366日の奇跡

夏目とろ

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[第5章]ラブレター

04 肇side (前会長)

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 エレベーターでいったん一階まで降り、その隣のエレベーターに改めて乗り直す。そのエレベーターで唯一行くことが出来る最上階のボタンを押し、僕はふーっと長い息を吐いた。

「毎度のことながら面倒臭いな」
「そうだね。まあ、セキュリティのことを考えたらしょうがないんだろうけど」

 一階下の自分の部屋があるフロアに降りるだけなのに、わざわざ一階まで降りて一般生徒用のエレベーターに乗り直すなんてね。因みに自分の部屋から最上階に行くのにも、一度一階まで降りて最上階直通のエレベーターに乗り直さなきゃいけない。まあ、これは仕方ないか。考えてみれば生徒会役員が他の生徒の部屋に行くこともあるんだから、最上階直通のエレベーターには他のフロアのボタンもあった方がいいのかも。
 特別棟は生徒会役員が自分の部屋から一般生徒の部屋に行こうとすると専用のエレベーターで一階まで降り、わざわざ一般生徒用のエレベーターに乗り換えなきゃいけない。ちょっと待って。生徒会役員が一般生徒のエレベーターに乗るのはセキュリティの問題上、大丈夫なのかな。

 風紀委員の上層部と前生徒会長の部屋は生徒会役員の部屋の一階下のフロアにあるんだけど、生徒会役員専用のエレベーターには最上階に昇るボタンと一階に降りるボタンしかない。それでわざわざ乗り換えなきゃいけないんだけど、これって改善すべき点の一つかも。そうでなくとも生徒会役員と一般生徒の垣根は高いのに、エレベーター一つとっても足が遠退く原因になるだなんてお互いにとっていいはずがない。
 生徒会役員にはアイドル的な人気があるから区別しないと間違いなくトラブルが起きるだろうし、それなりのセキュリティは必要なんだけど。そこをなんとかするのは長年の生徒会の課題で、僕は現役の頃からずっと頭を痛めていた。

「それはそうと羽柴のやつ」
「うーん、話を聞く限りはそう言うんじゃなさそうだけどね」

 最近、僕と庵が顔を合わせると羽柴君の話題ばかりだから、庵の言いたいことはそれだけでわかった。それでなくても年子の僕らはまるで双子の兄弟のように育って来たから、他の一般的な兄弟よりもテレパシーのような以心伝心の要素もあるし。当然のように僕の後に続いて僕の部屋に足を踏み入れる庵。こんな場合にお決まりの『お邪魔します』もなく、我が物顔でソファーに寝転がる。

「ちょっと庵、そっちに詰めて」
「んー」

 無理矢理寝転がった庵の隣に座ると、いつものように庵は僕の膝に頭を乗せた。

「ラブレター企画って、つまりは新入生が上級生に手紙を書いて、校内を案内して貰う企画なわけか」
「羽柴君らしい良い企画だよね」
「ラブレターとか言うから羽柴もとうとう目覚めたのかと思ったけど」
「どうやらそうじゃないみたいだね」

 うちの学校はエスカレーター式の男子校という特性上、同性に恋をする生徒が異常に多い。それは本来の意味での同性愛とは少し違うものなんだけど、羽柴は生徒会の仕事が忙しすぎたこともあり、その曖昧な恋愛事情に無縁な立場だった。忙しすぎて見た目を気にすることが出来なかったのもあって、恋愛対象としても対象外だったんだけど。

「親衛隊は出来たけど、それだけだとまだ心配だからなあ」
「うん。羽柴君は今までが今までだったから自覚もないしね」

 一度リコールされてからこちら、実際に恋愛沙汰に巻き込まれてもおかしくないぐらいに変身を遂げた羽柴君。そんな羽柴君の口からラブレターと言う言葉が出て、僕も庵も慌ててしまった。

「同性愛がどうこう言う次元じゃないからなあ」
「うーん、僕としては誰かとどうこうすることは性別は関係なく、思春期の男子にとっては普通のことだと思うんだけどね」
「それ、兄貴が言う?」

 僕も皆と同じ初等部からのエスカレーター組だけど、実は僕には既に許嫁いいなずけがいる。生まれる前に友達同士の僕らの両親が決めた許嫁だけど、彼女は自宅に帰ったら必ず会っている僕の幼なじみでもある大切な恋人だ。

「だって、うちの学校じゃ僕みたいなやつの方が珍しいわけだし」
「まあなあ」

 別に羽柴君が誰を好きで誰と付き合っても僕らには関係ないんだけど、今までにそんなそぶりを見せたことがない羽柴君のことだから僕も庵も気が気じゃないんだと思う。

「いや、まあ大丈夫だろ」
「そうだね。羽柴君に限って」

 僕は羽柴君のことをもう一人の弟のように思ってるんだけど、庵も僕と同じ気持ちなんじゃないかな。

「庵は?」
「俺? 俺は相変わらずだよ」
「風紀の仕事が忙しい?」
「まあな」
結木ゆうき君のことを忘れられないんじゃなくて?」
「……っっ」

 実は、庵には中等部の頃に付き合っていた恋人がいた。いろいろあってその子は転校しちゃったんだけど、庵が生徒会じゃなくて風紀委員会を選んだのは少なからずそのことが関係しているのかも知れない。
 仰向けの姿勢から、僕に背を向けてしまった庵の髪を梳く。どっちにしろうちの学校と恋愛事情は切り離せなくて、いずれは羽柴君も直面することになるだろう。

「庵、髪がプリンになって来てる。今からここで染める?」

 その時は、今以上に親身になってあげたいとそう思った。
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