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10年前(2)

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悔しげに唇を噛みしめ、その場に佇むエドウィンに、エレンはそっと近づき、白いハンカチーフを差し出した。
一向に受け取ろうとしないエドウィンに、「ご無礼を承知で進言致します。よろしいでしょうか?」と問うと、エドウィンは小さく頷く。それに応えるように一礼をして、静かに告げた。

「・・・私は、王太子殿下のお言葉は正しいものと考えます」

「――――――っ!!!」

眦に涙を浮かべ、小さな手を握りしめながら、エドウィンは感情を爆発させた。

「おまえも兄上のように、僕の努力は無益だと言うのか・・・!!」

「そうではありません!」

エレンは強く否定する。
しかし、王族としての教育を受けていてもエドウィンはまだ8歳の子供。努力を否定され、自身をも否定されたような心持ちになり、エレンが差し出しているハンカチーフを、傷だらけの小さな手がはたき落とした。

「何が違うというんだ!わかっている!僕は兄上のように完璧にはなれない!それでも、僕はずっと・・・っ、少しでも兄上に近づけるように努力してきた!それを、無益だと・・・っ!!」

「無益になるか否かは、鍛錬の仕方によるのです!!」

「―――― ・・・鍛錬の・・・仕方による・・・?」

不思議そうに瞬くと、エドウィンの小さな頬に涙が滑り落ちた。
心細げに揺れる碧眼をしっかりと見つめながら、エレンは力強く頷く。

「はい。殿下は御年8歳、肉体はまだ子供なのです。長時間、肉体の限界を超えて身体を酷使することは、逆に身体を痛めつけ、成長の妨げになりえます。学ぶべき時に学び、その後はしっかりと休息をとり身体を休ませ、不調を翌日に残さないようにしていくことは、とても大切なことです。師の指導のもと、集中力を高めて行う1時間の鍛錬は、疲れて集中力を欠いた状態で行う6時間の鍛錬に勝るでしょう」

「・・・・・・」

「物事には順序がございます。気持ちが逸っても、決して急いではなりません。私は御身の傍で、ずっと殿下を見守っておりました。これまで殿下が学んできた勉学や剣術はとても高度で困難なものでございます。しかし、日々精進し、尽力する振る舞いは、確実に殿下の力となり、積み重ねられております。どうか、その素晴らしい殿下の精神を、たゆまぬ努力を、無益な事などとおっしゃらないでください」

涙を振り払うように、エドウィンは強く瞳を閉じた。
そして、次に瞳を開けた時、いつもと変わらない、前向きで力強い光を放つ碧眼が現れ、エレンは小さく安堵の息をついた。

小さな手が、先ほど払い落としたハンカチーフを拾い、土埃を払う。
慌てて手を伸ばそうとしたエレンに、エドウィンは小さく首を振って、それを止めた。

「・・・エレンの・・・、兄上の言うとおりだ。己の限界を超えて何かをなそうとしても、いい結果は得られないだろう。師の力を借りながら、これからも精進していくようにする。・・・無様な姿を見せて、すまなかった」

「誰しも疲れているときは、心身共に不安定になってしまうものです。今日は御部屋に戻って、殿下のお好きなお茶をご用意致しましょう」

剣を片付け戻ってきたエレンに、「今日のことは、誰にも内緒だぞ」と、エドウィンが頬を赤らめながら小声で伝えると、エレンは左胸に手を当て、頭を垂れた。

「御身の名に誓って」


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お読みくださり、ありがとうございます。
しばらくは、エドウィンSideで話を進めてから、カイルSideを書いていこうと考え中です。
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