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第3章 出会い イナリ編 (60〜97話)

キツネっ娘イナリ④

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「ぜぇぇったいに、ご主人様を振り向かせてみせますからぁあああっ!!!」


イナリが泣きべそをかきながらそう宣言して一週間。
本当に毎日ストーカーのごとく俺の前に立ち塞がり、猛烈なアピールを繰り返す残念キツネの姿がそこにあった。
たとえ何度断られてもめげることなく、いつも底なしの元気と陽だまりのような明るい笑顔で突撃してくる。
心底ウザそうなクロのあしらいもなんのその。
"恋は闘争!"を地で行くイナリは、たぶん試練のようなものとして捉えているのだろう。
むしろ一層の闘争心を芽生えさせ、求婚が激しくなる一方である。


そして、そんな傍から見れば健気で真っ直ぐなイナリの存在は、すぐに村中で話題になり始めた。
普段の残念な様子から忘れがちだが、イナリは人間離れしたとてつもない美貌の持ち主。
当然、村の宿屋に滞在してすぐの頃はモテにモテたと言う。
しかし彼女にとって俺以外の男に興味はないのか、揃って玉砕。

「タイプじゃないですぅ」、というたった一言によって動かなくなった死体の山を背に、たまたま近くを通った俺を目ざとく見つけ、好意全開のダイブ。
ほわほわとハートが浮かんできそうな満面の笑顔を前に、玉砕した男達が涙の雄叫びをあげたのは言うまでもない。

主婦層からは"あらあらまぁまぁ"と生暖かい視線を頂戴。
ついにはイナリの恋を応援する者、イナリの美貌故に嫉妬で血涙を流す者、何やら複雑そうな顔色の者の三派閥に別れ、村は混沌を極めていた。

ちなみにノエル達はというと、初対面の印象がちょっとアレだったと言うだけで、イナリの気持ち自体をどうこう言うつもりは無いよう。
もちろん、なんの理由もなく肯定することもないのだが………。
この一週間で普通に仲良くなっていた。
少なくとも友達と呼べるくらいに。



────────そして今日も今日とて、噂の残念キツネは俺の前に立ち塞がる!



「ご主人様、おはようございますですぅ!」
「何気ない挨拶のついでに唇を奪おうとするとは、成長したな」


とある用事で村を歩いていたら、野生の残念キツネに襲われかけた。
向こうから元気よく手を振って現れたと思ったら、朝っぱらから村のど真ん中でキスを試みるキツネが一匹。
抱きつき、頬を染め「ん~!」と唇を突き出すイナリを片腕で制しながら苦笑い。
もはや慣れたものである。

さすがにキスは諦めたのか、残念そうに離れるイナリ。
しかし、俺の顔を見るなり「ふへへ~………」とニマニマした幸せそうな笑みを浮かべる。
どうした急に。


「いえいえ、ご主人様も抵抗が少なくなってきたなぁ、と。これは陥落も間近ですかね~!」
「それはない。………でもまぁ……………努力する方向はともかく、その諦めない根性は嫌いじゃないよ」
「んぐっ、そこは好きって言ってくださいよぉ」
「はいはい好き好き」
「雑すぎですぅ!」


荒ぶるしっぽが怒りを訴えるように俺の腕をべしべし。
キツネ耳がピクピク。
ぷっくり膨らんだ頬とジト目もセット。
いかにも"私、機嫌悪いですよ~"と言いたげな様子だ。
それでも一度頭を撫でれば、すぐさま幸せそうな笑顔に戻ってしまうのだから、こちらとしては困ったものである。


「…………これから村の外れにある森に行くけど、イナリも来る?」
「!はいっ、もちろんです!」


珍しく俺からの誘いだったからだろう。
しっぽはブンブン、耳はパタパタ。
全身から隠しきれない喜びが溢れるかのように、あっという間にほわほわした雰囲気がイナリを包む。
すっかり上機嫌だ。

よほど嬉しかったのか、緩みっぱなしの頬に両手を当ててクネクネしている。
一体何を想像しているのか…………。
残念さは健在だった。










さて。
そんな残念キツネことイナリを連れて、俺は村の外れにある森林にやってきた。
木々の間を歩きながら少し経つと、やがて目的地の洞窟らしきものが草木の間から姿を現した。


「ご主人様、ここって………」
「そう、ホムラの住処だよ。今日は上手くやってるかの様子見」


焔狐ほむらきつねのホムラ。
少し前に、野菜農家の農場で育てた野菜などを盗んでいたところ、俺と農家の息子アレクによって捕獲された野生のキツネである。
その際、話をして彼女の事情を知った俺とアレクはある提案をし、その対価として廃棄予定の野菜や肉を分け与えることを契約した。
今日ここを訪れたのは、そのギブアンドテイクのサイクルが上手くいっているかを確かめるためだ。

そんな風にイナリに説明していると、どこからともなくチリンチリン………、と聞き覚えのある鈴の音が響いてきた。


「ホムラ!」
「ホムラさん!」

『コンッ!』


洞窟の上から飛び出した黒い影が、一切の躊躇いなく勢いよく俺にのしかかる。
くるりとうねった体毛のおかげで衝撃はほとんど吸収されており、受け止めるのはさして難しくもなかった。
モフモフの体を抱き抱えたまま、襲撃者ことホムラをわしゃわしゃ撫でてやる。


「久しぶりだなぁ。元気にしてた?」
『コンッ!』
「よしよし、いい返事だ」


ぱっと見た感じ、肉付きも良くなっている。
十分に栄養価のある食事ができている証拠だろう。
遅れて巣から出てきた子供達も、最初見た時に比べてすっかり元気いっぱいだ。
二匹の小狐はイナリの足元でぴょんぴょん跳ね、かまってかまって!と大はしゃぎ。
その元気っぷりはあのイナリもあわあわする程である。


『クルゥ…………』
「やっぱホムラのしっぽはふさふさだなぁ」
「うぅ………。ご主人様、ここにも立派なキツネのしっぽがありますよ?モフり放題ですよ?」


こちらにも構って欲しそうなキツネさんがしっぽをフリフリ。
先程まで「ご主人様がNTRれました………」とか言っていたが、どうやらさすがに我慢できなくなったらしい。
…………しょうがないなぁ。


「ほら、こっち来な」
「………!えへへ~」


まぁ、ここならクロも見てないし、嫉妬されることもないだろう。

なぜだか知らないが、クロはイナリに対して異様に警戒心を持っている。
イナリがうちに突撃してきた時にキャットファイトするのもいつもクロだし。
同じケモ耳属性ゆえってやつか………。
クロにも色々とあるのだろう。


ともかく、今回は俺の気まぐれ。
何気にイナリのキツネ耳としっぽに触れるのは初めてかもしれない。
いそいそと正面に座ったイナリの、まず耳から触らせてもらう。


「んっ、あぁ~…………。ご主人様、モフるの上手いですねぇ。これはクロさんが独占したくなるのも分かる気持ちよさですぅ~」
「そう?特に意識したことはなかったんだけどな」


とろんと気持ちよさそうに目を細め、そんな感想を漏らすイナリ。
若干、最初の方に艶やかな声が聞こえたのは気になるが、今は聞かなかったことにしよう。
「えへへ、うへへへ~」と奇怪な笑い声を発しながら頬を緩ませまくっている姿は何とも言えないが、誰から見ても幸せの絶頂!と言った感じだった。










その後、もう少しモフってからホムラ達に別れを告げ、村に戻って今度はアレクにも調子はどうか聞きに行った。
「動物や虫の被害が減りました!ホムラさんのおかげです!」とホクホク顔だったので、どうやら心配していたような事は一切なかったようだ。
うむ、良かった良かった。



「お、真白ぉ!」
「あれ、皆一緒?どうしたの?」
「時間があったので、一緒にお買い物をしてたんです。ご主人様、どうですか?」
「おお………。いいね、アイリスによく似合ってる」
「えへへ」


帰りに、たまたまノエル達に会った。
三人で食材や生活必需品の買い物に出かけていたらしく、今はその帰り。
ついでに寄った雑貨屋さんで買ったという新しい花柄のハンカチは、アイリスの瞳の色と同じで綺麗だった。


「ご主人様のお気に入りは私のしっぽですぅ!」
「ん、クロの耳に決まってる」
「こらこら、喧嘩しないの」


暇あればすぐキャットファイトしてるんだからこの二人はもう…………。
喧嘩するほど仲が良いのか?
あ、こら、足でちょんちょんしない!
アイリスにも手伝ってもらって二人を引き剥がす。
まったく………最近、イナリの力が強すぎて取り押さえるのも一苦労だ。

一体どんなステータスをしてるんだか。
今度見せてもらおうかな………………………………ん?
今、なんか変な気配が…………。


「少々、よろしいでしょうか」
「ひゃうっ!?」


突如として聞こえてきた全く新しい人の声。
可愛らしい悲鳴を上げ振り返ったイナリの向こうには、片膝をついて頭を垂れる一人の女性が居た。
ピタリと張り付いた黒装束が体のラインをハッキリさせてて非常にえっちい。
が、今それを言うほど俺は空気が読めない男ではない。
目に焼き付けてそっと心に閉まっておこう。

さっき感じたおかしな気配はこの人か………。
俺と違い、まったく気が付いていなかったらしいイナリが、しっぽと耳をピーンッ!と立てて口をパクパクさせながら驚愕している。
そりゃそんな反応もしたくなる。

とにかく凄い隠密だったな…………。
気配を完全に消し去ってた。


「し、シルファ………。どうしてここに?」


どうやら黒装束の女性と知り合いらしいイナリが唖然としながらもそう問う。


「どうしてって、そんなのあなたを連れ戻すために決まってるじゃない」
「っ!」


予想通りの答えにイナリがばばっ!と俺の背後に逃げ込み、う~!と威嚇いかくしながらシルファさんを睨む。


「私はご主人様と番になるまで絶対に帰りません!ええ、絶対に帰りませんからぁ!」
「まったくこの子は……………あ、うちのイナリが大変お世話になっております」
「いえいえそんな」


頭痛に耐えるように額を押えたシルファさんが、俺の方を向いてぺこりと頭を下げた。
こちらも頭を下げ返す。

この人はイナリの護衛的存在なのだろうか。
見るからに暗部かそこら辺のような格好で、イナリとも親しい間柄。
さらにはイナリと同じくキツネの獣人である事を考えると、わざわざここまでお迎えに来てくれた護衛の方と考えるのが妥当だ。


「ほれ、護衛がつくような存在ならお仲間さんも心配してるだろ。一旦でも良いから帰った方が良いんじゃないか?」
「いーーーやぁーーーーっ!絶対に嫌ですぅ!もう離れないって決めたんですぅーー!」
「こらっ、足にしがみつくな…………!」


なんとか後ろから引きずり出したは良いが、今度はがっしり俺の足をホールドして動かないイナリ。

な、なんて往生際おうじょうぎわの悪い…………。
ほら、シルファさんが頭痛に耐えかねて頭抱えてるぞ!?
もうなんか可哀想になってきた!

そりゃ自分の護衛すべき人が、男の足にしがみついて必死に泣き喚いてるんだもんな。
きっと残念キツネイナリの護衛をするシルファさんには、いくつ頭痛薬があっても足りないことだろう。


「イナリ、今は本当にそんな事をしている場合じゃないの。こうしている間にも、皆は酒呑童子様の軍勢と戦っているのよ?」
「えっ!?ま、待ってよ、なんで酒呑童子様が!?」


んん?
だって?
突然知ってるやつが話題に出てきたな。
シルファさんが発した一言にピクリと反応し、彼女の話の続きに耳を傾ける。


「数日前………急に酒呑童子様の配下の鬼人達が村を攻めてきたの。理由は分からないわ。今はなんとか拮抗した状態を保っているけれど、いずれ押し切られてしまうのは目に見えてる。皆にはあなたの力が必要よ」
「そ、そんな…………」


唇を噛み締めたイナリが、チラチラと俺とシルファさんの間で視線を行き来させる。
村や家族が危機に陥っている事を知り、それでも尚、俺への未練は断ち切れないらしい。


俺は今のシルファさんの話を聞いてとある思考にふけっていた。
酒呑童子が自身に関係のあると思われる村を襲ってる…………?
そんな事ありえるのか?
が気だるげに話していたのを聞いた限りでは、到底そんな人物には思えない。
酒呑童子の身に何かあったのだろうか…………。

引っかかるな。
…………………よし、いっちょ確かめに行くとするか。


「すまんがシルファさん、俺達も一緒について行ってもいいかな。酒呑童子について少し確認したい事があってさ」
「えっ、ご主人様も一緒に来てくれるんですか!?もぉ~、やっとデレてくれましたね!そんなに私と一緒に居たいなら素直にあべし!?」
「ちがわい。確認したい事があるって言ったでしょ、残念キツネ」
「うぅ…………ご主人様の愛が痛い………」


調子に乗って俺に抱きつこうとしたイナリの額にチョップを喰らわす。
隙あらば抱きつこうとするんだからイナリは……………。


「良いのですか?あなたがとてつもない腕の持ち主だと言う事は方々から聞いています。そんな方が援軍に来て下さるのは、こちらとしては願ったり叶ったりですが……………」
「まぁ、もののついでにね。前からジパングには一度行ってみたかったし、確認したい事もできたから」
「…………そう言えば、先程も仰っていましたね。あなたは酒呑童子様とお知り合いなのですか?」
「いや、そういう訳じゃない。友達の友達………的な?」
「なるほど………。分かりました、それではご一緒に参りましょう」


一つ頷いたシルファさんが微笑みながら手を差し出し、俺との間で握手を交わした。


「という訳で、これからジパングに行こうと思う。勝手に決めてごめん」
「いえ、ご主人様なら最初からそうすると思っていましたから」
「うむ!真白は困ってる人を放っておけないタイプだからな!」
「ん。たとえ主がどんな選択をしても、クロ達は主について行く」


えぇ…………いい子達過ぎない?
俺が勝手に決めたもんだから、てっきり少しは文句があると思ってた。
いつも俺のわがままに付き合わせて本当に申し訳ない…………。

謝罪と感謝を込めて皆を抱きしめる。
体の力を抜いて、穏やかな笑顔で俺に身を預ける皆。


「うぅ…………もはや完全に私の事を忘れて自分達の空間を作ってますぅ………。酷すぎませんか?ここは優しく私の手を取って"もう大丈夫、俺がついてるよ"とか言うべきでは?そしたらコロッと堕ちちゃいますよ?チョロインですよ?もう堕ちてますけど」
「よしよし。まぁ、まだイナリには早かったのよ。これからちゃんと仲を深めていけば、きっとマシロさんも扱いを改めてくれるわ」
「シルファ~………!」


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