに無邪気な笑顔で屋台の匂いを嗅いで、お腹を鳴らして……………。
至って普通の子だった。
あれは演技だったのか?
そうは思いたくない。
「…………私もなぜ、彼女が特別犯罪奴隷に登録されているのかは分かりません。ですが規定に則った場合、彼女の主は本人の希望とは関係なく、SSランク以上の冒険者が担当することになるかと」
…………………特別犯罪奴隷は何があるか分からない。
万が一のために、もしもの時に対応出来る者が主として面倒を見る。
過去には国家転覆、国の崩壊を招いた、魔王復活など、通常なら死刑になるはずの者も特別犯罪奴隷になって生き延びた事例があるそうだ。
国に技術面や武力面などで協力するという条件を踏まえて。
そのため、仮に何かあった時のために実力者が任に着く。
"嵌められた"、か……………。
あの子の身に何があり、どうして特別犯罪奴隷なんて言う最悪の称号を背負うことになったのか。
まだ俺は何も知らない。
たが。
先程も言ったように、彼女が嘘を言っているようには見えなかった。
────────────悔しい。
あの目はそう物語っていた。
う~む、どうしたものか……………………まぁ俺に出来ることは決まってるか。
「分かった、あの子は俺が責任を持って面倒を見よう」
「………………はっはっはっ、そうおっしゃると思っていましたよ。やはりマシロ様はお人好しですねぇ」
「あの子にも何か目的があるらしいからね。俺ならそれを手助けできるだろうし」
「……………お気をつけ下さい。どうも、彼女の周りはきな臭い」
ダグラスさんは俺がこう答えることを予期していたのか、脇に置いていた封筒を俺にすっと手渡した。
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