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ヌーッティの秘密・前編

3.北の大地の小さな村

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 ヘルシンキから北へ真っ直ぐ。遠く遠く、北極線を越えて、もっと遠く。
 北極圏の西寄りに位置する小さな村ユッラス。
 その村にある小さなアカスロンポ湖とアカス川の合流地点であるヴェルホ岬にトゥーリとヌーッティは到着した。
 岬へと降り立った二人は背中に乗せてユッラスまで送ってくれた鳥たちに謝意を伝えた。
 鳥たちも頭を垂れ、二人に「よい旅になるといいね」と声をかけると、再び空へと舞い上がり、南のほうへ飛び去っていった。
 トゥーリとヌーッティは、鳥たちの姿が見えなくなるまで、手を振って彼らを見送っていた。
「とりあえず、鳥たちから聞いた話を整理すると、あっちにある森に住んでるひとたちが詳しいことを知ってるんだよね」
 トゥーリは言いながら、東のほうに見える森を指さした。
 ヌーッティはトゥーリの指し示した方向を見ると、ぎゅっと手を固く握った。
「トゥーリ」
 ヌーッティの呼びかけで、隣に並ぶトゥーリはヌーッティの顔を見た。
「もし、ヌーッティに何かあったら、アキのことをよろしく頼むヌー」
 いつになく真剣な目差しで、落ち着いた声色で、ヌーッティは控えめな声量で伝えた。
 トゥーリはむっとした面持ちをすると、両手でヌーッティの頬を挟んだ。
「何が起きても、二人で一緒にアキのところに帰るの。いい? わかった?」
「へも……」
「『でも』じゃない。絶対に二人で帰って、アキと三人で一緒にいるの! 返事は?」
 ヌーッティは両頬を挟まれながらも、こくりと首肯した。
 トゥーリはそっとヌーッティの頬から手を離し、今度はヌーッティの手を取った。
「さあ、行くよ」
 トゥーリの掛け声で二人は歩き出した。東に見える森へ向かって。
 アカスロンポ湖の東側から森へ向かって一本の川が通っていた。
 トゥーリとヌーッティは川に沿って歩いた。
 岬を出発してから数時間歩いて、ようやく二人は森に着いた。
 色づいた葉をまとう針葉樹林の森の中へ、トゥーリとヌーッティは足を踏み入れた。
 森に入った二人を最初に出迎えたのは、二人よりも小さな体の一匹のネズミであった。
 トゥーリはネズミに、呪われた小熊の妖精のことと、その小熊の妖精の生まれ故郷はどこかを尋ねた。
 ねずみは、呪われた小熊の妖精の話は知っているが、生まれた場所は知らないと答えた。
「けど、精霊や妖精なら知っているかもね。それにしても、何で君たちはそんなことを知りたいんだい?」
 ネズミはヌーッティをじろじろ見ながら、トゥーリに訊いた。
「ちょっとした事情があって、今、調べてるの」
 トゥーリは端的に答えた。
「ふーん、そっか。じゃあね」
 そう言うと、ネズミは二人の前から去って行った。
「となると、精霊と妖精に訊かないとかな」
 トゥーリは独り言ちると詩を口に含ませ、精霊と妖精へ向けて歌おうとした。そこへ、
「僕なら知ってるよ」
 何の音も立てずに生い茂る草むらの中から一匹の赤ギツネが現れた。
「誰?」
 トゥーリは歌いかけの詩を吐き捨てると、振り返って赤ギツネを見た。
「僕かい? 僕は、この森に住む火の精霊トゥレン・ヘンキのエルノさ。君たちは?」
 火の精霊エルノは二足で立つと、片手でトゥーリとヌーッティを指した。
「私はトントゥのトゥーリ。隣にいるのは妖精のヌーッティ」
「へえ……。妖精のヌーッティか」
 エルノはにやっとした笑みを浮かべた。
 その表情の変化に気づいてトゥーリの警戒心は高まった。
 概して精霊や妖精とはいたずら好きが多い。ましてや、エルノとは今出会ったばかりで、どのような性格じんぶつなのかわからない。
 加えて、今回は友だちであるヌーッティのデリケートな部分に関する調査。
 ヌーッティに対して攻撃的であれば、それなりの対処をしなければならない。
 そうであるからこそ、トゥーリはより警戒したのであった。
「エルノは知ってるの? 呪われた小熊の妖精とその故郷を」
「知っているよ。なんなら、その小熊の妖精の故郷へ案内しようか? ただし——」
 このあとに続くエルノの言葉をトゥーリとヌーッティは予期できていた。
「僕に何かくれるならね」
「いいよ」
 トゥーリの即答にエルノは驚いた表情を浮かべた。
「へえ! それで何をくれるって?」
 トゥーリは背負っていた荷物を下ろすと、
「ヘルシンキ限定販売中のドーナツムンッキをあげる」
「限定販売⁈ いいね! 喜んで案内しよう!」
 限定販売という言葉に釣られたエルノは、トゥーリからムンッキを一つもらうと嬉しそうに頬ばった。
 食べ終えて口の周りの食べかすを手で器用に拭き取ったエルノは、四足歩行の姿をとった。
「行こうか。呪われた小熊の妖精の生まれた場所——パッラス・ユッラストントゥリへ」
 トゥーリとヌーッティはエルノに先導され、歩き出した。
 トゥーリは隣を歩くヌーッティをちらりと見やった。
 ヌーッティは不安げな、憂うつな顔をしていた。
 繋いでいるヌーッティの手指は、森の中を吹く北の大地の風よりも、もっと冷たかった。
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