72 / 282
第3章 出会い イナリ編 (60〜97話)
潜入
しおりを挟む早朝。
まだ朝日が出たばかりのこの時間帯は森全体にうっすらと霧がかかっており、姿を隠した虫や小動物達が小さな鳴き声を上げている。
普段ならこんな時間に外に出る者は居ないのだが、そんな中、内陸に向けて静かに走る影が三つ。
言わずもがな俺とクロ、そしてイナリである。
気配を極限まで消し、すり抜けるように森を駆けるその様子はまさに疾風。
その気配の小ささは人に敏感に反応する小動物ですら、目の前に近づくまで気が付かないほどだ。
う~む、イナリがここまでできる子だったなんて…………。
隠密が得意なクロはもちろん、長年ここで暮らしてきた経験故に森での行動はイナリにとってお手の物らしい。
気配の消し方が上手いし、なんなら動きは俺達よりスムーズなんじゃないか?
鬱蒼と茂る木々をまるで無いものかのように無視してどんどん突き進んで行ってる。
これは見る人によっては、木々をすり抜けてるようにさえ感じるのかもしれない。
気を抜いたらこっちが置いてかれそうだ。
「…………それにしても、びっくりしましたよぉ。部屋に入ったらまさか上半身裸で寝てるなんて………」
「いや、それに関しては本当にごめん…………昨日、色々あってさ……………」
イナリが小声で言ってるのは今日の朝の事だ。
遡ること数時間前、わざわざ起こしに来てくれたイナリがドアを開けると、なんとベットの上で上半身裸で寝る俺を目撃してしまった。
おまけに、両サイドに幸せそうな寝顔のノエルとアイリスを侍らせて、お腹の上にはクロが丸まってるときた。
イナリが思わず奇声を上げてしまったのは言うまでもない。
それによって起こされた俺は、朝っぱらから何やってんだ………と思いつつ体を起こし。
「はわわ………!」と顔を真っ赤にしながらチラチラ俺を見ているイナリを視界に捉え、全てを察した。
同じような展開をこの前やったばっかなんだから、いい加減に学習しろよ俺…………。
いや、言い訳をさせて欲しい。
昨日は満足したアイリスから解放された後、服を着る気力すらなくてそのままバタンキュー、って寝ちゃったんだよね…………。
かろうじでパンツは履いたけど。
気力も体力も全部アイリスに持っていかれてしまった。
が、それをイナリに素直に言うのは恥ずかしいので、なんかそれっぽい言い訳をして乗り切った。
イナリは憮然として納得してなさそうだったけど。
「ふへへ………別に謝らなくたって良いんですよぉ。と言うかむしろ、もっと見せて欲しいくらいですっ!先程は驚いてたせいであまりちゃんと見れてませんでしたからね。今度こそきっちり私の脳裏に焼き付けちゃいたいです!」
「…………笑い方キモイ」
「んまっ、なんてこと言うんですかクロさん!ご主人様、責任を取って今度下半身も見せてください!」
「いや、なんで?」
飛び火すぎる。
それただイナリが俺の下半身見たいだけだろ……………。
「てかなんでイナリはそんなに俺の裸見たがるのさ」
「え~、好きな人の裸を見たいって思うの、普通じゃありませんか?……………そ、それに、番になったら必然的に"愛し合う"訳ですし…………今のうちに予習しときたいんです!」
「あれ、もしかして番になる事確定してる?」
いつの間に確定事項になったんだそれは…………。
前から言ってるけど、イナリを嫁に迎えるつもりは俺にはないからね?
さらっと当たり前の事のように言っていたが、完全なる捏造だ。
きっぱり断られるという絶望的なリアクションに、イナリが走りながら「そんなぁ!」、と涙目になる。
しかし、そんなイナリに意外な所から援護の声が上がった。
「仮に愛し合うとしても、クロより後にすべき」
「……………」
「…………あ、あの、クロさん?その言い方だと、私とご主人様が愛し合っても、番になっても良いと言ってるように聞こえるんですが…………」
「………………………………………………………ん」
無表情ながら明らかに嫌そうな顔で長い間を開け、しかし心底不本意そうに頷いた。
これには俺だけでなく、この話題の元凶ですら思わず唖然としてしまった。
あれだけ嫉妬してたクロがどういう訳かイナリの味方(?)をしている。
……………はっ!もしかしてお肉という名の賄賂を…………!?
「いやそんな物渡してませんからね!?どれだけ私って信用ないんですか!?」
「ごめんごめん、さすがに冗談だって。でもクロ、どうして急にイナリの味方を?」
「昨日の夜、主が寝たあと皆で話した。イナリを主の番にするかどうか」
全く知らんかった。
「それで、イナリなら考えてもいいかなってなった。だからまだあくまで考え中なだけ。期待しない方がいい…………………聞いてる?」
「………………………」
クロがジト目で見つめるが、俯いたイナリからは返事がない。
テンションを上げた後にガクンと落としたせいで落ち込んでしまったのだろうか。
そう思ったのも束の間。
イナリが大きく息を吸い込むのを見て、俺は慌てて【サイレンス】をイナリに付与する。
次の瞬間。
「──────────────っっ!!!」
案の定と言うか、ガバッ!と顔を上げたイナリがとても、それはもうとっっても嬉しそうな表情で大空向けて口をパクパクさせる。
あ、危ない…………もう少しでわざわざこんな早朝から走ってる意味が無くなる所だった…………。
仮に【サイレンス】をかけ忘れでもしていれば、今頃幸せに満ちたイナリの叫び声が森中に響き渡り、それを耳にした鬼人族達が何事だと警戒してしま事だろう。
そうしたら作戦は初期段階でまさかの大失敗だ。
一応、自分の一族が結構ピンチだと言うことを分かってるのだろうか、この残念キツネは。
はしゃぎすぎてさりげなく木の上で滑ったイナリを浮遊魔法で回収。
俺とクロがジト目で見つめるが、ついに番の公認まで王手がかかった事を知った、幸せいっぱいのイナリには全く見えていないようだ。
無音でふわふわ浮かびながら頬を染めていやんいやんしたり、うっとりした瞳で手を合わせて明後日の方を見つめたり。
また口をパクパクさせて何か喋っているが、こちらには何も聞こえてこない。
非常にシュールである。
「……………なんか、無音のはずなのに今度は目にうるさいな」
「……………ん」
「──────────っ!?」
あ、そうか、こっちからの声は聞こえるんだもんな。
ぼそっと呟いた俺の言葉を敏感に聞き取り、頬を膨らませたイナリがキャンキャン吠えている………………ように見えた。
「ひどいです!」とでも言っているのだろうか。
しかし、そんな怒っている素振りを見せながらも、ふと俺と目が合うと途端に「えへへ………」と頬をだらしなく緩ませてニヨニヨする。
どうやらそれほどまでに心底嬉しかったらしい。
………むぅ……………可愛らしい反応をしてくれるじゃないか、イナリさんや。
「………………主は、イナリのこと嫌い?」
俺を見つめていたクロが不意にそんな事を聞いてきた。
「!」とイナリが先に反応して、興味深々なのを隠そうともせず、ずいっ!と顔を寄せてくる。
顔面の圧がすごい。
……………女の子がこんなに近くに居るのに、全くドキドキしないのって不思議だよね。
まぁ本性を知ってるからだろうけど。
俺は主張の強いイナリの顔をぎゅむっ、と押し返しながらクロの問に答えた。
「いや、別に嫌いじゃないよ。騒がしいけど、それは良い所でもあるから」
村に居た時、疲弊していた家族や仲間達の励みになっていたのは間違いなくイナリの笑顔だ。
いつでも笑顔を絶やさず、元気づけてくれたイナリは皆にとって太陽みたいなものなのだろう。
そして、俺にとっても…………。
「じゃあ、イナリの容姿が嫌い?」
「そんな事ない。イナリは超絶美少女さんだし、ケモ耳はむしろ大好きです」
「……………嫌う理由がない」
「……………たしかに」
今話してて、逆になんでこんなにも扱いが雑なのか分からなくなってきた。
突然「あぅ………」としおらしくなったイナリをじっと見つめる。
それはもうじっくりと。
最初は顔を真っ赤にするだけだったイナリも、ついにいたたまれなくなったのか、ふいっと視線を逸らした。
すると、次の瞬間ふと何かに気がついて目を丸くし、続いて自分の足元に視線をやってから、若干慌てたように足をバタバタさせ始めた。
俺の肩をバシバシ叩いて何かを伝えようとしている。
が、【サイレンス】のせいで何も聞こえない。
……………なんか、割と本気で焦ってるっぽいぞ?
どうしたんだろ…………。
さすがにもう落ち着いて叫ぶことも無いだろうと思って、ずっとかけ続けていた【サイレンス】を解く。
「───────ご、ご主人様……………なんかふわふわしますぅ………」
「今更だな………」
え、もしかして驚いてた理由ってそれ?
なんならだいぶ前からふわふわしてたし、そんなに怖がるような事じゃなくないか……………?
イナリのジャンプの飛距離なら短距離を飛んでるのと変わりないだろうに。
しかし、イナリ曰く、自分の足で地面を蹴って飛ぶ(ジャンプする)のと、他人に全てを任せて浮かぶのではだいぶ違うらしい。
なんと言うか、感覚的な問題で気持ち悪いのだそうだ。
言いたい事は分かった。
誰にだって苦手な事はあるし、言ってる事も分からなくは無い。
だが、それを今このタイミングで言ったのは────────。
「「残念すぎる」」
「うぅ……面目ないですぅ………」
自覚はあるのか、ケモ耳としっぽまで連動するようにしょんぼり垂れ下がる。
う~む、浮遊魔法自体はすぐに解除できるんだけど、イナリが今少しだけ気持ち悪いらしいし……………仕方ない。
「よいしょっと。これで我慢してくれ」
「………は、はひ……………」
こっちに引き寄せて、仰向けに寝かせたイナリを両腕で抱き上げる。
いわゆるお姫様抱っこってやつだ。
こっちの方がおんぶするより走りやすい。
………………それに、イナリも喜んでくれるだろうと思ったからね。
予想通り頬を上気させたイナリは、あのうるささが嘘のように静かになり、ただじっと熱のこもった瞳で俺の横顔を見つめている。
「………………ずるい」
「クロも今度、好きなだけお姫様抱っこしてあげるよ」
「ん。そのままベットインも可」
「それは大人になってからね…………」
「むぅ」
105
お気に入りに追加
572
あなたにおすすめの小説
14歳までレベル1..なので1ルークなんて言われていました。だけど何でかスキルが自由に得られるので製作系スキルで楽して暮らしたいと思います
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕はルーク
普通の人は15歳までに3~5レベルになるはずなのに僕は14歳で1のまま、なので村の同い年のジグとザグにはいじめられてました。
だけど15歳の恩恵の儀で自分のスキルカードを得て人生が一転していきました。
洗濯しか取り柄のなかった僕が何とか楽して暮らしていきます。
------
この子のおかげで作家デビューできました
ありがとうルーク、いつか日の目を見れればいいのですが
異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい
増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。
目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた
3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ
いくらなんでもこれはおかしいだろ!
~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる
僧侶A
ファンタジー
沢山のスキルさえあれば、レベルが無くても最強になれる。
スキルは5つしか獲得できないのに、どのスキルも補正値は5%以下。
だからレベルを上げる以外に強くなる方法はない。
それなのにレベルが1から上がらない如月飛鳥は当然のように落ちこぼれた。
色々と試行錯誤をしたものの、強くなれる見込みがないため、探索者になるという目標を諦め一般人として生きる道を歩んでいた。
しかしある日、5つしか獲得できないはずのスキルをいくらでも獲得できることに気づく。
ここで如月飛鳥は考えた。いくらスキルの一つ一つが大したことが無くても、100個、200個と大量に集めたのならレベルを上げるのと同様に強くなれるのではないかと。
一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。
土曜日以外は毎日投稿してます。
~僕の異世界冒険記~異世界冒険始めました。
破滅の女神
ファンタジー
18歳の誕生日…先月死んだ、おじぃちゃんから1冊の本が届いた。
小さい頃の思い出で1ページ目に『この本は異世界冒険記、あなたの物語です。』と書かれてるだけで後は真っ白だった本だと思い出す。
本の表紙にはドラゴンが描かれており、指輪が付属されていた。
お遊び気分で指輪をはめて本を開くと、そこには2ページ目に短い文章が書き加えられていた。
その文章とは『さぁ、あなたの物語の始まりです。』と…。
次の瞬間、僕は気を失い、異世界冒険の旅が始まったのだった…。
本作品は『カクヨム』で掲載している物を『アルファポリス』用に少しだけ修正した物となります。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!
マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。
今後ともよろしくお願いいたします!
トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕!
タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。
男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】
そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】
アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です!
コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】
*****************************
***毎日更新しています。よろしくお願いいたします。***
*****************************
マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。
見てください。
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。
生まれる世界を間違えた俺は女神様に異世界召喚されました【リメイク版】
雪乃カナ
ファンタジー
世界が退屈でしかなかった1人の少年〝稗月倖真〟──彼は生まれつきチート級の身体能力と力を持っていた。だが同時に生まれた現代世界ではその力を持て余す退屈な日々を送っていた。
そんなある日いつものように孤児院の自室で起床し「退屈だな」と、呟いたその瞬間、突如現れた〝光の渦〟に吸い込まれてしまう!
気づくと辺りは白く光る見た事の無い部屋に!?
するとそこに女神アルテナが現れて「取り敢えず異世界で魔王を倒してきてもらえませんか♪」と頼まれる。
だが、異世界に着くと前途多難なことばかり、思わず「おい、アルテナ、聞いてないぞ!」と、叫びたくなるような事態も発覚したり──
でも、何はともあれ、女神様に異世界召喚されることになり、生まれた世界では持て余したチート級の力を使い、異世界へと魔王を倒しに行く主人公の、異世界ファンタジー物語!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる