366日の奇跡

夏目とろ

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[第4章]雪解けと和解

06 要side (書記)

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 久しぶりに日没前に帰宅出来た。悔しいが、やっぱり羽柴がいると仕事が速い。

「これでよしっと」

 恐らくはこれで最後だろう、いや。最後であって欲しいゴミ出し用のポリ袋の口を固く縛り、俺はようやく一息ついた。

「……っとに。ちゃんと片付けとけっつーの」

 そう愚痴ってしまうのも無理はない。昨日の今日で急な引っ越しだったとは言え、一週間ほどこの部屋を使っていた佐倉は立つ鳥跡を濁さずという諺はどこ吹く風で、思いっ切り跡(部屋)を濁して(汚して)くれていた。佐倉の荷物はだいたい運び出したようだったが、生活で出た大量のゴミを残したまま引っ越して行ったのだ。

「はあ……、疲れた」

 俺の引っ越し荷物の方は親衛隊員が全て運び込んでくれたが、それだけで時間を食ってしまい、それ以降のことは自分でするしかなくなってしまった。必要な荷物だけ取り出したはいいが、それを片付ける場所もまだ確保出来ていない。

「それにしても……」

 なんとか綺麗になったリビングの壁に目を留め、俺は思わず苦笑った。

 壁に張り付けてあるペナントは恐らく佐倉がリーダーを勤めていた不良グループのもので、洗濯機の中には同じロゴのTシャツとタオルが大量に放り込まれたままになっていた。ソファーの後ろには同じロゴのパーカーとスエットが落ちていたし、

「なんて読むんだよ、これ」

 黒に統一されているそれらにプリントされているグループ名は、一昔前のヤンキー御用達の厳つい漢字の当て字で残念ながら俺には読み方がわからなかった。

 壁の一画には何枚もの写真も貼られたままで、その全ての写真の真ん中に今とは別人のように鋭い目付きで睨む佐倉が写っている。確かにこれじゃ友達は出来ないだろうなとそう思うと、何故か笑いが込み上げて来た。本当に佐倉は面白いやつだ。
 キッチンに向かい、冷蔵庫から毎月実家から送られて来る果樹酒とお抱えシェフ特製のチーズを取り出した。果樹酒は本来は未成年が飲んじゃいけないものだが、表向きには果汁百パーセントのジュースだということになっている。

 これは実家では食事の時間に当たり前に飲んでいる食前酒の一種で、毎年祖母が手作りしてくれているものだ。これを飲みながら一息つくのが中等部の頃から俺の楽しみの一つになっている。
 生徒会の仕事が始まって、忙しさのあまり外食する余裕がなくなった。羽柴が復帰したことでその時間はなんとか確保出来たが、備え付けのキッチンを使って料理することが俺の中でちよっとしたブームになっている。

 まあ、料理と言っても食材はデリバリーで揃え、アプリで検索したものを自分で作って食べてみる。それだけのことだ。実家ではまず食べないような一般家庭のメニューを作ってみたり、時短手抜きメニューやコンビニ食材を使ったメニューを作ってみたりと、いざやってみたら結構楽しかったりする。

 佐倉の荷物は時間がある時に取りに来させるとして、俺は山積みにされたままの自分の荷物に目を遣った。

 少しの間、俺は生徒会長に割り当てられた部屋を使っていたが、それまでその部屋を使っていた羽柴は使いやすいようにリノベーションして使っていたようだった。
 革張りで重厚な面持ちのソファーにはカバーをかけていたし、他にもいろんな場所でちょっとした改造の跡が見られた。

 きっちり自炊をしていたようで、キッチンも使い込まれていたのがわかった。冷蔵庫にも様々な食材が残されていたし、処分してくれとのメモが残されていたが、それで自炊してみたくなったのがそもそもの始まりだ。

 勿論、料理などしたことはなかったが、まずは容器に小分けされていた完成品らしきものをレンジで温めてみた。
 それが料理と言えるかどうかははなはだ疑問だが、それが俺の人生初の料理だ。

 それから冷凍されていたものを解凍してみたり、そのうち会長になって初めて手にしたスマホのアプリで料理するようになり、まるで工作のような楽しさに嵌まってしまった。

 羽柴の荷物はそれだけじゃなく、羽柴が用意したインテリアの一部だろうテディベアも何体か残されていた。その全てが同じデザインだけど違う生地で作られたもので、どこかに暖かみを感じられる。
 まるで羽柴の本当の人柄が垣間見えるようで、俺は思わず苦笑った。俺が知る羽柴は眉間にシワを寄せてるか、周りなんかどこ吹く風で飄々としてるかのどちらかだったから。その時、

「あ」

 なんとなくリビングから窓の外を見遣り、羽柴の部屋のベランダに大事なものを置いて来たことに気がついた。
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